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9話 闇は深そうだ


 さて、私はどう行動をすべきか。きっとあの女はレイラファールと接触していることだろう。

 いや、それとも私にトドメの言葉でも直接言いに来るか?


 感覚的にはそれほど時間は経っていないはずだ。確か一幕と二幕の間の休憩は一時間。そして、時間的に考えて私は劇場からは移動していない。ということは劇場の地下の物置に閉じ込められたか。

 地下の物置ということは、お祖母様のガラクタ置きか。これはこれは良いところに閉じ込められた。


 そんなことを考えていると、複数の足音が聞こえてきた。ヒールのような高い足音も混じっていることから、わざわざ女帝自らお出ましのようだ。


 外から南京錠でも外すような音と金属の鎖のジャラリという音が響き、扉が蝶番の軋む音と共に開いてくる。


 そして、明かりと共に入ってくる者たち。


「あら?起きているじゃない?目ざましの水を用意して上げましたのに」


 そう言って金色の髪を高く結った女が言った。あれから9年の歳月が過ぎたというのに女は若々しい姿をしている。私が集めた情報では40年前から女帝という者は存在していたので、どう考えても60歳は過ぎているはずだ。


「しかし、青薔薇の魔女も魔核が壊されればただの小娘。哀れな小娘ね」


 私のこの姿が滑稽だと言わんばかりに肩を震わせ笑う女。


「お前、誰の所有物に手を出したかわかっていて?アレはわたくしの所有物なのよ」


 哀れなのはお前の方だ。奴隷印など存在しない。

 私は不敵に笑って女を見上げる。


「ふふふっ。所有物?なんの話をされているのかサッパリわからないが?」

「わからないのであれば教えてあげましょう。レイラファールはこのわたくしの奴隷。所有物なのよ。以前の小娘のようであれば所有物の隣にいるぐらい認めてやったものの、お前は人の所有物にベタベタと触って!」

「奴隷?何をおっしゃっているのか。私は貴女の正気を疑ってしまう」


 私の挑発の言葉にふるふると震え怒りを顕わにする女。何故、このような者が女帝として裏社会を牛耳っていられるのか。(はなは)だ疑問だ。

 いや、裏社会は闇が深そうだ。私が掘り返すことはない。


「レイラファールの手袋を外したところをお前は見たことがないでしょ?そこには奴隷印が刻まれているのよ!」


 何かそれは公爵子息に己が奴隷印を押したと自白していないか?それに騎士は普通皆、手袋をしている。イグニスぐらいじゃないのか?手袋が邪魔だと言って、していないのは。


「残念ながら」


 私はそう言いながら関節を外し手首の拘束から抜け出し立ち上がる。


「その奴隷印は9年前に綺麗に消したし、貴女の所有物を示す焼印もされていない。そして、私があの場を全て焼き尽くしてやった」

「なんですって!あの惨事を引き起こしたのがお前だったと!お前か!お前の所為で!わたくしが叱咤と拷問を受けたのはお前の所為か!」


 美人を装った女の顔が醜く歪んでいく。何だ?だが、慌てて手を顔に当てた瞬間に元の姿に戻る。ああ、魔術で姿を装っているのか。


「という事だから、騎士である私は罪を自白した貴女を捕まえることができるということだ」

「自白?」

「しただろう?アスールヴェント公爵令息とフォルモント公爵令嬢の誘拐とアスールヴェント公爵令息に奴隷印を押したという事実の告白」


 私は不敵に笑ったまま、この現状を目の前の女に教えてやる。お前はここに犯した罪を告白しに来ただけだと。


「ふん!ここでわたくしが何を言ったかなんてお前が生きて居なければ意味がない事よ!生意気な小娘を始末しなさい!魔術の使えない魔女など赤子同然!」


 女の命令に背後にいたゴロツキのような風貌の男5人が前に出てきた。


「その前に味見しても良いッスか?」


 下衆が!


