悪役?令嬢に転生したけど元平民の男爵令嬢の口調がおかしい。
皆に美人と褒めそやされながらも釣り上ったきつい印象の目つき。
ふんわり柔らか愛され女子というよりはザ・女王様っていう冷たい印象のお嬢様。
いつの間にか思い出した前世の記憶と照らし合わせた今世の私、ラヴァナ公爵が長女のミリッシアノ・ラヴァナの印象はそんな感じだ。
もう明らかに前世で愛読したお馴染みの悪役令嬢って感じ。
(現実に王政が敷かれるこの世界で比喩として「女王」という呼称を使うのはどうなのかって一瞬引っかかったけど頭の中だけの話なので許してほしい。)
更に言えば先日第二王子、セグリス・アドゥリウス様との婚約が国内で発表された。
まぁ5〜6年前から内定自体はしてたんだけどね。
国内外に正式に発表されたのが先日というわけだ。
この国でも貴族は幼少の頃から婚約するのが当たり前なのだが王族の場合は国内情勢の影響を受けることがままある。
なので我が国の慣例として一般貴族が婚約を始める5〜8歳頃ではあらかじめ内定だけ取り付けておき、問題がないようであれば(この国の成人年齢である)18歳の何年か前…特に学園に通うことになる15歳の直前に正式な婚約を発表するのが一般的なのだ。
美人ながらキツそうな見た目の王子の婚約者。
うん、見るからに悪役令嬢っぽい。
でもそれにしてはその元ネタっぽいような乙女ゲームやら小説やら漫画やら思い浮かばないのよねー…。
いや、テンプレすぎてアレもコレもどれもがそれっぽいって感じの方が近いかもしれない。
でもドンピシャで「これだ!」ってのがないのよ。
自分の名前で「あのどのルートを選んでも最後は必ず死ぬ悪役令嬢!?」みたいな衝撃とか鏡に映った自分の顔を「あの悪魔のようなお嬢様!?」みたいな驚きとか。
それともこれから通うことになっている学園の外観を見て「あのゲームの舞台そのままじゃん!?」っていうアレだろうか。
…たまにある「本人は全然知らなかったせいでいつの間にか死亡フラグをへし折ってた系悪役令嬢転生」とかを期待されるのは勘弁してほしい。
私にそんな周りを巻き込んでムーヴメント起こす竜巻の目みたいなパワフルさを求められても困る…。
出来るのなんて無難に真面目に卒なくこなすことくらいだよ……。
さて。
お決まりの取り巻きもそこそこ作りつつ(前世の記憶のある身としては勘弁してほしいけど結局は家の派閥の繋がりで交流してるというだけなので別にゴリゴリに学園内の派閥争いしてるわけではないので許してよね)婚約者のセグリス様と定期的にお逢いしつつ、無難に公爵令嬢として過ごしながら日々を過ごす中で。
これまた悪役令嬢もののテンプレ、元平民の男爵令嬢が転校してきた。
別にこの国でも片方の親が平民の嫡子が何かのきっかけで貴族の側の親に認知されて貴族社会に参入というの自体は珍しいことでもない。
…最もそれをそのまま発表するのは「裏でコッソリやるのが嗜みの不倫を堂々と公表した」というちょっと恥ずかしい暴露なので大抵の場合は「将来有望な平民の子を優秀さを見込んで養子にした」とか「幼い頃に攫われた実子が長年の捜索の結果ついに見つかった」とかそういう建前をつけるんだけど。
今回転入してきた男爵令嬢、アメリア・バーズ様はそんな建前もなく手を出した平民との娘を認知したとそのまま公表したらしい。すっごい根性だわ。
よく聞く話ではありながら私の世代では身近にはいなかった元平民の子、ということで学園内では転入前から密かに注目されていた。
もちろん私だってテンプレ悪役令嬢もののお約束として気にせずにはいられなかった。
でもさ、改めて考えたらさ。
言っても私だって前世では平民。
ワタクシ高貴な貴族令嬢ですのよ〜オ〜ッホッホッホみたいな気位の高さなんて別にないし喋ってる言葉だってコテコテのお嬢様言葉とかじゃなく、ちょっと丁寧語を混ぜたほんのり敬語レベルの言葉が普通だ。
(そりゃ婚約者さまのご両親である国王夫妻に対しては全力の敬語使うけれども。)
何なら周りの純粋培養の貴族子息子女に比べればよっぽど耐性のある自信があった。
悪役令嬢ものみたいに元平民の振る舞いに不快になるなんてことはないでしょ?
