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♯02 ステージ2? 特訓が先!



「んで、結局ステージクリア出来なかったのかよ?」

「ああ、瑠璃がついでにレベル7まで上げたいって言ったから、ボス攻略引き伸ばしてたら……いきなり妖精が騒ぎ出してびっくり仰天!」

「……イベント説明文読めよ、弾美。2時間リミットは凄く大事なルールだぞ? その調子じゃあ、ライフポイント制の事も知らないだろ?」


 大井蒼空付属中学のお昼休憩。立花弾美と江岡進は、給食を食べ終えたあとの休憩時間、昨日プレイしたファンスカの情報交換に勤しんでいた。窓辺に陣取って、プレイの報告をする弾美と進の表情は、しかしどこか渋い。


 教室内は、明日からの連休を控え、どこか熱に浮かされた雰囲気に包まれている。弾美達にしても、ゲームをやり込む絶好のチャンスなのだが、イベントの話になると話は別。

 何しろ、昨日始まったばかりのイベントなのだ。情報はまだまだ少ないし、予期せぬ不手際も当然起こる。弾美のギルドも、当初の目論みは外しまくり。


「なにそれ? 妖精が何か言ってたっけ?」

「妖精は関係ない。多分レベル1からのスタートに気を遣ったんだろうけど、ライフポイントを最初は2つ持たされてて。1回はゲームオーバーになっても、イベント継続出来る仕様みたいだな」

 

 昨日のイベント攻略、弾美と瑠璃の最終的なステージ1の結末はと言うと。取り敢えず二人のキャラで、湧いた2匹目のNMを退治したまでは良かったのだが。

 瑠璃のキャラが、2匹目のNMを倒して貰った経験値のせいで。後ちょっとで弾美のキャラに、レベルが追いつくと意見を申し立て。

 雑魚を狩って、必死に経験値稼ぎする事20数分。

 

 気が付いたらエリアインして2時間が経過。その途端、アイテム欄の妖精がピヨッと出現。周囲を飛び回りけたたましく喚き出して物申すには――


 ワタシが張り巡らせていた障壁が、これ以上は持ちません。これからは徐々にHPが減っていくので、はやめに部屋に戻ってじっとしてるか休むかしてネ☆


 二人は慌てて狩りを中断し、最初にインした部屋に駆け込むことに。正直、HPの消耗はそれ程酷いレベルでは無かったけど、毒状態でボス戦に挑むのは、ちょっと無謀だと判断。

 進の話によると、HP減少の毒状態は15分毎に酷くなっていくらしい。リミット越えて30分後の毒状態は、レベル一桁のキャラには、どうにも酷だとの報告。

 なにより、ピヨピヨと警告しながら飛び回る妖精が、とてもウザい。


「まぁ、スタートはかなり出遅れたけど、2匹もNM倒せたし。瑠璃が前衛慣れしてないのはアレだけど……装備的には恵まれたし良かったかな?」

「うむぅ、先を急ぎすぎるのも考えものなんだなぁ。加藤と平野の事、昨日話したろ?」

「アホだな、あの二人は」


 幼稚園の頃からの友達なので、弾美は言葉に容赦がない。昨日メールで、進から簡単な報告が来たのだが、ステージ2からは2人でパーティが組めるようになるとの事。


 『蒼空ブンブン丸』の弾美と瑠璃以外のギルドメンバーは、4時半にはステージ2の中立エリアで合流出来て、会話も出来るようになったらしい。 

 話し合った結果、進とE組の久保田でパーティを組み、C組の加藤と平野でもう1パーティ。情報を交換しながら攻略しようと取り決めたまでは良かったのだが。


 徐々に混み出した中立エリアに、さっさと進んでしまった方が特策だとの判断を下したC組チーム。妖精アラームが鳴ってるのにも構わず、ステージ2に3つ存在する部屋の内の、最終エリアのアスレチックエリアに無謀にも挑んだらしい。


