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5話 妹説から離れろ!

「本当に気になりますよ。女嫌いの氷の騎士殿と貴族嫌いの青薔薇の魔女殿が一緒にいるなんて、ゾクゾクしますよね」


 第5師団長はゾクゾクと言いながら狂気を帯びた光を紫紺の瞳に宿した。


「そうか。では情報料として貴殿は何を提示する?」

「おい」


 隣から私の言葉に不快感を表した声がしたが、隠すほどのものではない。どうせ、この姿は長くても半年は続けなければならないのだから。


「情報料ですか?」


 第5師団長はキョトンとした表情をする。まさか、何かしらの対価を求められるとは思っていなかったのだろう。

 そして、何か考える素振りをみせ、後ろを振り返る。


「いくら出しますか?」


 そう声を掛けるも第5師団長の後ろには誰も立ってはいない。強いていうなれば、上官用のスペースに3人の師団長と6人の副師団長がいるだけだ。


「こっちを巻き込まないでくださいよ〜」

「金貨30枚なら出す」

「それは高いのでしょうか?安いのでしょうか?」

「安いのではないのか?二日後にまた休暇を取るそうだ」

「え?なにそれ?気になります!」


 口々に好きなことを言っている。そして、私の目の前に座っているイグニスは俺関係ないしという感じで、黙々と食事を口に運んでいた。


 第5師団長は何を対価として払うかの議論をするために、この場を離れていったので、私も食べることにする。

 今日は……今日も肉祭りだ。それも硬そうな肉の塊。それにスープとパンが付けられている。

 お前は辞書かという塊の肉を風の魔術を駆使して賽の目状に切る。その一つをフォークで刺し、隣に座っている者に差し出した。


「あ〜ん」


 私の行動に目を見開き、私から距離を取ろうと腰を浮かすも、私が右手を押さえているため、移動が出来ない現実に困惑の表情を浮かべるレイラファール。


「おひいさん。肉が嫌いだからって人に食べさすのはどうかと思うぞ」


 目の前で黙々と食べていたイグニスから突っ込まれたが、はっきり言ってお前はゴムかと罵りたくなる肉は私は肉と認めたくない。


「だから、背が伸びないんだ」

「失敬だな、イグニス。私はコレを肉とは認めたくない。ということで、レイラファール様、あ〜ん」


 私はニコリと笑ってサイコロ状の肉をレイラファールに差し出す。


「ここまですることか?」


 呆れたような声で私の行動を諌めながら、見下ろしてくる氷のような冷たい視線が突き刺さる。


「することです。これも嫌がらせですから。嫌なら否定してくれていいのですよ?」


 嫌なら否定する。それはこの縁談の話だ。ここで負けを認めるのかと、私は挑発する。すると、レイラファールは私が差し出したサイコロ状の肉を口に含んだ。

 この行動には私の方が驚いた。まさか本当に食べるとは思っていなかった。


「ん?美味しい?」


 レイラファールはいつもと違う味に驚いているようだ。


「それはこれだけ、真っ黒焦げの周りをそのまま食べたら焦げ臭い肉ではないですか。中の美味しいところをさしあげたのですよ」


 そう言って私はもう一つ肉をフォークで刺してレイラファールに差し出す。


 この辞書の様な肉に火を通そうとすれば、それは周りは焦げるだろう。質より量を取ったのだろうが、食べるのであれば美味しい方がいいに決まっている。

 それから、私用の肉はレアでいいと言っているので、焦げ臭さは少なめになっている。それを油紙で包んで保温して置いてくれればいいと言っているので、ローストビーフのような肉になっているが、肉質がゴムであるのには変わりないので、あまり食べたくはない代物だ。


 今度は躊躇なく私の差し出した肉を食べるレイラファール。

 あれ?普通に食べているっていうことは、嫌がらせになっていない?しまったな。焦げ焦げの部分を差し出すべきだったか。


 まぁ、いつもは不機嫌な表情が、微妙に微笑んでいるレアな姿を見られたから、今日はよしとするか。そう思いながら、もう一つ肉を差し出す。


「構って欲しい妹が、兄に構ってもらって嬉しいという感じか?」


 今の状況を解説するイグニスに向けて、ナイフを投げつけるが、そんなモノは過酷な状況を体験してきたイグニスにとっては脅威にはならず、簡単に避けられナイフは壁に突き刺さった。


