82.立ち向かえ!ジュリオ!!
駆け込んできた怪我人の冒険者は、幸い軽傷だったため、先輩ヒーラーが軽傷者を治療する奥の部屋へと案内した。
あの怪我人は一体どの辺りで怪我をしたのか?
怪我を負わせたアナモタズは、例の手負いで逆上した個体なのか?
その点はわからないが、それは先輩ヒーラーが聞いてくれるだろう。
今自分がやるべきなのは、重傷者を受け入れる態勢を早く整える事だ。
この大広間に大量の救護ベッドを設置したり、向かい合う様に並べた救護ベッドの間にスペースを開けて長机を置いたり……と、やる事はたくさんある。
これは、自分とローエンだけでは厳しいだろう。
自分一人で何とかする……と言うのは、ジュリオには無理な話だった。
「ローエンさんは救護ベッドの設置をお願い! 僕は軽傷室に行って応援を頼んでくる!」
「わかった! 行ってこい!」
ジュリオの指示を受け、ローエンはすぐに動いてくれた。
この適応力の高さには感動すら覚える。
……なんて、呑気に感動している場合ではない。
ジュリオは軽傷室へ、救護ベッドや机の設置の応援要請に向かった。
◇◇◇
救護ベッドを並べ終える頃には、軽傷者や中傷者がだんだんと増え始めていた。
皆、口を揃えて「アナモタズにやられた」と言っており、アナモタズが徐々にこちらへ近づいて来ているのがわかる。
まるで、真綿で首を絞められる気分だ。
「なあジュリオ……お前、死亡者を並べとく部屋は確保してるのか?」
「え」
突然ローエンから死亡者はどうすんだと聞かれ、それは考えていなかった。
重傷者は最強ヒーラーである自分のチート性能で全て生還させられると思っていたから。
だが、どんなに最強ヒーラーでも、『死者を蘇らせる事は不可能』である。
そんな事が可能なのは、女神ペルセフォネでなければ無理な話だ。
そんな事はわかっている。
そのつもりだ。
「……そうだね。……今のうちに死亡者の部屋も用意しておこう。…………でも」
「でも?」
ローエンが聞き返す。
緊迫した場面でありながら、ローエンは一切焦りを見せず、声は落ち着いて優しいままだ。
頼もしいなと思う。
「死なせない。……誰も死なせない。……全員、僕が救ってみせる。……だって僕は、ヒーラーだから」
ジュリオは、自分にそう言い聞かせるように宣言した。
ヒーラーとしての覚悟は決まっている。
少なくとも、自分はそう思っていた。
◇◇◇
「はぁ!? 治せないってどう言う事だよ!? お前ヒーラーじゃねえのかよ!! このカマ野郎ッッ!!」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
重傷者『であった』女性を担いでヒーラー休憩所へ駆け込んできた冒険者の男性から、ジュリオはひたすら怒鳴られ続けた。
いくらジュリオが最強ヒーラーでチート性能でも、運び込まれた瞬間には既に絶命していた相手を生き返らせる事は出来ない。
だが、そんなヒーラーの事情など、仲間を失った悲しみで怒り狂う男からしたら知ったこっちゃねえのである。
ジュリオはひたすら謝り続けるが、そんな場合ではない。
「助けて……ッ! 彼が……ッ!」
「頼むよヒーラーさん! 相棒を助けてくれ!」
次から次へと怪我人がやって来る。
救護ベッドはどんどん埋まって行き、いよいよもってヤバい状況になってきた。
怪我人が転がり込んで来る頻度が上がる度、アナモタズがこちらへ近づいて来ているとわかり、焦りが余計に増してしまう。
「わかりました! すぐに行きます!」
「おい話は終わってねえよカマ野郎!! 今すぐ土下座して詫びろ」
ジュリオが次の重傷者の中傷へ行こうとすると、怒り狂う男に腕を掴まれる。