 ――結果、無残に敗退したのは、弾美にけなされている点からも読み取れる。


 こうなったら、ゆっくり攻略の弾美の作戦の方が、優れていると進は密かに感心する。レア装備を獲得出来た点だけ見ても、これからの進行には有利だろう。


 もっとも、弾美の攻略速度は考えた上の物ではないのだけれど。瑠璃に合わせていたら、たまたまNMを発見出来ただけ。一人でプレイしてたら、まず間違いなく見逃していただろう。

 ただ、偶然見つけたのが瑠璃一人だけだったら、返り討ちにあってた可能性も否めない。そんな事を考慮すると、意外と偶然の確立の低い巡り会わせだったのかもしれない。


「じゃあ弾美は、ステージ2から津嶋とパーティ組むのな? 今日は部活どうするの?」

「当然、出るよ。進はどうすんの?」

「連休前だしな、サボって久保田とイベント進める」

「って、淳もサボらせる気かよ!」


 久保田淳は、弾美と同じバスケット部員なのだが。ここら辺のイン時間の共有は、昨日の内にすり合わせておいたのだろう。ちなみに進は、バトミントン部に所属している。今日に限ってはサボる気満々らしいが。

 

 この調子だと、今日の部活の出席率は酷い事になるかも知れない。弾美は内心淳を恨んだが、ギルドマスターとしてイベントに力を入れる進の気持ちも良く分かる。

 弾美としては、2年でレギュラーナンバーを貰った手前、ホイホイと部活をサボるわけにも行かない。いや、元々体を動かすのが好きだと言う理由もあるが。


「まぁ、先に進んでイベント情報いっぱい集めておくから、その辺は勘弁してくれ。ちなみに、ステージ2は3部屋構造で、2部屋で仕掛けを作動させて3つ目の扉を開くパターンだな。3つ目は加藤と平野が失敗したアスレチックエリアで嫌な仕掛けがいっぱいらしい……失敗した奴らの言葉だから信憑性はあるかな」

「部屋の仕掛けは言うなよ、攻略する時の感動が薄れる。……ただ、瑠璃と組む上で聞いときたいんだが、二人パーティで攻略した感じの、難易度は?」

「装備も貧弱だし、スキルも精々1つだけど、死なないように気を遣えば何とかいけるよ。ボスもそれ程強いのいないし、問題は2時間縛りかなぁ?」


 それは仕方ないと、弾美は思う。時間縛りを無くしたら、ぶっちゃけ学校を休んでプレイする者も出るだろう。時間を掛けさえすれば、キャラはどんどん強くなれるのだし。

 以前のイベントでも、そういう失敗があったのだ。運営側は、相当頭を悩ませたのだろう。まさか、ここまで社会現象――とは言え、小さな街の中でではあるが――になるとは思ってもいなかったであろうし。


 ゲームの名前が売れれば、それなりに問題も発生する。地域限定のゲームですら、そういう一面を抱えてしまっている。その割には、運営の景品に豪華な物を用意して、競争を煽っている様にも見えるが。

 

「こっちはのんびり行くよ。それよりどうせイベントの時間限られてるんだから、本キャラの方でも集まってイベントしようぜ」

「そうだなぁ……連休中にオフ会しようって話もあるし、津嶋から相沢と林田も誘ってくれるよう頼んでおいて貰えるか?」

「おっけ〜、じゃあ今夜インして日にち決めよう」


 明日からの4連休――二人とも気分的には浮き浮きである。





 今日の放課後はいつになく騒々しく、ホームルームが終わっても雑談したり連休の予定を確認したりするグループが、教室や廊下のあちこちに点在していた。

 そんな中、素早く帰り支度を進める者、部活の用意をする者が混ざり合い、混雑に拍車を掛けている。


 弾美は、団子になって談話する人々の集団を華麗にすり抜け、大きなスポーツバックを抱えて部室へと移動する。部活のある日は、瑠璃に声は掛けない。瑠璃も、文化部の活動で図書館に入り浸る日もあるし、適当に時間を見計らって帰宅する事もある。


