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♯03 ステージ2と連休開始!

 庭にいる飼い犬の鳴き声に、瑠璃の意識は何度目かの覚醒を試み始める。……それともあれは、お隣のマロンの鳴き声だろうか?

 その考えが、完全に少女の眠気のヴェールを取り去った。低気圧なりに気張りつつ、瑠璃はがばっと上体を起こすと、慌ててカーテンを開け外を見遣る。


 お隣さんの玄関前の庭先で、弾美が大型犬を従えて屈伸をしている姿を確認。その雰囲気を察して、自分も散歩に連れて行けとコロンが騒ぎ立てている。

 瑠璃は目覚まし時計を確認。17分も、いつもの起床時間を過ぎていた。慌てて窓を開け放ち、弾美に向かってなるべく小声で寝坊を告げる。


「ハズミちゃん、ごめん寝坊しちゃった。すぐ支度するから、コロンをお願い」


 弾美が軽く手を振り返すのを確認して、瑠璃は大急ぎで窓を閉めて着替えに掛かった。昨日の夜に、ついつい夜更かしして本を読み耽ってしまったのが明らかな敗因。何にしろ、弾美があまり怒ってなくて良かった。ついでに、コロンの鳴き声も止んでくれた。


 いつものジョギング姿に身を包み、タオルと家の鍵、財布と犬のフンの始末袋を用意。素早く顔を洗ってトイレを済ますと、両親を起こさないように静かに玄関を出る。

 

 出るなり、コロンが思いっきりぶつかって来た。この子の甘え癖は、家族一同困ってはいるのだが、取り立てて真剣に直そうと思った事は今まで一度もない。犬とはそういうものだと、家族全員が思い込んでいるせいかも知れない。

 愛情表現なのだから仕方が無い、と。……マロンはそんな癖は無いのだが。


「屈伸くらいしとけ、怪我するぞ」

「うん」


 弾美が二匹の手綱を操っている間に、瑠璃は簡単にストレッチを済ます。兄弟犬のテンションは引き絞られた弓の弦さながら、走り出すといかにも楽しそうに、いつもの道を先導する。


 休みの日でも、もちろん犬の散歩は欠かせないのだが。朝の6時起きのジョギングも兼ねるようになって、お隣同士の間で余程の事が無い限りは、休まないルールが出来てしまった。

 正直、瑠璃は早起きが苦手だったのだが、慣れとは怖いもので今ではすっかり平気になってしまっている。テスト期間中は、もっと早起きして朝型にしている程だ。


 そんな訳でいつものジョギングは、軽やかなペースを保ちつつ、毎日通っている目的地へ。二人の通う中学校のすぐ南に位置する運動公園は、朝からジョギングしたり早朝の体操をする人が、連休初日の今日でさえちらほらと見て取れる。

 広い芝生や小さな運動コート、端の方には散歩コースや子供の運動玩具も設置されており、開放感のある清潔に整備された場所である。

 ここに辿り着くまで片道10分あまり。その後は、運動公園のジョギングコースを廻ったり、犬達と芝生でかけっこしたり、備え付けのバスケットゴールでシュート練習したり、体操をしたり。とにかく二人は思い思いに時間を過ごす。


 今日も柔軟体操の後、コートに入ってシュート練習をこなしていた弾美は、ようやく一区切りついてタオルで汗を拭いている。

 コートの端で犬達とボール遊びをしていた瑠璃は、ようやく働き始めた思考をめぐらせ、弾美に話しかけた。あまり誘うのが遅れて、変にスケジュールを気にしなくても済むように。


「今日はこの後どうするの?」

「そうだなぁ……早起きしても、意外にする事ないかもな。夕方までポッカリだ」


 夕方に、散歩ついでにペットショップ店に遊びに行くと言う予定は入っているのだが。それ以外は取り立てて予定が無い事に、弾美はちょっとショックを受けていたり。


「文化会館で押し花展やってるんだけど、一緒に見に行こうよ。調べたら、司書さんに誘われた書道展と同じ会場だったの」

「へえ……んじゃ、一緒にまとめて行くか。でも、昼から出掛けるにしてもそれまで暇だなぁ」


 適当に計画を練りながら、公園の大きな時計を見る弾美。帰り支度を始める様子を見て、瑠璃もマロンとコロンを呼び戻す。二匹は仲良くじゃれあいながら、飼い主の指示に従う。

