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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

足りない雪

作者: ウォーカー

 人工造雪機。

砕いた氷などを用いて、人工的に雪を作る装置。

スキーをするには雪が足りないスキー場などで主に使用される。



 冬。池に氷が張り、生き物は凍える季節。

厳しい冬の寒さを紛らわそうと、人々は趣向を凝らす。

スキーといえば、そんな冬のレジャーの代表格だろう。

雪が積もった雪山に上り、板切れを履いて滑り降りる。

たったそれだけのことに人々は熱狂する。


 方々を山々に囲まれた、ある田舎町。

その町は、自然だけは豊かで、豊かな自然を由来とする怪談も多く、

妖怪が出ると一部の人たちには有名なほど。

しかし、怪談で飯は食えぬ。

何か名物が必要だということになり、

スキー人気にあやかって町興しをしようということになった。

無い金をはたいて山にスキー場を整備し、

後は観光客が来るのを待つばかり。

そのはずだったが、ここで重大な問題が発覚した。

雪が足りない。

その町を囲む山々は、雪が降る時には降るが、降らない時は降らない。

この冬は雪が降らない冬だったようで、スキーをするには雪が足りない。

いやいや、まだ十二月だから。

十二月の内にフル稼働するスキー場などは珍しい部類。

本番はこれから。

その町の人たちはそう考えていた。

しかし、クリスマスを過ぎても、年が明けても、

スキーをするには雪が足りない。

そうして、この冬、

スキー場が使えるようになったのは、二月に入ってから。

いくらも経たない内に春が来て、スキーの季節は終わってしまった。

町は大赤字。

来年は何としても早くスキー場を使えるようにせねば。

そうして、その町では、雪不足を補うために、

人工造雪機を用意することになった。

どうせ人工造雪機を用意するのなら、

外部から買ったり借りたりするのではなく、

この町で独自の物を作って、あわよくば名産品にしたい。

そんな下心のもと、その町で人工造雪機を製造することになり、

ある男が、それを引き受けることになった。


 その男は、町の小さな工場こうばを営んでいる。

工場は祖父の代から受け継いできたもので、

町の近くを流れる川の清流を使った氷を製造していて、

主に近隣の飲食店などに卸している。

氷、というところに町は目を付け、

人工造雪機を用意するために、その男に白羽の矢を立てた。

製氷機と造雪機は似て非なるもの。

そんなその男の訴えも虚しく、町と工場の長い付き合いから、

人工造雪機の製造を引き受けざるを得なくなった。


そんなことが決まったのが、昨冬。

次の冬は人工造雪機を用意して、

何としてもスキーシーズンまでにはスキー場をオープンさせる。

その男の工場で人工造雪機の開発が始まり、

春が来て、夏が過ぎ、秋になり、

間もなく今年の冬を迎えようとしていた。



 「まずい。今年も雪が少ないみたいだ。」

工場の休憩室にて。

テレビで天気予報を見ていたその男は、

溜息を一つ、テレビを消した。

周囲にはガラクタの数々、試作した人工造雪機の部品が転がっていた。

町から人工造雪機の製造を請け負ってから早数ヶ月。

人工造雪機の製造は上手くいっていなかった。

元々が畑違いのことであるのも理由の一つだが、

他にも大きな理由があった。

それは、人工造雪機を製造するのにあたって課せられたこと。

出来る限りその町で賄える物を材料に使う、という条件があるせいだった。

材料でも原料でも何でもいい。

人工造雪機には、この町で採れる物を使うこと。

後に名産品になった場合の量産化を考えてのことだという。

既にスキー場を整備するために、町の予算の大半が使われてしまっている。

人工造雪機を用意するために使える金は極僅か。

それなのに、人工造雪機を町の名産品にしたい、などというという欲が、

人工造雪機の製造を一層困難なものにしていた。

「何もないこんな町で採れる物を使うなんて、

 そもそもそれが間違いなんだよなぁ。」

そう愚痴ってガラクタを放り投げ、頭の後ろで手を組む。

放り投げられたのは、

この町の近隣の山で採れた木材を材料にして作られた人工造雪機。

山の木々の爽やかな香りがする雪が作れる、というはずだったが、

できあがったのはただの氷を砕いただけの物だった。

