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98.ジュリオ、ハーフエルフを知る!

キャラデザページに、悪役?キャラのルテミスとネネカを追加しました。良かったらご覧くださいませ〜!

ローエンとの通話を無理矢理切り終えたジュリオは、狩りから帰ってきたアンナに冷たいお茶を出した。


クソ暑い中狩りへ出たアンナは、白い肌を汗でしっとりと濡らし、頬を紅潮させ少し息が荒い。ザクロのような赤い目もとろんとしており、暑さに参っているようだ。



一瞬、そんな色っぽいアンナに下半身がアレしそうになったが、『それはいけない事だと言う母の教え』を思い出し、わざとらしく呆れた顔をして口を開いた。





「この暑い中、良くアナモタズを仕留められるね……。ほら、お茶飲みな? 狩り中、ちゃんと水分補給した?」


「ありがと……。いや、マジで今日はクソ暑かった……。蚊も何でかたくさんいたし、サツやテレビ屋達もわんさかいたし、ほんと何なんだ……?」





アンナはお茶を飲み干すと、ビニール袋に入れていたアナモタズの血まみれの肉を冷凍庫に入れるため、キッチンに向かった。



このクソ暑い中でも、アンナは日光遮断加工した赤い上着が手放せない。

日光に弱いアンナにとって、夏場はまさに地獄だろう。





「テレビ屋……って、ああ。さっきニュースでやってたよ。慟哭の森で、悪徳貴族達が魅了効果のある違法ポーションの受け渡ししてたって」


「マジかよ……ああ、だからサツが大量にいたのか。誰か死んだのかと思った」


「死人は出てないけど……魅了ポーションの甘い匂いに釣られた蚊が大量発生したとかで、結構騒ぎになってたらしいよ」


「あたしの血を吸いやがったのはその蚊か……! ったく、人の血を飲み逃げしやがって……金払えってんだ」

 



蚊に文句を言うアンナは、狩ってきたアナモタズの肉を捌くと、小分けにして冷凍庫に保存した。


こうして保存した肉は、すき焼きなり焼き肉になりして食ったり、物々交換に使用したりするのだ。






「ほんと今日は最悪だった……クソ暑いし、蚊には刺されるし……。風呂入ってくる」


「そうしなよ」





風呂にでも入って落ち着けば、アンナもいつもの調子に戻るだろう。



ジュリオはローテーブルにお店広げした勉強道具を片付けると、テレビのチャンネルをポチポチ変えながら、面白そうな番組を探した。





◇◇◇





アンナが入浴中の間、ジュリオはボケーッとテレビを見ながら伸びてしまった爪を短く整える作業を始めた。



ヒーラーとは人の肌に触れる仕事である。なので、爪が長いと怪我人をキズつける恐れがあるので、日頃から手入れを欠かす事は出来ないのだ。





「ここ最近爪の手入れしてなかったもんな……。かなり伸びてるよ」





爪切りでざっくりと切ったあと、ヤスリでコツコツと爪先を丸くしてゆく。


そう言えば、王子時代もこんな事をしていたと思い出した。



あの頃のジュリオはヤリチンでヤリマ○だったので、人の肌に触れる機会がとても多かったのだ。


だから、毎晩爪の手入れは欠かさなかった。





「アンナ……大丈夫かなあ」





アンナの体内を食い荒らす強力な呪いは祓ったつもりだ。

しかし、今日のアンナはどうにも様子がおかしい。暑さでぼーっとしていると言うよりも、もっと……何か根本からおかしいと思う。



その違和感の正体がわからず、ジュリオは石像よりも苦悩に満ちた顔をしながら、爪を整える作業に集中した。





◇◇◇




結局、深爪レベルに爪を削ってしまったせいで、少し指先が痛いくらいになる。



しかし、仕事面ではこれが正解なので、まあ良しとした。





「おい……風呂……上がったんだけど」





背後からアンナの声がしたので振り向くと、そこには風呂上がりのアンナがTシャツ姿で立っていた。目をとろんとさせて呼吸が荒く、随分ととんでもない姿である。


しかも、ジュリオのTシャツを着ており、下は下着以外何も履いていない。しかも、Tシャツを押し上げる胸の頂点をよく見ると、Tシャツの下は生身の身体だという事がわかった。



