表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/230

84.団体様いらっしゃ〜い!?

オギノ少年を呼んだ後、ジュリオとアンナは休憩所の一室をアナモタズ討伐緊急会議室とし、現状打破に向けて動く事にした。



ジュリオとオギノ少年が一時的に現場から外れる事になるが、それでもジュリオが治癒して来た怪我人が続々と元気を取り戻し、その中には現場に協力してくれるヒーラーもいたのだ。


ヒーラーの数はぽちぽちと増え始め、楽勝の現場とまでは行かないが、血と汗と罵詈雑言が飛び交う地獄絵図から、クソ忙しい時間帯のコンビニのレジ程度には改善されていた。



それに、現場で何か問題が起きたらジュリオのスマホに連絡が行くようになっている。


一応、スマホを机の上に置き、目をかけるようにはしていた。





「まず、オギノさん……だっけ? あたしはアンナ。地元の猟師で、アナモタズ駆除依頼があってここへ来たんだ。よろしく頼むよ」


「はい。……こちらこそ、よろしくお願いいたします……」





アンナと挨拶し終えたオギノ少年は、今にもゲボを吐きそうな程に、悲壮な顔をしている。


そりゃそうだろう。このアナモタズの大事件を引き起こしたのは、オギノ少年が率いる冒険者パーティがアナモタズを仕留め損ねて逃げると言う、初歩的だが致命的なミスをしたからだ。


責任を感じるのも無理は無いだろう。





「まず、状況を聞いていいか? あんたらがアナモタズと戦った時から説明してくれ」


「わかりました……。まず、アナモタズ狩りをするために、慟哭の森へ行ったんです。……俺達の冒険者ランクは平均C+でした。でも、テレビのコマーシャルやドラマなんかじゃ、『C+ランクの初心者冒険者パーティーがアナモタズ狩りをして一気にレベルアップした件について! 効率よく一発逆転で余裕の冒険者生活を送ります!』って言ってたから、俺達でもやれそうだなって思って……」


「……チャンネル・マユツバーのコマーシャル、すごい明るくて楽しそうだもんね……」





ジュリオは、テレビでひっきり無しに流れるチャンネル・マユツバーのコマーシャルを思い出した。

軽快な音楽と、溌剌とした美男美女の役者と、とにかく楽しく明るい絵面で構成されたコマーシャルは、『アナモタズなんかサカモト商会の武器があれば楽勝楽勝☆』という楽観的な側面のみを存分に押し出している。


あれを見たら、そりゃアナモタズへの知識も経験も無い初心者冒険者が、『俺達でもサカモト商会の武器があれば余裕じゃね?』と思ってしまうのも無理は無いだろう。





「慟哭の森はな……本来はアナモタズ狩りで生計を立てる猟師や、SSRランクの冒険者パーティが来る場所なんだよ……。しかも、死ぬほど警戒した状態でな……」





アンナは苦悩したような暗い声で話している。

その声に、オギノ少年を糾弾する鋭さは無い。

ただ、えらい事になっちまったな……と言いたげな声だ。



オギノ少年は、アンナの様子見て余計に暗い顔をすると、泣き出しそうな震えた声で懺悔をするように話を続けた。





「慟哭の森に行って、序盤は本当に楽勝だったんです。サカモト商会の武器のお蔭で、アナモタズ狩りはサクサク進みました。毛皮や牙みたいな高級素材も手に入って、ステータス画面を見たら経験値がドバドバ入って……。まるで、ゲームをクリアした後の二周目みたいな、強くてニューゲームの気分でした」





オギノ少年は異世界語混じりに話してくれるが、ジュリオにはさっぱりである。


多分、弱い状態なのに身に余る強い武器を振り回す事で、弱い状態では倒せない強い魔物を倒す事が出来て、たくさんの報酬を得られたという事だろう。





「チート能力もあるし、強い武器もあるし、アナモタズなんて余裕じゃんって思ってたんです……。でも……慟哭の森の奥へ進むに連れて、だんだんアナモタズが凶暴化してて……」


「ああ。アナモタズにも階級みたいなもんがあってさ。慟哭の森の外側のアナモタズは、比較的に大人しくて体も小さくて、草や木の実何かを食ってる穏やかな連中なんだよ。多分、弱い個体だから森の外へ追いやられたんだろ」





確かに、ジュリオがアナモタズの事件に巻き込まれた際も、森の序盤に出てくるアナモタズはそれほど強い個体では無かったように記憶している。





「…………でも、森の奥へ行けば話は違う。……階級が上のアナモタズ……つまり、強い固体は森の奥で鹿や猪何かの肉を食ってる連中がいる。肉の味を覚えたアナモタズは魔物なんて可愛いもんじゃない。魔獣だよ。魔獣」