 部活のある日は、弾美は部活仲間と一緒に帰る事になっている。これは一年生の頃からの暗黙の了解なので、瑠璃は気ままに放課後を過ごす事にしている。

 今日も、友達と放課後の談話をした後、ゆったりとした足取りで図書館に向かう。頭の中で、連休中に読む本のリストを作り、部員の誰かがいる事を期待して。


 期待に反し、生徒は誰一人いなかったが、常勤の司書さんがにっこりと笑い掛けてきた。それからいつものように、椅子と熱いお茶を勧められる。

 ちょっと年配の女性の司書さんは、驚くほど書籍全般知識が豊富で、おまけに書道やお華にも造詣が深く、瑠璃はこの人が大好きだった。


「津嶋さん、連休は家族でどこかに出掛けたりするの?」

「全然、両親とも休みが取れないそうなので……友達とは遊ぶ予定あるんですが。お休み中に読む本を借りたいんですが、お薦めありますか?」


 その後は、本のタイトルや雑談で話が弾んだ。それから、丁度連休に開催される書道の展覧会に、司書さんの作品が展示される予定だから、是非見に来てと招待券を渡された。

 もっとも、入場自体は無料なので金銭的価値は皆無である。展覧日数と今こういう催し物をやってますという、告知の意味合いの強い招待状なのだ。


 瑠璃は是非行きますと、嬉しそうに返事をしたものの。内心、弾美が一緒に来てくれるかどうか、シミュレーションに頭をフル回転させていた。

 一人で観に行くのは、こういう催し物はさすがに味気ない気がする。しかも、瑠璃にはもう一つ、連休中に覗いてみたい催し物があった。さすがに二つも付き合わされると、弾美は難色を示すかも知れない。

 って言うか、かなりの確立で怒り出すかも。


 内心冷や冷やしつつ、いざとなったら同じクラスの静香と茜を誘って行こうと考え直していた瑠璃は、突然開かれたドアと聞き慣れた声に跳び上がりそうなほど驚いた。

 入り口には、部活中の筈の弾美が、制服姿で憮然とした顔付きで立っていた。


「ありえね〜! 出席者たったの4人で、ランニングだけで部活動終わりになった!」

「…………帰る? それとも、お茶飲んでいく?」

「お茶飲んで、一息ついて帰ろうぜ」


 司書さんが率先してお茶の用意を始めたので、瑠璃は恐縮して礼を言った。司書さんは、話し相手が増えるのは大歓迎だと笑い、弾美は先程の顛末を不満気に話し出した。


 弾美の話によると、意気揚々と部活に出たら、部室に集まったのは3年生のキャプテンと2年は自分だけ、後は1年生が2人で合計4人の有り様だったとの事。

 これではさすがにフォーメーション形式の練習は出来ないと、ストレッチとランニングだけで、今日の部活動は終わりになったらしい。気の毒な話だが、元々この中学は部活動に熱心ではなく、月曜と木曜日は練習を休みに定めている。

 

 生徒の中には、習い事や塾に通うものも多く、学校の周辺の至る所にそういった教室の多いことから、学校側が取り決めた配慮である。

 瑠璃の友達の相沢静香と林田茜も、ピアノ教室に週2日で通っている。大井蒼空付属中学はエスカレーター式にも拘らず、3割の生徒は学習塾に通っているようで、中にはユニークな教え方の個人塾もあるそうだ。


 そういう、部活はおざなり的な雰囲気は学生にも伝わるもので、本気で部活動に勤しむ生徒はあまり多くない。全国的に名を馳せる強豪クラブも皆無に近く、弾美の所属するバスケット部も、良くて3回戦進出が精々。県大会など、噂に聞く類いの都市伝説だと言われている。


 そういう話はさておいて、司書さんが弾美にも書道展の招待状を渡してくれたので、瑠璃はほっと胸を撫で下ろした。口は少々悪い弾美だが、人を傷つけるような事はしないし、実際かなり面倒見の良い性格なのを、幼馴染の瑠璃は知っている。

 

