♯01 期間限定イベント開始!
5月の始まりと共に、街中にはどこか不穏な空気が漂っていた。今の季節に丁度良い感じの青空が広がる平日の午後、他とは根本的に違う理念で創り出された、環境モデル都市『大井蒼空町』――区画整理も住居環境も設計段階からきっちりとなされ、住民もIT企業関係者とその家族を優先的に受け入れた街。
学園都市の側面も併せ持ち、有名な公立学園が建ち並び、学園生活に必要な設備もそこかしこに目立っている。
例を挙げると、国内屈指の書籍量を誇る図書館、総合体育館、音楽ホール、文化会館、毎月企画の変わる芸術会館などなど――。
学校に通う生徒達は、恵まれた環境の中で学園生活を過ごす事ができる。学校のカリキュラムも、もちろん他とは変わった独創的なものが多く存在する。
その一方で、全く関係ない事業でのイベントが、学生を中心に流行しているのも、この都市ならではと言えるのだが……。
「ファンスカの季節限定イベント始まったな!」
「朝のうちにダウンロードしといたけど、結構時間掛かったぞ」
大井蒼空町の学園エリアのほぼ南に位置する中学棟、一学年平均5クラスは、少子化の今の時代多い方だろう。さらにその中の2年B組の放課後、校内清掃ももうすぐ終わりで残りはホームルームを残すのみ。
「まじかよ、凄いひねった舞台とかかな、今回は?」
「よく分らないけど、前回は不評だったからな。それなりに力を入れてるかも」
教室掃除の行われる最中、主に雑談と掃除音楽の奏でる喧騒の中、立花弾美と江岡進は箒を片手にオンラインゲームの話で盛り上がっていた。一応、真面目に手は動かしているが、どちらかと言えば二人とも早く学校から解放されたいがため。
「今日は部活の無い日で良かったな、ギルドメンバー全員でイン出来る」
オンラインゲームと言ったが、実際はちょっと違う。このモデル都市は全家庭に高速光ファイバーで情報通信末端を提供しており、その通信元のケーブル会社が、2年前から立ち上げたケーブル通信参加型オンラインゲームが『ファンタジー スカイ』――通称ファンスカである。
ケーブル通信と言う性質上、ネットのように全国からのゲーム参加はあり得ず、プレーヤーは大井蒼空町の住人に限られる。それで採算が取れるのかは謎だが、環境モデル都市にはこれに限らず採算度外視のテストケースが至る所に存在している。
立花弾美と江岡進はかなり初期からこのゲームをプレーしており、同じ中学の友人同士で早々とギルドも作っていた。
立花弾美、キャラ名『ハズミン』はそのギルドマスター、江岡進はサブマスターをしている。まぁ、団員はメインで6人、サブを合わせても10人ちょっとしかいないギルドなので、たいした権威も無いのだが。
「パーティの概念が通用しないイベントだったら無意味だけどな。去年のイベントに一回無かったっけ?」
「あったなぁ、ソロでの競い合い……あれも伝説の外れイベントだったな」
進はため息をついて、教室の各机に配置されているパソコンのモニターをチラッと見た。ファンスカはパソコンのネット環境とは違うカテゴリーに位置するゲームではあるが、学校の環境からなら接続は可能だ。
しかし、万一パソコンの不正使用がばれたら、先生から大目玉を喰らう。女生徒の一人が、ハタキでモニターをパタパタして歩いてるのを見て、進はもう一度ため息をついた。
「他の中学生ギルドには負けたくねぇ……」
「まぁ、初日から脱落者の無いようにしようぜ」
どことなくのほほんとした表情で、弾美は言葉を返す。今までの期間限定イベントは、結構な難解試練が多かったのだ。その振り落としに引っ掛かると、酷い時には初日で参加条件を失ってしまう。
弾美の運営するギルド『蒼空ブンブン丸』は、過去にベスト5位に入ったことが一度だけある。その時の賞品の蒼空商店街専用商品券5千円と図書券3千円分は、とても美味しかった。
今回は絶対にそれを上回ってベスト3位に入ると、サブマスの進はイベント告知を耳にした時から意気込んでいた。一方、弾美の方はと言うと闘志は内に秘めるタイプ。朝のうちにダウンロードも済ませているし、内心ではもちろん上位を狙っている。
