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85.月も星も見えない嫌な夜の事

状況を把握し合った後、アンナはいつもの黒い大弓を担いでアナモタズ狩りへ向かった。


アンナを見送るためヒーラー休憩所である教会から出ると、外は真っ暗闇である。


月も星も見えない、どろりとした重たい雲が空を覆う、嫌な夜であった。





「アンナ、一応見つけたアナモタズはすぐにスマホのカメラで僕にも見せてね。黒いオーラがあるかどうか調べないと」


「ああ。頼む。仕事中断させちまうかもだけど」





オギノ少年を追ってここへ来る手負いのアナモタズは、黒いオーラを纏う謎の個体では無い。その点は安心である。


しかし、この騒動によって、人の遺体を食って人の肉の味を覚えたアナモタズの団体様御一行の中には、黒いオーラを纏うアナモタズがいるかもしれない。


黒いオーラを纏うアナモタズは、何故かアンナの弓矢による攻撃が刺さらないのだ。


だからこそ、ジュリオが黒いオーラを祓わなければならないのだが、ジュリオはこの現場を長く離れるわけにはいかない。


そろそろ戻らなければならなかった。





「黒いオーラを纏うアナモタズ……何でアンナの攻撃が刺さらないんだろう……」


「……考えてみりゃおかしい話だよな。あんたと初めて会った時に遭遇した黒いオーラのアナモタズ、あたしの矢は弾かれるくせに、カンマリーさんの刀はぶっ刺さってた。……つーことは、あたしの攻撃は駄目でも、カンマリーさんの攻撃は通る……。黒いオーラは『攻撃全てを弾くわけではない』って事だよな?」





確かにそうである。


アンナの矢による攻撃は入らないくせに、カンマリーの刀は腹にぶっ刺さったのだ。



この違いは何なのだ。



考えてみたが、何一つわからない。





「まあ、何にせよ、だ。考えても仕方ねえし、取り敢えずあたしはアナモタズぶっ殺してくるよ」





アンナは不敵に笑ってジュリオの肩を優しく叩く。





「アンナ……お願いだから怪我しないで。無理だって思ったらすぐ諦めて戻ってきて。……アナモタズから逃げるのは自殺行為だけど、アナモタズに見つかる前に逃げるのはアリでしょ」


「ああ。わかってるよ。…………まあ、怪我してもジュリオがいるだろ。……最強チート性能ヒーラーさんよ」





不安げな顔をするジュリオの手を取りアンナは握手をして来た。



重ねた手の平から伝わる生魔力の流れは、ジュリオ達ペルセフォネ人とは似ているようで違う。アンナはハーフエルフだからこそ、その体にはエルフとしての生魔力の流れも混在している。

