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89.魅せます! チャンネル・マユツバー!

ヒナシプロデューサー視点のお話です。

ジュリオが死にものぐるいでアナモタズをぶっ殺した後、アンナの体に巣食う呪いを解除する為、冥杖ペルセフォネと言う至宝の杖を実家の王国から取ってくると決死の覚悟を決めた頃である。



ジュリオにブチ切れられ一時退却したヒナシ率いるチャンネル・マユツバーのスタッフ達は、逃げこんだ部屋で呑気にトランプのババ抜きをしていた。

円になって床に座り、雑談をしながらババ抜きに興じる様子は、完全に暇つぶしと言った模様である。





「ババ抜きってさ〜。地元ルールとかあんま無いから遊ぶのに最適だよねえ〜。だから、ペルセフォネ人の君らとも遊べて良かったよほんと」





ヒナシは緩ーい口調で話しながら、アシスタントディレクターの手札から一枚引き抜く。

自分の手札にあるカードと揃ったので、それをほいっとカードの山に放った。





「あ、そーだ! カメラの修理終わった?」





ヒナシはジュリオに蹴り倒されぶっ壊れたカメラの修理をしているカメラマンに話しかける。



太い黒縁の眼鏡をかけたカメラマンは、「良い感じっすよ〜」と答えた。





「どう? ジュリオ坊っちゃんのブチギレ映像撮れた?」


「バッチリっすよヒナシプロデューサー。……いや〜それにしてもヒヤヒヤしましたよ。こんなにヒヤヒヤしたの、ヒナシさんがランダー国王をブチギレさせたとき以来っすわ。あはは」





カメラマンはヘラヘラ笑いながら、録画していたジュリオのブチギレ映像をヒナシに見せた。



そして、その映像が終わったあと、もう一つの動画をスマホで、再生した。



その動画にあるのは、ヒナシが聖ペルセフォネ王国の国王であるランダーに謁見した時の様子だった。





「よく撮れたねこんなもん。カメラ全部没収されてたのに」


「異世界文明によってカメラの種類も制度も進化してますからねえ。…………メガネもちゃんとチェックしなきゃ駄目っすよ。……小型カメラが仕込まれてるかもしれませんからね」





カメラマンは分厚い黒縁メガネをクイッと指で押し上げ、ジュリオのブチギレ映像の隣で国王ランダーとの謁見映像を再生させた。



映像の中にいるヒナシとランダーは、ピリついた雰囲気で会話をしている。




『ヒナシ殿は、せっかくこの世界へ召喚されたと言うのに、勇者をやる気が無いと申すのですか?』




映像の中のランダーが、荘厳な雰囲気をビシビシ放ちながら、ヒナシへ質問をしている。



そんな威圧感満載のランダーに対し、ヒナシはのらりくらりと交わしながら、相変わらずの嘘臭い笑顔で答えた。




『勇者だなんて無理ですよ〜! ボクこう見えてもう四十代ですもん! おっさんに勇者だなんて無茶言わないでくださいってぇ〜! それにチート能力もハズレスキルなんですよ? ボクはただの無害な異世界人ですぅ〜!』




映像内のヒナシがヘラヘラした弁明をするのを、カメラマンが悪童の様な笑い顔で見ている。




「確かに、ヒナシさんのチート能力は『勇者としては』ハズレ中のハズレスキルですよね…………『電波ジャック』なんて、戦闘においてはクソの役にも立たない……でも」


「テレビ屋としては、最強のチート能力でしょ?」





ヒナシのチート能力は『電波ジャック』だった。

その内容は、『元いた世界のテレビ番組を、【チャンネルを合わせれば】いつでも見られる』と言う、いつ使うねんそれと言う代物である。





「このハズレスキルのお蔭で、酷い目にあったからねえ……」  


「……保険金目当てで異世界人の勇者や聖女をぶっ殺すペルセフォネ人のパーティメンバー……結構いますからね」





国から派遣されたペルセフォネ人の仲間を賠償金目当てで殺す異世界人もいれば、その逆に異世界人に保険金をかけてぶっ殺すペルセフォネ人もいる。


勿論、チート能力が戦闘向きな異世界人にはそのような危険な事など出来無い。



しかし、ヒナシのように戦闘向きではないチート能力を持った異世界人は、保険金目当てで殺される事件が裏で多発していたのだ。





「保険金目当てで異世界人を殺したペルセフォネ人を、国は見て見ぬフリをしてるからね……お蔭様で、仲間だと信じてたペルセフォネ人のお貴族様に殺されかけて、名前まで使えなくなっちゃったし」