「始末するのなら、好きにしなさい」


 女が許可するとゴロツキの様な男共がぐふぐふという品のない笑いを浮かべながら近づいてきた。

 私の手に持っていた鉄扇子など、元から存在しなかったように無く。私の武器となり得るのはペンの様な短剣だ。

 私は敵に背中を見せ、物置部屋の端まで駆け出す。そして、壁にかかっている剣と盾の内、剣を手に取り踵を返す。


「そんなおもちゃで騎士様は戦うのか?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべた男が言う。確かにおもちゃだ。演劇に使用するための張りぼての剣に過ぎない。


「魔女騎士様は必死なんだろう?なんせ魔術が使えないんだからな」


 自分達の優位を疑わない自信を持った目で見てくる男。その後方に私の無様な姿を期待している女の視線が私に絡みつく。

 私は一つ息を吐き出し、剣にあるスイッチを押す。


 すると、模造剣が黒い光を放ち、5つの陣を空中に展開した。


「『それで我に勝ったつもりか?我にはまだ奥の手があるのだ!行け!地獄の番犬ガルムよ!』」


 恥ずかしい台詞と共に5つの陣から5匹の黒い狼が飛び出て来た。その黒い狼は目の前のゴロツキの男共に噛み付いていく。これはセリフが呪となり、魔石の力で発動する魔道具だ。


「ギャ!」

「何だ!これは!」

「魔術は使えないって」

「俺の腕が!」

「助け……」


 おもちゃの剣から出てきた獣は男達を襲い嬲っている。そして、私は踵をかつかつと鳴らし女に近づいて行った。


 女はこの状況が理解できないのか呆然と男共の悲鳴を耳にしている。


「ああ、安心するといい。ただの幻覚だ。幻覚だが、脳に影響を与える武器になるということで、ここに廃棄された不良品だな」


 そう、攻撃を受けた者たちは幻覚に襲われ苦しんでいるのだ。そして、脳が攻撃されたと認識し下手すれば絶命する危険な備品として封印された模造剣なのだ。


「それから私の魔核は破壊されてはいない『ヴズルイフ』対策は施してあるに決まっているだろ?なんせ私は魔女らしいからな」


 そう言いながら私は胸元に手を入れ、細い短剣を取り出す。それに火の魔術で赤く刃先を染めた。


「貴女も肉を焼かれる苦しみを味わっていかれるといい」


 私に背を向けて逃げさろうとする女の肩に短剣突き刺す。タンパク質が焦げる匂いと女の悲鳴と開演数分前のベルの音が部屋の中に満たされる。これぐらいでは死なないが、のたうち回る様な痛みが続くだろう。


 ただ、時間的にギリギリだった。魔力阻害装置の起動直前だったのだ。

 私は短剣を引き抜き、一振りしてから鞘に収める。悲鳴を上げながら出口を塞ぐ女を蹴飛ばし、部屋の中央に転がっていく姿を見て呆れてしまった。


 そこには枯れ枝の様な老婆が床に転がり絶命していた。普通であればあれぐらいでは死なないが年老いた体には相当の負荷がかかったのだろう。


 模造剣を扉のすぐ側の壁に立て掛け、物置から薄暗い廊下に出る。そして、元のようにこの扉を外から鍵を掛けようとして、壁を背にして立っている者の存在に気がついた。


「何だ?レイラファール殿。こんなところに何か用か?もう、第二幕が始まるだろう?」


 そう、銀髪の麗人が壁を背にして立っていたのだ。


「遅いから迎えに来た」

「ん?第二幕には間に合わないと言ったつもりだったのだが、伝わらなかったのか?」


 レストランの予約時間には間に合うと言ったはずだが?


「いや、一人で観てもつまらないだろう?」


 レイラファールはそう言いながら私の右手を取って歩きだした。

 ん?あれ?なんで、手を繋がれているんだ?私は思わず足を止める。


「ちょっと待って欲しい。支配人に話があるから、先に戻っていてくれ」

「オーナーが支配人のところに足を運ぶ必要などないだろう?呼びつければいい」


 確かにそうなのだが、今回は色々処理をしてもらわなければならないのだ。観客が出入りしていない上演中の方が都合がいい。


「問題が起こったからその処理を頼みに行くんだ」

「雌猫の躯の処理か」


 あれ?レイラファールはいつからこの場にいたのだろう?


「それなら、それはこちらで引取ろう。手配はしている」

「いつからここにいた?」


 もしかして、私が言った事を聞かれていた?いや、記憶を封じているので、意味がわからないはずだ。


「雌猫が動き出したので後をつけてここまで来たといえば満足か?」


 始めからじゃないか!