「その妹説から離れろ!」

「おひいさん。客だ」


 イグニスは使っているフォークで観葉植物の入り口にもじもじと立っている人物を指し示した。気がついてはいたが、声を掛けずに突っ立っているだけなら、いないのと一緒だ。


「あ……あの。ラブラブのところお邪魔します」


 すみれ色の長い髪を2つにみつあみにしている女性が顔を赤らめながら言う。彼女は第5副師団長だ。あのサイコ野郎の下でいるということは、彼女もまともでは無いことがわかるだろう。


「どこがラブラブだと?」

「このギスギスがわからない?」


 レイラファールと私がラブラブと言われたことに対して、同時に文句を言った。


「ひっ!」


 二人から同時に否定の言葉を受けた第5副師団長は引きつった声を出しながら、恍惚に笑んでいた。殺気を受けて、笑っている第5副師団長は顔を赤らめたまま、近づいてきて、テーブルの上にパンパンの革袋を置いた。置いた時にジャラという金属の音がしたことから、お金が入っているようだ。


「情報料です。金貨100枚が妥当だと話し合いがつきました」


 思ったより価値を見いだされたようだ。その革袋をイグニスに投げ渡す。受け取ったイグニスはそそくさと革袋を懐にしまった。


「別に大した話ではない。私とレイラファール殿の婚約の話が出ただけだ」

「それで、レイラファール様を落としたいアリシア様とアリシア様を拒絶したいレイラファール様の攻防ですか!」


 第5副師団長は頬を赤らめてくねくねしながら、この状況の予想を口にした。だが、残念ながら違う。


「結婚したくない私と私を拒絶したいレイラファール殿の攻防だ」

「え?それ普通に破綻していません?」


 普通であれば破綻している話だ。ここに老人3人の戦略がなければという条件がつく。


「前宰相と前統括騎士団長と前魔導師長の思惑が絡んでいる。私からは断れない条件だが、レイラファール殿も何かしらの条件がつけられ断れない状況だ。だから、どちらが先に折れるかの攻防中だ」

「改めて聞くと恐ろしい話だよなぁ。シショーたちに逆らおうなんて気は俺は爪の先ほども思えねぇーなぁ」


 誰もイグニスの感想など求めてはいない。そして、第5副師団長の姿はこつ然と消えていた。いや、あちらの方に報告している姿が観葉植物の隙間から見えるので、金貨100枚分の仕事をしに行ったのだろう。


「一つ聞きたいのだが」


 レイラファールが唐突に口を開いた。何だ?何かしらの条件を突きつけてくる気だろうか。


「この肉とこっちの肉の種類が違うよな」


 違った。レイラファールは器用に空いている左手で自分の前に置かれている辞書のような肉にナイフを入れて、自分の肉と私の肉の種類が違うと言ってきた。


「それ同じ肉だぞ。俺はその焼き方は肉を食べたっていう気になれないから、こっちの方が好きだ」


 レイラファールの質問に何故かイグニスが答え、ゴムのような硬い肉の方がいいと言いながら、黒い肉にかぶりついている。


「同じ?」

「レイラファール様、気に入りました?」


 私はそう言いながら、肉を差し出す。それに対し、レイラファールは『ああ』と言いながら食べる。


「それなら、明後日の夕食におすすめのレストランがあるので、予約しておきますね」


 私が笑みを浮かべ、明後日の約束を取り付け、微かに笑みを浮かべるレイラファールの姿を遠くで見ている者には気がついてはいたが、放置をしていた。はぁ、本当にイヤだなぁ。