「……はい。まさに、その通りでした……。俺達は何も出来なくて、でも、何とか立ち向かったんです。その時、先程ジュリオさんに助けてもらった仲間のヒーラーがアナモタズにやられて……。俺、頭に来て、一撃食らわせたんです」





慟哭の森の奥にいるアナモタズは、森の外側にいるアナモタズとは桁違いに強い。


そんな強いアナモタズに一撃食らわせられたのは、運が良いのか悪いのか……と言う話だ。





「そしたら、アナモタズが動けなくなって。……その隙に、俺達は必死で逃げたんです」


「話遮ってごめんね。ちょっといいかな」


「え、何ですか……ジュリオさん」





ジュリオは一言侘びてから、オギノ少年の話をぶった切った。


どうしても、聞かなければならない話があったのだ。





「そのアナモタズはさ。黒いオーラとか纏ってた? 僕が治癒した彼女はヒーラーなんだよね? それなら彼女が何か言ってた筈なんだけど……どうかな?」





ジュリオがアナモタズの事件に巻き込まれた惨劇の夜、黒いオーラを纏う謎のアナモタズが出現したのだ。


アンナの弓矢による攻撃を、黒いオーラを持つ個体の硬質化した皮膚はすべて弾き、ジュリオが『カース・ブレイク』で祓わなければ手も足も出なかった。



そう言えば、と思う。

確かあのアナモタズは、カンマリーの刀が突き刺さった手負いだった筈だ。アンナの矢は駄目で、刀は通った。この違いは何なのだろうとふと気になった。





「いいえ……。それは……アイツ何も……」


「そっか。それなら良いんだ」





少なくとも、黒いオーラを纏う謎の個体では無いようだ。それについては一安心である。


ジュリオが祓う必要の無い個体なら、アンナ一人で対処できるだろうから。





「そう言えば、ヒナシプロデューサーも同じ事言ってましたね……。黒いオーラのアナモタズって、一体何なんですか?」


「……それは……僕にも何がなんだか」





ジュリオが巻き込まれた事件の他にも、毒沼のドブさらいをした際に祓ったアナモタズも黒いオーラを放っていたと思い出す。



事件で遭遇したアナモタズは体毛が斑に抜け落ちており、毒沼で溶けていたアナモタズは皮が穴だらけになっていた。



体毛が斑に抜け落ちたり、皮が穴だらけになったりする。



この現象は、どこかで聞いた事があるような……。





「どこだったかな……」





……というかそもそも、何故ヒナシがこれを知っていたのだろうか。


普段は胡散臭い程に人懐っこく飄々としたヒナシが、あそこまで怒鳴り散らして『黒いオーラのアナモタズは』と聞いていたのだ。



黒いオーラのアナモタズに、一体何があると言うのか。



ヒナシが慟哭の森に拘る理由は、黒いオーラのアナモタズも関係しているのか。



そう思ったとき、ジュリオの頭に慟哭の森を調査したがっていた、もう一人の人物が頭に浮かんだ。





「ヘアリー……」





思わず口からヘアリーの名をこぼしたが、これ以上はどうにも何もわからない。




それでもジュリオは色々と考えてみたが、所詮バカ王子の頭では何も思い付きやしない。



取り敢えず、今は記憶の引き出しに仕舞っておいて、目の前の事に集中しようと思った。





「ごめん。オギノ君。続けてくれる?」


「はい。わかりました…………。えっと、それで、ヒーラー休憩所に着いて、ジュリオさんに助けてもらえて……。その時は……本当に俺、運が良かったって。そう思ったんです……でも」




言葉を濁したオギノ少年へ、アンナが話しかける。





「手負いのアナモタズは、逃げたあんたらを食い殺す為に追っかけて来る。……手負いの体を癒やす為に、他の冒険者を食い殺しながら……な」


「ねえ、アンナ。……食い殺しながらって事は……」


「ああ。……このヒーラー休憩所へ来られなかった冒険者もいるって事だよ。……興奮して逆上したアナモタズに食い殺されちまった、運の悪い冒険者達だ」





ジュリオの背筋が凍った。


このヒーラー休憩所こそ地上の地獄だとばかり思っていたが、ここへ来られずに食い殺された冒険者の遺体が、慟哭の森の森にはごろごろと転がっているという事か。





あれ? 待てよ。

状況を整理してみよう。





慟哭の森には、冒険者の遺体が転がっている。



慟哭の森には、肉を食うアナモタズが生息している。



それならば、冒険者の遺体――――人の肉を食ったアナモタズもいるだろう。



それはつまり、人を食ったアナモタズが数多く発生している事にはならないか?