秋は終わり、間もなく冬の時期になる。

このままでは、人工造雪機を用意することができず、

町のスキー場が使えない責任までその男が負わされかねない。

なんとかしなければ。

すると、玄関から呼び鈴が呼ぶ声。

悩むその男のところに、来客がやってきたのだった。


 「あんた、造雪機が欲しいんだろう・・?」

来客は開口一番、出し抜けに言った。

その男は呆気にとられて、目の前に立つ男を見やった。

いや、男なのかどうかすらわからない。

来客は中肉中背。

黒い作業着に黒いキャップを被っていて、顔はよく見えない。

声は電話のようにノイズ混じりで、男か女かもよくわからない。

そんな黒衣の人物がやってきて、

その男が今、最も悩んでいることをピタリと言い当てた。

信心深い人ならば、相手を神と崇めるかもしれない。

しかし、その男は、なんとか冷静さを保って応対した。

「あ、あなた、それをどこで。

 いや、きっと町役場かどこかで聞いたんだろう。

 とすると、業者の人だな。人工造雪機に心当たりが?」

「ああ・・。

 あんたが造雪機を作れなくて困ってると聞いて、

 今日はうちで作った造雪機を持って来たんだよ・・。」

黒衣の人物が半歩引いて、体を翻す。

すると、玄関先に、大きな黒い箱が台車に乗せられて置かれていた。

その男は訝しげな表情で尋ねる。

「これは?」

玄関先に置かれていたのは、一辺が3mほどの大きさの黒い箱。

手前側の面には、ボタンだのレバーだのの機械が取り付けられ、

箱の上からは、大皿ほどの太さの透明な管がうねっている。

「これが、うちが作った造雪機だよ。

 動かしてみせるから、見ててご覧・・。」

黒衣の人物が背を向けて、黒い箱についているレバーやボタンを操作した。

すると、黒い箱から伸びた管から、真っ白な雪が吹き出し始めた。

あれよあれよという間に、玄関先に雪が積もっていく。

望む造雪機が目の前に現れて、その男は雪を求めて玄関から飛び出した。

「なんと!本当に人工造雪機だ。

 雪質も良好。すぐにでもスキー場で使えそうだ。

 でも・・・。」

玄関先にしゃがみ込んで雪を触っていたその男は、

立ち上がって黒衣の人物に向かい合った。

「悪いけど、これは受け取れないよ。

 町から依頼された人工造雪機には条件があるんだ。

 この町で採れた物を使うって。

 それに、見ず知らずの業者から買うような金も無い。」

しかし、黒衣の人物は首を左右に振って応える。

「それなら心配いらないよ・・。

 この造雪機は、この町の近所の山でとれたものを使っている。

 代金もいらない。

 この町の役に立ちたいだけなんだ。」

「・・・なんだって?」

「うちが欲しいのは、金じゃないんだ。

 その代わりに、この造雪機を使ったデータを提供してくれればいい。

 そうしたら、業務提携ということで、

 この造雪機はあんたが作ったってことにしていいよ・・。」

今すぐ使える高性能な造雪機。

それを無料で、しかも自分が作ったものにしていいと言う。

あまりにも都合が良すぎる話。

頭でそれはわかっている。

しかし、今から独力で人工造雪機を作るのは、もう間に合いそうもない。

だったら。

ダメ元で試してみても良いかもしれない。

この黒衣の人物が親切すぎるのは、きっと町の紹介だからなのだろう。

狭い町だから、お互いに粗末にはできない。

時には無償で奉仕するようなこともある。

そうであれば、断るのは返って失礼というもの。

そうしてその男の結論は、都合の良い方へと傾いていった。

「・・・わかった。

 この黒い人工造雪機を試してみよう。」

「そうかい、ありがとう・・。

 じゃあ、操作方法を軽く説明しておくよ。

 電源はこのボタンを押すと入るよ。

 こっちのレバーで、雪の強弱を変えられるからね。

 電池を内蔵してるから、使用の際に電源に繋いでおく必要はないよ。

 何日か使ったら、夜にでも電源に繋いでおいてくれ。

 そうすれば朝までには充電が終わってるからね。

 詳しくは、操作説明書を置いていくから、

 後で読んでおいてくれ・・。」

そうして黒衣の人物は、

黒い造雪機を置いて工場から去っていこうと背中を向け、

それから思い出したかのように振り返って言った。

「そうそう。

 この造雪機の中身は、決して見ないようにしてくれ・・。

 中には人体に有害な物質が入っているからね。

 何か異常があったら、うちに電話してくれ。

 そうしたら、いつでも駆けつけるからね。

 いいかい?

