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静謐だけが満ちているような室内は仄暗い。部屋の広さに反して窓が一つきりしか無いからだろう。その窓さえも北側に向いている所為で、晴れた日中であっても射し込む陽光は室内を明るく照らし出すには足りない。だがそれで構わないのだ。この部屋は書庫であるのだから。
書庫の壁全面に沿うように、あるいは部屋の中央に間仕切りめいて、如何にも古びた風情の書架達が黙して屹立する空間。鼻腔に触れるのは微かな埃っぽさと、年月を経た乾いた紙の匂い。
ただ、静けさのみが雪のように降り積もってゆく。茫漠として静閑な一時。シェディールは書庫の出入口付近に佇立し、視線の先にいる人物の次の言葉を待っていた。
彼は此方に背を向け、先程の話の最中に書架から抜き取った本を開き眺めている。豊かではあるものの齢を重ねて色が抜け落ち、銀と見紛うようになった髪。だが、意図して正すでもなく凛と伸ばされた背筋には老いの衰えの気配は無い。
ぱらり、と枯れ枝染みた細く長い指先が頁を繰る。その音の余韻が書庫の静謐に吸い込まれて消え去るのを見計らったかのように、渋く深みのある声が発せられた。
「お前ならば、上手くやるだろう」
重々しいまでの威厳と共に己へと向けられた言葉。シェディールは粛然と老爺の背へ一礼をする。
彼は、まるでそれが見えてでもいるかの如く厳然と頷いた。