 周囲はまだほんわかとした朝日の明かりのみで、それでも二匹は元気いっぱい。散歩大好きを、全身で表現している。


「じゃあ、お昼までは何もしない?」

「ん~……そう言えば、朝なら空いてそうだなぁ、ファンスカのイベントエリア。帰ってすぐインしてみようぜ!」

「えっ、朝から?」


 弾美は良い事に気付いたと、ずるそうな笑みを浮かべていた。マロンのリードを受け取ると、瑠璃をせき立てて家路につく。

 ところが弾美は、途中のコンビニで思い出したように足を止め、それから瑠璃を振り返る。


「瑠璃、朝飯買って食べながら、一緒にゲームしよう。金持ってる?」

「あるけど……こんな朝早くにお邪魔して平気なの?」


 特に家にお邪魔する事に遠慮する訳ではないけれど。弾美の両親は、今頃丁度起き出して仕事に出掛ける準備をしている筈。朝の忙しいこの時間に、お隣さんだからと言ってのこのこ上がりこむのもどうかと思う。


「別にいいじゃん、親も瑠璃なら何も言わないって」

 

 そう言いながら、財布の催促。弾美は朝のジョギングにはお金を持って出ないのだ。仕方ないので、二匹のリードを預かって、弾美に財布を渡す瑠璃。

 まあ、いいか。瑠璃は心の中でちょっとずるい言い訳を浮かべてみる。昼から遊ぶため、学校の宿題を一緒にするって言えば良いと。


「サンドイッチでいいよな。飲み物は何にする?」


 弾美はまるで、気にしていないようだったが。


 



「あら、瑠璃ちゃん。お早う、いつも早いのねぇ」

「お早うございます、律子さん。朝早くから済みません……」 


 弾美の母親の律子さんが、ダイニングで二人を見て驚いていた。まだ寝間着姿で、朝食の支度をしているようだ。

 ちなみに、この律子さん。おばさんと呼ばれるのが嫌で、彼女は瑠璃に自分の事を名前で呼ばせるようにしている。この事実を、弾美も甘んじて受け入れているのは、自分も瑠璃の母親を名前で呼ぶように、本人からきつく命じられているから。

 女性は自分の歳を、一瞬でも若く感じていたいらしい。


「朝食、買ってきたからいらないよ。今から2階で、ゲームしながら食べるから」

「あら、そうなの」

「べっ、勉強もちゃんとしますからっ!」


 あまりに正直な弾美の告白に、逆に瑠璃が焦って言葉を継ぎ足す。律子さんはニコニコしながら、恐縮している瑠璃に一言添えた。


「瑠璃ちゃんが勉強見てくれるなら、私も一安心だわ! 恭子から瑠璃ちゃんの成績、いつも耳にタコが出来るほど聞かされてるから」


 あんまり自分の娘の成績を触れ回って欲しくないと、瑠璃は内心母親を恨む。もっともその母親は、技術研究職で長年チームを引っ張っているようなエリート女性である。超仲の良いお隣さんに、自分の遺伝子を継ぐ者を自慢したい気持ちも分るが。

 瑠璃には全く、エリートだとか母親の仕事だとかに興味が無いとしても、だ。


 引きつった愛想笑いを浮かべ、家から持ってきた問題集を目立つように抱えて、瑠璃は弾美に続いて階段をのぼって行った。

 部屋のドアを閉めると、ホッとため息をついてしまう。既にゲームの用意に移っていた弾美は、呆れたように瑠璃を見つめていた。


「向こうも、連休中どこにも連れて行けない負い目があるんだぜ? ゲームくらいじゃ、目くじら立てる訳ないだろ?」

「朝早くからってのに、問題ある気がするんだけど……」



 さすがに読み通り、休みとは言え朝の7時過ぎにインする粋狂なプレーヤーは、殆どいないようだ。昨日の混み具合は嘘のよう、二人のキャラは、がらがらの中立エリアにログイン。薄暗いエリア内を自在に動き回る。