 お茶を飲み終え一息ついた後、二人はようやく腰を上げる。瑠璃は貸し出された3冊の本を鞄にしまい込み、司書さんにお礼とおいとまを告げた。

 放課後たった一時間しか経過していないのに、校内の人影はほとんど確認出来ない。どうやら、活動を断念したクラブは予想のほか多かったようだ。


「おまたせ、帰ろう」

「おうっ」


 瑠璃は、扉の前で司書さんに最後の挨拶。扉を閉めると、図書室の外で待っていた弾美の横に並び、歩き出す。さっき司書さんから仕入れた本のネタで、弾美もビックリする面白い話を口にしながら。

 弾美も、これで結構読んだ本の数は多い。お互い、好きなジャンルの傾向はまちまちだったりするが、読んでみて二人とも好評価を付ける作品も多いのだ。


 人影のまばらな校庭を、二人は他愛ない雑談をしながら帰路についた。

 




 マロンとコロンの散歩をいつものように済ませると、時間は午後5時を過ぎていた。昨日より1時間以上、弾美の部屋でゲームを起動させるのが遅れてしまっているが、元々今日は夕方のインはしない予定だったし、仕方が無い。

 特に気にする風も無く、いつもの手順で接続を進めていく二人。それでも瑠璃は、一応時間の区切りを口にする。


「2時間しかプレイしちゃ駄目なんだっけ? 私夕御飯の支度あるから、6時半が限界かも」

「おうっ、取り敢えずステージ1だけクリアしよう。そしたらギルドメンバーと交信出来る様になるそうだから」

「わかった、今日は頑張るよ、私!」

「進の話だと、レベル5キャラで楽勝だったらしいけどな、エリアボス。皆40分でクリアしたらしい」

「…………」


 そんな話をしている間にログイン完了。昨日の洞窟のような部屋に降り立つ二人。瑠璃は早速、癖になってる自分のキャラの装備やアイテムチェックを始める。

 ルリルリは相変わらず、泣きたくなる様な貧弱で情けない外見なのだが。それでもNM二体を倒した功績は大きく、良い装備がちょっとは増えた。レベルも何とか7まで上昇している。


名前:ルリルリ  属性:水  レベル:07

取得スキル  :細剣10《二段突き》  :水10《ヒール》    


装備   :武器  粗末なレイピア《耐久10/4》

     :胴    端切れの服 防+3

     :両手  炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

     :指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

     :両脚  端切れのズボン 防+2


ポケット(最大3) :中ポーション  :小ポーション  :小ポーション


  まだまだ装備欄はスカスカで、頭装備から始まって、盾やマント、靴すらも無い。アイテムも、ポーションをポケットに入れるのが精一杯。

 ただ、昨日弾美に倒して貰った火の玉NMから、恐らく当たりアイテムの『炎の短剣』をゲット出来たのはラッキーだった。攻撃力も初期装備より高いし、良い武器なのだが、短剣スキルの振り直しが必要なため、現在は使用を保留。

 それはともかく、状態異常を回復できる万能薬くらいは欲しいのだが……。


 それでもまぁ、取得スキルを2つ持っているのは心強い。ふと隣を見ると、弾美のキャラは既にエリアボスに突入していた。あっという間に、ボスのHPを削っていくハズミン。


 ここで慌てて追従しても仕方が無い。瑠璃はアイテム欄から、何気なく妖精をクリック。持ち物の中で、唯一使用しても消耗しないアイテム――考えた人は、ちょっと変だと瑠璃は思う。

 そう言えば、ライフポイント制というのが便利ウィンドウから確認できるらしい。って言うか、ハートマークが二つ、確かに並んでいるのが確認できる。

 昨日見落としていたのが、不思議でならない。


 ――あらまぁ、昨日あんなに尽くしてあげたのにまだこんな最下層でウロウロしてるの? 仕方ないなぁ……アナタってば、余程腕に自陣が無いのネ☆

 ちょっとでも力を貸してあげたいけど、今のワタシにはこれが精一杯。さっさと脱出出来るよう、しっかり頑張ってネ☆


 画面確認をしていた瑠璃は、いきなり語りだした妖精に暫し唖然。今日のご機嫌を伺おうと思って、何の気なしに『使用』したのだが……。

 間を置かずに、アイテム取得の音楽とログが表示され、ルリルリのアイテム欄に『妖精のピアス』の文字が。


 瑠璃は、完全に思考停止。――これって、ブービー賞?


