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山と海の千年戦争  作者: 大魔王ダリア
7/11

輝く腑(はらわた)

「ロジカくん!」


 ほんわりした淡雪のような声が、購買へ向かおうとする炉鹿を呼び止める。

 喧嘩の余波で、シャーペンが大破してしまったのだ。それがシャーペンであったと知っているのは炉鹿だけだ。


「あ、俺か? 俺しかいないか、こんな名前」

「うん! ちょっとお話いいかな?」

「誰かと思えば三笠か。こうして話すのは久しぶりだな」

「だって、ロジカくん私のこと避けてるもん」

「三笠じゃなくて、大抵横にいる怪物に近づきたくないだけなんだがな」

「はーちゃんのことを悪く言っちゃダメ」

「はーちゃん⁉︎ そんな純然たる女の子みたいな渾名は、もしかしてアレのことを指してるのか?」

「だって純然たる女の子だもん」

「し、信じられない……お前、幻覚でも見てるんじゃねえか。一度病院行ってみろ。費用なら俺が負担してやる」

「病気じゃないよ? そして太っ腹」


 羽裔をオンナノコ扱いするのは烏を見てショッキングピンクだと言い張るような、大根を見てゴルフクラブだと言い張るような、頭のおかしな人間がする思考だ。

 あんな女がいてたまるか、と炉鹿は吐き捨てる。

 かといって男でもない。あんな男がいてたまるか。

 もう、生物ではないのだ。見た目だけは人間のそれで、一皮剥けば謎の物体が顔を見せるに違いない。


「私もどっちかといったら海の人間なんだよ?」

「三笠は毒されてないだろ。魚を捌いて売ってるだけで牙を剥いたりしねえよ」

「それならはーちゃんだって」

「その全身エリテマトーデスが発症しそうな呼び方をやめてくれ」

「どうしてはーち……羽裔ちゃんが絡むと冷静さを失うのかな」


 相容れないからだ。

 冷静とかそういう問題ではなく、生まれた時から嫌うようにセッティングされているのだ。御鏡は海に毒されていない。海の民の醜さ、腐った気風に毒されていない。それならば、毛嫌いする理由はない。

