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103.無邪気は最凶!?

カテリーナ襲来事件から数時間後の夕方、ジュリオとアンナはエレシス家の宮殿に向かう高級馬車に乗っていた。



スマホのメッセージ着信を確認すると、カトレアから『ジュリオくん、無理しないでね。帰ってきたら、みんなで焼き肉屋でも行こう。奢るよ』と絵文字だらけのメッセージが入っている。



その次にマリーリカから『ジュリオ。お母さんのご実家に帰るって、大丈夫? ……あのさ、もし、ルテミス殿下からカンマリーの事が聞けたら教えて……お願い。……あ、あと! アンナさんを婚約者って噓付いたのは、何か作戦とか意図があるんだよね? ……興味本位で聞きたいだけ!!』と適量の絵文字のメッセージも入っていた。





「聖ペルセフォネ王国最強の大貴族、エレシス家のご宮殿で開催されるパーティーねえ。……帰り際に厨房に忍び込んで料理パクろうぜ」


 

  


隣に座るアンナはあくび混じりにそんな事を言う。

いつもの通りのアンナで安心した。





「大貴族のパーティーって凄いからね。手付かずの高級料理が山の様に捨てられるんだ。だから、厨房から盗まなくてもタッパーに詰めて持って変えればいいよ。それで一ヶ月は食い繋げるし」   


 



ジュリオは持参した四つの紙袋から大量のタッパーをアンナに見せつける。





「あんた……すっかりクラップタウンの貧乏人が板についたな……何か……ごめん……」


「良いよ別に。手付かずの料理が生ゴミになるよりマシでしょ」





タッパーを持参した狙いは、一ヶ月分の食費を浮かせる事だけじゃない。



僕は絶対に王子には戻りません。タッパーに詰めた高級料理と一緒にクラップタウンに帰ります…………と言う意思表示だった。





「それにしてもさ、パーティーの付き添い、あたしで良かったのか? マリーリカさんとかの方がよっぽど適任だと思うけど」





アンナの言う通り、確かに大貴族のパーティーに連れて行くには、厨房から料理をパクろうぜとほざくアンナよりも、素直に貴族のパーティーを喜んでくれそうなマリーリカの方が波風は立たないだろう。





「来れば……わかるよ。きっと」





ジュリオは、エレシス家のパーティーに行けば自分が『どんな目に遭うか』も予想していた。


だが、そこへ行けばルテミスに――――弟に会える。


何を迷う事があろうか。





◇◇◇





ジュリオとアンナを乗せた高級馬車は、遂に聖ペルセフォネ王国の門をくぐった。



その時ジュリオは、自分は聖ペルセフォネ王国を追放された身であるのに、呑気に入国して大丈夫なのかと馬車の片隅に座る従者に聞いてみたが、従者が言うに『エレシス家からの招待ならば問題は無い』と言う事だった。



王家が下した追放命令でも、エレシス家の意志ならば特例が認められるこの現状を思うと、王家とエレシス家の間には、かなり絶妙な権力バランスがあるのだなと予想できる。





そりゃ、カテリーナおば様が僕を連れ戻して王の座に付かせようとするわけだ、とジュリオは呆れた顔をした。



だが、自分のようなアホが王になったら、この国は秒で終わるだろう。


 



「エンジュリオス殿下、アンナ様……目的地に間もなく到着いたします」





従者の言葉を聞いたアンナが、高級馬車の窓から外を眺め始めた。





「うお! すげえな! あれがエレシス家の宮殿……馬鹿でけえな」


「アンナ様、僭越ながら申し上げますと、あちらは宮殿では無くカテリーナ様の姪子様の犬小屋でございます」


「お、おお……」





馬鹿でけえ宮殿が犬小屋だと教えられたアンナは、力が抜けたような声で頷くばかりである。


生粋のクラップタウン女子のアンナはエレシス家の大貴族っぷりに圧倒されたようで、開いた口が塞がらないといった様子だ。





「エレシス家の宮殿はあちらにございます」


「…………何かもうデカ過ぎてわけが分からん」


「そんな気にしないで。僕の実家の三分の一くらいだってば」


「…………何で金持ちってのは皆でかい家に住みたがるんだ……?」


「さあ? 税金対策?」





大貴族のエレシス家にビクともしないジュリオの王子様っぷりに、アンナはドン引いたような顔をした。





◇◇◇





エレシス家のアホでかい宮殿内に案内されたジュリオとアンナは、カテリーナ達が待つ客間へと案内された。



その客間もバリバリの絢爛豪華と言った様子で、赤色の絨毯と金の装飾がギラギラと眩しい雰囲気の室内である。



アンナは完全に気圧されて怯みきっているが、ジュリオにとっては実家に似ていて懐かしさすら覚えた。





「エンジュリオス……よく来てくれたわね。待ってたわよ」


「お招き頂き光栄です。カテリーナおば様」





カテリーナは当たり前の様にアンナを無視して、ジュリオにわざとらしい微笑みを見せる。



その隣にはやや若作りした印象の中年の色男がおり、傍には小さな女の子もいる。年齢は三歳くらいだろうか。





「エンジュリオス、紹介するわ。こちらが私の夫のオスカーと娘のラヴェンナよ。……ほら、ラヴェンナ、ご挨拶なさい」





カテリーナから紹介されたオスカーとラヴェンナは、それぞれ上品な挨拶をしてくれた。


さすがは大貴族エレシス家のご挨拶だ。


どこぞの便利屋のヤンキーのように、バールを片手にご登場なんて事はしない。





「ご挨拶ありがとうございます。僕はエンジュリオス・リリオンメディチ・ペルセフォネ。そしてこちらは婚約者のアンナ・ミルコヴィッチです」


「……ども」





ジュリオはあくまで王子として振る舞った。



一方のアンナはそんなジュリオに付いて行けずと言った様子である。

   


