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95.ジュリオ、自宅学習をする!?

チャンネル・マユツバーの作ったジュリオの身バレドキュメンタリー番組により、職場であるヒーラー休憩所には野次馬がどっと押し寄せてしまった。



ただでさえクソ忙しい仕事場であるのに、ジュリオを見物に来た野次馬でごった返すなんて、地獄にも程があるというものだ。



そんな訳で、ジュリオは特別措置として、一週間仕事が休みになったのだが……!





「仕事が休みだからってダラけてなんかいられないよ……! 取り敢えず、本屋さんでヒーラーの教本や生魔力の教本とかを買い込んで来たからね……! この一週間は勉強に集中するんだ!」





ジュリオは本屋で手当たり次第に買い込んだ教本を前に、長い金髪を括って気合を入れ、鉛筆片手に勉強をしていたのだ!


居候先のアンナの自宅のリビングにて、ローテーブルに筆記用具とノートとヒーラーの教本をお店広げしたジュリオは、明るく真剣な顔をしているのだ!



あのジュリオが! である!



努力や鍛錬などの面倒臭い事から全て逃げて、楽で楽しい方へと堕落し、どこに出しても恥ずかしい立派なバカ王子だったジュリオが! である!





「もう、勉強不足のせいでアンナの呪いの病に気付けませんでしたー……なんて事、ごめんだからね……」





ジュリオはカトレアから進められたヒーラーの教本を手にとった。


そこには『虫でもわかるヒーラー入門書!』と書いてあり、ポップな字と可愛らしいイラストで賑わう、いかにもなザ・入門書! と言った教本だ。





「虫でもわかるって……随分喧嘩売ったタイトルだな……」





ジュリオのすぐ後ろで、ソファーに寝っ転がる病み上がりのアンナが、ジュリオの手元を覗き込んで苦笑いをしている。





「タイトルは酷いけど、ヒーラーの基礎はこの本が一番わかりやすいってカトレアさんが言ってたから。あと、詠唱辞典と生魔力の教本と回復魔法の複合辞典と……あと……」





カトレアに特別措置の一週間休暇を言い渡された時、ジュリオは自宅学習をするべく、オススメの教本を教えてくれと頼んだのだ。



そう言われた時のカトレアは、まるで初孫のお遊戯会を見る祖母の様な感極まった表情をして、涙目になりながら「教本のリスト、スマホに送っとくね」と言ってくれた。



特別措置の一週間休暇は、業務命令なので当然休みの間の給与は出るし、しかも有給は減らない。


言わばちょっとした夏休みである。



今までのジュリオなら、「最近すごく大変だったし、夏休みくらいグータラしてもいいでしょう〜?」とダラけて過ごしていただろうが、今はもう違う。



自分の実力と経験と知識不足のせいで、自身のチート性能に振り回されたり、アンナに苦しい思いをさせたりと、悔しく辛い思いをして来たのだ。



その悔しさが、ジュリオを突き動かしている。



しかし、その悔しさに突き動かされるあまり、自宅学習よりももっと大事な事があったように思えるのだが、ここしばらくの激務により、ジュリオの頭はどこか混乱していた。





「……あんま無理すんなよ。あんた、ここ最近激務だったんだからさ。……せっかくの夏休みだ。適度に休んでコンディション保つのも仕事の内だ」 





アンナは優しい声でそう言うと、テレビのリモコンを手に取り「テレビ切るわ」と気を使ってくれようとした。





「いや、テレビは付けっぱなしで良いよ。静かだと何かソワソワして落ち着かないし。……それにさ」 





ジュリオが呆れた声でそう言った瞬間である。


 


