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104.メイドさんは見られた!?

カテリーナ一家とツラを合わせた後、ジュリオとアンナはパーティーに出席する為の準備をしなければならなかった。


パーティーに相応しい格好をするべく、メイドさんに衣装部屋へと通される。

そこにはドレスと礼服がアホのように並んでおり、ここは服屋の倉庫か? と言いたくなるほどだった。





「案内してくれてありがとう。後は僕らで勝手に選ぶから、君は部屋の前で待っててくれる?」





本来、メイドさんは着替えの手伝いもするもんだが、ジュリオは敢えてそれをさせなかった。

僕は王子に戻りません、と言う意思表示である。



メイドさんはジュリオの言葉に素直に従い、すぐに部屋から出て行った。





「あんた……その感じはやっぱり王子様だな……」


「まあね。十八年間王子様してたし」





メイドさんに指示を出すジュリオの良い意味での傲慢な態度に、アンナはやはりどこか引いたような顔をしている。



ジュリオも、アンナのクラップタウン女子っぷりには日常的にドン引きしているため、お互い様と言えよう。





「ほら、ちゃっちゃと選んじゃお。着たいドレスはある?」


「……悪ぃ……。たくさんのドレス見て混乱してて、正直今はこのドレス盗んで売ったらいくらになるかしか考えられねえ」


「……一着までなら許すよ。どうせ無くなってもバレやしないって。…………あ、これ冗談だからね? 本気にしないでよ?」





ジュリオはアンナの気を紛らわす為に冗談を言ったが、アンナはド田舎から初めて都会に来たような呆気に取られた顔をしており、いつもの行動力は発揮出来ない様子だ。





「僕が先に着替えるから、好きなドレス選んどいて」


「……わかった」





アンナは借りてきた猫の様になっており、不安そうにジュリオを見ている。そんな態度が可愛らしく、ジュリオは少し気が緩んだ。





◇◇◇





「どう? 似合う?」





ジュリオは繊細な金糸の刺繍が美しい上品な白い礼服に着替えて、アンナの前に登場した。





「何か、すげえ間抜けっぽいな」


「嘘でもいいから『ジュリオかっこいい♡』とか言えないの? 見惚れたりしない?」


「あんたに見惚れるのはしょっちゅうだよ。……でも、その服はなんかバカっぽいな」


「……正直僕もそう思うよ。喉が詰まる感じの服、嫌いなんだよね」





ジュリオはわざと残念そうな演技をしたが、本心ではアンナが『間抜けっぽいな』と言ってくれて安心したのだ。


だって、これは貴族の服だから。


貴族の服なんて間抜けっぽいと、言い捨ててくれて安心した。



これでもし『似合ってるよ』と言われたら、逃げ場が無くなるような気がしていただろう。





「ほら、アンナもドレス選んじゃお」


「ごめん……正直マジでわからん。質に入れた時の大体の値段はわかるんだけどさ」


「大貴族の宮殿に着てまでクラップタウンしないの! ほれ、さっさと着替えよ」





ジュリオはドレスを見て回りながら、時々めぼしい物があると、アンナに合わせて色を見比べた。





「アンナには……リボンやフリルがたくさんついた甘い雰囲気のは少し違うかな……。まあ、それはそれで可愛いと思うけど」


「…………」





ジュリオは何の迷いも無く、サラリと女に『可愛い』と言える男である。


その芸当が出来るのも、かなりの女慣れをしているからだ。


このように、女へサラリと『可愛いね♡』なんて言える男の背後には、数え切れない程の女の屍が転がっているものなのだ。



こんな男に騙されてはいけない。特にお前だマリーリカ、である。





「このピンクのドレス……この前テレビに出てた女漫才師コンビがこんなん着てたよな、確か。ほら、あの、のほほんとしたふたりだよ」


「そだね。……コンビ名なんだっけ? ペルセフォネ姉妹だっけ?」





アンナは適当にドレスを見ながら、どうでも良さそうな声で言う。



ジュリオはそんなアンナへ答えつつ、良さげなドレスを探した。





「あ、これなんかどう? 生地にハリがあって肌に合うし、色も黒と金でアンナの髪と目の色に合うし、縦ラインが入っててスッキリしてて良いかも」





手にとった黒いドレスをアンナに宛行い、どう? と聞いてみた。





「わかった。それにするよ」


「良いの? 他に好きなものとか無い?」


「……正直、何着たら良いかわからんし…………ジュリオが良いって言うなら、きっとそれが正解なんだろ」





アンナはうっすら笑ってそう言った。こちらを信頼しきったような顔をしている。


この女の信頼をここまで得られた事が、誇らしくて仕方なかった。





「着替えてくるよ」





アンナはジュリオからドレスを受け取ると、奥の着替え部屋へと向かった。





◇◇◇





「おーい! ジュリオ! 来てくれ!!」


「なに、どした?」





アンナに着替え部屋から呼び出され、ジュリオは長い金髪を上品なスタイルにくくりながら向かう。





「入るよ」





声をかけて部屋に入ると、そこには黒いドレスを着たは良いものの、背中のボタンを閉められず困っているようだ。



黒いドレスから見える剥き出しの白い背中に目を奪われる。

掻き分けられた長く白い髪の間から見える白い項に、噛み付きたい衝動を覚えた。




こんな風に、誰かに『何か』をしたいなんて思う事、今まで無かったのに……と、戸惑う。




 