「万能薬、640ギルだって。まだ高いね~」

「消耗品に300以上は使いたくないなぁ……勿体無い」

「う~ん、一部屋見てから決めようか。あっ、今日の妖精チェック忘れてた」


 妖精はいつものハイテンションで、おざなりにそれぞれの部屋の説明をしてくれた。要するに、鍵の掛かった扉を開けるには他の部屋の仕掛けを操作しなければならないらしい。

 それから、地上に近付いた分だけ大樹『グランドイーター』の影響力が薄れたらしい。二人分なら何とかバリアを張れるから、同じ目的を持つ仲間を見付けてみたら、と来たもんだ。

 さっさと地上に出れるよう、頑張ってネ☆ みたいな。


 瑠璃は妖精の言葉にいちいち頷いて、おざなりな応援にも頑張るポーズを返す。ちょっとずつだが、この小さな案内人を好きになってきているし、強引な理由付けもちょっと笑える。

 後半この娘がどんな導入に絡んでくるのかも楽しみでもある。


 弾美の方はサンドイッチをぱくつきながら、妖精に毒づいていた。もごもごと聞き取りづらかったが、もっとましな情報をよこせ、さもなくば装備をよこせと言う事らしい。


 先日の混み具合で、完全に後発となってしまった二人だが、いよいよイベント最初のパーティ戦に挑む事に。さっそくパーティを組んだら、ハズミンからトレードの申込み。何事かと思ったら、昨日取った水の術書を渡された。

 ありがたく頂戴し、さっそく使ってみたり。


 薬品が高くて買えないせいで、あまり意味の無い用意を整えて、ハズミンを先頭に階段をのぼり切って最初の部屋のエリア扉をクリック。

 緊張気味の瑠璃は、朝食もおぼつかない。


「だ、大丈夫かな?」

「最初は俺がタゲ取るから、瑠璃は平気だよ。俺が殴った奴を殴ればいい」

「わ、分った。回復は任せといて」


 しばしのロード時間の後、いきなり見慣れない部屋に突入。石をくりぬいたような味気ない通路が、前方に真っ直ぐ続いている。弾美はオートマップを確認しながら、ゆっくりキャラを進ませる。

 十字路が出現し、ハズミンは左を選択。ルリルリも後に続く。


 ちょっと進んだ突き当たりに部屋が現れ、中に2種類の敵が居座ってるのが見て取れた。ふわふわと浮かぶ手の平の形のモンスターと、地面にはネズミ型の敵だ。

 数は4匹ずつだが、弾美は画面を見て唸り声を上げる。


「う~っ、遠隔攻撃無いと辛いなぁ。部屋に入ると、囲まれてボコられそう」

「リンクするのかなぁ?」


 リンクとは、同じ種類の敵同士が、敵対行動を共にすること。これを無視すると、一匹相手にしていたつもりが、気が付けば数匹にボコられる嫌な事態になってしまう。

 アクティブな敵も要注意で、こいつらはプレーヤーを見つけた瞬間、問答無用で襲ってくる。ステージ1にはリンクする敵はいなかったが、アクティブの敵は多かった。


「するかもな……むっ、一匹離れたっ。あいつを倒して、何匹か連れて来るから、瑠璃はここにいろっ!」

「りょ、了解」


 ふわふわと、海に浮かぶクラゲを思わせる動きで、一匹が弾美の言う通り、単独部屋の角へと離れていった。ハズミンは部屋の端を突っ走り、その生き物に斬りかかる。

 敵対行動を感知したそいつに、動きの変化が。手の平の部分にクワッと急に顔を現し、ハズミンを平手で押し潰しに掛かる。

 瑠璃は悲鳴を上げそうになるが、とっさに回避した為ハズミンのダメージは軽微。追撃にまたもや軽症を喰らうが、片手剣を6回も振るうと、そのモンスターは動かなくなった。


「う、こいつちょっと強い」


 弾美の言葉を裏付けるように、パーティに大量に入る経験値。ハズミンは更に、近くにいたネズミに近付く。触れるほど近付いてから、ノンアクティブだと確信。ネズミを無視し、今度は飛ぶ手の平へとゆっくり近付いて行く。