ヒナシはズボンのポケットからチャンネル・マユツバーのプロデューサーとしての名刺を取り出した。



そこには『火無 煙立夫』とあるが、本名は『陽有ヒアリ 紀夫ノリオ』である。





「本名はだいぶ前に死亡届出されちゃってるから、もう使えないもんね。……それに、この名前も結構気に入ってるしぃ〜!」





ヒナシは特に気にした様子も無く、ニヤニヤと笑いながらランダーとの謁見動画を見ている。




『無害……ですか。確かに物理的には無害ではありますね。……しかし、ヒナシ殿。貴殿らのテレビ文明は、この国……いや、この世界にとって驚異なのです』


『えっ!? 驚異ですって!? ボク達はただ、クソの役にも立たない娯楽番組を作ってるだけですよう〜』


『何を仰るか……。貴殿らが生み出したテレビと言う情報源によって、この聖ペルセフォネ王国は激変しました。……言葉に出来ないほど』





映像に映るランダーの眉間には、深いシワが刻まれていた。

本人の美形度合いも相まって、とんでもない迫力と恐ろしさがある。





『……それで、ボクらに何をしろっていうんですか?』

 

『お話が早くて助かります。……今後は、チャンネル・マユツバーで放送する番組の【最終確認】を、我が王家で行わせて欲しい』


『……ヨラバー・タイジュの新聞社みたいに?』





カメラマンは映像を見ながら、嫌そうな顔で口を開いた。





「ヨラバーの新聞……やっぱり噂通りに国に買われちゃってますよね……やっぱ」


「だと思うよ〜。だってさ、あまりに露骨じゃん。こう言うわかりやすい記事を書く目的なんて、わかりきってるからねえ」





そう言って笑ったヒナシは、アシスタントディレクターの女性に「プロデューサーの番ですよ」とカードの手札を見せられた。


「ごめんごめん」と笑って、その手札からカードを一枚引き抜く。




しまった。これはジョーカーだ。





『何故、ヨラバーの名前が出てくるのです?』




映像の中のランダーの顔付きが変わる。

恐ろしい獅子のような、厳つい顔だ。




『王家に次ぐ権力を持ったエレシス家出身の大聖女を母に持つエンジュリオス殿下を過剰にこき下ろして、次期国王のルテミス殿下を過剰に持ち上げる。……そうして、王家を脅かす権威を潰して、次期国王ルテミス様と国への忠誠心を高めようって魂胆でしょ?』


『魂胆? 何の事です? ヨラバーの新聞社には、一切口を出しておりませんが』


『それならば何故、ご子息がボロクソに叩かれる新聞記事を放置しているのです? 王家への権威に関わるでしょこんなの。……それこそ、今俺たちテレビ屋にしたみたいに【最終確認】をすればいいじゃないですか』


『……これは愚息への戒めです。良い薬でしょう』




ランダーは吐き捨てるように言った。

心底どうでも良いと言った顔である。





「この時、エンジュリオス殿下はまだ八歳でしたっけ? ……大聖女だったお母さんが救国の儀で死んじゃったばかりなのに、新聞でボロクソに叩かれて国中からバカにされるなんて……」





カメラマンが悲しそうな顔をした。





「まあ、子供を愛さない親っているし。……あ、俺の両親は普通に優しかったからね」




ヒナシはそんなクソどうでもいい事を話したあと、「ここからだよ」と笑ってジュリオのブチギレ動画のクライマックスのタイミングを合わせた。




『まだ八歳のご子息に大変厳しい教育をなさるとは! さすがは国王陛下だ! いや〜国王となると違いますねえ〜っ! …………当時十三歳のデメテル大聖女を孕ませただけの事はある』