何なら仲良くなって実際にあるかどうかがよく分からない死亡フラグは確実に折っておけばいいんじゃない?と思っていた。
そう、思って「いた」。
「ンダオメェ? ッカヨォカァア?」
あぁ、今日もまたバーズ男爵令嬢の声が聞こえてきた。
ちなみにこれ、「ちょっと貴女?」と廊下で呼び止めた令嬢数人に対する返答だ。
たぶんだけど文章に直すと「何だお前?なんか用か?」だと思う。
さらにいうと本人的には「はい? どうかしました?」くらいのつもりで言っている。と思う。自信はあまりない。
口調的には完全にヤンキーにしか聞こえないのだが本人の振る舞いは別にそんな柄の悪さではないのだ。
貴族のマナーとしてはまぁ確かに美しい立ち居振る舞いというわけではないが前世の感覚からいえば「ザ・普通」っていう感じ。
何なら声だって別にドスを効かせてるわけではない。寧ろ可愛い。可愛いがこの国の貴族令嬢はあまり甲高い声が好まれず、ややハスキーで色っぽい声をと指導(そう、「指導」なのだ。マナーの一環として教え込まれる)されるのでバーズ男爵令嬢のような高い声は凄い悪目立ちの仕方をしている。
何というか…例えるならハチャメチャに口が悪い林家〇ー子師匠みたいな感じ?
声が耳に入った時点で思わず振り返りたくなる感じ。悪い意味で。
「い…いえ、貴女ちょっと…もうちょっとだけ静かに歩けません?」
「ァアァ? ン-カモンクアンノッァア?(え?そんなにうるさかったですか?)」
「ち…ちょっとうるさくて目立ってましたよ…?
もっとゆっくり歩けばいいんじゃないです…?」
「ハァア? ッメェラン-ナニィヤミイ-ヤガッテヨォォアァ!?(そんな…私が元平民だからって嫌味を言わなくたって…!?)」
「ヒイッ!?」
…あーあー…注意した方達がドン引きしてらっしゃる…。
いやまぁ私もドン引きしてるけど。
初めて彼女が話しているのを聞いた時は衝撃を受けた。
というか最初は何を言ってるか分からなった。物理的に。
しばらく聞いてみて物凄く言葉を崩してるんだっていうことにやっと気づいた時は驚愕だった。
「え、何語?方言?チンピラか何か?見た目は別に普通に可愛らしい女の子でしょ何であんな喋り方してんの!?」と混乱が酷かった。
周りの反応を見るに他の方達も同じ心境だったと思う。
バーズ男爵令嬢を見る目が完全に珍獣へのそれだった。
あまりにも衝撃的すぎて色々調べていくと、私の認識に対して根本的な思い違いがあったのだ。
私が今世で話してる言葉は当然といえば当然なのだが日本語ではない。
前世の記憶を思い出した時点では「私」は普通にこの国の言葉ーーアドゥル王国の公用語、アドゥル語を覚えていた。
で。
前世を思い出した私の中では今この国の言葉と日本語とを連携させ自動翻訳的に考えてる。
…なのだが、そもそも私が認識している「この国の言葉」というのが正しいけれども間違っていた。
言語学的としてのこの国の言葉は「新アドゥル語」という言葉を公用語として採用している。
だがアドゥル王国の貴族、王族が現在使っているのは新アドゥル語の元になった「旧アドゥル語」という言葉…正確に言えば新アドゥル語に旧アドゥル語特有の遠回しな比喩表現・過度とも言える装飾表現を多く含んだ「ホノリフィクス・アドゥル」だ。
逆に言えばホノリフィクス・アドゥルを整理し、簡便で実用的にしたより実用的・汎用的な言葉が国内外で公用語として扱われている「新アドゥル語」である。
しかし整理しておきながら貴族や王族は旧アドゥル語を多用するホノリフィクス・アドゥルを使うのが慣習となっている。
大雑把に言えば「古めかしいほど丁寧で目上の人にふさわしい」っていう風潮があるのだ。
じゃあ何でわざわざ新アドゥル語作ったんだよって感じだがそこは周辺国の言語の変化と足並みを揃えた結果らしい。
とにかく我が国の貴族にとって「旧アドゥル語を多用しているホノリフィクス・アドゥル」というのが「普通の言葉」で、それは私も例外ではなかった。
一方、「純粋な新アドゥル語」というのは例えば貴族を相手にしてる商人、王宮などの貴族の職場、あと身近なところでは貴族の家の使用人たちが仕事中に使っている。
また他国で勉強されている「アドゥル語」というのもここに当てはまる。
実際の外交ではそれだと相手の階級によっては崩れた口調扱いなので結局は旧アドゥル語的表現も学ばなければいけないらしいけど…。
で、挙げた例でも分かるかもしれないが「ちゃんとした新アドゥル語」は貴族としてはややカジュアル寄りでも国際的な位置付けとしては「そこそこフォーマルな言葉」扱いなのだ。
平民的にはかなり堅っ苦しく感じられるらしい。
じゃあ平民はどんな言葉を使ってるか?