その姿を目視した瞬間、下半身がアレになり『いつでもオッケーでっせ』となるが、頭の方は何が何だかわからずパニックに陥っていた。





「ア、アンナ……ねえ、どうしたの、ほんと……短パン履くの忘れてるよ? ていうか、何で僕のシャツ着てんの……?」


「だって……良い匂いだから……」


「…………は?」





アンナのとんでもねえ発言により、下半身が大変な事になった。

そんな素直な下半身が目立たないよう膝にクッションを乗せ、ジュリオは引きつった王子様スマイルを顔に貼り付ける。



一方のアンナは、何か言いたくても言えないといった様子でもじもじしており、目が困ったように泳いでいた。その目はどこかぼんやりとしており、いつもの鋭く恐ろしい赤色の瞳には、どこか淡い桃色の光が差している。





「……ジュリオ……」


「何、どうしたの? ほんとに……ねえ」




アンナが舌で転がすようにジュリオの名を呼ぶ。


そんな甘い呼び方をされ、背筋が震えた。



それに、アンナの体には少し大きいジュリオのTシャツから覗く、胸の谷間や下着意外何も履いていない太ももがとんでもない。





「……あのさ、ほんと……どうしたの? 熱でもある? 大丈夫?」


「わからない……何か、今、めちゃめちゃジュリオが綺麗に見える……」


「そりゃどうも……多分それはいつもの事だよ」





ジュリオは冗談めいてそう返すと、アンナをソファーに座らせ、額を触った。





「熱は無い……か」





シャツの隙間から胸の谷間をチラつかせ、太もも剥き出しでジュリオを見上げてくるアンナの目は、やはりおかしい。


こちらを蕩けた視線で見てくるアンナに、股間が『もうええんちゃいます?』とヤバイ別人格を持ち始めるが、男としてヒーラーとしての理性が『いやこれ絶対何かあったやろ』とブレーキをかけている。



そもそも、こんな明らかに異常状態のアンナに迫るほど、ジュリオはクズでは無い。


だが、どうしても下半身が別人格を持って言う事を聞かなくなるのは、もう生き物レベルで仕方なかった。


 