「ハズミちゃん……妖精にブービー賞貰った」

「んあ? こっちは倒し終わったぞ、どした?」

「あっ、まだ移動しないで。ステージクリアすると貰えないかも?」


 そもそも、ボスを倒した時点で条件を外した可能性もあるのだが。弾美のキャラは、倒し終わった褒美のアイテム確認に忙しいのか、ボスを倒して通行可能になった昇り階段には、まだ移動してはいない。

 ってか、こっちのログにも無関心。妖精も、ここまで無視されるとは思っていなかったかも。


「おっ、エーテルと中ポーションとお金だけか、ちぇっ」

「ハズミちゃん、妖精の話聞いてあげて……」


 んっ? と言う顔で、弾美は妖精と言うワードに反応する。思い出したように、アイテム欄から妖精をクリック。何となく、過ぎ去る時間。

 瑠璃の方が、逆に弾美の所有する妖精の言動にどぎまぎしてしまったのだが。弾美が急に笑い出したので、条件をクリアしていたのが判明し、ホッと一安心。


 ――妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1


 それをいそいそと装備して、満を持して挑んだ、ルリルリの初ソロでのボス戦だったが。


 ――余裕過ぎる勝利に、どことなくモジモジする瑠璃であった。





 中立エリアがあるというのは、話には聞いていたのだけれど。小さな村くらいのスペースに、もの凄いキャラの数かひしめき合っていた。入ってすぐさまそれを目にした二人は、軽い眩暈に襲われたように、上体を同じリズムで揺らせてみたり。

 思考を停止させていたルリルリに、ハズミンからパーティお誘いのコール。すぐに承諾してパーティを結成しつつも、群集の多さにちょっとだけ辟易する。


「人が目茶苦茶多いねぇ……」

「そうだな、ちょっと分かれて情報収集しよう」

「わかった、あっちの方見てくるね」


 指で左の方を指差して、そちらにキャラを移動させる瑠璃。中立エリアの壁のグラフィックは、もろに土と根っこのみ。天井も同じく、さらに不気味な虫の徘徊なども付加されていたり。

 瑠璃は、見てしまった後思わず体を身震いさせる。


 弾美はキャラを反対側の壁に移動、人の列を確認する。不自然に美麗な造りの階段に沿って、恐らくは攻略エリア突入待ちの人の列。

 その先には、根っこの塊に埋もれた石造りの扉。全部で同じ構造の扉が、3つ確認出来る。右と真ん中の扉前には、ざっと数えてそれぞれ50人以上のキャラが列を成しており、一番左はその半分くらい。

 恐らく、左の扉が次のステージに繋がっているのだろうと、弾美は推測する。そのためには、右と真ん中の攻略が不可欠のようだが。


 次に弾美は、フレンドリストから進のキャラ『シン』と交信。他のギルドメンバーも、皆インしているみたいだが、同じエリアにいるかどうかは不明。


『進、今ステージ2に着いた』

『あれ、弾美? 部活出てたんじゃ?』

『人数集まらなくて、中止になった。それより今どこ?』

『ステージ3で、2つ目の部屋のイン待ち。ちょっと混んできてるなぁ』

『こっちは凄い混んでる。50人以上、並んでるように見えるけど』

『うえっ、まじか! 一組インするのに5分として、2時間以上待つ計算だぞ』


 うげっ、と思わず口に出す弾美に、瑠璃は不思議そうに顔を覗き込む。瑠璃の方は、あちこち歩き回った結果、鍛冶屋さんのNPCとアイテムの売店を発見する。残念ながら、武器や防具を扱うお店は無かったが、アイテム屋ではポーションや万能薬、エーテルを扱ってるのを確認できた。