「まかせとけっ、ポーション系の消耗品も大量に買い置きしてるし、ギルドから脱落者は出させないぜ。イベント中は絶対値上がりするからな!」
「さすが我がギルドの参謀、頼りにしてるぜ!」
進の用意周到な性格に、何となく悪巧み的な雰囲気を醸し出しつつ、二人で箒を持ってニヤけていたら。ハタキをかけていた女生徒が、こちらを変な目で見ながら声を掛けて来た。
よく見ると、委員長の星野亜紀、クラス一番の権力者だ。
「立花君、江岡君、ちゃんと掃除して!」
二人は揃って顔を背けると、そ知らぬ顔でかき集めた床のゴミを回収するため、教室に散らばって行った。掃除の音楽は、残り時間後僅かを示していた。
「瑠璃、帰ろうぜ!」
ホームルームが終わると、弾美は隣のクラスで幼馴染の津嶋瑠璃に声を掛けた。A 組に所属する津嶋瑠璃は、部活は文学部で髪はショートカット、一見目立たない存在だ。だが、色白の肌と整った顔立ちは、学年内では意外と有名で隠れファンも多い。
性格も生真面目で、細かいところに目が届く。ファンスカでの所有キャラは通称『ルリルリ』で、ギルド唯一の完全後衛キャラ――俗に言う魔法使いである。本当はキャラ名『ルリ』で登録したかったのだが、既に誰かに先に登録されており、キャンセルされてしまった。
始まりは、弾美に半ば強制的に引き込まれたのだが、今では自分の育てたキャラに愛着を持っている。ゲームの世界観も、今では違和感無く受け入れている。
一方の弾美は、ファンスカでのキャラは長槍使い、両手持ち武器を使用するバリバリの前衛である。ギルドマスターで、キャラの熟練度もメンバー中で一番高い。
学校の部活動はバスケット部に所属、今年の春からレギュラーナンバーを貰った。身長は160センチを少し超えるくらい、日焼けした肌に精悍な目付きだが、笑うと途端に八重歯が覗いて可愛く見える。本人はそう言われると怒るけど。
「あ、うん。静ちゃん、茜ちゃん、帰ろう」
「おぅ、お前らも限定イベント参加するのか?」
瑠璃が仲の良いクラスの友達に呼び掛けると、弾美の後ろから進が声を掛けて来た。この女生徒二人は、瑠璃の影響で最近ゲームに参加してきた、割と新参者である。弾美のギルドの、一応サブメンバーとして登録しているが、正直レベルが違うので狩りは滅多に同行しない。
会話は必然的に期間限定イベントに集中していき、他のクラスからもギルドメンバーが帰宅集団に合流してきた。C組の加藤晃と平野弘一は幼稚園からの友達、E組の久保田淳は弾美と同じバスケット部員であるのが縁での加入だ。
さり気なく耳を澄ますと、周囲でもファンスカの話題が盛り上がっている。調べたわけではないが、この大井蒼空付属中学だけでも10を越す大型ギルドが存在するようだ。
ただし、狩り場でブイブイ言わせているやりこみ系のギルドは、進に言わせれば3つ程度らしい。意外と、ライトユーザーも多いのが実情なのかもしれない。
なにしろ、ほぼ無料でプレイできて、しかも動作環境が死ぬほどスムーズ。地域局地的な話題性もあり、ゲームに興味のある人なら一度はプレイしている筈だ。
しかも、学校から帰っても複数の友達とゲーム内で自由に会話できる。イン出来るプレーヤーは限られているので、変な遊び方やハラスメントをして来る者はほとんどいない。
ただの会話ツールとして、ゲームのシステムを利用しないプレーヤーも学生の中には多いようなのだが。そんな人達に対しても、キャラを着飾って遊んだりペットを飼うなど、システム管理者側が門戸を広げているのがよく分かる。
普段ではまずありえない、中学生や高校生、大学に通うものや時には社会人との交流やバトルが体験できるのも、プレイ理由として大きい。例えばだが、中学生は高校生に対して闘志を燃やし、高校生は大学生に宿題を見て貰い、社会人にバイトを紹介してもらう。
街でのイベントや発表会も、ゲーム内で告知されることがままあるし、言ってしまえば大井蒼空町にあるもう一つのバーチャル街なのかも知れない。
8人に膨れ上がった集団は、学校の校門から流れ出て、いつもの帰路へとついた。とは言え、モデル都市の宿命、住宅地として用意された場所は限られているので、自然と学生達の流れは一律になっている。