 絶対にこの箱を開けて中を見ちゃいけないよ・・。」

黒衣の人物は口を結ぶと、今度こそ工場から去っていった。

「・・・本当に置いていったよ。何だったんだ?」

残されたその男は、一抹の不安、

あるいは齟齬のようなものを感じていた。

しかしそれが何によるものか、その時にはわからなかった。


 そうしてその男は、黒衣の人物から受け取った黒い造雪機を、

自分の工場で製造した新しい人工造雪機だとして、町に報告した。

町の人たちは特に不審がる様子もなく、

早速、その男は黒い造雪機を使ってみることになった。

黒い造雪機は、大きさの割には重くなく、山に運ぶのも問題にはならなかった。

今は十二月に入ったばかり。

スキーにはまだ早い時期で、山にも雪はほとんど積もっていない。

そんな木と土の色をした山で、黒い造雪機の電源を入れてみた。

すると、黒衣の人物が使ってみせた時と同じ様に、

伸びた管から真っ白な雪が吹き出してきて、山は瞬く間に真っ白になった。

「すごい。

 まだ十二月だというのに、山が雪で真っ白になった。

 雪質も量も申し分ないし、溶ける気配もない。

 これなら、今すぐにでもスキー場をオープンさせられるぞ。」

そうして黒い造雪機を使って、

山でスキー場として使う場所を優先して雪を降らせていった。

一晩様子を見たが、黒い造雪機で降らせた雪は健在。

この分ならすぐにでもスキーができる。

そうしてその町では早速、スキー場をオープンさせることにした。

季節はまだ十二月に入ったばかり。

そんなに早い内からスキーができると聞いて、

耳の早い観光客がすぐにやってきた。

「わぁ。

 このスキー場の雪、サラサラで滑りやすいね。」

「本当だ。

 まだ十二月に入ったばかりなのに、こんなにいい雪があるだなんて。」

「聞いたことがないスキー場だけど、来てよかったな。」

スキー場に来た観光客たちの評判は上々。

評判が評判を呼んで、その町のスキー場は、

すぐに観光客で賑わうようになった。

人工造雪機の製造を依頼した町も、引き受けたその男も、

賑わうスキー場を見て満面の笑顔。

そんな人々の頭上、山の上に置かれた黒い造雪機は、

命じられるがまま、絶え間なく雪を吐き出し続けていた。


 黒い造雪機を使ったスキー場の評判は、すぐに広まっていった。

十二月も始めからオープンしているスキー場があるらしい。

そこでは、特別な造雪機を使っているらしい。

その特別な造雪機を使えば、どこでもスキー場にすることができる。

評判はどちらかと言えば、スキー場ではなく黒い造雪機についてで、

その町には黒い造雪機に関する問い合わせが多く寄せられた。

黒い造雪機を貸してもらえないか。

なんなら、黒い造雪機を購入したい。

それらの連絡は全て、その男の工場へとまわされ、

その男は応対でてんやわんや。

スキー場で黒い造雪機を動かす時以外は、

問い合わせへの応対で付きっきりになっていた。

今日もまた、鳴り止まない電話に向かって頭を下げている。

「はい・・・、はい。

 ですから、当社の人工造雪機はまだ試作段階で、

 販売も貸し出しもしていないんです。

 量産して販売できるようになりましたら、ご連絡しますので。」

電話を切って、椅子にどっかと腰掛ける。

電話の呼出音を切って、その男はぐったりと机に突っ伏した。

「あの黒い人工造雪機の販売なんて、できるならとっくにやってるよ。

 もしも量産できたら、さぞ儲かるだろうなぁ。」

人工造雪機を町の名産品として販売する。

それは、当初に目的としていたこと。

叶うのならばそれに越したことはない。

しかし、あの黒い造雪機は、その男が自分で作ったものではない。

どんな材料を使っているのか、どんな構造になっているのか、

その男は何も知らない。

黒衣の人物から、中を見るなときつく言われているので、

箱の蓋すら開けたことはないのだ。

一縷の望みをかけて黒衣の人物へ連絡してみたこともあったが、

黒い造雪機の貸し出しや販売は一切許可されなかった。

「あの造雪機は、まだまだ量産の準備が整っていないからね・・。

 量産するには、少なくとも十年はかかるかもしれないよ。」

黒衣の人物はそう応えるだけだった。

その男は口をへの字にして腕組みする。

「量産に十年なんて、あの人工造雪機は何を使ってるんだ?