 ……品薄で、思いっきり高くなっていたが。


「ハズミちゃん、万能薬1200ギルもするよ?」

「なんでだっ!」

「品薄状態みたい、みんな買っていったんだね〜」


 弾美はしばし熟考、さっと頭を切り替えて夕方の攻略を断念。進にその旨を送信し、瑠璃にもログアウトするように促す。

 チラッと時計を見ると、まだ5時半くらい。瑠璃のタイムオーバーまで、まだ1時間はある。弾美はオンライン画面から、メイン世界へのログインを再実行して、瑠璃に話し掛けた。


「まだ時間あるから、ちょっとメイン世界で細剣の練習するか?」

「あ〜、そうだね〜」


 幼馴染とは言え、そして虚像世界とは言え、あまり弾美に負担を掛けたくはない。瑠璃は素直に、弾美の提案に従うことに。

 

 何だか久し振りのメイン世界に思えるが、実際は3日振りくらい。こちらのルリルリも、レベルが下がってて、しかも変な服着せられてたらどうしようという怖い疑念も、すぐに晴れる。

 当然とは言え、無性にホッとしてしまう瑠璃。


 お気に入りの衣装もそのまま、自分の部屋で寛ぐマイキャラの姿に、張り詰めていた緊張もほぐれていく。瑠璃は一発攻略のイベントや、大物討伐のギルドの集いなどは、緊張してしまってどうも苦手だ。

 逆に、ストーリー性のあるミッションや、物語の楽しいクエスト、キャラ性が全面に出て楽しませてくれるファンタジーの世界観は好きなのだが。

 せっかくの連続ミッションなどの壮大なお話を、連続スキップで読み飛ばす他のメンバーの価値観は、自分とは相容れない感覚だと瑠璃は認識している。


 ほんわかしながらキャラチェックしていたら、案の定弾美が焦れてきたので、慌ててキャラ移動をさせる。街はどこか閑散としていて、期間限定イベントの存在感を改めて感じてしまう。


「安い奴でいいから、細剣買えよ」

「うん〜……あっ、スキルも熟練度も無いから初期の武器しか装備できないや」

「それもそうだな」


 武器屋を覗いて、初期の武器を購入。装備欄から装備させてやると、ルリルリのグラフィックが変化する。その後、狩り場というか訓練場をどこにするのかと、弾美の言葉を待っていたら。

 弾美の指は、弾むようにキーボードを叩いていた。どうやら、誰かと通信している様子。


「狩り場、どこがいいかな?」


 口にしながら、弾美のモニターを覗き込む瑠璃。画面下に表示されるログを追うと、キャラ名マリモと言うのが目に入ってきた。どうやら会話相手は、瑠璃も知り合いの街で唯一のペットショップを経営する店長のようだ。

 店名も同じく『マリモ』と言う、ブラジル系のハーフの店長は、リアルでも二人の顔見知りだ。


「おうっ、ブァマに移動して、街のすぐ外でやろう。経験値は入らないけど、簡単には死なないモンスターがいるから」

「うん……店長、仕事中なのにインしてるんだねぇ」

「暇だから、こっち来るって……仕事中なのにお気楽だな」


 二人して何となく虚ろな微笑を浮かべながら、目的地にキャラを移動させる。ブァマ行きの街間ワープを利用して辿り着くと、早速ハズミンからパーティ勧誘のコール。瑠璃が慌てて承諾すると、パーティ人数は3人を表示していた。

 既に、マリモもパーティの一員で、街の入り口でハズミンと一緒にルリルリを待っていた。瑠璃のキャラを確認すると、小さな体でいっぱいの喜びを表現する。


『店長さん……いつも思うけど、お仕事平気なの?』

『さすがにイベントは進められないけど、レジ以外は基本店番だからね。お客がいない時は、モニター見てても平気。今日はどこも空いてるから、NM倒しに行こうよ!』

『やだよ、客が来たらこっちほったらかしじゃん! この間酷い目にあったし!』


 うんうんと、思わず同意する瑠璃。キャラにも頷きのモーションを取らせるのを忘れない。部活の無い平日に、ファンスカにインすると、たまに狩りに誘われるのだが。

 大事な時に限って、接客が入るのか、突然動かなくなる通称フリーザー。困ったものである。


 小さな体が、怒ったように地団駄を踏む。店長のキャラは、土属性で見た目は肌の茶色いモグラ人間。人間を基準とすると、その3分の1くらいの身長で、体の割合からすると異様に大きな腕は、いかにも力持ちのモグラっぽい。