それでも15分も歩くと集団は自然に捌けて行き、弾美の帰宅チームも分かれ道ごとにばらけていった。今は弾美と瑠璃の二人だけ。洒落た通りに面する一戸建ての建物の前で、二人は立ち止まって暫し会話する。
出ている表札は『立花』と書かれており、その隣は『津嶋』である。二人の会話に割って入るように、二軒の庭先から大型犬の鳴き声が聞こえて来る。
「仕方ない、先に散歩を済ませよう」
立花家のマロンと津嶋家のコロンは、同じ親犬から生まれた兄弟で、同じ日に親元から貰われて来た。モコモコの毛の長い雑種で、小さい頃はとても可愛かったのだが……一度テンションが上がると餌を与えるか散歩させるか、とにかく遊ばせてやらないと落ち着きが戻らない。
鳴き声がひどいと近所迷惑になるので、二人ともそれなりに気を使っている。
ちなみに、仔犬が貰い手を探しているという話を聞きつけたのは弾美で、ついでにお隣さんの分もと、一緒に連れて行かれた記憶が瑠璃にはある。貰う子犬を選んで家に着いた時には、既に瑠璃が飼う予定の仔犬にも弾美によって名前がついていた。
……今から飼う予定の犬に、自分で名前を付ける権利が無いのは、ちょっとどうかなと思ったのだが。3日で気に入ったから、今では良しとしている。
「着替えてくるね、ゲームはハズミちゃんの部屋でする?」
「そうだな、夕飯までそうしよう」
二人はほぼ同時に玄関をくぐり、着替えのために各々の部屋を目指す。数分後にはお互い、散歩に適した動きやすい服装で、リードを手にしていた。
雑種の兄弟犬は、連れ立っていつもの道を走り出す。自然と弾美と瑠璃も、並んで小走りになっているのはいつもの事。
近くの川沿いの小さな公園まで、小走りで約5分。この時間、公園に人影は全く無いので、安心してリードを外してボール遊びをさせてやる。少し歩けば、橋を渡った先にもっと立派な公園があるので、この場所はいつも人気がないのだ。
この貸し切り状態も、いつもの事。
今頃ギルドの皆は、ゲームのバージョンアップのダウンロードに追われているのだろうか。瑠璃のクラスの静香と茜は、二人とも朝の内に母親に頼んでおいて家を出たと、帰り道で話していた。ここら辺の用意周到さを瑠璃は感心していたが、弾美はニカッと笑ってこう返していた。
「去年の一位のプレゼントに、家族で海外旅行プレゼントとかあったからな。親も少しは協力する気になるんじゃねぇの?」
弾美程には皮肉っぽく考えないが、確かにそうかも知れない一面はあると瑠璃は思う。もっとも、賞品の多いイベントは年に一度か二度と決まっていたような気もするが。
例えば、夏休み前とかお正月前だと、旅行券とか上位賞品に付いていたが、期間の短いイベントだと映画やコンサートのただ券や、食事券が精々だったりする。
瑠璃も弾美に倣って、朝の散歩のうちにダウンロードは済ませておいた。家に戻れば、直ぐにでもプレイ出来る。
弾美も同じ事を考えていたのだろう。いつもより早めに散歩を切り上げて、帰路につくべく犬達を競り立てている。兄弟犬のテンションは落ち着いたが、どうやら弾美のそれは朝から上がりっぱなしのようだ。
いつになく悪戯っ子のような表情に、瑠璃はちょっとだけ不安になった。
だって、いつも巻き込まれて振り回されるのは自分なのだから――。
コロンに水をやって、犬小屋に鎖を繋ぐ。昼間は鎖無しで庭の中を自由にさせているのだが、両親が戻ってくる前には繋いでおくのが津嶋家のルールである。
仕事帰りのお出迎えに、大型犬の前足スタンプアタックは、忍耐力のある大人でも辟易するものらしい。
その後瑠璃は、玄関に置いてあったタオルとお茶菓子の入った袋を持つと、しっかり鍵を掛けて隣の立花家にお邪魔する。
立花家も、平日は5時過ぎまで両親共に不在なのだ。津嶋家はもう少し帰りが遅いので、大抵は瑠璃が一品か二品、お惣菜を作って待つのが決まり。
無言で玄関を開けて侵入するのも慣れたもの、台所を見るとお茶の支度っぽい事を、弾美がしてくれていた様子。とは言っても、弾美と瑠璃の専用カップをテーブルに出していただけだが。
ポットにお湯は沸いていたので、素早くコーヒーの準備をする。トレイはいつもの所に置いてあるのを失敬、お茶菓子は持参してあるので問題なし。