『……』


『羨ましいですよぉ〜! 国王となれば十三歳の無垢な少女すら食い散らかせるなんてぇ〜!! うちの国のロリコン共が聞いたら泣いて羨ましがりま』


『喧しいッ!!!!』




ドンッとテーブルを殴りつけたランダーは、先程までの落ち着いた顔から一変し、怒りと憎しみに震えた顔でヒナシを睨んでいる。



どうやら、ド地雷を踏み抜いたらしい。





「ヒナシさん、よくデメテル大聖女の年齢がわかりましたね」


「ヨラバーの新聞に書いてあった年齢を逆算してね。……まあ、俺の国でも昔は良くあった話だし。歴史的には珍しい事じゃないでしょ。だから、こっちとしては怒らせる気なんて無かったんだけどさぁ……」


「……ヒナシさん……あんたのチート能力に『無自覚に人をキレさせる』とかもあったんすかね?」


「何それ、いらね〜」





ヒナシとカメラマンは笑い合いながら、映像の中でブチギレたランダーを見ていた。


そして。




怒り狂って「貴様ら異世界人に何がわかる」とテーブルを殴るランダー国王と、


目覚めたばかりの怪我人を恫喝するヒナシにブチギレて機材を蹴り倒すジュリオを見比べた。





「……そっくりっすね……怒り方……」





カメラマンがゾッとした声で話した。





「顔見た最初から『こいつランダー国王に目元そっくりだな〜』って思ったんだよね。……んで、苛ついたり地雷踏んだときの顔が特に似ててさ……。いっそワザとブチ切れされたらどうなるかな〜って、一か八かで怒らせてみたら……まあ結果はご覧の通りってね。…………でも、裏拳でバシッてやっちゃったのはマジでアクシデントよ。あれは可哀想なことしちゃったね」





ジュリオを初めて見た時から、そのあまりに美しい容姿とアホそうな世間知らずっぷりから、こいつはただの追放された貴族では無いと気づいたのだ。



それで、無理矢理密着して苛つかせたり地雷を踏んだりして様子を観察していると、恐ろしい程にランダー国王と良く似ていた。



だが、決定打に欠けるため、それならいっそ怒らせてみるかとジュリオを挑発したら、大正解だったというわけだ。





「……にしても、ヨラバーも思い切った嘘を書くよね。……バカでアホでワガママで色魔でアホでクズでカスな低知能のブッサイクなバカ王子なんて、よく言ったもんだ」 


「エンジュリオス殿下、基本人前に出られませんし、新聞が主な情報源の国民からしたら、そりゃどうしようもねえバカ王子って思っちゃいますよね……」


「そのどうしようもねえバカ王子をいつも華麗に制裁するルテミス王子の記事を出し続ける……これはもう、息子への躾なんてものじゃないよ。完全にルテミス王子、いや――国のそのものイメージアップ作戦でしょ?」


「ルテミス王子……お母さんが異世界人だから、否定派もかなりいますもんね……」





ルテミスはその優秀さから熱烈に支持される一方、母が異世界人であると言う事で、差別感情からルテミスを毛嫌いする連中もいるのだ。


それ故に国民からの支持率も二分化されており、ルテミスもルテミスで厳しい立場にいるのである。


これは、ヨラバーの新聞が決して報道しない事であった。



だからこそ、チャンネル・マユツバーのテレビはその事実をどう料理しようか迷っていた。





「エンジュリオス殿下がバカ王子として国民の悪役になれば、残った選択肢はルテミス王子だけになりますもんね。……もしエンジュリオス殿下が時期国王になれば、エンジュリオス殿下のお母さんの実家であるエレシス家が力を増す……。王家の次に強い家柄ですもんね……」