 土属性に秀でているのは当然だが、腕力や防御力の高い、前衛向きのキャラである。


 一方、弾美の闇属性キャラの見た目は、灰色の肌と黒髪の、ダーク系をふんだんに取り入れた人間タイプ。能力はSPが豊富で、スキル技で追い込む戦術に秀でている。ステータスに目立った強みは無いが、種族スキルと言うレベルが上がると自動取得する能力には、探索や隠密系が多く、狩りには強みを発揮する。


 瑠璃の水属性のキャラは、空色の肌に青色の髪の毛、魚をイメージさせる背ビレがチャームポイントの外見である。精神力やMP量に優れ、回復支援ではナンバーワンの安定力。

 ちなみに、瑠璃が水属性を選んだのは、後衛がやりたかったからではない。自分の名前から藍色を連想し、対応する色のキャラを選んだのだ。

 

 弾美の方は、キャラ選択を散々悩んだ挙句に光と闇の2択まで絞り込み、能力を考慮して闇属性に決定した。今では使い慣れた、お気に入りのキャラに育っている。


『そんな事言わないで、こんなに空いてる狩り場なんて滅多に無いんだから!』

『今日は、瑠璃の前衛練習がメインだよ』


 その言葉を受けて、瑠璃は装備したばかりの細剣を、掲げて店長に見せびらかす。とは言っても、一番安い初期の武器なので、まるで威厳は無いのだが。エモーションで調子に乗っていると、弾美に後頭部にチョップされた。


「フィールドに移動するぞ」

「うん……」


 ちょっと涙目になりながらも、瑠璃は素直に返事を返す。それからは、フィールドを移動しながらモンスターを見つけ、細剣で殴りかかる。店長の我がまま混じりのぼやきは弾美に一任し、ひたすら敵の攻撃危険エリアと、それをすり抜けて攻撃する技術の習得に余念が無い。


「ちがうちがう、背中向けずにバックステップでかわすんだってば!」

「うぅ、難しい……」

「モンスターをタゲって、攻撃範囲を表示させなきゃ。敵に近いほうがSP回復しやすいから、懐に潜り込むテクも覚えたほうがいいぞ」

「そこまでは、無理かも……」

 

 前衛の難しさを改めて噛みしめつつ、早々と弱音の泥沼にはまり込みそうな瑠璃。いつも後衛担当なので、敵との微妙な距離感とか、効果的なSPの溜め方なと考えもしなかった。

 後衛の距離感なんて、せいぜいが仲間に回復が届く範囲を確認する程度。後は、ヘイトを取らないように注意しながら、仲間を回復したり、支援魔法や攻撃魔法を掛けたり。


 戦い方のコンセプトが全く違うので、瑠璃が戸惑うのも無理は無いのだが。アクション性の強い戦闘と、美麗な3Dグラフィックが、そもそもこのゲームの売りでもある。

 多少の敵とのレベル差も、操作が上手なら何とでもなる。アクション操作が苦手な人なら、仲間でパーティを組み、戦術を駆使して戦えばよい。

 魔法剣士を目指してそこそこ強くなれば、少々のダメージは無効に出来るようになる。そうしたら、アクション抜きでも強い敵に挑めるようなキャラに育てることも可能だ。


 その他にも、範囲攻撃で敵を一掃したり、瑠璃のように後衛支援系を目指したり、育て方で色々と幅広いキャラが誕生する、それがファンスカの売りでもある。


『あっ、そうだ……明日暇なら、お店の方に遊びにおいでよ。せっかくの連休なんだしさ』


 近くの敵か枯れてきていたので、わざわざルリルリのために遠くから敵を釣って来ていたマリモが、思い出したように二人にそう言った。


『いいけど……何かあるの?』


 二人は顔を見合わせつつも、ちょっと警戒気味。店長は基本良い人なのだが、性格的にずぼらで頼りない所があるのだ。マロンとコロンの餌やペット用品でお店の世話になって、そこから二人は店長と知り合ったのだが、事ある度にちょっとした用事を頼まれたり。

