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100.クラップタウンの平穏な日常 〜後編 その1〜 

ついに100話です!嬉しさのあまり書きすぎたので、2部構成にしました!

女装して絶世の美女になったジュリオは百戦錬磨だった恋愛経験を元にイキりながら、ローエンに恋愛指導を始めた。

二人ともバーのカウンター席に座わり、とても真面目な顔をしている。





「はい、じゃあまずは、僕を美女だと思ってお話してみようよ」


「美女だと思って……って……、どう見てもジュリオじゃねえかよ……無理だ」


「じゃあキツイ酒で酔っ払って! それなら大丈夫でしょ?」


「あ〜も〜分かったよ!!!」





ジュリオに言われ、ローエンはバーテンダーにキツい酒を注文した。

そしてそのキツい酒をイッキ飲みした後、別のキッツい酒をもう一杯イッキする。





「……ぁあ〜……効いてきた……効いてきた……」


「どう? 僕の事イケるって思えるほど悪酔いした?」


「……お前にチ○○生えてるの忘れるくらいには酔えた……」


「なら良し!」





そして、その様子を飲んだくれ常連客達は、アホ臭そうに眺めていた。


汚え酔っぱらいの一人が、


「酔っ払ったローエンがジュリオに襲いかかるのと、口説かれたジュリオが本気になるの、どっちに賭ける?」


と言い出し、常連客達から小銭を掻き集めている。




そんな様子を遠巻きにしていたアンナも、カウンターの真向かいのテーブル席に座り、ジュリオの恋愛講座を肴に酒を飲み始めた。





「はい! 初め!」




美女モードのジュリオが手をぱんっと叩く。



それを皮切りに、ローエンは迷いながらも言葉をかけ始めた。





「……あの……えっと……。良い天気っすね」


「そうそう。最初は天気の話題で当たり障りの無い感じで行こう!」





ローエンはまだジュリオ相手にノりきれないのか、またキツい酒をワンショット頼んでイッキ飲みした。





「今日は何してんすか……?」


「ええ……そうですね。昔ながらの下町の風情を感じながら、お酒を嗜んでます」


「昔ながらの下町ってこんなクソみたいな界隈で? 他にもっとあるでしょ、大丈夫っすか? このクソ界隈で女一人飲んでるなんて客待ちの娼婦くらいっすよ」


「……女性との会話ルールその一! 反射で相手の言う事を否定しない! 軽口を叩かない! わかった?」




 

何故この町の連中は、反射的に軽口を叩いてしまうのか。


この町の何が彼らを戦闘民族に変えてしまうのか。



王子様育ちのジュリオには、何一つわかりやしなかった。





「それじゃ、少し踏み込んだ話題に入ってみよう。……ちょっと仲良くなった設定で、好きな相手のタイプとかを聞いてみてくれる?」


「おう。……えっと、そんじゃ……。恋愛するにあたって、好みのタイプとかあります?」


「そうですね……私、結構守備範囲広いですよ?」





美女モードのジュリオは、見た人の九割が恋に落ちてしまうような、可憐な微笑みを浮かべたまま言った。





「年収は一千万以上、身長は百七十以上、中央ペルセフォネ区住みの方なら誰でもオッケーです」


「死ねよ」





ローエンが戦闘態勢に入った顔で鋭い返答をした。





「お前それ、ペルセフォネ区女子じゃねえか!」


「は……? 何……それ?」





ローエンは親の敵を見付けたかのような顔で「死ね! ペルセフォネ区女子!!」と怒っているが、当のジュリオからしたら、ペルセフォネ区女子と言う名前も良く知らないし、そもそも自分の発言の何が問題なのかもわからない。



ジュリオは、バカ王子である。


つまり、生粋の王子様なのだ。



ローエンの恋愛タイプが女の子を天使と神聖視するオタク系な純情派である一方、ジュリオが相手にしてきた女達は皆、男を金と顔と身長と家柄のみで査定する、上昇志向の強いペルセフォネ区女子と呼ばれる猛獣たちであった。



ちなみに、ペルセフォネ区と言うのは聖ペルセフォネ王国の一等地であり、最強の高級住宅街である。 


そんな地区の名前が冠に付くペルセフォネ区女子とは、そんな最強の高級住宅街でセレブ妻になるという目標を抱き、常に己を磨き上げ上昇を目指す、アスリートの様な生き様をする女性のことだ。