せっかちに弾美が二階から呼ぶのが聞こえ、瑠璃は曖昧な返事をした後、トレイに二人分のマグカップを乗せてそろりと階段をのぼって行った。
立花家の二階は、数年前から弾美の天下だった。歳の離れた姉が家を出てしまっているので、一部屋を遊び部屋に、もう一部屋を寝室に使っている。
遊び用の部屋――本来は勉強部屋? のメイン家具はテレビと大きな本棚で、中央には小さな折り畳み机が置いてある。それから、人数分の座布団。トレイをテーブルに置いて、瑠璃は一息ついた。
テレビは二台。瑠璃が家から持ってきて、そのまま置きっ放しのサブ用の持ち運び液晶パネルにもしっかり電源が入っており、ファンスカのオンライン画面を映し出している。
「はやくパスワードを入れろ」
「うん」
プレイ人数を二人に設定、ゲスト用のパスワードをキーボードから打ち込みつつ、ゲーム筐体に接続されている自分専用の画面の位置をちょこっと調整。
このサブモニターは、兄弟や親子などで同じ部屋でプレイする時とても便利で、オンラインを同じ部屋で遊ぶと言う、ちょっとした流行を大井蒼空町にもたらしたのだ。
その他にも、対戦型シミュレーションゲームで自分のターンでの戦略を見せられないゲームなどでも、大いに活用できてしまう優れもの。
ちなみに、一つのゲーム筐体に4つまでサブモニターを繋げることが出来るし、今は更にマルチタップも売っているらしい。大学ではサークル活動で、日々同じ部屋でファンスカをプレイしているという噂も流れてきている。
もっとも、弾美の部屋の筐体は、今まで2台までしか繋いだ事は無いが。
瑠璃がパスワードを打ち終えると、画面はファンスカの選択画面に流れていく。プレイ選択では、季節限定イベントのイラスト入り告知と、その説明画面への移動カーソルを発見する。
ふと隣を見たら、弾美の画面は既にゲーム世界へのログインに移行していた。
「……ハズミちゃん、イベントの説明文読んだ?」
「読むわけないだろ、インして進に聞けばいいんだから」
お茶菓子をぱくつきながら、事も無げに言い放つ弾美に、瑠璃は諦めたように自分も期間限定イベントへのインを決行する。下手に遅れると弾美にうるさくせっつかれる事になるし、説明してくれる仲間がいるなら、一緒に聞いたほうが断然良いとの脳内判断。
同意文に承諾すると、瑠璃のサブモニターもログイン画面に突入する。その隙にと、冷めない内にマグカップを手にして口に運ぶ。
「ぬおっ、どこだここ?」
それは、全く見たことの無い風景だった。一足早くイベント世界に降り立ったハズミンは、陰気な感じの小さな部屋に閉じ込められていた。例えるなら、自然洞窟と牢屋を足して2で割ったような感じの空間。家具といえば小さな机と、かすかな灯りを提供するランプくらい。
出入り口は、木の根っこがすだれの様になっていて、ちょっと気味が悪い。
瑠璃のキャラもようやくログイン出来たので、彼女はいつもの癖で自分のキャラを取り敢えずチェック。その瞬間、違和感に襲われ――隣からは、大爆笑が湧き起こった。
「あははははっ、ありえね〜〜っ(笑)」
「服が……自分のと違う?」
「っていうか、レベルが1に戻されてるっ。酷すぎるっ(笑)」
なおも笑い続ける弾美に、瑠璃の方もちょっと可笑しくなってきて、口元がひくついてしまっている。どうやら今回のイベントは、今までとは全く違うコンセプトで開催されるらしい。
確かに酷いが……いや、説明文を読むのをはしょったこちらも悪いとは思うが。
「メンバーと通信もできないっ、これ完全別世界の上、ソロ仕様だなっ!」
「えっ、そうなの……?」
「ポーション買い溜めの意味無かったなっ、進は今頃泣いてるぞっ(笑)」
瑠璃も、必要かとMP回復薬のエーテルを幾つか買い込んではいたのだが……。全くの無駄になってしまった挙句、苦手なソロに挑まなければならないらしい。
確かに……酷い。キャラの確認ウィンドウを広げつつ、瑠璃は現状を把握する。弾美の言ったとおり、キャラのレベルは1に戻され、装備はぼろぼろの囚人服っぽい上下だけ。
ひ、酷すぎるっ! キャラの服装にこだわる瑠璃は、愛するマイキャラの萎れっぷりに泣きそうになった。しかも、武器すら持たされていない。どこかで入手するイベントがあるのだろうか?
