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99.クラップタウンの平穏な日常 〜前編〜

「おい、どうしたお前ら。喧嘩でもしたのか?」


「ああ、ローエン……? 別に……何でもないよ」


「そうだ……何でもねえよ……何でもな……」





ジュリオの自宅学習も残り後一日と言った、呑気な昼下りの午後である。



クラップタウンと言うきったねえ町の中央にある、きったねえバー『ギャラガー』にて、ジュリオとアンナは物凄く距離を開けてカウンター席に座っていた。


いつもは隣に座り、ゆるーい仲の良さがある二人なのに、今日はお互い目すら合わさず、カウンター席の端と端に座っている。



そんな二人にローエンは首を傾げつつ、



「面倒くせえからお前らさっさとキスして仲直りしろや」



とクソどうでも良さそうに言った。





「ごめんローエン。今そう言う事言わないでくれる?」


「ああそうだぞクソ野郎。黙るか死ぬかどっちかにしろや」


「何だよ……息ぴったりに文句言いやがって……。……まあどうでも良いや。……そんな事より、聞いてくれよアホども!!! 俺、ついに……ついにさ!!」





ローエンは三白眼をキラッキラさせて、子供のような明るい顔でジュリオやアンナやその他『ギャラガー』の常連である汚ねえ飲んだくれ共に話しかけた。





「ついに、何? どしたの?」   





ジュリオが何の興味も無さそうに聞き返す。





「ついにムショ行きか? 塀の中で童貞卒業して来い。ついでに処女もな」




アンナが苛立ち混じりに軽口を叩いた。





「男に抱かれるってのも案外楽しいし、自尊心めちゃめちゃ上がるからオススメだよ」


「うるせえよビッチ王子が。…………聞いて驚け!! 俺、ついにマリーリカちゃんと付き合える!! ………………かもしれねえ……」





ローエンは満面の笑みでそう宣言したが、ジュリオとアンナと『ギャラガー』に集まる飲んだくれ共は、全く相手にした様子を見せない。



飲んだくれ共が『魅了のポーションでも飲ませたか? 今すぐサツに通報する』とか『家族でも人質にとったのか?』とか好き放題茶化している。





「魅了のポーション……今その話しないでくれる?」


「あんなもん……消えて無くなれ……あれは駄目だ……」





ジュリオとアンナは頭を抱えて苦しげに呟いた。





「も〜!! 何だよ!! もっと祝福してくれよ!!! いや〜俺にもついに天使が舞い降りたよ……!!」





ローエンは浮かれた様子ではしゃいでいるが、どうにも話が見えて来ない。



ジュリオは溜息を付くと、ローエンに「詳しい話を聞かせてくれる?」と面倒くさそうに言った。





「へへ……聞いてくれよ……!」





ローエンは踊るような軽やかな足取りでジュリオの隣に座ると、ジュリオの肩を肘置きの様にしてもたれかかり、得意げに事の説明をしてくれたのだった。





「ジュリオの言う通り、俺は『大体の事は出来る便利屋』と言う利点をプレゼンするデートをしたんだよ」


「ああ、そう」


「だからよ、まずは滅多に入手出来ないと言われる、ペルセフォネダービーのプレミア観覧席のチケットを入手してだな……」


「ちょっと待って? それ競馬だよね? マリーリカが競馬や馬が好きってちゃんと聞いたの?」


「事前に聞いたらサプライズになんねえだろ。それに、今テレビで競馬女子ってのも増えてるって言ってたし、何よりもペルセフォネダービーのプレミア観覧席だぜ? すごくね?」


「…………ああ、そうだね」





もうこの時点で死んでるじゃねえかとジュリオは思うが、反論するのもアホらしくて何も言わなかった。





「このクソ暑い中、アホみてえに人がいるペルセフォネダービーに、特に馬にも競馬にも興味無え女を連れ回したのか……?」





アンナも唖然としている。





「いや、マリーリカちゃんも俺の馬の話をすごく楽しそうに聞いてくれたんだよ! 『さすが!』とか『知らなかった!』とか『すごい!』とか『センス良い!』とか『そうなんだー!』とかすごく喜んでくれたぜ?」

   

「ゴリゴリの社交辞令じゃん……」





ジュリオは頭を抱えた。





「……なあ……ジュリオ……あんた、職場復帰したら、マリーリカさんに何か奢ってやんな……」


「うん……」





アンナは酒を飲みながら、ジュリオと同じような渋い顔をしている。





「ねえローエン、何でそんな地獄のチョイスをしちゃったの? 何でローエンは自分のポテンシャルを活かせないの? どうして最高の素材をドブで煮込むような事をするの?」


「いやいや、自分の利点をプレゼンしろっつったのはジュリオだろ? だから、大体の事は出来る俺ってのをアピールするために、どの馬が勝つかと言う予想の根拠と、出場する馬達に関する知識や歴史も存分に話してアピールしたんだぜ?」