 約束の日の当日。私はベッドの中で籠城していた。


「お嬢様。そろそろ準備をされないと間に合わなくなりますよ」


 侍女のイリスが籠城している布団の上から私を揺さぶってくるが、嫌なものは嫌だ。


「ほら、みんな準備万端ですよ。あとはお嬢様が鏡の前に立っていただければいいのですよ」

「イリス。あのドレスはない!絶対にない!まだ、お祖母様の古着の方がいい」

「でも、お嬢様。今日はドレスコードが決められたところに行きますからね。あれぐらい普通ですよ?」


 普通だと!あんなドレスなんて着れるか!それも作った記憶もないドレスだ。


「絶対に私が着ると滑稽に映るじゃないか!私の身長をわかって言っているのか!あれは背の高いスラリとした女性が着るべきだ!絶対に子供が背伸びした滑稽な感じになってしまうだろうが!」

「え?お嬢様。ふわふわリボン増し増しのドレスが良かったのですか?」


 それこそ子供用のドレスじゃないか!


「ご用意しましょうか?」

「しなくていい!」

「エルシーちゃん。いい加減に出てきなさい」


 ああ、この屋敷の最強の存在である母が出てきたということは……思いっきり布団を剥がされ、私の籠城は終わりを告げてしまった。


「お嬢様。行きますよ」

「行きますよ」


 侍女長のマリエッタと母の侍女のルアンダに両腕を捕まれ、私の(ベッド)から連れ出されてしまった。


 そして、化粧をされ、髪を結われ、コルセット(凶器)で補強され、薄い水色のマーメイドラインのドレスを着せられた。

 これは大人の魅力を押し上げるアイテムだ。布地の少ない胸のラインに、腰から膝まで身体にフィットするデザイン。そして、足元に向かって人魚の尾を思わせる波打つ布地。


 だから、私が着ると背伸びしたがり屋の子供みたいになるじゃないか。それにこの銀糸の刺繍にどれだけ時間と金を掛けたんだ。いや、おそらくレイラファールの色を取り入れたのだろう。ここまでする必要があるのか?


「お母様。お祖母様の古着がいいです」

「エルシーよく似合うわ」


 いや、絶対に似合っていない。


「駄目なら、黒のドレスが良いです」

「お嬢様。良くお似合いです」


 こんな胸元が開いたドレスなんて、ドレスなんて……ずり落ちそうで怖いじゃないか!


「せめて、剣を持っていっていいか?」

「今日のお嬢様の武器はこれです」


 そう言ってイリスは装飾が施された鉄扇子を渡してきた。ペラペラの木の扇子ではないだけましだが、やはり剣があった方がいい。


「剣を……」

「さあさあ、アスールヴェント公爵令息様がいらっしゃいましたよ。お嬢様、玄関に向かいましょう」

「剣……」


 ストールを肩に掛けられ私の意見は総無視され、人形のように着替えさせられた私は項垂れながら、玄関に向かって行った。


「お嬢様。本当に似合っていますから、背筋を伸ばしてください。この姿ならレイラファール様もメロメロですよ」

「イリス。メロメロになってもらっても困るのだ」


 私はレイラファールからこの縁談を否定する言葉を引き出せなければならないのだ。それにメロメロって百歩譲ってもありえないだろう。


「え?誘惑されるのですよね」

「別に女嫌いの克服を手伝っているわけではない」


 私は息を大きく吐き出し、絨毯を見つめながら歩いていた頭を上げる。このデートなるものが終われば、当分デートしろだと言われはしないだろう。師団長という者はそこまで暇ではない。


 二階から玄関ホールに続く大階段の上から、キラキラと輝く人物が目に入った。黒だ。黒いイブニングを着ている。黒でもいいじゃないか!


「ちっ!」


 舌打ちが思わず出てしまった。あちらも私の存在に気が付き見上げてきたが、なぜが目を見開いている。やっぱり似合わないということじゃないか!

 しかし、このまま降りると足を引っ掛けそうだ。慣れないドレスなんて着るものではないな。

 私はレイラファールの側に転移をする。今日は訓練もしてなければ、凶運の持ち主のために術を使っていないので、魔力を消費していないので使い放題だ。


「まいりましょうか。レイラファール様」



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