 同時に、山の民でもないため、羽裔と仲良くやっていけるのだろう。海との距離は、山との距離よりも近い。


「それで、俺に何の用だったんだ」

「あ、そうだった。最近、ちょっと気になってることがあって……」


 御鏡は家の周りに散らばる内臓の話をした。

 炉鹿は黙って聞いていた。


「……てわけなんだよー。嫌がらせってほどでもないし、でもなんだか不気味で。ロジカくん、またお願いできないかな?」

「構わないよ。午後に見に行く」

「え、今日の?」

「ああ。なんも予定がないしな。なんか不都合か?」

「ううん。……はーちゃんも来るけど、いっか」

「なんか言ったか?」

「なんでもないよ」


 今日は物理の宿題を終わらせなければいけない。

 はーちゃんだって、宿題に集中して喧嘩にはならないだろうと、そう思った。




 甘かった。


「貴様の頭の中は土砂崩れの被災地か? どんな神経してりゃこんなトチ狂った計算が生まれるんだよ!」

「アンタねえ、正しい答えが導き出されてるの! ほら、この赤丸! 模範解答と、答えが、合ってるのよ!」


 物理は模範解答を配って、自己採点して提出する宿題方式だ。

 ズルをしようと思えばいくらでもできるのに、それをせずに真面目にやるのは、羽裔の一本気でまっすぐな性格が表れている。


「導出過程って知ってるか? いくら山頂が整備されてても山道が柵なし獣除けなし亀裂だらけの急勾配だったら意味がないんだ」

「そんなのは意味もなく山に登りたがる変態の理論でしょ! 海はねえ、もっと素直なの! アンタには一生わからないでしょうけどね」

「誰が変態だ! 裸で海ん中泳ぎ回る露出狂に言われたくねえよ!」

「服着て泳いだら邪魔じゃない!」

「邪魔だから脱ぐのが露出狂だってんだろ!」

「ぎゃーす」

「ぎゃーす」

「どうして言い争いながら問題が解けるの……? それにダメ出しができるの……?」


 二人は片手で揉み合いながら、片手で解答してその過程のおかしさに突っ込んでいる。

 父親は山嫌いなので、炉鹿を歓迎せずに二階の居住スペースに戻って行ってしまった。


「軽食を持ってきたよ!」


 母親登場。赤や黒のシミがついた前掛けをつけたままだ。着飾らないサバサバしたおばちゃんで、話していて気持ちがいい。

 それに料理の腕もピカイチで、どこかの料亭で包丁を握っていたとしても遜色無い美味さだ。

 ジャコと和布の握り飯が、どうすればここまで美味くなるのか。

 もぎゅもぎゅと頬張りながら、羽裔は炉鹿を睨みつけた。


「そもそも何でアンタがここにいんのよ」

「何度も言っただろうが。三笠に頼まれた」

「そんならここで油売ってないで外に這いつくばって内臓を集めてきなよ」

「やかましい。それはもうとうのとっくに終わってんだよ!」

「終わってるならさっさと話して帰りなさいよ! さっきから邪魔ばっかして」

「報告しようとしたら貴様のその頓珍漢な解答用紙が目に入っていてもたってもいられなかったんだ」

「これのどこが頓珍漢なのよ!」

「解答以外の全てだ!」

「失礼ね! それはアタシの名前も出席番号も頓珍漢って意味?」

「ああそうだ! 何故なら書くところを間違ってるからな!」

「あ、ほんとだ」


 道筋など気にせず、何故か金脈を発見してしまう、癖の強い山師のような女である。


「内臓の謎が解けたんですか⁉︎」


 御鏡が食いついつきた。

 母親も父親も揃って、食堂に集まる。

 大事件の謎解きを始める探偵のようだが、そんな大層な話ではない。

 オーディエンスの態度も、まばらだ。羽裔はくだらんとばかりにおにぎりをばくばくと口に詰め込んでいるし、父親は新聞を読んでいる。


「三島で宝石店強盗か……物騒だなー」


 露骨に興味ないアピールをしているが、耳だけはピンと立っている。


「それで、だれが犯人なのかな? やっぱり野良猫かな?」

「それは無理ってもんだよ。いくら猫でも三メートルの柵を飛び越えられはしないだろう?」

「おかあさん……そうだよね」

「柵の通用口に鍵はかかってないけど、丸いノブを回さなきゃ開かないから猫には無理な話だよ。最近はサビついて硬いしね」


 母親が、炉鹿を試すように言った。

 炉鹿は動じずに、紙に家の周りの簡単な見取り図と、落ちていた地点を書き記した。


「こういうのは、点の中心を探るのが常套です。今回は、この辺り」


 赤ペンでぐるりと囲う。

 建物の側面、店と食堂が繋がるあたりだ。


「そこら辺は何もないわよ。用水路と、時々自転車が捨てられるくらい」

「なんで貴様が答えるんだ」

「文句ある?」

「貴様に文句がなかったためしがない。それに、水路と自転車意外にも、電柱がある」

「電柱なんてどこにでもあるでしょ」

「なあ、貴様は海の人間だから是非聞きたいんだが、魚の内臓を盗む時、その理由は何だと思う」

「さあ……アンタの顔にぶっかけるとか」

「やかましい。それ以外で」

「やっぱ、食べるためかな……栄養は豊富だし」


 内臓は職人の業によって切り離されたものだった。

 鮮魚の加工過程で出た腑のうち、商品にしないものはバケツに捨てられる。

 野生動物からしてみれば、格好の餌だ。


「おまけに太陽が当たればテラテラ光る。電柱の上に巣食う鴉にゃ絶好の餌だと思わないか?」

「そっか……そういえば最近、二階で本を読んでるとよく鴉が鳴いてるよ」


 通常、鴉の繁殖は初春から夏にかけて行われる。師走の迫るこの時期に自力で餌を獲れない子供がいるのは珍しい。だが、怪我という可能性があるし、成長が遅いのかもしれない。

 鴉は知能が発達した生き物だ。知能が発達すれば、余計なこともしたくなる。大きくなっても動けない我が子のために、捨てられる予定の腑を餌として運んでいたのだろう。

 気が急いて、いくつか運ぶ途中にこぼしてしまう。


「なるほどね……ま、そんなとこだとは思ってたけど」

「嘘つきやがれ」

「何よ。アタシだって答えはわかってた! うまく説明できなかったからアンタに譲ってあげただけよ。感謝しな」

「くっそ……鹿の角に刺されて悶え死ね!」

「アンタこそその大きな顔を潮水で洗ってやろうか!」

「ぎゃーす」

「ぎゃーす」

「ぎゃーす」


 また始まった。

 ぎゃーすが一つ多いと思ったら、父親も混ざっている。流石に二人相手では炉鹿の分が悪い。

 加勢するべきか御鏡は迷った。

 その必要はないとばかりに、母親の鉄拳が父親を襲う。


「遊んでる暇があったら皿を片付けな!」

「わ、わかったよ」


 おにぎりが乗っていた皿を抱えて流し場に逃げた。


「鴉さんか……子供想いのいい鳥さんなんだろうなあ」

「けど、電柱の上に巣を作ってるなら駆除しないとな」

「え!」


 放っておくと電線に傷がついたり、変圧機の故障の原因になったりするのだ。

 山間部を通る送電設備も、野生動物の巣にならないように工夫がなされている。


「でも、もし怪我してる子供がいるなら可哀想だよ」

「それにしても、別の人が通報して駆除されるかもしれない。今のうちに……そうだ!」


 炉鹿は外に飛び出した。

 何も、他人に委ねる必要はない。

 電柱の側面には大小様々の凹凸がある。滑り止めだったり、腕金だったり接続箱だったり、それらを使えば木登りの要領でさささと巣までたどり着ける。


「おーい、危ないよ」

「問題ない」

「アンタはね! 見てるこっちが危ないっての! いいから見たらさっさと頭から落っこちなさいよ!」

「貴様が最も危ないな!」


 本業の猿よりも手際よく登って、電柱の碍子のあたりをガサガサといじったあと、手に茶色い座布団状の物体を持って降りてきた。

 心なし、顔が青い。


「なーんだ、やっぱり無理してたんじゃん。よかったね、足から降りれて」

「あ、ああ……全く、腰が抜けそうだ」

「は? そう素直に認めるなんて気持ち悪いね」

「そりゃそうだ……腑だからな」

「そんなもん見慣れてんでしょ」


 喋るより前に獣の解体を覚えた。今更内臓に気色悪さを覚えるはずがない。


「で、怪我した鴉はいたの?」

「見ての通りだ」


 見なくても、キイキイと怯えたように鳴く声がする。逃げないのはつまり、逃げられないのだ。

 羽裔と御鏡が覗き込む。

 巣の中には、保護欲を掻き立てられる愛らしい小鴉と、親が運んできたで残りであろう赤い内臓のかけらと。


「こ、これって……」


 赤に混じり、キラキラ耀く腑が混じっている。

 羽裔が震える指でつまみ上げる。


「だ、ダイヤモンド……だよね」

「多分。カットされたやつは見たことねえからはっきりといえないけど……」

「どうしよう」


 三人の頭に、新聞の見出しのゴシック文字が浮かんだ。


『三島市内の宝石店強盗 逃走経路未だ不明』

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