 ぐりんと向きを変えたそいつの動きを見て、ハズミンは通路へとダッシュ。


「釣ったぞ、確保頼む!」

「わっ、わっ!」


 カーソルで迫り来る敵をキャッチ、瑠璃は取り敢えず一撃を見舞う。そのせいでこちらにターゲットが移り、手の平に現れた厳しい顔と目が合う。

 ルリルリが二撃目を放った瞬間、反撃の張り手に押し潰された。


「きゅう……」


 ルリルリのHPが3割くらい減り、しかも目を回し座り込み状態に。しかし、モンスターの攻撃はここまで。反転して斬り込んで来たハズミンに、あっという間に倒される。


「おっ、こいつ皮のグローブ落としたぞ。でも、腕装備は俺らあるから、別にいらないかな」

「……こいつら、全部倒そう」


 とんでもない危険技に自分のキャラが恥をかかされ、瑠璃の殺意はマックスへ。それ以上に、瑠璃の前衛意欲は、既に完全に折れかけていた。魔法を使って、安全に狩りのサポート役に回りたいと、切に願う。

 まだまだ攻撃を受けても余裕だと判断したのか、休憩も取らず弾美は次の敵を釣りに行く。地上のネズミは再び無視して、再び浮遊する手の平の知覚範囲に。


「やべっ、こいつらリンクするのか!」


 言葉通り、仲良く連れ立った残りの2体が、敵とみなしたハズミンを追いかけて来ていた。念のため、自分に回復魔法を掛けていたルリルリは、弾美の後を追ってくる敵に慌てふためく。


「瑠璃、一匹頼む!」

「えっ、うあっ!」


 今のルリルリで、敵のターゲットを取れる行動と言ったら殴る事だけ。最後尾の敵に細剣で切りかかり、半ギレの瑠璃は攻撃ボタンを連打。

 幸いにも、敵に近付き過ぎていたので、敵の潰し技は発動しにくかったようだ。弾美の助言「スキル技使え~」の言葉に、思い出したように《二段突き》を使用する。


 敵のHPゲージは一気にぐわんと減少するも、技の使用動作のせいで、敵との距離が開いてしまった。しかも、敵のHPはあとちょっと残っている。

 敵は、最後っ屁の悪あがきを選択――押し潰しのモーションが発動。

 ほとんど偶然的な動きで、瑠璃は昨日練習したバックステップを使用できていた。技を外した敵は隙だらけ、思わず身体中に広がる感動の波動の中、自然とルリルリは止めのモーションへと突き動く。


「おおっ、やるじゃん瑠璃。応援いらなかったな!」


 弾美の率直な褒め言葉に、瑠璃は泣きそうになる程の喜びを覚える。それから、前衛も良いかもと呆気なく考えを翻してみたり。

 笑みでほころんだ顔のまま、瑠璃は調子に乗って次なる獲物を指し示す。


「次はネズミをやっつけよう!」


 難なくネズミを蹴散らし終えて、二人は十字路の反対側に移動。途中思い出したように、弾美がドロップの結果を口にした。


「あれ……防具のドロップ、4匹倒して1個だけかぁ。ここは防具揃えるためのエリアかと思ったんだけどな」

「う~ん……あ、でもまだ落としそうな敵いるよ? 今度は足だけど」


 瑠璃の言う通り、反対側の部屋には、くるぶしから下の裸足の足型モンスターとコウモリが4匹ずつたむろしていた。弾美は念をこめるように画面の中の敵をにらみつけ、ドロップ率アップを低い声で願掛けしている模様。

 ステージ1のボスゴーレムのドロップで当たりを引き、割と性能の良いブーツを入手していた瑠璃は、何となく気まずい思い。


 狩りはさっきと同じ程度の波乱と順調さで進み、足型モンスターは踏み潰しのスタン技を持ってる事を、ルリルリは身をもって確認。

 それでも、二人ともHPを半減させる程の苦戦もせず、念願のドロップも皮のブーツ2つ。防御力しか上がらない装備だが、弾美は嬉しそうにキャラに装着させる。

 それを見て瑠璃もほっとしつつ、軽い罪悪感を拭ってみたり。


 3つ目の部屋は、先程の手の平型モンスターとスライムの2種類。数も4匹ずつで、構造的には前の2つと一緒。


「おっ、こいつは指輪落とすのか。もう一個来いっ!」

「ここのスライムはポーション落とすかな?」


 戦闘もそっちのけで、取らぬタヌキの皮算用を始めてしまう二人。イベントでレベル1から、ほとんど何も持たない状態でのスタートなので、ある程度それも仕方ないのだが。

 スライムはポーションを落としたし、指輪の2個目も何とかドロップ。アイテムの分配を終えて、4つ目の部屋に向かう。


 4つ目の部屋は、足型のモンスターと鳥型のモンスターの2種類。どうやら全部屋、地上と空中のモンスター2種類での編成となっている模様。


「あっ、ここはズボンなんだね? 股下無いのにねぇ」

「……本当だな、股下無いよなぁ」

 

