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山と海の千年戦争  作者: 大魔王ダリア
3/11

誕生の山

冬だ。正確には十一月の十六日、金曜日。

 植物の葉を伝う露が凍りつき、ふわふわと化粧を纏う季節だ。

 霜柱を踏む感触というのは、年を問わず普遍的な快感を生む。

 この日、珍しいことがあった。

 奔放で放埒、暴れ馬ならぬ暴れ鹿と名高い炉鹿が寄り道をせずに帰宅したのだ。

 山肌を削り取った大空間に埋もれるような木造の家が、炉鹿の家だ。私有地としていくつもの山林を持ち、その中には微量ながらレアメタルも採れる鉱山も存在する川端家は、一般的感覚から言って富豪の分類に入る。

 あちこちの山に、合計六つの家を持ち、時期や気分によって時折引っ越しをする。今は冬に備えて、あまり雪深くならないところに住っている。空いている家は雇い入れた人間に管理させたり、旅行会社と提携して期間限定の宿泊施設として貸し出したりしている。

 家に入ると、軽快な破裂音が出迎えた。


「めりーばーすでえー、とぅーゆー」

「ごちゃごちゃだ」

「お誕生日おめでとう、ロジカちゃん!」

「母さん、頼むからちゃん付けはやめてくれ。伏して頼む」

「何よお、照れないでもいいじゃないの!」

「そうですよお」


 十六になった炉鹿を出迎えたのは、母親の天理(てんり)と使用人の神納律(かのうりつ)だ。

 天理は元アイドルで義理の母親、つまり父親が後妻に迎えた若い女だ。安っぽいサスペンスドラマのような設定だが、華やかなアイドルも山の暮らしに馴染んでサスペンスもホラーもなく生活している。

 律はもともと天理の妹分で、少々頭が緩く仲間内で浮いているのを天理に助けてもらってから懐いていた。天理が伊豆の富豪と結婚すると発表したとき、引退を惜しむ声や門出を祝う声などが飛び交う中で、「私もついていきまーす」と間伸びした声で言い切った。

 律は趣味で着ているフリフリのメイド服を揺らし、炉鹿を案内した。


「お客さま、こちらでございます」

「知ってる。俺の家だぞ」

「まあ」

「まあ、じゃねえよ。ほら、土産だ」

「これは……スティックキャンディ?」

「舐めてろ」

「このような勲章をわたくしめに……感動でお腹と背中がくっつきそうです」

「早う舐めろ」


 律と話すときはみょうちきりんなテンションに終始する。

 ぺろぺろちゅむちゅむと舐め始めた律を尻目に、家族と使用人が待つダイニングスペースへ向かう。

 使用人も言っても、たかだか二人だ。律を含めるとして、三人だ。


「ハッピータンジョービ」

「脳が破壊されるような祝辞はいらんぞ、父さん」

「お前も十六か……初めてのお使いはいつだったか」

「いきなり何を言い出すんだ」

「あら、知らないの? パパったら、今すっごくハマってるのよ」

「必死に先を急いでたとしお君が、帰り道で傷ついた鳩を助ける場面に、不覚にも涙してしまった……いかんいかん、私は永遠の三十五歳、歳は取らない涙腺も緩まない」

「父さんがアイドルになってどうする」


 しかも微妙なまでの年齢設定である。三十五歳。男性アイドルなら一番脂が乗る時期かもしれない。

 川端射蛙(かわばたいであ)の生業は、もちろんアイドルではない。食物、木材、鉱山資源などを販売して莫大な収入を得て、さらには山林に棲む貴重な動植物やキノコの研究に協力する見返りに大学から金が流れ、先に述べたように旅行会社に期限付きで家作を貸して金を取り、財政的には何の不自由もない。

 本人が何か働くわけで無く、全て部下任せだ。何か問題が起こりそうなものだが、今のところ何の問題もない。

 射蛙が炉鹿の誕生を祝し、並々と満たした杯を掲げる。

 コンプラに配慮して、水杯だ。

 受け取った炉鹿が、まるで憎き海を飲み干さんといわんばかりに一息で飲み干した。これが本当の酒なら、福島正則から大槍を奪い取れるだろう。

 飲み干したら、皆もそれぞれ乾杯して、食事に入る。


「我が息子と、としお君に、乾杯」

「俺の慶賀と同列なのか、としお君」


 そこからは飲めや歌えや脱げや壊せやの乱痴気騒ぎだ。

 特に、律は酒豪だ。小顔で童顔、現役の頃は「ファンタジックロリータ」と呼ばれ一定層から根強い人気を誇っていた律が、ウワバミも裸足で逃げ出すほど飲む。それはもう、海が酒であれば今頃地球は青くないであろうというくらいに、飲む。