そんなペルセフォネ区女子達からしたら、ジュリオの顔良し地位良し金良し身長ギリギリセーフと言うステータスは、まさに手に入れたいトロフィーそのものであったのだ。





「俺が発注してんのはマリーリカちゃんみたいな清楚で優しくて可愛い天使なんだよ!! ペルセフォネ区女子みてぇな男に寄生することしか考えてねえ若さだけが取り柄の頭の空っぽな性格のクソ悪い女は発注ミスだこの野郎ッ!!! やり直せッ!!!」





ペルセフォネ区女子を目の敵にするローエンは、勢い良くジュリオにブチギレてしまう。早い話が、ローエンは酔っ払っていたのだ。



そんな風にブチギレられたジュリオは、ローエンの物言いにムカっと来てしまう。


ジュリオもジュリオで、アホのくせに意外と口が立つ男なのだ。それに、結構短気で喧嘩っ早いところもある。


それ故に、ジュリオもローエンに釣られて声を荒げてしまった。





「……あのねえ、そもそもペルセフォネ区女子だとか言って彼女達をバカにする権利、君にあるの!? 確かに彼女達の相手をするのは大変だよ!? 上昇志向の猛獣みたいだし、やってもらえて当たり前の精神でいるからいるだけで疲れるし、少しでも理想から外れた行為をしたらすぐに手のひら返されるよ!? だけどね!? 目標に向かって真面目に努力する彼女達を、君みたいな現実の女から逃げたヤツにバカに出来ると思ってんの!?」





猛獣の如きペルセフォネ区女子達と、軍隊が作れるほどの数ほど付き合ってきたジュリオだからこそのセリフだった。



確かに、連中の相手はとても大変だ。『お姫様』願望がとんでもなく強いペルセフォネ区女子達は、簡単なことじゃ満足してくれない。


相手の望むものを完璧に提供出来なければ、完全にアウトである。



正直、そんな連中の相手ばかりをしていたから、ファミレスではしゃいでくれるアンナがたまらなく可愛らしいと思えることもあった。



しかし、そんなペルセフォネ区女子達は、上昇志向に見合うだけの努力を積み重ねているのだ。己を磨き、教養を磨き、常に上の存在になろうと努力していた。


全てを諦め、己の地位と金と美貌を振りかざしてチヤホヤされていたバカ王子からしたら、彼女らの凄まじい努力には関心すらしていたのだ。





「現実の女から逃げたヤツ!? ふざけんなこのクソバカ王子!! 俺は逃げてねえ! 相手にしてねえだけだ馬鹿野郎!!」


「そっかそっかごめんごめん! 逃げてないよね? 『最初から相手にされて無いだけか!』あはは!」


「こここここの野郎!!!ぶっ殺してやる!!!」





いつの間にか取っ組み合いになったジュリオとローエンである。



酔っ払い共は、今度は『ジュリオとローエンどっちが勝つと思う? ジュリオは大穴だから当てるとでけえぞ』とまた賭け始めた。





「俺に力で勝てると思ってんのかこのビッチがッ!!」


「力だけが全てじゃない!! ヒールッ!!!」


「うおッ眩しッ!! 目がッ!! 目が見えねえッ!!!」





ローエンの力は凄まじく強いが、ジュリオには回復魔法がある。


だからこそ、この回復魔法の光を強力にしたものをローエンの目の前で炸裂させ、目潰しをする事も可能だった。



しかし、目を潰してよろけたローエンに何をしたら良いかわからない。


ジュリオは、王子様である。しかも箱入りの。


そんな王子様に喧嘩の仕方がわかるわけもなく。

ジュリオは、どうしたらいいかわからないという目でアンナを見た。





「はあ……仕方ねえなあ。おい、その喧嘩そこで終了! どっちも偉い! どっちも偉い!それで良いか!」





ジュリオから視線で助けを求められたアンナは、ため息をついて席を立った。


ジュリオとローエンの間に立ち、「どっちも偉い、どっちも偉い」と投げやりに言っている。





「ちなみにな、ジュリオ。ああやって喧嘩相手の目を潰した後は、一度突き飛ばして間合いを作った後、顎をぶん殴るんだよ。そうしたら、相手は頭を揺さぶられてフラつくから、そこを押し倒して一気にボコボコにすんの」