 この部屋のドロップはズボンのようで、二人は順調に装備を整えていく。4部屋回り終えたところで、残りの通路は北へ真っ直ぐ伸びている一本のみ。

 弾美はマップを観察して、それをボスエリアへのルートだと推測。時計を見ながら、瑠璃に相談を持ちかける。


「このまま北に行くと、ボスエリアになっちゃうかな。まだ30分も経ってないし、もう少し経験値貯めておくか?」

「うん~、それより貯まったスキルポイント、何に振ろう?」


 ルリルリは4部屋目で、ハズミンは3部屋目でレベル8に達しており、弾美は迷わず片手剣にスキルを振り込んだのだが。

 瑠璃は2度のレベルアップ分、貯まった4ポイントを保留してあるのだ。何しろ、武器系のスキルはダメージ率などに影響するので伸ばし甲斐もあるのだが、水や闇などの属性スキルは、スキル10まで伸ばさないと無用の長物になってしまう。

 かと言って、属性スキルを伸ばさないと魔法を覚えられない。パーティのバランスを考えると、ルリルリが便利魔法を覚えていくべきだろうとは思うのだが。


「状態回復魔法、あった方がいいかもな。装備で半端に伸びてる属性を伸ばすのも、まぁ一つの手だけど。貯めとくだけなら勿体無いから、武器スキルに振れよ」

「何の魔法を覚えるか、ランダムなのが怖いよね~。……光か炎、伸ばしてみようかなぁ?」

「炎伸ばすなら、NMの落とした術書渡すぞ?」


 現在、装備で半端に伸びている属性は、風と光が+1に炎が+3である。光の属性魔法の初期に、状態回復魔法があるので、それを目指すのが良いかも知れない。

 瑠璃はちょっと迷って、結局光スキルを+3、攻撃ダメージ増量を目論んで細剣スキルを+1伸ばす事に。武器スキルはともかくとして、属性スキルは偶数に揃えておいたほうが管理しやすいのだ。


「あれ、装備落とすモンスター、湧いてないぞ?」


 瑠璃が振り分け操作をしている間に、弾美は通路を戻っていたようだ。しかし、最初の部屋に再ポップしていたのは、ネズミ型のモンスターのみ。


「ん~、ドロップ装備の個数管理のためっぽいな~。あの敵、経験値おいしかったのに」

「あ~、弱い奴しかいないのかぁ……どうする?」


 弾美はちょっと考える素振りの後、取り敢えずこのエリアを攻略しようと告げた。もう一つ、隣のエリアには、おいしい経験値のモンスターが存在するかも知れない。


「そうだね、一回は攻略して勝手を把握しとかないとね~。あ、スライムだけは倒しておこう」


 瑠璃の提案は受け入れられ、スライムを倒した経験値とポーションをゲットした後、二人は未踏のボスエリアへと向かう。

 一直線の通路の先には、さっきより一回り大きな部屋。モンスターも2種類4匹ずつの配置は先程と同じ模様。空中には蜂のモンスターが4匹、地上を徘徊するのは一見スライムを2匹くっつけたような、肌色のモンスター。

 時折、触手を伸ばして周囲を観察している。


「あれも、身体の部位のモンスターなのか? お尻に見えるが……」

「あれに踏み潰されたら、痛そうだね~」


 普通に、素で返す瑠璃。二人でそろりと近付いて、一斉に殴りかかると、触手のお返しが飛んで来た。案の定、お尻モンスターは踏み潰し技も使って来たが、ハズミンの方がタゲを取っていたので、コントローラー操作で直撃は受けずに済んでいる。