 まぁ、バイト扱いでお小遣いをくれるので、それはそれで別に良いのだが。

 

『いやぁ、そう言う訳でもないんだけど、姉さんも会いたがっていると思うよ?』


「そう言われちゃ、断れないな」

「そうだねぇ、夕方のマロンとコロンの散歩コース変えて寄ろうか?」


 普段は繁華街とは反対方向の、街の外を流れる河の河川敷の公園が夕方の散歩コースなのだが。弾美はそれならと頷いて、店長に了承の返信をする。


『了解、先生に会いに夕方の散歩がてら向かうよ!』

『つれないなぁ、僕は二の次?』


 店長の姉は、ペットショップに隣り合った建物で獣医さんを開業しているのだ。マロンとコロンも散々お世話になっており、その人の名前を出されてはさすがに断れない。

 この人は弟と違ってしっかり者で、二人をよく気に掛けてくれる。


「何だか、予定立たないうちに行く所いっぱい増えていくなぁ」

「4日も休みあるから、全然平気だよ!」


 自分も弾美と行きたい場所があるので、間違っても大変だとは言えない瑠璃は、そう口にしながら曖昧な笑みを浮かべる。

 インドアで既に、ゲーム一日2時間と読書3冊分のスケジュールは……実は結構な重圧なのだが。


 その後の3人パーティは、無駄話が大半を占める中、瑠璃の修行に関しては中途半端に時間切れを迎えた。夜にも一応、インして様子を見ることを弾美と約束。混み具合によっては、エリア攻略にトライしてみるとの事。

 可能性は薄いけど、と弾美は付け加えていたが。





 夜には約束通り、瑠璃は自室のモニターの前で、自分のキャラをインさせて弾美の報告を待っていた。ログインはメイン世界の方で、静香や茜のキャラと情報交換や世間話をしたり、借りた本を読み進めたり。

 弾美はイベントの方の世界にインして、しばらくは混み具合を調べていたようだ。やがて今日は諦めたと言う通信が来て、明日の夜はギルドで集まって何かするから、8時から空けておく様にとの文面の通達が来た。

 静香や茜にも、同じ文面を回すようにと付け加えられて。

 

 文面でのやり取りと言うのは、何だか味気ないと瑠璃は思う。さすがに夜中に弾美の部屋に、しかもゲームのためにお邪魔するのは論外だが、言葉を交わしながら一緒にイベントを進めることの出来る時間が、瑠璃はとても気に入っている。

 例えて言うと、大好きな読書よりは今のところランキングが上な感じ。


 瑠璃の家は、兄が家を出て行ってしまって以来、彼女が独りでいる時間が極端に増えてしまっていた。読書する時でさえ、瑠璃は両親がいるときは一階に降りるのが習慣になっている。

 時には、ゲームも階下でする事もある。両親のゲームに対する理解は、他の家庭とそれ程変わらず低いのだが、瑠璃の学校の成績は優秀なので、うるさく言われた事は今までに無い。


 世間は連休なのに両親共に休みが取れない事を、ここ数日の夕食時に何度か詫びられていたのだが。お隣さんの弾美が、家族で旅行に出かけてしまったなら、恐らく留守の間にとてつもなく寂しい思いをしただろう。

 こう思っては何だが、弾美の両親も休みが取れない事を、瑠璃は密かに感謝していた。


 静香も茜も、そろそろ落ちてお風呂に入ると言うので。瑠璃も弾美に向けて、今夜は落ちますとの台詞を送る。


『んじゃ、おやすみ』

『おやすみ、また明日!』


 図書館で借りた本は、まだ一章も読めていない。お風呂に呼ばれるまで、もう少し読み進めようと、瑠璃はハードカバーの本を手に取る。





 ――ログアウト中のイベント告知画面では、妖精が魅惑的な笑みを浮かべていた。


 


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