隣で再び爆笑が起こった。机をバンバン叩いて、マグカップが危ないことになっている。弾美のそれは寸胴で重いタイプなのだが、瑠璃専用のは洒落た軽量なつくりなのだ。
「瑠璃っ、アイテム欄見てみっ(笑)?」
なるほど、装備していないだけでアイテム欄に武器があるのかも知れないと、瑠璃は慣れた操作でウィンドウを開く。
だが予想に反して、アイテムはたった2個しか持たされていなかった。一つは、一番回復量の少ない小ポーション。もう一つは――
「ありえね〜〜っ(笑)」
ハズミンは、どうやら早速そのアイテムを使用したらしい。ピヨッという感じで、元気に画面に飛び出してきたのは……。
ピロピロと飛び回る、小さな妖精だった。
――ここは魔力も生命力も、何でも貪欲に吸収してしまう大樹『グランドイーター』の根っこ部分なの。アナタは大いなる魔力を欲する魔女『フリアイール』の時空間トラップに捕まり、ここに放り込まれてしまったのネ☆
ワタシがアナタを見つけた時には、既にアナタの体も装備も、枯渇状態で手の施しようが無かったわ。ワタシが出来る事といえば、こうやって『グランドイーター』の吸収を遮る小さな空間を作り出す事くらい。この部屋を出ると、再び養分にされてしまうから気をつけてネッ☆
まぁ、ワタシが近くにいれば暫くは瘴気をシャットダウン出来るケド?
そうそう、何の武器も持たないのも危ないから、一つだけ武器をプレゼントしちゃう。あとは、ひたすら上の層を目指せば、同じように魔女に捕まった仲間に出会えるかもネ☆
「はあ……」
「おっ、やっと武器を手にできるのか……ってか、上に進めば合流出来るっぽいな」
何とも強引な設定も、弾美にとっては笑いのネタにしか過ぎない模様。突っ込みどころ満載の世界観も全く意に介さないままに、ゲームを始めている。
妖精が出現させた粗末なつくりの各種武器が空中で輪を作っており、弾美はそれを嬉しそうに眺めて選んでいる。その画面を見て、瑠璃は脱力状態から現実に戻ってきた。
自分の元のキャラは後衛なので、今まで武器のスキルも熟練度もほとんど伸ばした事は無かったのだが。両手棍のスキルに、MP消費量セーブなどの魔法使いに有り難いものが多かったので、必要に迫られちょこっと上げた程度。熟練度も、高レベルの杖を装備するために、弱い敵を殴って上げた程度。
お世辞にも、武器の使用に慣れてなどいない。
このイベントはレベル1から、しかもソロでの出発限定。と言う事は、ルリルリは前衛デビューしないといけない?