まぁざっくり言えば「かなり崩した新アドゥル語」だ。
さて。
Q. 「旧アドゥル語を多用したホノリフィクス・アドゥルが当たり前だと思ってる貴族子息子女」にとって「かなり崩した新アドゥル語を使う平民」はどう見える?
A.メチャメチャ口が悪い
一通り調べた後、我がラヴァナ公爵家の平民の使用人たちにプライベートでどんな風に話すかやってみてもらったらいやそんな不敬なことできない旦那様や奥様にバレたらクビになるとかなり抵抗された後に渋々やってくれた。
「ッテモヨオゥ、ァニイヤァイィンダカッカンネェヨォ…(そう言ってもなぁ、何を話せばいいんだか…)」
「ォキゾッサマノメェデビッチォコマシタァナシィスッワケニャアイカネェシナァ…(お嬢様の前で俺たちの恋愛話するわけにもいかないしなぁ…)」
「あ、ごめんなさいもういいわ」
「…ごめんなぁ…」
「お嬢さんにお聞き苦しい言葉を聞かせちゃってさぁ…」
…そういえばうちの使用人たちって何故か目上であろう私達に妙にラフな口調な人が多いなぁとは思っていたんだけど今理解したわ。
平民の階級の人が話す範囲の一番丁寧な口調だったんだね。
聞いてみると彼らのちゃんとした新アドゥル語もかなり勉強した結果らしい。
というか出来なければ公爵家の使用人なんて夢のまた夢のようだ。
男爵家レベルでも新アドゥル語がきっちり話せない使用人は裏方雑用止まりとのこと。
…まぁそりゃそうか、仕事場で敬語ができませんなんて別の部分でよっぽど有能とかでなければ出世できなくても仕方ないって思うもん。
いや、前世でも敬語の使えない新入社員とかよく聞いたし、こっちの世界だって平民同士で仕事するなら別に勉強はしないレベルの話らしいから。
私と最も接する機会の多い侍女やお父様の侍従は貴族だし、直接接する上級メイドと執事は平民の使用人という立場だが専門教育として言葉や立ち居振る舞いは貴族相当の勉強をしてる。
さっき話を聞いた使用人たちだって他家だったら絶対に直接話をしない立場だ。
うちは使用人たちとフランクな関係でアットホームな職場なのだ。
…それでも崩していない新アドゥル語をキッチリ使わないとまずい、というのは今知ったところですけどね…。
はてさて。
先のバーズ男爵令嬢に関してしばらく観察をした結果、若干怪しい動きを見せたことが気になったのでお父様と国王陛下にご報告とご相談をし、王家側から影による身辺調査と彼女の狙っていることを探っていただくことになった結果。
私がうっすら警戒していた「可愛らしい平民育ちの少女が飾らない魅力で新鮮に映った高位貴族令息に見染められ寵愛を得よう」というざまぁものあるあるを画策しており、ターゲットには婚約者のいる方々(そもそも現在学園にいる高位貴族令息全員婚約しているんだけれども)、そしてその1人としてセグリス様も入っているらしいことが分かった。
そのため王家から学園に裏から手が入り、「現在の知識と学習意欲では当学園で学ぶ水準を満たさない」としてあっさりと退学処分。
ちなみに学園は王家からの話がなくても早晩退学処分を予定しており、学園の運営元である王家に話がいく予定だったらしい(問題行動を起こした訳ではない場合の退学処分に関しては学園と王家の話し合いが必要のため)。
全体的な座学が軒並み悪くて、更にマナー関連は「一切の点を与えられない」レベルだったとのことだ。
恐らくは「飾らない平民らしい美少女」の演出のため意図的に貴族的振る舞いを身につけないようにしたんだと思うけどね。
