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87.みんな生きてる!!!

「カトレアさん……落とし扉の錆、結構厳しいですよ」





ジュリオは大部屋に戻り、カトレアに落とし扉の錆が酷い事を説明した。



カトレアもその隣にいるマリーリカも、なんてこったと言いたげな顔をしている。





「落とし扉の修理には、数十分はかかるそうです」


「まあ……百年分の錆や壊れが数十分で直るなら、さすがローエンといった所だね」





カトレアは溜息をつく。


そんな時、オギノ少年がこちらへ駆け寄って来た。





「ジュリオさん! 怪我人達の避難、無事に完了しましたー!」


「ありがとうオギノ君!」





怪我人の避難も完了した。

後は、ローエンによる落とし扉の修理が終われば一安心だろう。



例え怪我人がもし現れたとしても、それは落とし扉でここを封鎖し防衛するまでに来て欲しい。



そんな事を思っていたら、またもや怪我人が現れた。





「た……助けてくれ…………アナモタズに……」


「わかった! すぐに治――」





言葉が飛んだ。



怪我人の背後には、巨大なアナモタズがいたのだ。



目と鼻を切られた黒いオーラを纏うアナモタズが、獣臭と血の匂いを漂わせながら、荒い呼吸をしている。


皮膚は剥がれ紫に変色し、毛が斑に剥げていた。





「な、なんだよ……おい」





血の気を無くしたジュリオの顔を不思議そうに見ていた怪我人は、後ろへ振り向いた。



そして。





「え……ぁ」






怪我人は、アナモタズを見て悲鳴を上げる間もなく、頭部を食い千切られてしまった。



その返り血がジュリオの顔にかかる。



ジュリオはただ、さっきまで生きていた怪我人が、目の前でアナモタズに貪り食われるところをボケーッと見ているしか出来ない。



なんだこれ。一体、なにこれ。



カトレアから「ジュリオくんッ!!!」といきなり腕を引っ張られ、体制を崩し転んだ痛みで気が戻った瞬間。


カトレアが何やら詠唱を叫んで、休憩所の出入り口を塞ぐほどの大きな光の壁の魔法を両手で発動させていた。





「うグッ……心臓破裂するっての……ッ」





カトレアは苦しげな声を上げて、こちらへ襲いかかろうとするアナモタズの猛攻を防いでいる。


アナモタズへの攻撃は出来ないものの、その巨大な爪はカトレアの光の壁の魔法で弾かれていた。





「逃げなさい!」





カトレアに怒鳴られ、ジュリオは真っ白だった頭に正常な思考が戻る。



オギノ少年は慌てて隣の部屋に逃げ込んでしまったようだ。無理もないだろう。さっさと逃げた判断は、この場としては正解だ。

どれだけ異世界から召喚されてきた勇者様だと持て囃されても、所詮はジュリオと同じ戦闘ド素人の少年である。



一方、マリーリカはどうなんだと隣を見た。


残念ながら、マリーリカも顔面蒼白で腰を抜かし、目を見開いて硬直していた。


そりゃそうだろう。

マリーリカはアナモタズに瀕死の大怪我を負わされただけでなく、妹のカンマリーを惨殺されたのだ。


突然のアナモタズによる襲撃で、完全に心が壊れてもおかしくはない。



寧ろ、アナモタズが人を食った瞬間に、すぐ光の壁の魔法で出入り口を塞ぎ、アナモタズから防衛すると言う行動を取れたカトレアの方が異常だ。





「早く逃げなさい! ……ッぅ……この壁は……もう、限界だから……はやく!」





カトレアの光の壁の魔法にはアナモタズの斬撃によるヒビが入っており、長くは持たない事がわかる。


それに、アナモタズの猛攻を受けるたび、その衝撃によってカトレアの体がふらついていた。



その光の壁の魔法を見ていると、何故だかわからないがその仕組みが手に取るように『見え』た。



初めてアナモタズの黒いオーラを祓ったあの正体不明の感覚と同じである。


胸の鼓動が二重になり、体中の生魔力の流れが早くなる。体温が上昇し、目の前の光景がよりハッキリと見えた。


頭は異様に冴えており、今なら何でも出来ると思える説明不可能な万能感に包まれる。



ジュリオは、黒いオーラのアナモタズに吸い寄せられるようにして、一歩一歩前へと出た。



まるで、黒いオーラを対処する為に生まれてきたかのように、本能から吸い寄せられていた。





「ジュリオくん!? なにしてるの!? 早く逃げるんだ!!」


「……生魔力を相手に与えず渦のように流動化させ、壁状にして相手の存在を跳ね返す……原理はこうですよね」


「は!? キミ何を言って…………え」





ジュリオは、すっと両手をアナモタズにかざして、まずは『カース・ブレイク』で黒いオーラを祓う。


そして、カトレアが発動した名前も知らぬ光の壁の魔法を見様見真似で、片手をかざして発動してみせた。



普段ならこんな芸当は出来ない。


しかし、黒いオーラを前にした瞬間、異様な万能感に包まれたジュリオは、それが当たり前のように出来てしまった。



そして、発動した光の壁の魔法は、カトレアが張った壁よりも数倍に分厚い。





「……ジュリオくん。……キミはやっぱり……いや、今はそんな場合じゃないね」





カトレアはすぐにヒビの入った光の壁の魔法を解いてジュリオの背後に回ると、その細くて頼りない背中にシワと節が目立つ手を当てる。



その時、ジュリオの背中に心地よい暖かさが伝わった。





「キミが今発動させてるのは『カウンター・ミラー』だ。詳しい説明は落ち着いたらやるよ! そして、アタシが今はキミに吸わせたのは『カウンター・ミラー』の精度を上げる経験値が入った生魔力! これも後で説明する!」