 十年かかる材料となると、石材か何かかな。

 それなら、その一部を他の材料に変えればいい。

 多少品質が変わっても、十分に売り物になるだろうに。」

黒い造雪機の材料が何にせよ、見てみないことにはわからない。

今は工場へ引き上げている黒い造雪機を、その男は横目に眺めた。

「・・・ちょっとだけ。ちょっとだけ、調べてみようか。

 もしも、代替できる材料がわかったら、

 あの業者も喜ぶかもしれない。

 それに・・・」

それに。

黒い造雪機を量産できれば、きっと大儲けできる。

町の名産品ができれば、うちの工場も有名になれる。

欲が欲を呼び、その男の目を眩ませていく。

腰が浮いて、足が動いて、体が移動していく。

行く先は、工場の中に置かれている、黒い造雪機。

開けたことはないが、箱の上には蓋のような継ぎ目が見える。

そっと手を添えてみる。

重い手応えはきっと蓋の重さによるものだろう。

鍵がかかっているようには思えない。

「ちょっとだけ。

 ちょっと中を見て、材料を確認するだけ。

 あの業者が言ってたデータ提供には差し障りがないはず。

 うちの工場には有害物質を防ぐ産業用マスクもある。

 中に有害物質があったとしても大丈夫なはず。」

そうして、その男は、黒い造雪機の箱を開けた。


 黒い造雪機の蓋を開けると、中には薄暗い空間。

そしてそこには、ボロボロの木を組んだ椅子。

椅子の上には、一人の女が座っていた。

いや、座っているのではない。座らされているのだ。

腕も足も胴も、頭すらも金具で椅子に固定されていた。

身動きなどできない姿。

女は黒く長い髪を垂らし、髪の隙間から真っ白な肌が覗いている。

それは、美しい艶の黒髪に、陶器のような白い肌だったのだろう。

しかし今は、傷んで乱れて見るも無惨。

髪には真っ赤な血がこびりつき、白い肌は傷だらけにされている。

黒い造雪機から伸びていた透明な太い管は、女の口に繋がって差し込まれていた。

「あわわわ・・・!」

箱の中に人の姿。

その男は腰を抜かしそうになって、黒い箱に寄りかかった。

たまたまそこはボタンやレバーがある面で、

触った拍子に電源が入ってしまった。

低い唸り声がして、黒い造雪機に電源が入る。

すると、女が急に苦しみだして、悲鳴のようなものをあげた。

頭に巻かれた金属の輪が、ミシミシと頭を締め上げる。

金属の輪の内側に棘でもあるのか、血がポタポタと垂れていく。

手足に巻かれた金属の輪から、バチバチと火花が散る。

電流でも流れているのか、皮膚が焦げて煙が上がっている。

胸に巻かれた金属の輪が、真っ赤に燃え上がる。

高熱になっているのであろう、皮膚が爛れて焼け落ちていく。

手足の先、指には一本一本に指輪のようなものがはめられている。

万力のように締まって、指の肉がブチブチと潰されていく。

椅子の背もたれから飛び出した棘が、耳を体を貫いて穴を開けていく。

器具が女の体を傷つける度に、女は血と涙を流し、悲鳴をあげる。

流れた血と涙は黒い箱の床に溜まり、赤黒い汚泥を作っていく。

その男が目を奪われたのは口の方。

女がくぐもった悲鳴を上げる度、口に差し込まれた透明な管の中を、

真っ白な雪が吹雪の塊のようになって通っていった。

黒い箱の外へと繋がる太い管からは、真っ白な雪が吹き出していた。

「まさかこれ、雪女か?