「ねえ、ハズミちゃん……私も前衛の武器を選んだら駄目かな?」
「むっ、そうか。レベル1からだと、完全別キャラ作れるな」
今までの使用で、慣れた両手槍を選ぼうとしていたハズミンは、慌ててそれをキャンセル。暫し考えて、片手武器から片手剣を選択しなおす。両手武器は確かに攻撃力は高いのだが、盾を装備出来ないので魔法の支援がないと辛い一面がある。しかも、種類があまり多くないので、一旦壊れてしまうと代わりが見つからず酷い目にあう事もある。
一方の片手剣は、種類は豊富だしありふれた武器の割には、特殊機能の付いた物が多く存在する。片手が空くので盾も装備できるし、ソロやブロック役のプレーヤーに好かれる、一番スタンダードな武器である。
瑠璃の方は、細剣にカーソルを合わせたものの、そこで躊躇していた。完全前衛は怖いので、ファンスカでよく見る魔法剣士のスタイルを目指したいのだが。
「レイピアか、二刀流覚えるまでは辛いぞ、攻撃力ないし」
「う〜ん、駄目かなぁ? 魔法剣士を目指したいんだけど」
「魔法剣士は、バランス取るの難しいけど……まっ、いいんじゃねえの? 合流したら、俺とバランス取ればいいし」
「そうだね。取り敢えず、細剣スキルと水スキル伸ばす方向で成長させていい?」
「オッケ〜、ってか俺も回復魔法覚えないと辛いかも」
などと相談しつつ、弾美のキャラは妖精に貰ったばかりの武器を装備し、さっさと部屋を飛び出していった。目に付くのは、お城の地下牢のような風景。部屋の中と同じように、自然洞窟と牢屋を足して2で割ったような景色に、血管のように木の根が壁沿いにはびこっている。
どうやらこれが『グランドイーター』の根っこらしい。
敵キャラは、至る所ですぐに見つかった。ゾンビのようなのと、スケルトンタイプのがメインの雑魚らしい。戦ってみて、これは雑魚キャラだとすぐに判明する弱さ。ハズミンはほとんどダメージを追わずに、経験値を稼いでいく。
マップは割と広いらしく、キャラが進んだ場所は自動的に記録されていく。瑠璃のキャラも、少し遅れて部屋を出た。
「おっ、スライム発見〜。むむっ、ポーション落としたっ!」
「どこどこ?」
「東の端っこ。おっと、レベルも上がった」
独特の音楽が流れて、ものの数分でハズミンはレベルアップ。HPとMPがちょっとずつ上がって、ステータスに振れるボーナスが2ポイント、スキルに振れるボーナスが2ポイント入る。
弾美は少し考えて、ステータスは体力に2ポイント全て振り込み、スキルは全く迷わず片手剣に2ポイント振り込む。
弾美の計画は、とにかくレベルアップの前半はステータス補正を体力に注ぎ込み、HPを増やして死ににくくする。腕力や敏捷など、戦士に必要なステータスは後から。
余裕があれば、回復系の魔法が出やすい、水か土のスキルを上げる。
このファンスカのシステムでは、スキルを上げるという事は、技や魔法を覚えるという事と等しいのだ。ダメージ率にも影響するので、高いに越した事は無いが、何より楽しいのは10,30、50、70と10からは+20を超えると自動的に覚える、特殊技や補正スキル、そして魔法であろう。
ただし、どうやら覚える特殊技の順番はランダムらしいので、なかなか自分の望んだキャラには育て難かったりする。
戦士を目指すハズミンは、取り敢えず魔法系のスキル群――光や闇、水や炎スキルには用が無い。その点、回復手段がポーションしか無くて一見不便だが、レベルアップで貰えるポイントだけであれやこれや上げるのは、とても大変なのだ。
「わっわっ、囲まれたっ!」
「……下手っぴ」
弾美が取得ポイントを振り分けしていた隙に、瑠璃のキャラは不測の事態に陥ってしまったらしい。ゾンビに絡まれたままスライムに突っ込んで、HPが半減したのにパニくって、虎の子のポーションを早くも使ってしまった模様。
そういうときに限って、アイテムドロップも渋かったり。
「……ポーション出ない」
「……お前、もうちょっと練習しろ」
それから1時間は、ひたすらレベル上げしながらスライムの再ポップを待ちつつ、ポーション集め。ルリルリに限っては、敵に囲まれない練習をしつつ、ダメージを受けずに敵を倒すコツを弾美に教わっていた。