「……わかりました……ッ……うわっ」





カトレアの張った『カウンター・ミラー』よりも数倍に分厚い壁を発動させたのは良いが、アナモタズの猛攻による衝撃を受け流す『技術』と『経験』をジュリオは持っていない。


いくらカトレアから『カウンター・ミラー』の経験値が入った生魔力をもらっても、焼け石に水であった。



当然、アナモタズの猛撃により分厚い壁は揺れ、ジュリオの体はふらついてしまう。


踏ん張る足には筋肉のきの字もないのだ。


チート性能であり最強のヒーラーの素質に、体と経験と知識が追いついてない。





「……ぁ……」





『カウンター・ミラー』の光の壁越しに見るアナモタズは、今にもこちらへ襲撃してジュリオ達を食おうとしている。


角のように鋭い牙を剥き出しにして唸り声をあげるアナモタズは、爪による猛撃で光の壁をぶち破ろうと咆哮をあげた。


その瞬間、人の頭部を丸呑みするほどの大口が開き、血と髪皮膚と飲み込みそこねた人の指が血に濡れた牙に引っかかっているのを見つけた。





「……ぅ……」





吐きそうになる。


人を食ったばかりのアナモタズの血塗れの口内を見ると、次はお前だと言われているようでジュリオの精神は揺らいでしまう。


光の壁は分厚いものの、それを支える精神や体が限界に近い。



そして、ジュリオが怯んだ瞬間、アナモタズは全体重を爪に乗せて光の壁をぶち壊そうと猛撃を仕掛けてきた。



ジュリオは今、思い知った。

自分はアナモタズに舐められたのだと。


アナモタズに、自分は弱いと悟られたと。



これは、最悪の事態である。





「くそがぁ……ッ!」





アナモタズは、分厚い『カウンター・ミラー』の光の壁を破壊する事は不可能でも、その攻撃による衝撃で、壁を張るジュリオを崩す事は可能だと学習してしまったのだろう。


体重を乗せた猛撃を立て続けに仕掛けてくるアナモタズに、ジュリオの足元はぐらつき今にも倒れそうになってしまう。





「畜生……ッ!」


「ジュリオくん! しっかり! キミの『カウンター・ミラー』はアナモタズ如きじゃ突破出来ない!」





カトレアが勇気づけてくれるが、それでも体と精神が限界である。


アナモタズが大口を開くたび、食いカスである指や皮膚や骨の破片が見えてしまい、ジュリオは怯んでしまう。


その度『カウンター・ミラー』は揺れ、アナモタズの猛撃がより激しくなった。



このままじゃ、もう……。



絶体絶命といった、その時である。





「お前の相手はこの俺だぁぁぁああぁああッッ!!!!」


「オギノくん!?」





オギノ少年が、チェーンソーを唸らせながらジュリオの前へと飛び出した。



アナモタズの斬撃をチェーンソーで受け止めながら、オギノ少年は勇ましい大声で怒鳴り散らしている。





「ふざけんじゃねえ!!! お前なんかぶっ殺してやるッ!!!」





隣の部屋へと逃げ込んだと思ったオギノ少年は、実はその部屋でチェーンソーを持ち出していたのだろう。



唸るチェーンソーの回転する歯がアナモタズの爪や手を切り裂き、血飛沫が飛び散る。


ジュリオの『カウンター・ミラー』の光と、オギノ少年のチェーンソーによる火花が炸裂し、眩しくて仕方ない。





「舐めんじゃねえ……ッ! もう誰も……死なせてたまるもんかッ!!!」




アナモタズの斬撃が振り下ろされる度、オギノ少年はチェーンソーをぶん回してその猛攻を防いでくれる。

そのおかげで、ジュリオの体への負担は減り、光の壁の強度を増すことに集中できた。



アナモタズはチェーンソーに手を切られ苦痛を滲ませた咆哮をあげる。



しかし、オギノ少年はその大きな口の中を見ても一歩も怯まない。



そんな勇敢な背中を見ると、ジュリオにも気合が入ると言うものだ。


オギノ少年のチェーンソーによる防衛のおかげで、『カウンター・ミラー』の負荷が減り、より集中できた。


だが。





「このままじゃ……何とかしないと……ッ! ジリ貧だ……っ!」





オギノ少年がチェーンソーでアナモタズの猛撃を防いでくれても、押し負けるのは時間の問題だろう。



何か、何か決定打は無いのか?