「煮る前のろぶすたあは、緑色」

「それがどうした」

「さあ」


 普段から酔っぱらっているような人間なので、酩酊しているのかどうかわからない。だが顔が白いままだから、シラフなのだろう。

 天理の飲み方は、ちゃんとアイドルを心得ている。親指に乗るような小さな猪口で、くぴくぴと細かく飲む。それで、真っ赤とまでは行かない、桜色に肌を色付かせるのだ。

 射蛙は弱い。とにかく弱い。口に入れた瞬間酔っ払い、三十分もすれば眠りにつく。

 故にめでたい場でも出来るだけ口にしないのだが、調子に乗った律がぐいぐいと侑觴してくるために、結局は唯一酒の入らぬ炉鹿が寝床に運び込むことになる。

 そんな父が酔い潰れる前に、プレゼントが配られた。父からは新しい猟銃、母からは解体用の巨大な鋏、律からは電動工具セット、使用人二人から「太陽に吼えろ」のBlu-rayセット。


「おめでとう!」

「いや、なんか、ありがとう」


 素直に祝われると減らず口も叩けず、炉鹿は頭を掻いて照れた。

 猟銃は殺傷能力の高いホローポイント、前に持っていたやつより貫通力を抑え、反動も軽く狙いやすい。猟銃は安全上、貫通力が低い方がよろしいのだ。

 鋏は獲物を解体するための特殊なもの、おそらく赤ずきんちゃんが狼のお腹から助け出されたときに用いられたようなものだ。

 電動工具は、罠の改良に使う。炉鹿の密やかな趣味だ。

 太陽に吼えろは、わからない。使用人は、しきりに見てみろ見てみろと勧めるが、八百話以上あるので気後れしてしまう。ただ、どれだけの金を積んでBlu-rayを買い揃えたのかを考えると見ないわけにはいかない。

 プレゼントを配り終え、電気が消えて、ケーキが現れた。

 蝋燭が七本、灯っている。大樹を模した一本の大きな蝋燭を、小さい蝋燭が六本囲んでいる。

 雄大な大地を模したガトーショコラだ。大岩を栗で、森を抹茶の板チョコで、動物をメレンゲドールで模っている。


「さあ、一息に蝋燭を消しちゃって!」

「ふぁいとお」

「すうぅっ」


 吐き出す前に、無粋なインターホンが鳴った。

 タイミングがずれて、灯火が二つ残ってしまう。

 何事かと玄関に出てみれば、師走が迫る季節だというのに汗みどろになった宅配のお兄さんがいた。


「はあっはあっ、やっとついた……ずいぶん山の奥にあるんですね」

「ここら辺はみんなこうですよ」

「いやあ、お婆ちゃんの家にいる間の短期バイトなんですよ……受取印お願いします」

「そりゃ、慣れないですね。はいどうぞ」

「ありがとうございます。よいしょ」

「どうも……って重たっ!」


 受け取った炉鹿は、思わず腰を抜かしそうになった。巨大な荷物が、見た目以上に重い。発泡スチロールの中から、妙な匂いがする。

 宅配のお兄さんは、手紙のようなものも渡してきた。メッセージカードだ。

 手書きで、「誕生日おめでとう」とだけ書かれている。


「あと、これも渡してくださいって。彼女さんですかね?」

「そんな気の利いたもんはいませんけど……」


 こんな重い彼女は存在しない。

 炉鹿はかなり力がある方だが、それがひっくり返りそうになる重さだ。

 後ろで、突如現れた巨大な荷物に天理が驚いている。さらに後ろから、聞くに堪えない乱痴気騒ぎが聞こえてきた。


「これ、何が入ってるんですか? 変な匂いしますけど」

「ええと、たしか……ああ、ありました。これは……」


 聞きながら、発泡スチロールの蓋を恐る恐る開ける。

 中には、大量の頭と骨が入っていた。

 猟奇殺人、ではない。


「網代の岩波様から、鯛のアラを五十キログラムですね」

「おのれ岩波羽裔……誕生日に廃棄物を届けやがって。嫌がらせか」

「あらやだ、これはいいお出汁がとれるわ。でも、少し多すぎるわね。自治会の人たちに分けたら喜ばれるかしらん」


 臍を噛む炉鹿の横で、天理が呑気にそんなことを言っている。

 メッセージカードを握りつぶし、カンカンに怒りながら、ケーキごと吹き飛ばさんばかりに蝋燭の火を吹き消した。

 なお、届いたアラは地域ぐるみで余さず消費した。天理が三陸出身なので、大鍋で潮汁にして食べた。

 炉鹿はぶつくさ言いながら、四杯おかわりした。

 食品ロス、反対。

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