ジュリオをバカ王子として新聞でこき下ろすと言う行動の裏には、ジュリオごとエレシス家を潰す狙いがあるのだろうと、ヒナシは思う。



そんなゴタゴタに巻き込まれたジュリオ&ルテミス兄弟が哀れにも思えてしまった。





「…………俺、ジュリオ坊っちゃん結構好きなんだけどね。わかりやすくて」





ヨラバー・タイジュの新聞にあるジュリオは、どうしようもねえカスとして書かれていた。


しかし、実際に会ってみたジュリオは、確かに世間知らずのバカでアホでどうしようもない男ではあるが、性根から腐っているわけではないと思えた。


それどころか、意外と根性のある奴だと、ヒナシは結構気に入っていたのだ。





「さて、ここで問題です。……ヨラバー・タイジュの新聞社がボロクソに蔑んでいたエンジュリオス殿下が、『実は素晴らしくいい人だった』とテレビで報道したら…………打撃を食らうのは……誰でしょう?」





ヒナシは白い歯を見せて悪魔のように笑った。



そんなヒナシの残り二枚の手札から、アシスタントディレクターの女性がカードを一枚引っこ抜く。




ああ残念! ヒナシの手札にはジョーカーが残ってしまった!





「ルテミス殿下……ですよね?」





ヒナシのジョーカーを引かずに済んだアシスタントディレクターの女性が答えた。





「正解。……ルテミス殿下が打撃を喰らえば、それ即ち聖ペルセフォネ王国自体が打撃を食らう事になる。……当然だよね? 今まではヨラバー・タイジュの新聞はずっと、悪役のバカ王子を正義のルテミス王子が制裁してざまぁする記事ばかりを書いていたのに、実はそれはヨラバーが書いていた『物語に過ぎなかった』なんて知れたら…………。そんな嘘だらけの新聞を書かせていたのは一体誰? って、犯人探しが始まる。……そうなると、新聞社と王族の関係がバレるのも……時間の問題だ……」





ヒナシは手元に残ったジョーカーをひらひらさせながら笑っている。


しかし、目は笑っていなかった。





「悪役と正義役がひっくり返る……。まさに、『革命』だよ。…………血と暴力と争いによる『革命』なんて古い古い。……今の時代の革命は、エンターテイメントで楽しくやるのがトレンディでしょ? ……ねえ、元悪役令嬢や元悪役貴族のみんな」





ヒナシはスタッフ達を見渡す。


彼ら彼女らは皆、異世界人をもてなす為に悪役の濡れ衣を着せられ、エンターテイメントとして追放された貴族達だった。



そんな連中を掻き集めたヒナシ――――ハズレスキルのせいで仲間から追放され殺されかけた元異世界人勇者は、悪辣に笑っている。





「最初は慟哭の森が聖ペルセフォネ王国の弱点かと思ってたけど……。もっと強くて楽しい切り札が、今俺たちの身近にいる」





ヒナシは手元に残ったジョーカーを見た。



ババ抜きにおいて、ジョーカーが手札に残れば負けである。



しかし、そんなジョーカーが最強の切り札になるゲームもあるのだ。





「さあみんな。誰も傷付かない面白くて楽しいエンターテイメントで、俺達を踏みにじったこの国をぶっ壊してやろうよ!」





ヒナシがそう言うと、スタッフ達はイエーイと盛り上がる。





「一先ずは、『追放されたバカ王子、努力して最強のヒーラーになる』っていうエンジュリオス殿下で一儲けして、ネーフォでシース食いまくろうぜ!!!」





ヒナシはこの国が嫌いだ。


自分をハズレスキル所持者と蔑み、保険金目当てで自分を亡き者にしようとしてきた貴族の仲間達が嫌いだ。  



しかし、フォーネ国の港町にある、寿司は旨くて好きだった。




そんな時、ヒナシのスマホに着信が入る。

画面を確認すると、そこには自分達がこの部屋に逃げ込む前に逃したスタッフの名前があった。



元悪役令嬢の女性スタッフからの着信に答えると、ヒナシは部屋の窓を開ける。





「見張りに出してた彼女から、今連絡が来たよ。どうやらジュリオ坊っちゃんは、実家の国に帰るみたい……。みんな、密着取材の続きを、モーレツに頑張ろうじゃないの」





ヒナシは部屋の窓から脱走し、ジュリオの密着取材へと向かった。





「このクソッタレな聖ペルセフォネ王国を、ぶっ壊してやろうよ」






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