「だぜ? じゃないよ……。興味の無い分野の話をダラダラされるなんて地獄でしか無いよ? ほんと……」





ローエンは無邪気にデートを自慢しているが、ジュリオはマリーリカへの哀れみが増すばかりである。



それは汚え飲んだくれの常連客も同じなようで、連中はぼそりと「俺、今度あの子が来たら酒奢ってやるわ……」と苦い顔をしていた。





「そんでな、見事ペルセフォネダービーの一着をブチ当ててアホ勝ちしてな」


「そこはしっかり勝つんだよなあ……ローエンは……」


「そして、次は隠れ家的なレストランに行ったんだよ」


「それで挽回できると思ってんの……? 隠れ家レストランも荷が重過ぎでしょ……」





ファミレスに連れて行かなかっただけでも御の字だが、ローエンのお花畑っぷりを思うと、とても嫌な予感がした。





「まさかローエン、その隠れ家レストラン……競馬場から……結構離れてたりする……?」


「当たり前だろ。隠れ家なんだから。……でも、マリーリカちゃんと一時間くらい二人っきりで歩けるなんて、もう最高だったぜ……!」


「あのさ、その時のマリーリカの靴、何だったか覚えてる?」


「覚えてるぜ! 可愛いピンクのヒールだった! ……女の子のヒールって、何であんなに可愛いんだろうな……」


「ああ……何て事を……」





クソ暑くて人がアホの様に多いペルセフォネダービー観戦をさせた後、ヒールの女を一時間も歩かせたのかと絶句した。





「ねえ……ローエン……。デート組んだの、初めてなの?」


「初めてっちゃ初めてだけどよ! そこら辺はちゃんと勉強しといたぜ? ゲームでな!」


「イケメン無罪が施行されても庇いきれない……」





そもそもイケメン無罪なんてもんは存在し無いが、例え存在していても、ローエンの地獄のデートチョイスは庇いきれないものだった。





「おいローエン。ところでお前、マリーリカさんと何食ったんだ……?」


「馬刺し」


「お前やっぱ一回ムショ行ってこい……ほんと」





アンナは疲れたような溜息をついた。



そんなアンナの反応の意味に気付けていないのか、ローエンはニッコニコな顔で惚気始めた。


 



「そんでよ〜! 飯食い終わった後に、マリーリカちゃんから『明日から仕事がとんでもなく忙しくなるから、連絡するときはこっちからするね』って言ってくれてよ……! しかも『ローエンさんのカッコ良さ、わかってくれる女の子は絶対いるよ』なんて言われちゃってさあ……これもう告白じゃね?」


「それって『二度と連絡してくんな。他を当たれ』って事じゃないの?」


「またまた〜! 男の嫉妬は醜いぜぇ? 王子様よぉ! マリーリカちゃんとの結婚式には、友人代表のスピーチくらいは読ませてやるよ!」


「友人代表のスピーチ……ねえ。ごめん、褒めるとこ見つからない」





ジュリオはそう言って項垂れると、スマホに着信が入った事に気づき、スマホの画面を確認した。


そこにはカトレアからメッセージが入っており、



『マリーリカちゃんから三時間くらい愚痴聞かされたんだけど……。ジュリオくん、ローエンに現実の女の子を相手にする指導してくれないかな? 監督官命令だよーん』



と絵文字だらけのメッセージで書いてあった。





「……ローエン。ちょっとさ、今から勉強してみない……? 女の子との接し方……」


「は? 何だよお前。王子時代はモテたからって偉そうにすんなよ」


「上司命令が出たんだよ……悪いけど少し話聞いてくれる?」





ジュリオは呆れたように目を閉じて眉間にシワを寄せると、ローエンに「ごめん、今から化粧道具と僕でも着られる女の子の服調達してもらえるかな」と言うのだった。



ローエンのこの残念っぷりは、恐らくこのクラップタウンと言うクソ環境が生み出したものだろう。


このクソ環境で育てば、そりゃデートにファミレスや競馬場などと言ったチョイスをしてもおかしくは無い。


それに、ローエンの身近な女と言えば、アンナくらいなのだ。このチンピラ猟師女をモデルケースにしたら、そりゃヒールを履く女の子の苦しみはわからんよなあと思う。



ジュリオだって、王子時代に相手をしてきた美姫達というモデルケースが、アンナに全く通用せずに驚いているのだ。

 