そんな時、大聖女だった母の顔が目に浮かぶ。

少女のような母は、『男としての自分』を見たとき、とても汚らわしいものでも目にしたかのような顔をしていた。





『私の王子様は、そんな事しないわ』





甘く儚い母の声が、耳元で蘇る。





「ジュリオ……なんでかな、あんた、すげえ良い匂いする……」


「え……うわっ」





今は亡き母を思い出してボケーッとしていたジュリオは、アンナにソファーへ押し倒されてしまった。



押し倒されたまま見上げると、アンナは息を乱して切なげにジュリオを見下ろしている。



ジュリオを押し倒した事で四つん這いになったアンナは、体勢のせいで巨乳は揺れ、大きいシャツのたるんだ襟口からは、胸の谷間以上の光景が見えてしまう。

風呂上がりの甘い香りがしたと思った瞬間、




これは無理 王子様とか どうでもいい

今は亡き母 どうか許して




思わず異世界文明の短歌みたいなリズムで、ジュリオは下半身に負けた。



そして。





「ジュリオ……?」





とうとう、ジュリオはアンナを押し倒し返してしまった。



アンナは驚いた声を出したが、ジュリオはもっと驚いた。



まず、アンナが自分に押し倒されると言うこと。

普段なら、絶対に力で敵わない筈のアンナに対し、何故か知らないがジュリオの力が勝ったのだ。




そして、自分が欲望に負けて女を押し倒した事にも、驚いていた。





「僕……今まで色んな相手とそういう事したけどさ。……自分から押し倒したの、君が初めてだよ」





嘘偽りは無い。

自分は今まで散々女とも男とも体を重ねてきたが、それは全て相手の欲望に任せるままだった。

相手の望むことをすれば喜んでもらえる。必要とされる。認められる。

ただ、そんな寂しい理由で、相手に身を捧げてきただけに過ぎない。





「今までさあ、なんで皆こんな事したがるのか、理解出来なかったんだよね。……そりゃ気持ち良いけど、凄く疲れるし面倒くさい行為なのにって。……でも、今、わかったよ」





自分に欲情して来た相手の気持ちが、今わかった。


そこには『何で?』だとか『他にも楽しい事あるでしょ』と言った、そんな雑念は何も無い。



ただ、目の前の『雌』を食い散らかしたいと言う本能だけがあるのみだ。



自分の呼吸が荒くなる。

アンナに何が起こったのかとか、どうでも良い。





「……」





アホのくせによく回る口が動かない。

獲物を食う前の肉食獣の呼吸みたいに、荒い呼吸しかできない。



バカ王子時代は、女を相手にすると決まって甘い言葉を求められたが、今の頭でそんなクソみたいな台詞を考える余裕なんか無い。



ヒーラーとしての矜持とか、そんなの消えた。



アンナの首元に手を伸ばし、白い髪を払う様にして撫でる。

髪によって覆われていた『尖った片耳』に触れると、アンナは楽しそうに笑った。





「……くすぐったい……」




アンナは呂律が回っておらず、声がふわふわとしていた。

露わになった首元には蚊に刺された赤い痕があり、片耳を観察したら、耳朶にも刺され痕がある。



この女の体に痕を付けた存在へ腹が立つ。

ぷくりと腫れた赤い刺され痕を見ると、怒りと嫉妬が混ざり合った顔をしてしまう。





「ジュリオ……あんたのそんな顔……初めて見た……」





自分を見上げてくすくす笑うアンナの瞳は、いつものザクロのような赤色でなく、完全に蕩けて甘い桃色に染まっている。




目の色が変わる……ってこれは……と、ジュリオはこの自宅学習で学んだ事を思い出した。





目の色が変わるのは、状態異常の現れの一種であり、桃色に染まるのは―――『魅了』の状態異常だ。





「まさか……魅了のポーションを飲んだ……いや、それは無いか……。だって、警察が現場を抑えたんだから。…………だとしたら……どうやって摂取を……」





ジュリオのヒーラーとしての理性と知識が、微かに下半身の本能に打ち勝った。

 


アンナの尖った片耳の刺され痕に少し強く触れ、集中する。最早触診の勢いだ。



一方、尖った耳を触れられたアンナは、眉を寄せて身をよじらせ、すすり泣くような声を出してた。





「ごめんっ! 集中力が崩れるから今そう言う声我慢して! 後で好きなだけ殴って良いから今はごめん!」


「!?」




ジュリオはとっさに片手でアンナの口を塞ぐ。


絵面としてはこっちの方が数段ヤバいことになっているが、ヒーラーとしての矜持が下半身に打ち勝ったジュリオは止まらなかった。





「片耳の生魔力の流れが早い……。それに、何か異物的な何かが流れ込んでる……?」





ジュリオは尖った片耳を丹念に触診しながら、アンナの体に入った微量の異物に集中した。





「片耳から首元に流れてる……のかな? ……これ、刺され痕に繋がってる……? ……まさか!」





指先から伝わるアンナの体の生魔力の流れは、尖った片耳から首元にかけての巡りが異常に早い。


深爪寸前まで爪を切った指先で、アンナの片耳から首筋をつうっと撫でて感覚を研ぎ澄ますと、やはりこの辺で異常が発生している事が分かった。



一方、耳や首筋を指先で撫でられるアンナは、口を塞ぐジュリオの手を外そうと抵抗している。


しかし、いつもの力が出ないのか、そもそも抵抗する気が無いのか、ジュリオの手を上から握って服を掴む事しか出来ていない。



ジュリオの手に口をふさがれるアンナを見ると、本気でとんでもない行為をしているように思えるが、これは真面目な触診なのだ。治癒行為の一環なのだ。





「魅了効果のあるポーションが蚊を媒体にしてアンナの体に入った……ってことか……」





そう思うと、全てが納得出来る。



魅了効果のポーションの甘い香りに釣られて大量発生した蚊が、そのポーションを体に付着させたまま、アンナの血を吸ったのだ。



そう思うと、さっき読んだヒーラーの専門書に『蚊は麻痺や毒などの異常状態を蔓延させる媒体になるので、注意が必要』だと書いてあったと思い出す。





「アンナ……ごめんなさい。……僕は……クズだったね」





ジュリオは弄り倒したアンナの片耳を労る様に撫で回す。



そうされる度、アンナは苦しそうな声を上げてしまう。

その声も魅了ポーションによるものなのだろうか、と思うとますます胸が痛む。



早く治癒しなければと、ジュリオは自宅学習で覚えた魅了を解除する詠唱を口にした。





◇◇◇





「アンナ……ごめんなさい……大丈夫……?」





ジュリオはアンナの口を塞ぐ手を離し、虫刺され用の塗り薬を指に乗せた。



一方のアンナは息を乱して惚けた顔をしており、ボケーッと天井を見上げている。


 