「あのさ……まさか、慟哭の森に転がってる遺体を食べたアナモタズ達が、人の味と弱さを覚えて団体様でこっちに食事にしに来た……なんて事……無いよね……? アンナお願い……無いって……言ってくれる……?」





そもそも、おかしいと思っていたのだ。


いくら手負いで逆上しているとは言え、アナモタズ一匹にあそこまでの怪我人を出せるだろうかと。


しかも、人を食って傷を癒やしているとは言え、相手は手負いである。

森を抜けてこの慟哭の森前のターミナルに来ること事態、かなり時間がかかるのでは無いか。



そんな手負いのアナモタズに、ここまでの大惨事を引き起こせるだろうか。



…………まさか、アナモタズは複数いるのではないか。 


人が弱いと学習した、凶悪なアナモタズ達が。





「ジュリオ……残念ながら、あんたの読みは大正解だ……」


「何でこんな時だけ正解するのさ僕は……」





バカ王子のくせに、こういう時の勘だけは良いらしい。

何とも難儀なものである。





「アナモタズからしたら、このヒーラー休憩所はファミレスみたいなもんだろうね……」


「そうだな……。いっそドリンクバーでも付けるか」





ジュリオは項垂れ下を向き、アンナは力無くだらりと上を向いた。





「取り敢えず、あたしは今から慟哭の森に入って、ヤバそうなアナモタズをぶっ殺して回るよ。幸い、まだターミナルに入ったアナモタズはまだいないみたいだし、それを最優先で防ごうと思う」


「アンナ……このヒーラー休憩所で待ち伏せ……ってのはどう? そもそも、オギノ君達を追って来てるわけだし……」


「確かに……。オギノさんを追って来たアナモタズ一体を確殺するなら待ち伏せの方が良いんだけど、相手は複数だからな……。まずはそっちを対処しねえと。……それに、オギノさんを追ってきたアナモタズは手負いだろ? それなら、こっちへ来るのも時間がかかってる筈だ」





オギノ少年達を食い殺しに来るであろうアナモタズは、手負いの体を癒やしながらこちらにやって来る。


ヒーラー休憩所へ襲撃に来るのは、まだ先だろうと予測できた。


つまり、今対処すべきなのは手負いのアナモタズでは無く、そのアナモタズが食い残した遺体を食ったせいで、人の肉の味と人の弱さを覚えてターミナルへ食事をしに来る団体客のアナモタズなのだ。





「ジュリオ……ここからは厳しい話をするぞ」


「え、なにアンナ」





アンナの声が一段と低くなった。



ジュリオは思わず怯んでしまう。





「もし、このヒーラー休憩所が危ない状況になったら、迷い無く出入り口の落とし扉を落とせ。……そもそも、このヒーラー休憩所の教会は、元は百年前の戦争の時に、敵兵を迎え撃つ為に作られた要塞みてえなもんなんだよ。……だから、当然扉は分厚く頑丈だ。アナモタズが体当りしてもビクともしねえよ」


「……そうだったんだ……。仕事に慣れるのに必死過ぎて、この建物自体に興味すら湧いてなかったよ……」





アンナの話によると、ジュリオの職場であるヒーラー休憩所をやっている教会は、元々百年前の戦争の最中、敵兵から民を守り迎撃するための要塞だったそうだ。



だからこそ、このヒーラー休憩所の扉は二重構造になっており、通常の入り口である鉄製の扉の前に、重量そうで頑丈な落とし扉が設置されていた。



その重量で頑丈な落とし扉はきっと、『一度落とされたら、しばらくは引き上げられない』だろう。




それはつまり。





「この休憩所の落とし扉を落としたら、それ以降にここへ来る怪我人が締め出されるって事だよね」





落とし扉を落としたら、ヒーラー休憩所の中にいる人々は確実に助かる。

あの扉の強度は、さすがのアナモタズでも突破出来ないだろう。



しかし、落とし扉で封鎖した以降に助けを求めにやって来る怪我人は、休憩所へ入る事が出来ない。


アナモタズが裏口から入るのを防ぐため、厨房の裏口はすべて施錠した上に板を打ち込んでいる。




ヒーラー休憩所の中にいる人々を護りたければ、それ以降に助けを求めにやって来る怪我人を見捨てろ、と言う事だ。





「あくまで、最悪の状況になったらな。……そんな事にならないよう、あたしも対処するけど」


「…………うん。わかった。……カトレアさんと相談しておくよ」





自分一人で決断を出せる問題では無い。


ジュリオは最悪の選択肢として、アンナの話を頭に入れておいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