 手前の部屋の敵より明らかにHPも多く難敵だったが。二人パーティで息が合っていれば、どうと言う事も無く戦闘は無難に終了。


 次の敵に向かおうと部屋を移動するハズミンに、蜂が攻撃を仕掛けてきた。ノンアクティブだと思っていた弾美は、不意をつかれて一撃を喰らう。


「うおっ、麻痺したっ!」


 ハズミンの動きが、途端にカクカクと遅くなる。どうやら蜂は、麻痺毒をもっていた模様。ルリルリが慌てて駆け寄り、蜂に攻撃。二段突きで一気に勝負を決め、事無きを得る。


「……考えたら、毒受けたりしたら怖いよねぇ」

「二人揃って麻痺も、充分怖いけどな。ちょっと慎重に行こう」

「そうだね」


 ファンスカでは、麻痺も毒も、ステータス異常はほとんど万能薬で回復する。細分化してしまうと、ポケットからの使用が面倒過ぎるのがその理由だろう。

 それ故に、ポケットに状態回復薬が無いと言うのは、麻痺や毒を使ってくる敵を相手にする時には、結構な重圧になったりするのだが。値上がりした薬品を買うほど、二人はお金の余裕もない。

 普段の店売りはそれ程高くないのだが、まとめ買いの品薄後には高騰するのはどの薬も一緒。


 2匹目と4匹目のお尻モンスターから、布のマントがドロップ。順調に防御力が上がって行く。蜂の麻痺毒に苦しめられつつ、何とか部屋の敵を一掃、次の部屋へ。


「おっ、初めての獣人だ」

「ゴブリンだ~、気をつけないと!」


 部屋の敵を発見した二人の言葉は、警戒レベルに合わせてやや緊張していた。ファンスカでも頭の良い敵は厄介で、特に平気で魔法やスキル技を使ってくる獣人のたぐいは、低レベルでも強敵の部類に入る。

 ただし、彼らなりの文化を持っているせいか、ドロップも色々と豊富なのが嬉しかったり。


 一匹倒すごとに、必ずHPを全壊させる念の入れようで、部屋の獣人を駆逐して行くハズミンとルリルリ。それでも一度は、魔法の詠唱を止め損なって、ハズミンのHPが激減。炎の魔法に焼かれて二人で大慌ての一面も。

 瑠璃は悲鳴を上げながら、水の回復魔法を唱える。弾美も超接近戦を仕掛けて、追撃を何とか阻止。


「魔法は怖い! おっ、ゴブリン服を落としたな、これで端切れシリーズから卒業か」

「怖いね~、私も服欲しいけど……もうすぐボスの筈だから、ハズミちゃんが先かなぁ?」

「防御力が3つも上がるしな、じゃあボス戦だけ借りておこうか」


 オートマップの完成度から、あと1部屋が精々と二人は見て取ったのだが。案の定、次の部屋は今までと全く別の造りになっていた。

 気合いを入れなおして、最後の部屋に入る二人。


「仕掛け部屋かな? 敵がいないねぇ」

「……鏡と、足の位置を置く印があるな。瑠璃、導き出される答えは?」

「……ドッペルゲンガー?」


 ファンスカでは、結構有名な仕掛け。当たり外れ式のトラップで、当たりだと扉が開いたり仕掛けが作動し、外れだと作動させた本人のドッペルゲンガーが湧くという仕組みなのだが。

 ちなみに、湧いたドッペルゲンガーは、他人から幾ら攻撃を受けようと反撃して来ない。自分を湧かせた本体をひたすら殴り、取り憑き殺すという厄介で恐ろしい設定の存在なのだ。


 そんな訳で、ハズミンが印に乗っかり、ルリルリは少し離れた場所で待機。一瞬の間の後、鏡の割れる音と同時に、ドッペルゲンガーが出現した。

 闇属性のオーラを発し、ハズミンと同じグラフィック姿。但し、装備は分身の方が良い物を装着している模様なのがずるい。

 

 仕様の金縛り中に一撃を受けたハズミンが、怒涛の反撃を開始する。敵の攻撃も重く、武器の射程も攻撃間隔も一緒なので、回避が上手く取れないのがネック。

 かなりの熱戦が繰り広げられたが、二人パーティの底力、瑠璃の回復が勝負を分けた。勝ちを決めた瞬間、弾美と瑠璃はハイタッチ。ドロップ品には、初期武器よりは上等の片手剣や闇の術書など、良い物がちらほら。