「今、薬塗るからね」


「……ぇ? あ……」





片耳に触れるたび、アンナは苦しそうにしていた。


顔や剥き出しの白い太ももには汗が垂れており、きっと魅了の状態異常が発熱を誘発したのだろう。



丹念に耳や首元に塗り薬を塗り込むと、アンナは苦しそうな声を出す。


思えば、アンナはずっと魅了による状態異常のせいで苦しんでいたのだろう。

だから、ジュリオのか弱い力にすら負けてしまったのだ。



魅了の状態異常で弱るアンナに対し、僕は何て酷い事を……と自責の念に駆られる。





「塗り終わったよ。もう大丈夫。魅了も溶けたし、どこにも異常は無いよ……。それに……ほんと、ごめんなさい……。僕は、君に何て真似を」


「……こっちこそ、悪かった……。気色悪い真似して、あんたに襲いかかったのは、あたしだから…………ほんと」





アンナは目を逸らしながらも、ジュリオを責める事はしなかった。


いっそ殴られた方が気が楽になるのに、と思うが、アンナはアンナで自分がした事を恥じているのだろう。





「家に帰って……あんたを見た瞬間、いつもの百倍ジュリオが綺麗に見えたんだよ……。それに、頭がおかしくなるほど、あんたの匂いがたまらなくなった」


「魅了の効果か……」




魅了効果と言うのはとても恐ろしいと実感した。

そんなポーションが世に出ずに済んで、とても安心する。





「あたしの方こそ……ごめん。あんたのシャツ着て、襲いかかって……何してんだか……ほんと」


「いや、アンナが謝る事は無いよ? 寧ろありがとう。……次は、意識がちゃんとしてる時に襲ってね?」


「……そうするよ」





アンナは力無く笑った後、気不味そうに目を逸らしながら「ところでさ」と口にした。





「……なあ、ジュリオ……。あんた、ハーフエルフの尖った片耳について、何か知ってるのか?」


「いや、特に……。聴覚が発達してるのかなとは思うんだけど」





ジュリオは、城の牢屋でフロントがネネカのヒス声に苦しみ、髪で隠れた片耳を押さえていたのを思い出す。


きっと、聴覚が鋭いのだろうと予想していた。





「……ハーフエルフの体について、何か教本は買ったか……?」


「あ、うん。買ったよ、一応……。すごく古い辞書みたいなので、難しそうだったから後回しにしてたんだよね」




ジュリオは、積み上げた参考書の一番下から、分厚く古い辞書のような本を取り出した。


それをアンナに渡すと、アンナはペラペラとページをめくり、とあるページで指を止める。





「このページのここ、ちゃんと勉強しとけ……」





アンナは本のとある部分を指で指すと、ジュリオにその本を押し付けて来た。

そして、ジュリオから顔をそむけると、どこか遠い目をしている。





「このページ? ……って、えっと、尖った片耳はとても過敏であり『最大の弱点』である。……その敏感さから……『そういう用途』があり……って……うそ………………え? え!? ぇぇえ!? ……そんな……………まさかッうぎゃッ!!!!」





ジュリオは、ハーフエルフの片耳にまつわる『とんでもない事実』を知り、硬直した。



そして、手から本を滑らせてしまう。



手から滑り落ちた辞書のようなでかくて分厚い本は股間にぶち当たり、ジュリオは悲痛に絶叫した。





「そういうことだよ……勉強になって、よかったな……」


「ぁ……あ"……ッ」





アンナは力無く遠くを見ており、ジュリオは身を屈めて間抜けな声を出している。その姿はまさしくバカ王子であった。



つけっぱなしのテレビは、そんなバカ王子を相変わらず天使の様に崇め奉っている。



しかし当の本人は、股間を押さえて声にならない声を上げているという、大変間抜けな事になっていた。


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