 口から雪を吐き出すなんて、人間の仕業じゃないよな。

 信じられない。

 この町は妖怪が出ると言われていると知っていたが、

 まさか本当に雪女がいただなんて。」

その男は胸に手を当てて、逸る気持ちを落ち着かせる。

それから改めて、黒い造雪機の中を見る。

やはりそこは、椅子に拘束された女の姿。

黒い髪に白い肌。

それだけならば人間の女に見える。

それよりも。

黒い造雪機が動作をするということは、

中に囚われている雪女を拷問することだったのだ。

雪女は拷問によって雪を吐き出し、それが造雪機となる。

雪質が良すぎたのは、雪女の出した雪だったから。

黒い造雪機の中に女が囚われ拷問されている。

しかもその女は、怪談に聞く雪女のようだ。

激しい拷問を受けても死なないのは、妖怪の生命力の為せる業か。

本人にとってそれが幸せなことなのかはわからない。

そこでようやく、その男は、

黒い造雪機の説明を聞いていた時の違和感の正体に気がついた。

「そうか、わかったぞ。

 あの業者は、この黒い箱を人工造雪機とは呼んでなかった。

 ただ造雪機とだけ言っていた。

 それは、この中に雪女が入っていたからか。

 雪女が出す雪は、人工物ではないだろうからな。

 まさか、この町で捕れた者ってのが、雪女のことだったとは。

 全く、思いもよらなかったよ。」

信じられない事実をいくつも目の当たりにして、

その男は頭を抱えた。

「どうしよう。

 女が監禁されているなんて、警察に通報しないと。」

電話の受話器を取って、警察へ電話をかけようとして、

そこに雪が積もっていることに気がついた。

先程、誤って黒い造雪機を作動させたせいらしい。

電話器に積もった雪はサラサラで、上質であることを感じさせる。

サラサラの雪が、その男の手を止めさせた。

今、警察に通報すれば、この黒い造雪機は使えなくなる。

そうすれば、この町のスキー場もおしまい。

スキー場を利用した町興しも、黒い造雪機を町の名産品とするのも、

そこから期待される儲けも名声も、全てがパァ。

祖父の代から続く工場も元通り。

細々とした経営で、明日はどうなるかもわからない。

金と名声と権力と。

雑音が声となってその男をそそのかす。

その男は受話器を置いて、黒い造雪機の中をそっと覗いた。

黒い箱の中では今も、雪女が体を傷つけられて、

血と涙と雪を吐き出している。

雪女の目は涙でぐちゃぐちゃで、

人が近くにいることも気がついてはいないようだ。

・・・人?

ある考えが、その男の頭の中に広がっていく。

混乱して加熱していた頭が、見る見る冷やされていった。

「・・・そうだよ。

 こいつはどう考えても雪女。つまりは人じゃない。

 だったら、箱の中に閉じ込めようが、傷つけようが、

 咎められることじゃない。

 こいつは人じゃない、造雪機の部品なんだ。

 何も悪いことはないんだ。」

そう呟くその男の表情は、まるで氷のようで、

口元だけが嘲笑うように醜く歪んでいた。

そうしてその男は電話器から手を離し、黒い造雪機へ手を伸ばした。

開け放たれていた蓋を持って、ゆっくりと箱の口を閉じていく。

蓋が閉じていって、降り注ぐ光が細くなって消えて、

箱の中の雪女は再び囚われの身となった。

その様子を、工場の窓の外から覗く人影。

黒衣の人物が、工場の外から中を覗いて、

黒いキャップに軽く手を当てて言うのだった。

「・・・毎度。」



今日も山に雪が積もる。

降るはずのない雪が、黒い造雪機から吐き出されている。

黒い箱の中で、雪女が体を傷つけられ悲鳴をあげる。

しかしその悲鳴は、箱の外には決して響くことはなく、

人々は上質な雪に酔いしれるのだった。



終わり。


 今年も冬になって、雪をテーマにした話を書きました。


雪といえば雪女など恐ろしい妖怪の怪談が豊富で、

でも妖怪が人間にとって恐ろしい存在なのは、

きっと何か理由があってのことなのだろう。

そう考えて、雪女が人間を恨むようになる出来事を空想してみました。


哀れな雪女がこの後どうなったのか、機会があれば書きたいと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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