30分もすればマップはコンプリート。エリアボスのいる昇り階段も発見して、ポーションが5個貯まったらボスに突入と、弾美は瑠璃に通達していたのだが。
――これがなかなか難しい。
「あ、ごめん……また使っちゃった」
「……お前、もう火の玉に近付くな!」
このエリアの敵キャラは、どうやらゾンビとスケルトン、その半分の生息数のスライムとコウモリ、さらに一番数の少ない火の玉のみのようだ。後は、エリアボスのゴーレムが一匹だけ。ボスの強さは未知数だが、雑魚の中では火の玉が一番強い。
それでもレベル5まで上がった二人のキャラなら、そこまで苦戦する筈は無いのだが。ハズミンの片手剣スキルは10に達し、めでたく最初のスキル《攻撃力アップ1》を取得した。
このスキルは補正スキルと呼ばれるもので、セットする事で攻撃時に常時発動する。下手な攻撃スキルを覚えるより使い勝手は良いと言えるが、瞬発性に欠ける。
一方のルリルリは、その瞬発力の高い攻撃スキル技《二段突き》を取得した。これはSPを消費して使用する技で、一気に敵のHPを削る力がある。
ただし、前衛に慣れていない瑠璃にとっては、余計に混乱の元になってしまっているのが現状だったり。一度弾美に見本を見せて貰って、その破壊力には感心したが、所詮は元のダメージの低い細剣。一撃で敵を屠るほどのパワーは、残念ながら無い。
補正スキルも攻撃スキル技も、セット数に上限があるので、増えて行くに従って選択に頭を悩ませることになる。普通は使い勝手の良いものを選択するが、狩り場や敵の属性によってセットを変更したりも出来る。
現状は、ひたすら数が増えるのを願っている段階だが。
「はやくスキル技出すのに慣れないと、マジでやばいぞ」
「うん……あれ? ハズミちゃん、変なの湧いてる」
「ぬおっ!?」
ルリルリが苦労して火の玉を倒した後、スライムの再ポップポイントに到着してみると、別ネームの一回り大きなスライムが鎮座していた。
プルプル震える姿は、どこかユーモラス。
「NMじゃないか、行けっ瑠璃っ!」
「か、代わって!」
急に瑠璃のコントローラーを持たされて、弾美は二つのコントローラーを手にあたふたする。画面の中では、NMに知覚されたルリルリが、今にも襲われているところ。
「バカ瑠璃っ、急に渡すなっ!」
とは言いつつ、冷たく幼馴染を見捨てる訳にも行かない弾美は、咄嗟に細剣スキル技の《二段突き》を使って、戦いの先手を取る事に成功する。
チラッと、自分のキャラ画面も確認。大丈夫、近くに敵は湧いていない。
NMのHPゲージは、スキル技を使用したにも拘らず、まだ余裕で半分以上残っていた。結構強いかもと内心感じつつ、キャラのSPゲージを確認。スキル再使用まで、まだもう少し掛かる。
突きを出しつつ、敵との距離を保つ。時たま酸を吐く攻撃は確かに強烈だが、モーションが大きいので、慣れれば割と簡単に避けることが可能。
スキル再使用可能と、ようやく便利ウィンドウの表示が知らせてきた。弾美はルリルリを操って、深く踏み込んで再び《二段突き》を放つ。
くっ付くほどの隣で、瑠璃がはっと息を呑むのが分った。踏み込みすぎて、こちらもダメージを受けてしまったのだ。だが、危険な酸攻撃ではなく、所詮は通常攻撃。再び酸攻撃の前のエフェクトを確認して、危険エリアを脱出する。
その途端、もの凄い範囲攻撃が来た。
「うわっ、うわっ!」
「うはっ、スライム油断ならないっ!」
360度の、全範囲攻撃。NMは特有の攻撃を持つものが多く、本当に油断ならないのだ。多人数で有利に戦闘してても、いつの間にか死人が出ていることも多かったり。
とは言え、敵のHPゲージも残り3割。弾美はポーションすら使わず、スライムの残りHPを危なげなく削り切っていった。
「わ〜、ありがとうハズミちゃん!」
「おっ、何か装備落としたなっ。俺も湧きチェックするから、暫くは乱心するなよ」
「う、うん」
酷い言われようだが、助かったのは事実。瑠璃は再び受け取ったコントローラーを持ち直し、感謝しつつ戦利品をチェック。
「指輪と水の術書と、中ポーションとお金をドロップしたみたい」
「おっ、こっちも発見! 指輪の性能は?」
「水スキルが+3と、精神力+1、あと防御力が1みたい」