このままでは、落とし扉を落として防衛する筈のヒーラー休憩所が、アナモタズの餌場と化してしまう。



落とし扉を落として、防衛……!



刹那、ジュリオは上を見た。


天井には、分厚い落とし扉が鎖によってぶら下がっている。



そして、その真下にはちょうど、アナモタズがヒーラー休憩所へ侵入しようとして猛撃を仕掛けている最中だ。


 

その時、咄嗟に思いついた。



落とし扉を落としてヒーラー休憩所を封鎖し防衛するのではない!



落とし扉をアナモタズにぶち落としてブッ殺すッ!!!!!!!



そう閃いた瞬間、ジュリオは自分でも驚くほどの大声を上げていた。





「ローエン!!!! 聞こえる!!!???」


「……なんだぁジュリオッ!!!」





二階からローエンの声が聞こえた。呼びかけに答えてくれたのがありがたい。





「今からッ!!! 鎖をぶった切って落とし扉をアナモタズめがけてぶち落としてッ!!!」


「……わかったッ!!!!」





鎖をぶった切る。

それはとても骨の折れる作業だろう。


だが思い出せ。

ローエンは確かに言っていたのだ。



『この錆溶かしは効き目エグいからな。常温にしとかねえと鎖ごと溶かしかねえんだよ』





「マリーリカ!!! 頼む!!!! 炎の魔法でローエンの錆溶かしを熱して!!! 鎖を焼き切る手伝いをしてッ!!!」


「わ、わかった!!!」




マリーリカはすぐにローエンの元へと走ってくれた。



それなら後は、アナモタズによる猛撃を防ぎ切るだけだ。



しかし、アナモタズの攻撃はどんどん勢いを増している。


巨大な爪を両手交互に振り下ろし、オギノ少年のチェーンソーとジュリオの『カウンター・ミラー』ごと破壊しようとしてくるのだ。



体はふらつくが、カトレアの手から流れてくる『カウンター・ミラー』の経験値が入った生魔力のおかげで、衝撃の受け流し方を体で覚えてゆく。





「おいジュリオ!!! 聞いてるか!? 鎖は後三本だ!!! カウントダウンすっから、ゼロっつったらそっから逃げろよ!!! オギノと婆さんもな!!!」





二階からローエンの声が飛んでくる。





「ありがとうローエン!!!」





ローエンに答えながら、ジュリオは『カウンター・ミラー』を張り続けた。


アナモタズの体重がかかった攻撃を食らうたび、体がふらつき足が滑りそうになる。

踏ん張る足の感覚はもう無かった。



しかし、ここで踏ん張りきれずにコケてしまったら、アナモタズはヒーラー休憩所に侵入し、ここにいる人を皆殺して食い散らかすことだろう。


 


そんな事、させてたまるか。


ここはアナモタズのファミレスじゃない。


怪我人を治す、ヒーラー休憩所だ。




ジュリオが気合を入れ直した瞬間、ローエンの声が二階から聞こえた。





「カウントダウン行くぞ!! 三!!!!!」





落とし扉が揺れている。



そして、アナモタズの猛撃を防ぐオギノ少年のチェーンソーも、悲鳴の様な音を上げていた。





「ニ!!!!!!」





落とし扉の揺れが酷くなる。



ジュリオは覚悟を決めて、後ろへ飛のく体制を取った。





「一!!!!!!」


「オギノくん!」


「わかってます!!!」





ジュリオは『カウンター・ミラー』を押し返す様にして、最後の力を振り絞った。





「ゼロ!!!!!」




ジュリオはその瞬間、『カウンター・ミラー』をぱっと消し去り、力の限り後ろへ飛びのいた。


オギノ少年とカトレアもそれに続く。



そして、今までぶち破ろうとしていたチェーンソーと『カウンター・ミラー』が突然の消えた事で、アナモタズは前のめりに倒れてしまう。



そこへ、分厚く重厚な落とし扉が急降下した!



百年前、ペルセフォネ人を戦禍から守った教会の落とし扉が今、アナモタズめがけてブチ落ちたのだ!




ウグォォォオオオオとアナモタズの断末魔が轟き、空気がビリビリと揺れる。



落とし扉によって体を真っ二つにされたアナモタズは、ジュリオを切裂こうと爪をもぞもぞと動かしたあと、ゆっくりと絶命した。



逆だっていた毛がペタリと力を無くす。





「おーい!!! ジュリオ!! オギノ!! 婆さん!! 生きてるか!?」





二階からローエンの声が聞こえ、ジュリオは慌てて二人の様子を見た。



オギノ少年は腰を抜かして泣きながら座り込んでおり、カトレアは「後で腰に湿布貼ろう……」と腰を擦っている。





「生きてるよ!!!! みんな生きてる!!!!!」


「そうかい!! そりゃ良かったよ!!!」





生きてるよ、とローエンに答えられて、本当に良かったと思う。



ジュリオは今、自分のその場の思い付きと皆の力でアナモタズをぶっ殺したのだ。



魔物とはいえ、生き物をぶっ殺した事で、ジュリオ達は生き残った。



この場にあるのはただ、命のやり取りだけだった。


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