「カトレアさん……特別給与出してくれないかなあ」





ジュリオはぼそりと呟いた。





◇◇◇





ローエンがジュリオの言った通りの物を調達してくれる間、ジュリオ達はボケーッとバー『ギャラガー』に備え付けられたテレビを見ていた。



テレビでは、エンジュリオスがどれほど人気かと言う話題で持ちきりである。


報道では、テレビ局の前に集まったジュリオのファンと思われるミーハーな人々が、うちわや横断幕を持ってはしゃいでいた。


そのうちわや横断幕には、『エンジュリオス殿下! ヒールして♡』とか『エンジュリオス様♡ 治癒して♡』と書いており、これじゃあバカ王子時代にチヤホヤされたのと同じじゃないかと青ざめてしまう。





「チヤホヤするなら税金代わりに払ってよ……」





ジュリオはため息混じり呟き、チャンネルを変えた。



すると……!





「はぁ!? 何この新ドラマ!? 主人公これ、明らかに僕だよね!? こんなの許可してないんだけど!? モデル料払えっての!!!」





何となしに付けたテレビのバラエティ番組のラストで、出演していた男性役者が自身が主演の新ドラマの宣伝をしているのだが……。



その男性役者は明らかにジュリオを意識した髪色と髪型をしており、顔立ちもかなり似ていた。






「残念だね。僕を演じるならもう少しバカそうな雰囲気が欲しいかな……。この人は賢そう過ぎるよ」





ジュリオは、攻撃の射程圏内に自分もいるタイプである。

全方位に喧嘩を売る男なので、ある意味最強と言えよう。



そんなジュリオが不服な顔で見るテレビには、新ドラマのコマーシャルが流れていた。



そのドラマの内容は、ジュリオに似た役者が演じる天才ヒーラーが、権威主義と差別思想が蔓延る王立ヒーラー休憩所に派遣としてやってきて、頭の硬い権力者達を実力一つで片っ端から黙らせてゆく……と言う痛快ストーリーである。



恐らく、ジュリオをモチーフとした主人公が、ルテミスのような権力者を倒していく……と言う構図を意識しているのだろう。



これじゃあ、ヨラバー・タイジュ新聞社がやっていた事と同じである。

しかも、ドラマ番組という視覚と聴覚に訴えるエンターテイメントの皮を被っている分、新聞よりも質が悪い。

 


そんなドラマの主人公は、賢そうな顔をして『僕、失敗しないから』と決め台詞を言った。





「言ってみたいよそんな台詞……。失敗だらけだよ僕……ほんと」





ドラマの主人公に比べて、実際のジュリオは失敗ばかりの男である。


実際の自分とかけ離れたイメージが、どんどん国に蔓延していくのが恐ろしく思えた。





「おう! 待たせたな! 言われた通りの物揃えてきたぜ?」





ローエンが荷物を抱えて戻って来た。

相変わらず仕事は早い男である。そもそも、この男はジュリオよりも遥かにハイスペックなのだ。

きちんと女性経験を積めば、最強のモテ男になること間違い無しだろう。





「ありがとうローエン! それじゃ、少し待っててね。今からちょっと着替えて化粧してくるから」 





ジュリオはローエンに礼を言うと、荷物を抱えてバーの二階の部屋へと上がった。





◇◇◇





戻って来たジュリオは、完全な美女の成りをしていた。





「ほら、まずは僕相手に練習してみようよ。ローエンは頭も良いし器用なんだから、すぐにコツ掴めるって」


「え……ごめん、ジュリオ……。俺、いくら練習とはいえ、初めては好きな子としたいんだ……」


「そうじゃない!!! まずは会話の仕方を学べっつってんの!!!」





どっからどう見ても凄まじい上玉であるジュリオは、やれやれと目を閉じて眉間にシワを寄せた。





「マリーリカともっと仲良くなりたいでしょ? 嫌われたままで良いの?」


「え、俺嫌われてんの? あははっ! まさか!」


「……そう言うとこも含めて、ちゃんと学んで行こうね……。何度も言うけど、ローエンは頼り甲斐あるし頭もキレるしカッコいいんだから、ちゃんと経験積めば無敵だよ、きっと」


「そんなに褒めてくれるなよ……。って!? まさかお前……俺の事を……!? ……それじゃ俺が三十まで童貞だったらお前に筆おろし頼んで良いか?」


「…………そうならない為にも頑張ろうね」





こうして、百戦錬磨の王子様であるジュリオによる『女の子との接し方講座』が始まったのだった。


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