家の外から


「ふざけんなポリ公! 誰が捕まるかこの野郎ーッ!!! この税金泥棒ッーー!!!」


「何で数分目を離しただけなのに俺達の馬車が燃やされてんだよ!!??」


「すいませんすいません命だけは助けて下さいすいませんすいません! 還付金で借金は返しますから!!!」


と言った、怒鳴りや悲鳴や命乞いの声何かが聞こえてきた。





「テレビ……付けてた方が集中できるし……」


「確かに」





クラップタウンは、治安も民度もクソッタレな汚ッえ町である。


一応下町の義理と人情らしきものはあるにはあるが、それはあくまで貧乏な地元民にしか適用されない。



だからこそ、クラップタウンと言う貧乏糞スラムを見物に来た、呑気な金持ち冒険者達の余所者には、ここのクソ民度な貧乏人達は牙を向くのである。





「じゃ、お言葉に甘えて、テレビは付けっぱなしで行くぞ。うるさかったら言ってな」





アンナはソファーに寝っ転がりながら、テレビのリモコンでチャンネルをぽちぽちと変えている。





「チャンネル変えたところで、結局チャンネル・マユツバーの番組しか流れてねえわけだけどな」





アンナの言う通り、この世界にあるテレビ局はチャンネル・マユツバーしかない。


だから、チャンネル・マユツバーが制作する番組か、異世界の番組を電波ジャックしたものしか放送されていないのだ。





「CMにCMにCM…………あ、これは異世界のドラマの再放送か……これで良いか。ワイドショーは今ジュリオの話しかしてねえし……。つまんねえもんな」





アンナはテレビのチャンネルを、異世界から電波ジャックしたドラマに合わせて、リモコンをソファーに置いた。



この時間はたまにワイドショーをボケーッと見るのだが、今のワイドショーの話題は『ヨラバー・タイジュの新聞に散々蔑まれてきた頭の足りない醜いバカ王子が、実はものすごく強く優しく美しい悲劇の麗人だった!』と言う話題で持ちきりである。



この前見たワイドショーなんか、出演していた舞台役者の若い女性歌姫が、


「ヨラバー・タイジュの新聞と全然違うじゃないですかぁ〜☆ これってつまりぃ、でっち上げってことですかぁ〜☆」


と間延びした声で喋り、同席しているノリのいい喜劇芸人がその発言に対して


「駄目駄目それは駄目!! 権力に触れちゃうから!!! ヨラバーと王家の権力に触れたら、俺達もルテミス王子に追放されるから!!」


とわざとらしく焦った演技をしながらツッコミを入れていたのだ。二人ともまるで台本かカンペがあるかのような喋り口調だったのを思い出す。



しかも、その『ヨラバーと王家の権力』と『ルテミス王子に追放される』と言う言葉を、ものすごい迫力のある毛筆時のテロップで表すと言うわかりやすい演出がされていた。





「あのワイドショーさ……。何か、嫌な雰囲気だよね……上手く説明できないけど」





ジュリオは、自分がワイドショーで異様に持ち上げられる居心地の悪さに眉をしかめた。


この異様な持ち上げられ方は、バカ王子時代に金と権力と容姿に群がる取り巻きからチヤホヤされていた時と似ている。


ただ甘いだけで何の役にも立たない幼稚で生温い空気と同じだった。



昔はその甘く生温いチヤホヤで乾いた自尊心を満たしていたが、今のジュリオにとってそのチヤホヤは恐ろしさすら感じている。





「僕を英雄視する国に未来なんかあると思う? 絶対に称賛しちゃいけないタイプの男でしょ、僕は」


「すげえなジュリオ。あんた、攻撃の射程範囲に自分まで入ってるタイプだもんな。ある意味最強だよ」





アンナの言う通り、ジュリオの攻撃射程範囲には常に自分も入っている。


それは昔から変わらない。


だからこそ、喧嘩相手に『お前みたいなのが何で生きてんだよ』とストレートな悪口を言われても、涼しい顔で『僕もそう思うよ〜』と返していたのだ。



ジュリオは、自分は何も変わってないと思っている。


ただ、追放されてアンナに救われた後、様々な人と出会い様々な経験をしただけだ。



その経験の上に今のジュリオがいるだけなので、バカ王子の自分もヒーラーとして頑張ろうとしている自分も、どちらもジュリオ自身であるのには変わりない。



だから、その『ヒーラーとして頑張ろうとしているジュリオ』と言う側面のみを過剰に美化したテレビの番組にチヤホヤされても、まるで褒められながらワケのわからん高級な壷や絵画でも買わされているような、そんな居心地の悪さだけがあった。