「……」


「どした、ジュリオ」





ジュリオは数え切れない程の女や男から迫られて、その需要に応えるように寝て来た。


それは相手を慰め尽くす行為に他ならず、ジュリオ自身が欲求を抱いて相手にどうこうした事は無かった。


必要とされる事でその場限りの自尊心を得て、嫌な事から逃げたかっただけ。



それが、今。

ジュリオはアンナへ確かな性欲を抱いているのだ。


目の前の雌を貪り食いたいと叫ぶ欲まみれの雄の本能が出てきてしまっていた。



少女のような母デメテルが今の自分を見たら、「私の王子様じゃないわ」と泣き叫んで拒絶する事だろう。





「なんだよジュリオ……どう、し……ひゃっ!!!」





思わず項に触れてしまい、アンナは上擦った声を上げた。



その瞬間、ジュリオは自分がとんでもなく恐ろしい事をしてしまった様に感じ、手を勢い良く引っ込めた。 


この動作には、見覚えがある。



確か、追放されるきっかけになった舞踏会にて、ルテミスの手の甲の掠り傷を治癒する際に触った時、ルテミスが瞬時に手を引っ込めたあの動作だ。



清廉潔白で敬虔なペルセフォネ教徒のルテミスはきっと、ヤリチンでヤリ〇ンの自分の手が汚く見えて仕方なかったのだろうと思うが、あの動きはただの嫌悪でない様に見えた。





「アンナ、ごめん……」


「いや、別に良いけど……どした? 髪が邪魔だったか?」


「え? ……あ、ああ、うん。……背中のボタンに髪が絡んじゃいそうだったから……」





ジュリオは男のズルさを全開にして、逃げた。

そして、アンナのドレスのボタンを閉めながら、うわ言のように『ごめん』と呟き続けた。





◇◇◇





ドレスを着終わったアンナの髪のセットも終わり、ジュリオ達は部屋から出た。



しかし、そこにいる筈のメイドさんはおらず、ジュリオ達は辺りを探し始める。


すると、物陰から先程のメイドさんの声が聞こえ話しかけようとしたが、その後からカテリーナの夫であるオスカーの声も聞こえて来たため、反射的に壁に隠れた。 





「オスカー様……いつになったら私を抱いてくださるのです……? 奥様への愛は無いのでしょう? それに、奥様だって舞台俳優や他の貴族の男性と浮気三昧しております……。オスカー様が私と一夜を明かした所で、何も変わらないじゃありませんか」





メイドさんの台詞を聞くに、ザ・不倫現場であろう。



ジュリオは真っ先にラヴェンナの幼い顔が浮かんだ。


ラヴェンナの未来を祈るしか出来ない。





「すまない……。だが、例え夜を共にしなくとも、朝が来たら君を思うし、夜の月を見たら君を思い出すよ」





オスカーの口説き文句は、ジュリオもよく使った言葉である。



そしてその口説き文句は、『全く興味が無い相手をあしらう』時に使う言葉だ。



恐らく、オスカーはメイドさんに興味が無いのだろう。

全員が全員で無いにしろ、男とは興味が無い女でも食えるものなら食う生き物であるが、どうやらオスカーは興味が無い相手には一線を引くタイプなのだとわかる。


メイドさんは可哀想だが、それはそれで義理人情があるのでは、とヤリチンでヤリ〇ンだったジュリオは思う。



そんなジュリオ達に、誰かがいきなり近付いて来た。


その者は気配を一切見せず、ぬっと現れたため、ジュリオは驚いて声を出しそうになったが、アンナが咄嗟に口を抑えてくれて助かったのだ。





「誰だ、あんた」


「ただの家政婦ですよ」





アンナがその家政婦に声をかけると、家政婦はニヤッと笑って答えてくれる。



その家政婦の顔はいかにも『覗き見と噂話しが好きなババア』と言った顔をしており、どこのコミュニティにもこんなオバハンいるよな、と言う感想を抱く。


こう言うオバハンは人の秘密を知ると、まるでスピーカーの如くにその秘密をばら撒く上に、必ず語尾に『知らんけど』と付ける無責任さも持ち合わせている。



そんなスピーカーオバハンは、オスカーとメイドさんの修羅場を目撃して「あらあら」と嬉しそうな声を出した。





「オスカー様ったら、若い女の子に目が無くてねえ。……この宮殿で働くメイドも、ラヴェンナお嬢様の家庭教師も、みんなオスカー様のご愛人と言う噂よ。知らないけど」





ほら、やっぱり『知らないけど』って言った!


いるんだよなこう言うおばさん!!



と、ジュリオは自分の予想が当たった事に少し嬉しくなった。





「だけど、オスカー様ったら、女の子を甘い言葉で口説くくせに、手は一切出さないのよ。……きっと、揉め事を起こさない為の賢いやり方なのでしょうね、知らないけど」





オバハンは楽しそうにオスカーの噂話をしている。



そんなオバハン家政婦と一緒に、ジュリオとアンナは暫くの間、オスカーとメイドさんの修羅場を見ていたのだった。


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