明らかに不釣り合いと言った様子のジュリオとアンナに、カテリーナの夫であるオスカーが人の良さそうな顔で話しかけきた。






「エンジュリオス殿下、本日はお越し頂き誠に恐れ入ります。……殿下の様な素晴らしい御仁がカテリーナ殿の甥子様であると聞き、僭越ながら殿下と家族の縁を結ぶ事が出来たならば、恐悦至極に存じる事となりましょう」





オスカーの回りくどい貴族台詞をクラップタウン流に翻訳したら、



俺の嫁さんの弟が王子なら、さっさとそいつ抱き込んで権力握ろうぜ!



と言う事になる。





「なるほど……僕をエレシス家にお招き下さったのは、貴方のご提案でしたか」





そして、ジュリオは気付いた。



国民から泡銭のような支持を得てしまったジュリオをエレシス家に呼び戻して、権力を握ろうと提案したのはカテリーナでは無く、このオスカーである、と。



エレシス家の直系であるカテリーナの婿養子のくせにやるではないか。



ジュリオは湧き出る警戒心を王子様スマイルに押し込めながら、注意深くオスカーを見ていた。





「エンジュリオス殿下! 殿下はわたくしと従兄妹になりますのよね? お兄さまと呼んでも良いかしら?」





ラヴェンナがよちよち歩きでジュリオの元へとやって来る。


幼いラヴェンナは、どこか母デメテルに似た儚げで甘い顔立ちをしており、ジュリオは懐かしさと同時に……息苦しさを覚えてしまった。



そして、自分が何故息苦しさを覚えたのかが理解出来なかった。





「こらこらラヴェンナ。いくらお兄さまが欲しかったからとはいえ、殿下にそんな失礼な真似をしてはいけないよ」


「……はい、オスカーお父さま……」


「まあ、殿下が本当のお兄さまになってくれるなら、話は別だけどね」





しょぼーんとしてしまった幼いラヴェンナを、オスカーは優しい顔で抱き上げた。


そして、ジュリオに意味ありげな流し目を送ってくる。





この男……子供を使ってくるとは中々嫌な奴だ、とジュリオは内心で舌打ちした。



そんなジュリオとオスカーの醜い無言の戦いに、幼子であるラヴェンナは一切気づいていないのか、無邪気な笑顔をしながら、とんでもない事を言うのだった。





「ねえお父さま。今日のパーティーで、お猿さんが見られるのよね? わたくし、お猿さんは初めて見るから、とても楽しみなの!」


「こら! ラヴェンナ! な、何を言うのです!?」 


「え……? お母さま……? だって、昨夜お食事の時間で、お父さまと『明日のパーティーに来る猿の為に準備をするのが大変だ』と仰っていたじゃありませんか? わたくし、お猿さんが見られると思って楽しみにしておりましたのよ?」





ラヴェンナは自分の発言がどのような意味を持つのかわかっていない様子で、ただ無邪気に猿が見たいと楽しそうに話している。



そんなラヴェンナの無邪気な敵味方関係ないゲリラ攻撃に、両親は青ざめ愛想笑いを浮かべていた。





「なるほどね。さすがはエレシス家。ご子女の英才教育には大変熱心な事で」





ジュリオは笑って皮肉を言うが、ラヴェンナはその皮肉を理解できるほど大人でも無かったので、褒められたのだと勘違いしてニコニコと無邪気にこんな事を言ってしまう。





「ありがとうございます、エンジュリオスお兄さま! お父さまとお母さまが、わたくしに『バカ王子みたいになりたくなかったら、きちんとお勉強なさい』と家庭教師をたくさん付けてくださいましたの!」


「こら! ラヴェンナ!!! 何てことを言うんだ!」


「何を言いますのラヴェンナ!!」


「!!?? ……ぉ、お父さま……お母さま……どうして怒るの……ぅ、ぐすっ……うぇぇええんっ」





急に両親から怒鳴られたせいで、ラヴェンナは泣き出してしまう。



ジュリオは呆れた笑い顔を浮かべて、「可哀想なラヴェンナ……。どうか君は僕みたいにならないでね……」と心の中で祈った。





「だ、大丈夫か嬢ちゃん……? 後であたしと銀行強盗ごっこでもするか?」





空気を読んで黙っていたアンナが、ギャン泣きしたラヴェンナを心配そうに見ながら、物騒な遊びを口にした。





「銀行強盗ごっこ……? 何それ」





ジュリオがドン引いた顔でアンナに聞くと、アンナはヘラヘラ笑いながら説明してくれる。





「クラップタウンの伝統的遊びだよ。今でもたまに預かった近所のガキ共と武器片手にやってんだ」


「……おば様、叔父様、僕の婚約者……子供好きなんです」





子供好きの一言で片付けて良いのかどうかわからなかったが、取り敢えずそう言っといたジュリオである。





「アンナおねえちゃん……? 銀行、ごうとう……って何するの?」


「こら! ラヴェンナ! そんな下賤の言葉口にしてはいけません!!」


「ラヴェンナ! お前はエレシス家の令嬢としての自覚を持ちなさい!」


「ぅ、うぇぇええんっ!!」





三歳の子供なんてそんなもんじゃね? とジュリオは思うが、これが貴族の令嬢の運命なのである。



ジュリオはラヴェンナの悲しい泣き声を聞きながら、ラヴェンナの未来に幸あれと思った。


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