「早く終わって欲しいよ。エンジュリオスブーム……」


「あんたの髪型を真似てる女の子もいるんだっけ? すげえな……エンジュリオスブーム」





アンナはあくび混じりに異世界のドラマを見ている。



異世界のドラマでは、警察官と見られる眼鏡をかけた壮年の紳士が、犯人に向かって怒りに震えながら声を荒げていた。





「ま、髪型を真似たくなる気持ちはわかるけどね」





ジュリオはクソどうでも良さそうに言うと、引き続き教本に集中した。



教本に書いてあるのは、ヒーラーとして初歩中の初歩のことだが、チート性能のお蔭で基礎をすっ飛ばしてきたジュリオにとっては大事な内容である。



抜け落ちていた基礎が固まると、自分が何が出来て何がわかっていないのかがわかる。


だからこそ、基礎の教本は一番優しくわかりやすいものが良いのだろう。



今思えば、子供の頃にがむしゃらに読み漁っていた教本は、ジュリオにとってレベルが高過ぎたのだろう。 

城の図書室にあるような本は、城に通えるレベルの優秀な頭脳と高い知識を持った人が勉強に使用するものである。


そんなレベルの高過ぎる本を、子供であるジュリオが勉強に使用したのがそもそもの間違いなのだ。



だとしたら、そんな高レベルな本をスラスラと読んでいたルテミスって一体……と青ざめるが、人は人自分は自分と割り切らねば先へは進めない。




だが、ジュリオは先へ進もうとするたび、何か大事な事を忘れているような気がしてならなかった。


それが何なのかわからないが、今は勉強に集中しようと思う。





「そう言えばジュリオ、あんたさ……ルテミスさんにスマホ取られたって言ってたじゃん。結局どうしたん?」


「それは、ネネカが城へ帰る前に返してくれたよ。アレが無いとカトレアさんから貰った教本リストが見れないしさ」





ネネカは城へと帰る前、ルテミスに奪われていたスマホを返してくれたのだ。


返すタイミングが遅くなってごめんなさい、と言うネネカを見ていると、いくら自分を追放した側の人とはいえ、裏向き持ちが微塵にも出て来ない。


それは、追放の原因が自分の素行の悪さにあると理解しているからだ。





「ネネカ……ルテミスに何て言うのかな……カンマリーの事……」


「確か、マリーリカさんに頼んで、ルトリから……アナモタズ事件の資料をコピーしてもらったんだっけか。…………遺体状況の写真まで載ってんだろ……あの資料……」


「うん……。正直……ルテミスが心配だよ」





ジュリオは城に潜入した際、ルテミスに『カンマリーの事が知りたきゃ、冥杖ペルセフォネを貸せ』と取引を迫ったのだ。


あの時のルテミスの慌てぶりは、はっきり言って異常だった。



そんなカンマリーがアナモタズに惨殺されていたなどと知ったら、ルテミスはどうなるだろう。



ジュリオ自身、カンマリーの死を利用してしまった事に罪悪感を抱いていた。


アンナの命がかかっていたとは言え、取引材料に人の死を利用するなど、カンマリーやルテミスに申し訳ないとさえ思う。





「と言うか……ルテミスとカンマリーってどんな関係なのかな……? あの写真を見る限り……男女の仲って事は無いだろうけど……」





ルテミスとカンマリーが一緒に写っていた写真を見たが、その様子は男女の甘い中と言うより、気さくな男友達同士と言った様子だった。


それ程までに親しい愛人関係なのかと思うが、カンマリーの高潔な人格を思うと、彼女が愛人などになるだろうかと悩んでしまう。



ネネカには聞きたい事が山ほどあったが、ヒナシのクソ番組騒動のせいで全てが有耶無耶になってしまった。





「わかんない事だらけだよ……本当に」





ルテミスとカンマリーの事もわからない事だらけだし、ヒーラー問題集もわからない事だらけだ。



チート性能があっても、筆記問題すらまともに答えられない。

だが、そんな現状に嘆いてなどいられるか。