「むっ、俺のキャラの分身だから片手剣落としたのかな?」

「そうかも~……あっ、ハズミちゃん! 鏡の割れたとこ、通路になってるよ」


 ぽっかりと空いた鏡の後ろの空間に、確かに薄暗い通路が見て取れる。二人がいそいそと入って行くと、すぐに行き止まりになっていて、壁に小さなレバーが一つ。

 弾美はそのレバーにカーソルを合わせ、選択ボタンをゆっくりと押す。瞬間、イベントCGが挿入されどこかの扉の閂が一つ取り外された映像が流れ――


 映像が終わった後、二人のキャラは元の中立エリアに戻されていた。


「一面クリアか~、掛かった時間は40分くらいだな」

「うん~、もうすぐ8時だね。……ちょっとサンドイッチ食べる」


 緊張が解けたら、思い出したようにお腹が空いてきた。瑠璃は朝食を取りながら、ちょっとお行儀悪く、コントローラーをいじって自分のキャラチェック。

 弾美もハムサンドを食べながら、ルリルリにトレードを申し込んできた。さっきの部屋で取得した皮の服や指輪を、どうやら融通してくれるようだ。

 ルリルリは、いそいそと着替えタイム。一部屋クリアしただけなのに、結構装備が充実して来た気がする。

 

名前:ルリルリ  属性:水  レベル:08

取得スキル  :細剣11《二段突き》  :水14《ヒール》    


装備  :武器  粗末なレイピア  攻撃力+5《耐久10/6》

     :耳1   妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

     :胴    皮の服 防+6

     :腕輪  炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

     :指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

     :指輪2 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

     :背    皮のマント 防+2

     :両脚  皮のズボン 防+4

     :両足   ゴーレムのブーツ MP+3、防+2

 

ポケット(最大3) :中ポーション  :小ポーション  :小ポーション


 NMドロップの指輪を融通して貰ったお陰で、ヒールの回復量アップが期待出来そう。前衛に必要な防御力も、ちょっとはましになった気がする。

 後は、メイン世界では割とポピュラーな、MP+の装備がもうちょっと欲しいと思う瑠璃なのだが。まだまだステージは序盤、この先に期待だとはやる心を抑えたり。


「ハズミちゃん、装備見せて」

「ん……今、着替え終わった」


 ハズミンも、入手した武器などを装備しなおしていたらしい。瑠璃に見せるため装備ウィンドウを開いてみせると、紙パックの牛乳を口に運ぶ。


名前:ハズミン  属性:闇  レベル:08

取得スキル  :片手剣16《攻撃力アップ1》 


装備  :武器  シミター 攻撃力+10《耐久12/12》

     :耳1   妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1

     :胴    端切れの服 防+3

     :腕輪  炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

     :指輪1 皮の指輪 防+2

     :指輪2 皮の指輪 防+2

     :背    皮のマント 防+2

     :両脚  なめしズボン 攻撃力+1、防+5

     :両足   皮のブーツ 防+3

 

ポケット(最大3) :小ポーション  :小ポーション  :小ポーション


 指輪やブーツで防御力は格段に上がったが、やはり瑠璃に較べて勝るのは攻撃力の高さであろう。前衛への慣れもあるが、殲滅スピードなど瑠璃は全く敵わない。

 弾美は食べ終わった朝食を片付けると、次のエリアに続く階段へとキャラ移動。瑠璃も慌てて口の中のパン切れを嚥下し、ルリルリを従わせる。


「待っててやるから食べ切れよ。次はどんなエリアかな~?」





 結果を言ってしまうと、最初に入ったエリアと全く同じ構造、全く同じ敵配置だった。弾美はこの手抜きにブー垂れながら、新しく入手した片手剣でどんどん敵を駆逐して行く。

 武器の攻撃力が上がったせいか、攻略速度が最初に入った隣の部屋とは格段に違う。瑠璃は必死に後についていって、弾美の殴る敵に標準をあわせ、何発か攻撃を入れるのがやっと。

 

 防具のドロップも、最初の部屋と同じくらいで1~2個がせいぜい。ボス部屋に辿り着くまでに、弾美も皮の服を入手。正真正銘、初期装備を脱する事が出来てご満悦。

 レベルもエリアの最初で9に上がり、もう少しで10が見えてきた。


「レベル10で種族スキル覚えるんだっけ? ボス倒す前に覚えておく?」

「そうだな、今インして30分くらいだから……後30分、雑魚倒して回りながらNM湧くかチェックしてみよう。ちなみに、次にボス部屋の仕掛け作動させるの瑠璃だからな?」