「雌猫の退治は任せておけと言っていたが、調子が悪そうだったから、手が必要であれば割り込もうと思っていた」


 退治ではなく撃退だ。しかし、結果として退治してしまったことにはなる。

 そして、先程から私の背中に冷や汗が伝っていた。平然としているから記憶は封じられたままだと思うが、私はべらべらと話してしまった。


「確かに俺の右手には奴隷印はないな」


 そう言って手袋の指先を口に咥え手袋を外し、右手の甲を見せるレイラファール。私はじりじりと後ずざりするが、右手を掴まれているため、距離を取ることができない。


「フォルモント公爵令嬢も攫われていたとは初耳だが?」


 私が姿を消すのはいつものことだと、家族はそこまで心配はしていなかった。どうせ、お茶会に飽きてその辺りを探検していると思われていたほどだ。


「何故。俺の記憶を封じた?それも何も覚えていないほど綺麗サッパリに」

「思い出したのか?」

「いや、一部が曖昧だ。だが、金髪の黒い瞳の少女が俺を助け出したことは思いだした」


 そのことに内心ホッとした。一番ヤバいところの封印は解けていないようだ。


「記憶を封じなければレイラファール殿の心が壊れていたからだ。そして、その場から動けなかったからだ」

「幼いフォルモント公爵令嬢が耐えれたのに俺が耐えれなかったと?」


 なんだか怒ったような声に私は首を横に振る。


「私は牢に閉じ込められていただけで、何もされていない。何かをされていたのはレイラファール殿だけだ」

「奴隷印をということか?」

「……色々……」


 私は視線を外し言葉を濁す。説明したくない。


「その色々とは?」

「……」


 私は貝のように口を噤む。あんな事私が言えるはずないだろう!ショタはノータッチにしておけ!いや、攫うこと自体が犯罪だ。


「封印をしたということは、封印を解くこともできるよな。今すぐ解いてくれ」

「え?いや、解けるのは解けるが、今すぐはちょっと……」


 記憶が戻るときの反動が出ると思われる。動けなくなっても困るが、暴れてもらっても困る。


「レイラファール殿が屋敷に戻ってからというのはどうだ?」

「今すぐが駄目な理由はなんだ?」


 えー。それは勿論。


「魔力阻害装置が動いているから、今は無理だ」


 根本的に今の私は役立たずに近い。その答えに納得したのか、レイラファールは私の手を引っ張って再び歩き出した。


 え?だから、なぜ私は手を繋がれているんだ?そして、そのまま個室の観覧席に戻ったのだが、何故に再び私は子供の様に抱えられているのだろうか。


「この状況は何だ?確かに私の背は低いがここから舞台が見れないほどではない」


 一応聞いてみる。


「気にするな」


 気になるわ!これも全て魔力阻害装置が悪い。魔力さえ自由に使えれば、この様な事態にはなっていない。


 私が無駄な抵抗を試みているところに、再び扉をノックする音が小さくなる。


「失礼します。レイラファール様」


 どうやら、アスールヴェント公爵家の者のようだ。


「何だ?頼んでいたことが終わったのであればさっさと撤収しろ」


 レイラファールは先程とは違う冷たい声で、命令する。


「それが、言われていた部屋の中には死体など一つもありませんでした」


 は?死体が無い?私は息をしていない『女帝ソフィア』の姿を確認した。そして、幻影に襲われ、己の肉体は死んだと勘違いした者たちの物言わなくなった姿もだ。


 その言葉を聞いたレイラファールはすっと立ち上がり、扉の方に向かっていく。が、何故私を抱えたまま行くのか。


「下ろしてもらえないだろうか?」


 すると、綺麗な笑顔を向けられ言われてしまった。


「昔はイグニス殿によく抱きかかえられて移動していたよな」


 いや、あれはイグニスが逃げるから背中に張り付いていただけで、抱きかかえられていたわけではない。

 それに戦場では私の小さな足より、イグニスを移動手段に使ったほうが早かったからだ。

 しかし、それは師団長になる前の話であって、この数年はそんなことはしていない。


「あれは抱きかかえられてはいない。だたの移動手段で背中に張り付いていただけだ」

「では移動手段でいいだろう」


 いや、駄目だろう!誰が公爵令息に抱えられることを移動手段として使う者がいるというのだ。


「それはおかしい」


 私は抵抗する言葉を言うものの、扉を開け廊下に出るレイラファール。


「それで、何が起こった?」


 冷たい声が耳を抜け、報告に来た者の肩を揺らしたのだった。




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