わからないなら、基礎に帰りつつ、一問一問コツコツと学んでいくだけである。



ジュリオは折れそうになる心に気合を入れ、再び基礎の教本を読み込んだ。



そんなジュリオを見ながら、アンナは自身のスマホを弄り始めた。


スマホのケースには異世界文化である昇り龍だとか般若とかが印刷されており、アンナのヤンキー趣味が伺える。



そんなガラの悪いスマホの画面を流れていたアンナは、何かに気付いたような顔をして、ジュリオに声をかけた。





「あのさ、ジュリオ。勉強中に悪いんだけど、ちょい聞きたい事がある」


「え、何?」





ジュリオは勉強を中断し、アンナが寝転ぶソファーに体を向けた。





「さっきローエンからメッセージ入ってさ。フォーネ国の港町の税務署でマリーリカさんと偶然会って、今からカフェデートして来るってあって……」


「マリーリカ……押しに弱いからなあ……」





ジュリオの言う通り、マリーリカは押しに弱い。

だからこそ、そんな押しに弱いマリーリカはローエンにしつこくデートに誘われ、断りきれなかったのだろうと思う。



こういう押しに弱い女の子いるよなあ……とジュリオはため息をつく。



幸い、ローエンは可愛らしい女性を見るとすぐに飛びつくカスではあるが、だからといって無理矢理肉体関係を迫る様なクズでは無い。


きっと、カフェデートでもろくに喋れずマリーリカの目すら見られず、気まずい時間が流れるのみだろうと思った。




しかし、聞き捨てならない単語が一つあったような?



確か……それは……。





「税、務、署……?」




嫌な予感がした。 


ここ最近の激務により、忘却の彼方に消えてきた、とんでもなく重要な何かの気配を感じている。





「ああ。税務署だよ、税務署。…………なあ、ジュリオ……一応聞くが、あんた…………確定申告の準備……してるか……?」





青ざめた顔のアンナが、ジュリオに問う。



 

確定申告……そう、確定申告である!!!




ジュリオから血の気が引いた!




ここ最近の激務で忘れてた!!! 確定申告何もしてないじゃん僕!!!!





ジュリオは涙目になりながら、





「あれって、給与明細を取っておけば良いんでしょ? 給与の金額と取られた税金分を計算すれば良いんだから、一日で出来ると思うんだけど…………その顔をするって事は…………違うんだよね……?」



 


と引きつった顔で返した。





「なあジュリオ……ヒーラー休憩所で働き始めてからのレシート……どうしてる……?」


「えっ、えっと……捨てちゃ駄目って言われてたから……一応箱に入れて取ってあるけど……」


「そうやって箱にブチ込んだレシートの山……経費ごとに分けたか……?」


「つ、月毎にも分けてない…………」





ジュリオとアンナの間に、沈黙が流れた。



テレビから流れる異世界ドラマでは、眼鏡をかけた警察官の紳士が『いい加減になさい!』と正義感に震えている。





「あんた、確定申告の書類は今どこに……」

 

「そう言えば……職場……」





ジュリオは震えた声で話した。



アンナはそれを聞いて、すぐにローエンへ通話し




「おい三白眼!! 今すぐに税務署言って確定申告の申込書持って来てくれ!!! え、何!? マリーリカさんと何を話したら良いかわからない!? 助けてくれ!? こっちが助けて欲しいわアホ!!」




と怒鳴っている。




ジュリオの体から力が抜ける。

何か忘れている気がしたと思っていたが、確定申告を忘れていたのか。





やっぱり、僕を英雄視する国に未来なんかあるわけ無い。


絶対に称賛しちゃいけないタイプの男だよ、僕は……。





と、ジュリオは力無く笑っている。





この瞬間から、バカ王子と確定申告の戦いが始まったのだった……!


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