「……が、頑張る」


 あんまり美味しくない敵も、それなりの数を倒せば経験値は入ってくる。二人はそれぞれ部屋に散らばり、再ポップした雑魚をサクサクと狩って行く。

 2部屋目のエリアインから1時間が経過、レベルは上がったがNMの影は未だ無し。瑠璃はボス戦を前に、ちょっと怯えた声で時間縛りを口にする。


「2時間経過したら、毒状態になっちゃうよ~? そんな状態でボス戦は嫌だなぁ」

「むう、確かにそうだな。種族スキルも覚えたし、そろそろ行くか」


 覚えたスキルは、闇属性のハズミンが《敵感知》――範囲内の敵を簡易レーダーマップに捉えて、敵の接近や不意打ちを察知する事が可能になるスキル。

 水スキルのルリルリは《魔法回復量UP+10%》――そのものずばり、回復効果が上昇する効果で、回復の得意な水属性らしい初期スキル。


 種族スキルは、補正スキルみたいにセットしなくても効果が発動するのが特徴。レベルが10上がるごとに取得し、大体はその種族属性に見合った物を覚えていく。

 スキルを振り込んで覚えないで良い上に、冒険や戦闘に便利なスキルも豊富に存在する。逆に属性スキルみたいに、スキルを振り込めば誰でも取得できる物ではない。その種族特有のオリジナル特性なので、欲しいスキルがあっても種族が違うと取得は不可能なのだ。


「か、回復量増えたから、ハズミちゃんがボス湧かせてもいいよ?」

「そっちも武器必要だろっ? びびってないで、さっさと向かえ!」


 ところが、NMはボスエリアの手前の部屋に湧いていた。しかも、手強い獣人タイプで、二人を感知するといきなり攻撃魔法を使ってくる始末。

 勝ちはしたのだが、思いっきりHPもMPも削られた。瑠璃は過ぎる時間にじりじりしながらも、戦闘後のヒーリング終了を待つ。

 ボス戦にすっかり気を向けていた瑠璃は、あまりな演出におカンムリ。


「何か酷いっ、これって嫌がらせの時間稼ぎ?」

「大丈夫、まだ時間はあるから焦るな」


 いざボス部屋に入ってみると、今度は焦りよりも緊張感が湧いてきた。自分のドッペルゲンガーは、自分しか殴って来ない。心強い相方のハズミンは、タゲを取る事が出来ないのだ。

 何も出来ないまま、倒されてしまったらどうしよう……。


「心配するな、殴られている間に削り切ってやるから。自己回復しっかりな!」

「う、うん!」


 迷う心にようやく踏ん切りをつけ、ルリルリは装置を作動させる。出て来たドッペルゲンガーは予想通りの水属性で、切れの良さげな細剣を装備していた。

 もの凄く強そうに見えた気がするが、瑠璃の記憶はあまりはっきりしない。自分のHPゲージばかり見て戦闘していたせいかも知れない。

 たまに敵のHPゲージが目に入るのだが、ずるい事に敵も回復魔法を使っているらしい。弾美の荒い非難の声が、やけに心に響いた。

 

 弾美の声が敵を倒した雄叫びに変わった瞬間、瑠璃は思わず身体を硬直させて、自分の分身キャラのHPを確認する。何とか生きている事に、瑠璃も思わず叫んでいた。

 今日一番の、熱のこもったハイタッチ。自分のキャラにも労いの視線を送りつつ、妖精の警告が発される前に、仕掛けのレバーを操作して脱出。

 

「時間も丁度いい感じかな~、今日はここまでだなぁ」

「つ、疲れたぁ……」


 2時間ちょっとのプレイに、思わず脱力感を覚える瑠璃。気合いが入り過ぎたと自己反省しつつ、身体の凝りをほぐしたり。


 時計を見たら、まだ朝の9時過ぎ――連休は、まだ始まったばかり。

 

 



 ちなみに、今日の2部屋目のエリアのNMとボスの収穫。


 ――木綿のローブ MP+3、光スキル+1、防+4

 ――ブロンズレイピア  攻撃力+8《耐久11/11》


 後は水の術書とか、エーテルとか中ポーション。瑠璃の水スキルは、順調に育って行きそうな模様ではあるのだが。





 前衛操作に関しては……及第点はまだまだ遠いかも?

 


 


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