序盤にしては、なかなかの性能である。水の術書は、使用すると水スキルが+1される。中ポーションは、中くらいの効き目のポーション。今のレベルのHP量だと完全回復してくれるので、ボス戦には有り難い。
ハズミンの方も、危なげなくNM戦に勝利し、瑠璃と同じ戦利品を得たようだ。しかもレベルが6に上がっていて、一時間のプレイではまずまずの成長率。
瑠璃は、自分のキャラの経験値もチェック。NMを倒したせいか、後ちょっとで上がるとこまで来ていたようだ。
「あっ、私も後ちょっとで6に上がる! 待ってて」
「いや、ポーション7個も貯まったし、そろそろボスを倒さないか? 雑魚の経験値、もう完全に不味くなってきてる……」
「あ、後ちょっとだから……」
ハズミンは7個も持ってるかも知れないが、ルリルリの方は小が2個と中が1個だけ。もっとも、ポーションを速攻(ボタン一発)で使うのは、ベルトポケットに入れておける分だけ――初期設定では3つが限界なのだが。
ポケットから以外で使うには、いちいちアイテム欄を開かないと駄目なので、極端に遅くなる。だから、3つ以上持っててもソロでのボス戦では事実上使用不可能。
瑠璃が引き伸ばしている理由は、強い敵に向かうのにひたすら自信が無いから。
そんな思いの中、ルリルリも何とか雑魚を倒した経験値でレベルアップ出来た。弾美に言われたとおり、最初の数レベルは、ステータスは体力に振り込み、次にスキルを振り分けようと画面を見遣ると。
細剣スキルは区切りの10で、水スキルは気付けば6になっていた。ルリルリは水属性でキャラ作成したので、最初から3ほど振り分けられているのだ。
そこに、指輪の補正が+3で、合計が6になった訳だ。そういえば、さっきのNMドロップで、水の術書を入手した。何気なく使ってみる。
見事、スキル+2アップ! 属性というのは強力で、同属性の使用だと、たまにこういう事が起こるのだ。これでボーナスポイントを注ぎ込めば、念願の魔法が覚えられる筈。
「む〜ん、この突き当たりの血文字の場所なんか、いかにも怪しいんだよなぁ……。でも、同じエリアで2種類もNMは湧かないかなぁ?」
ハズミンの方は、2匹目のドジョウを探しながら、目に付く雑魚を狩りまくっていた。雑魚キャラからはめぼしいドロップ品も無く、経験値も不味いとくれば、確かにこのエリアに留まる理由は無くなっている。
一方のルリルリは、ここ一番の引きを自分に期待して回復の方の取得を願う。ボーナスを水スキルに振り分ける――と、チリチリンと軽快な音が鳴って、魔法取得の合図。
《ヒール1》――念願の回復魔法である。瑠璃は思わず小躍りし、弾美はようやくルリルリの成長に気が付いた。
「おおっ、やったじゃん。これでボス戦も楽勝だなっ!」
「そ、そうかな? ……あれ、ハズミちゃん、また変なの湧いてる」
「ぬおっ!」
そこは先程、弾美が怪しいと踏んでいた場所で、ハズミンが無防備に立ち竦んでいるところに、特殊な名前の一回り大きな火の玉が、前触れも無く出現していた。
戦闘態勢を取るハズミンに、襲い掛かる火の玉NM。固くてHPも豊富で、かなり強そうだ。
「こいつっ、ひょっとしてエリアボスより強いかも!?」
「が、頑張れハズミちゃん!」
片手剣が何度も炎をなぎ、火の玉は魔法でハズミンのHPを削いでいく。ハズミンのポケットから、2度ポーションが使用されたが、3個目を使う前に勝負は決した。
弾美は小さくガッツポーズ、瑠璃は手を叩いて喜んでいる。
「よっし、2匹目ゲット!」
「おめでとう〜、何かいっぱいドロップしたよ!」
ドロップ告知を見ると、腕輪と火の術書、ズボンとお金が入ったようだ。経験値もたくさん入り、あと少しでまたレベルが上がりそう。
「強かったなぁ、こいつ。瑠璃、倒せそうか?」
「う、ううん……」
いかにも自信のない表情で、恐る恐るコントローラーを差し出す瑠璃。何かの伺いを立てるように、弾美に上目遣いで語りかける。
無言の会話は数秒続き、根負けした弾美は渋々コントローラーを交換。
――その日は結局、エリア攻略は出来ない二人だったり。
作者初の投稿になります。ファンタジーに作風が偏る傾向があるものの、何故か最初の作品は架空現代都市が舞台だったり(笑)。
書き溜めた分はともかく、定期的な投稿を目指しますのでどうぞよろしく〜♪