「あ、……うん……」





クラップタウン女子であるアンナから、本場仕込みの喧嘩のやり方を習い、思わずドン引きしてしまう。





「だけど、あんたはそんな事しなくていい。……だって、あんたの手は人の怪我を治すためにあるんだからさ。……殴ったりしたら、駄目だよ」





アンナに優しい声で諭され、ジュリオは自分の行いが恥ずかしくなった。


今の自分は、このクラップタウンと言うクソ民度の町に染まっているのだろう。


それに、ジュリオは城を追放されこのクラップタウンに流れ着いてからと言うもの、自分にかかっていた『圧の様なもの』が外れ、とても自由に振る舞えていた。



だがその一方で、ヒナシにブチギレ怒鳴り散らして機材を蹴り倒したり、ローエンと喧嘩をしたり、魅了の状態異常になったアンナを押し倒したり……と、『暴力性と性欲』が暴発する機会も増えてしまったのだ。



自分の見たくない部分が、クラップタウンに来てからどんどん吹き出してくる。





「あ"〜。ようやく見えるようになったぞ……この野郎……良くもやりやがったな……!」


「ごめん……ローエン。……やり過ぎた」


「! …………おう」





まだジュリオが突っかかってくるなら、ローエンもブチギレて拳を振り上げたかも知れないが、頭を冷やして愁傷になったジュリオを前にすると、生粋のクラップタウン男子も大人しくなるというものだ。





「……ほんと、ごめん。ローエンにはいつも助けてもらってばかりなのに。……ローエンがいなかったら、僕は今ここに居られない。……駄目だね、こんな大切で当たり前の事も忘れちゃうなんて」





追放されたエンジュリオスが、ジュリオとして生きていけるのも、毒沼のドブさらいの時も、地獄の現場を切り抜けられたのも、全てローエンが力を貸してくれたからである。



それを忘れてイキり倒してしまうなんて、まだまだ自分はバカ王子だなあと、ジュリオは反省した。





「……そんな顔すんなよ。俺も、悪かった……。酒奢ってやっから、いつものニコニコ顔に戻れや。……調子狂うだろ?」





ローエンは目を逸らしながらぶっきらぼうに言い捨てる。

そんな素っ気ない態度をしつつ、ジュリオが好んで飲んでいたカクテルをバーテンダーに注文し、それを受け取ると「ほらよ」と差し出してくれた。


本人はカウンターに頬杖を着いてそっぽを向いているが、ジュリオが好んで飲んでいたカクテルをきちんと覚えていたのだ。





「それだよ……!」


「は?」


「そう!! 今の感じ!! それそれそれ!!!! 今のローエンすごくカッコいいよ!! それだよそれ!!! その感じ!!」





ジュリオは目を輝かせ、ローエンの両肩を掴む。



いきなり両肩を掴まれ戸惑うローエンは、自分の行動の何が良かったのかわかっていないようだ。





「そのぶっきらぼうで言い捨てる感じ!!! 『お前なんか毛ほどに興味ねえよ』って感じのツンとした態度の裏で、僕の好きなカクテルを覚えててくれるその優しさ!!! 今のローエンならペルセフォネ区女子でも落とせるって!!」


「ほんとか……? 俺でも、ペルセフォネ区女子を落とせんのか……?」





ローエンが驚いた顔をしている。


いや、お前ペルセフォネ区女子に興味あったのかよと思うが、それは今言わなくても良い事だ。





「落とせるよ! 少なくとも僕は落とせるから安心して!」


「マジか!? 俺、エンジュリオス落とせんのか!? やったーーーッ!!! ……何か大切な事忘れてる気ぃすっけど、やったーーーーッ!!!」





さっきまで喧嘩をしていたジュリオとローエンは、今はすっかり仲直りして抱き合ってはしゃいでいる。  


二人の頭からは当初の目的である『現実の女とまともに会話できるようになって、マリーリカともっと仲良くなろう』と言う事などすっかり抜け落ちていた。



そんな様子を見ながら、アンナはジュリオが飲みかけたカクテルを盗み飲み、これも愛だなと納得したように笑っている。




和気あいあいとした暖かい雰囲気が、汚えバー『ギャラガー』を包んだ…………その時である!





テレビのニュースにて『緊急速報!! ルテミス殿下、三日後に聖女ネネカ様と結婚パレードを終えた翌日、慟哭の森に潜む魔王『ケサガケ』討伐に出向くと発表がありました!!!』



と、緊迫し顔のアナウンサーが、ペルセフォネ城前で報道していた。


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