「ところで…殿方から見たら彼女は「飾らない魅力で新鮮に映った可愛らしい平民育ちの少女」だった?」
「…一言で言うと「山猿がドレスを着て学園に紛れ込んでる」って印象かな」
「山猿って…それは流石に失礼よ、セグリス様」
「仕方ないだろ…突然バタバタと近づいてきて何を言ってるか分からない甲高い声でキーキー言いながらクネクネしてたんだぞ…?」
バタバタ…キーキー…クネクネ…
ちょっと語彙が子供っぽくなってるわね…
バーズ男爵令嬢の退学処分に伴い、監督責任を問われたバーズ男爵家が王城出仕停止処分、及び他家から爪弾きにされるという一通りの「制裁」が決まった後、今回の報告書を持って来て頂いたセグリス様との定期交流会で彼女の印象を聞いてみたのだけれども。
…どうやら彼のお気に召さなかったようね。
「可愛らしい少女?そもそもアレを見て少女とどうやって思えばいいんだ?」
「いやぁ…顔は可愛かったでしょう?」
「可愛いか?学園の中でもパッとしない方の顔だろ
しかも化粧もしてないから学園で着てたドレスとも合ってなかったし、黙って座ってれば辛うじて可愛いと言えなくもないレベル…いやあの子座ってても背筋が曲がってたし首は座ってないし瞬きも無駄に多いしとにかく品がない」
「そんなこと言わないであげて、あれでも平民としては普通よ?」
「この国の平民ってそんなに品がなかったのか……?」
うーん、セグリス様って純粋培養だから…。
かく言う私も前世の記憶があるから、彼女に対して言葉はともかく立ち居振る舞いに関しては耐性がついてるだけよね…。
転生ものお約束の「こっそり屋敷を抜け出してお忍びで平民に紛れて城下町を散策」も、この世界では絶対にあり得ないことらしいから。
今回の件で分かったわ。お忍びで行っても単純にコミュニケーションが取れないわ。
こっちだってちょっと言葉を崩したくらいじゃ絶対に貴族だってバレる。
あ、ちなみにこの国では瞬きも貴族の立ち居振る舞いに含まれます。
式典で授与や発言するなど自分がメインの時は基本的に瞬きしないのよ。
初めて知った時「ムリじゃない!?!?」って心の中で叫んだわよ。
慣れれば意外と行けるのよね…コツは目の開きを8〜9割に抑えることです。
完全に気にしないのは本当に使用人か家族しかいないプライベートだけ。
瞬きもアイコンタクトや表情作りの一環に含まれるのでそうなってるんだよね…。
バーズ男爵令嬢は基本的に男性に対しては上目遣いのパチパチ瞬きっていういわゆる「ベタなぶりっ子」で、貴族令息には理解されなかった模様。
ちなみにアヒル口も軽くやってたけどどうやら周りからは「ヤンキーのメンチ切り」と「あぁ?」って口に見えてたみたいね。
…確かに言われてみれば似てるわね。
どうやらセグリス様は彼女に振り回されてお疲れの模様。
仕方ない、特別何かを出来るわけではないけどせめて労ってあげましょう。
こうして彼女の狙いは完全に失敗し、私は悪役令嬢扱いされることもなく、今日も平和に過ごすのであった。
お読み頂きありがとうございます。
婚約破棄ものお約束の「飾らない平民の少女に惹かれて」って設定、よく見るけどそんなふうに上手くいくか…?と思ったらこんな話が出来あがりました。
6/7 誤字報告を受け、言語の名称でややこしいところを修正しました。
ホノリフィクス…英語で「敬語」の意味です。
実際は敬語というより手紙の書き出しの「拝啓 初冬の候 益々ご清栄の事と心よりお慶び申し上げます」みたいな装飾をイメージしてます。