ペルセフォネ人ならある程度把握出来る体内の生魔力の流れが、アンナのハーフエルフとしての体だと、完全に読めないのだ。



これも、ジュリオがエルフやハーフエルフの生魔力の流れを勉強していれば、把握出来るようになるのだろうか。





「それじゃあな」





握り合った手がするりと離れ、アンナは慟哭の森へと進んでしまう。

闇の中に進むその小柄な背中を見送りながら、どうか何も危険が無いようにとジュリオは祈った。





◇◇◇





ヒーラー休憩所の現場は、だんだんと人手が増えてきた事で、良い感じに回り始めていた。


ジュリオが治癒した怪我人が目覚め、精神不安を起こしても、オギノ少年を初めとするヒーラー業に明るい人物達が対応する事で、すぐに落ち着かせる事が出来ていたのだ。


そして、その元怪我人達の中には、ヒーラーは勿論、様々な技能でこの現場を改善させる特技を持つ人がいる。


そんな人達が、一人でこの現場を支えてきたジュリオに協力してくれていた。



地獄絵図だった現場も、今ではいつものクソ忙しいヒーラー休憩所の日常に戻っている。





「……ほら、怪我はもう大丈夫。……でも、流れた血までは回復出来てないから、まだ安静にしててね」


「ありがとうヒーラーさん。……この目眩が止まったら、床掃除ぐらい手伝わせてくれ」





現場に余裕が生まれると、怪我人の精神にも余裕が生まれる。


人は、余裕があると他者へ優しくなるものだ。





「……! アンナからだ……」





スマホが震え、ジュリオは大部屋の角へと移動し、アンナから発信されたビデオ通話に応答した。





「アンナ、お疲れ様。その中に黒いオーラのアナモタズはいないよ」


『ありがとなジュリオ。じゃ、ぶっ殺してくる。……面倒だから、ビデオ通話はしたままにしとく』





こんな時、スマホがあって良かったと強く思う。


異世界人がもたらした文明によるスマホは、もうエゲツないほどクソ便利だ。


スマホを初めとする異世界文明が無い時代になど戻れないし、戻りたくも無いと思う。





◇◇◇





あれほど混乱していた現場も落ち着きを取り戻していた。


怪我人の数もだんだん落ち着き初め、現場の雰囲気も和らいだ頃である。



アンナも特に問題無くアナモタズをぶっ殺して回っているようだ。

ビデオ通話越しに確認したアナモタズも、特に黒いオーラは纏っていない。


だが、アンナの様子が若干おかしい事が、些か心配だった。





「アンナ、大丈夫? 疲れてない?」


『ああ……大丈夫だ……。もしかしたら、船酔いしたのかもしれねえ。……いつもならこんくらい余裕なのに……』





アンナはここへ来る途中船に長時間乗っていたのだ。


もしかしたら、船酔いで体力を消耗していたのかもしれない。





「気をつけてね……ほんと」





ジュリオはアンナにそう答えた後、再び怪我人の治療に当たった…………。




その時である。





『うぁぁあッ!!』





ポケットに仕舞ったスマホから、アンナの苦しげな声が聞こえ、ジュリオは片手でヒールをかけながら、もう片手でスマホを確認した。





「アンナ!? どうしたの!? それに黒いオーラのアナモタズが!!」





ヒールをかけ終わるとすぐに両手でスマホを確認し、泣きそうな声でアンナへ呼びかけた。



暗い夜空を写すのみのスマホに、アナモタズが見切れて写っている。

上向きの視点からして、アンナがスマホを地面に落とした事がわかった。



そして、そのスマホから見えるアナモタズには、黒いオーラがまとわりついている。


やはり、アナモタズの団体客の中に黒いオーラの個体が紛れていたのだろう。





「アンナ!? 大丈夫!?」


『このクソアナモタズがァッ!!!』





アンナはジュリオの言葉に答える余裕も無いのだろう。

アナモタズへ怒鳴り声をあげている。



ジュリオが青ざめた顔をしていると、すぐにスマホ越しからアナモタズの咆哮が聞こえた。

この咆哮は威嚇というよりも痛みに耐えている様な声である。


画面は暗くアナモタズの黒いオーラしか見えていないが、きっとアンナが何かしたのだろうと思う。





『……アナモタズの野郎……逃げやがった……命拾いしたよ……。いきなり出て来やがって畜生…………』  


「アンナ!? 一体何したの!? と言うか向こうが逃げてよかった……」


『アナモタズの両目と鼻を鯖裂きナイフで切りつけてやったんだ……。感覚器官を二つも潰されたら、そりゃ一時退却するわな……。でも、何で鯖裂きナイフは貫通したんだか』


「今はそんなんどうでもいいよ! 早く戻って来て!!!」





確かに、あの場でアンナはアナモタズの目と鼻を鯖裂きナイフでぶった切り、大声でアナモタズを恫喝したのだ。


生き物を威嚇するには良い方法だと思う。



アナモタズは、自分に背を向け逃げる相手を、自分よりも弱い存在だと認識して食い殺しに来る。

だから、目と鼻を切りつけ大声で恫喝してくる相手を弱い存在だと認識しないということだろうか。


アナモタズに襲撃され怪我負った状態で、パニックにならずこの対応が出来たのは、さすが手練の猟師と言えるだろう。



だが、どうでも良いと言ったけれども、気になる事はある。

アンナの弓矢による攻撃は通らないのに、鯖裂きナイフの攻撃は通ったのか。


それならば、黒いオーラのアナモタズに通ったのは、カンマリーの刀とアンナの鯖裂きナイフと言う事になる。


この共通点は、一体なんだろうか。





『アナモタズの前でやっちゃいけねえのは背中を向けて逃げる事だけじゃない。……呼吸を荒げたり、悲鳴を……出す事だ。……特に、女はな……。甲高い悲鳴は、鹿とか草食の動物の断末魔に似てっから……アイツら興奮すんだよ……』





確かに、アンナは悲鳴をあげなかった。呼吸も一切乱していない。



その時にふと、アナモタズに撲殺されたカンマリーを思い出す。

もしやカンマリーは、アナモタズを刀でぶっ刺した後、反撃された際に悲鳴をあげたのではないだろうか。


今となってはわからないが。





『犬とかもさ……鼻をぶん殴ると怯むんだよ……だから、……休憩所にいる連中にも伝えとけ……』


「わかったけど、いや、そんな事よりも! アンナは大丈夫!?」


『……大丈夫だよ……。背中と肩に……爪を食らっただけ……。そもそも、今回のアナモタズは人の肉の味を覚えた連中だからな……。ハーフエルフは口に合わねえってさ。……グルメなもんだよ。知らねえけど…………』


「何にせよ……助かって良かったよ……」





ジュリオは他のヒーラー達の邪魔にならない角へ移動すると、力無くその場に座り込んだ。





『なあ……ジュリオ。今から言う事、頼めるか?』


「何? というかアンナは今どこにいるの? すぐに治癒をしに行くから教えてくれる?」





ジュリオは力の抜けた体を何とか奮い立たせると、すぐに出入り口へと向かった。



命に別状は無い怪我だとしても、すぐに治したい。アンナが傷付いたままというのは、絶対に嫌だ。


それに、まだまだ近くにアナモタズがいるかもしれない。

そんな危険地帯に手負いのアンナを放置するのは恐ろしくて仕方がない。





「ねえ、アンナ今どこ!?」


『良いか……ジュリオ……よく聞けよ……。さっき、あたしが目と鼻を切りつけたアナモタズは……傷を癒やす為に、人を食いたいと思うだろう……』


「わかったから、だから……アンナはどこにいるの!?」


『だから、そんなアナモタズは、わずかに残った嗅覚を使って、ヒーラー休憩所へ行くつもりだ。……もう、オギノさんを食い殺すとか、そんな理由、忘れちまってるさ……。あのアナモタズは、ヒーラー休憩所にいる人を全員食い殺したいと思っているだろうよ』


「知ってるよそんな事! 回りくどい事言ってないで早く居場所を教えろ!!」





焦るジュリオの口調は荒々しく乱れてしまう。

今日の自分はやけに口調が荒い。

ヒナシにブチギレた時といい今といい、余裕が無くなった自分はこんな風になるのかと思った。



そんな風に焦るジュリオへ、アンナは冷徹な事を言うのだった。





『ジュリオ、頼む。今からすぐにヒーラー休憩所の教会を……落とし扉で封鎖しろ』





それはつまり、アンナを見捨てて休憩所にいる人々を守れと言う事だった。


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