勘弁してくれと思ったその時、ローエンが間に入ってくれた。
「やめろや。死亡者を並べる部屋へ案内する」
「何だよお前!? いきなりテメェ」
「……良いか? お前が背負ってるその女はもう死んでんだよ」
ローエンが静かに端的にそう言うと、男は諦めたように目を閉じてその場に崩れ落ちた。
男がジュリオ相手に怒り狂ったのは『ヒーラーは傷付いた人を治す職だから』という信頼と甘えとがあったからだろう。
だからこそ、ローエンの言葉で男は現実を受け入れたのだと思った。
こんな時でも、僕は人に助けられてばかりだ。
一人じゃ何も出来やしない。
ジュリオは自分の無力さに打ちのめされた。
しかし、事態はそんなジュリオの甘えを許さない。
「頼む!! 助けてくれ! 早くしないと……コイツが!」
「おい! こっちを早く治癒してくれ! 怪我人は女なんだ!」
「うるせえ!! こっちの怪我人はまだガキなんだ!」
パニックと焦りで怪我人を抱えた冒険者同士が怒鳴り合いの喧嘩を始めてしまう。
しかし、ローエンは先程の怒り狂った男を死亡者の部屋へと案内していったため、頼れるものは自分だけである。
ここはいっそ、『フィールド・オーバー・ヒール』と言う広範囲回復魔法で何とかしようと思った矢先の事だ。
「待たせたねジュリオくん。ターミナル中の店と役所への連携は終わったよ。すぐにアナモタズ警報を出してくれるってさ」
「カトレアさん!」
ターミナル中の店と役所へ連絡を終えたカトレアが、颯爽と現れた。
神はいる。ジュリオはカトレアの凛とした立ち姿を見てそう思った。
「カトレアさん、ここはもう『フィールド・オーバー・ヒール』を連発するしか」
「ごめん、それは許可出来ない。……さっきメッセージした通り、キミの生魔力は濃度が濃過ぎる。広範囲回復魔法は強力な上に、『キミは範囲をコントロール出来ない』よね。……そうしたら、生魔力を与える必要の無い軽傷者もキミの高濃度の生魔力を食らう事になる。……どう言う事になるか、わかるだろう?」
「軽傷者が全員精神崩壊して、現場がますます混乱するって事ですか」
「うん。それに、広範囲回復魔法を連発するって事は、『一度治癒した重傷者にも高濃度の生魔力を与え続ける』事になる。……正直、身体は治っても精神が一生イカれるだろうね」
「……」
ジュリオのチート性能による広範囲回復魔法は威力が高い。いや、高過ぎるのだ。
しかも、その範囲をコントロール出来るほど、ジュリオには経験も実力も無い。
言ってしまえば、高性能で最強の武器を持ったド新人冒険者とジュリオは同じである。
自分の経験と実力の無さが憎い。
『勉強すること』の大切さが今になってわかった。
「一人一人確実に治癒して行こう。……大丈夫。キミは一人じゃない。……少なくとも、ここに一人、元最強ヒーラーだったババアがいるでしょ? 老骨でどこまで出来るかわからないけど」
カトレアは不敵に笑うと、怪我人の治癒へと動いてくれた。
自分のチート性能は時として足枷になる。
しかし、自分は一人じゃない。
チート級に強い仲間達が傍に居るのだ。
心強いじゃないか。
ジュリオは改めて覚悟を入れ直し、ヒーラーとして怪我人の元へと向かった。
◇◇◇
ひっきり無しに怪我人が訪れてくる。
その度、先輩ヒーラーが軽傷者と重傷者に分けてくれるが、中には軽傷者であるにも関わらず、ジュリオに治癒魔法をかけてくれと無理を言うヤツもいた。
そんな時は、まともに対応すると余計に面倒になるので無視を決め込むに限る。
ジュリオはひたすら無言で怪我人の治癒に当たった。
「ヒーラーさんお願いだよ……こっちの怪我人は女なんだ……だからこっちを先に」
「悪いけど、性別や年齢で怪我人を区別はしてないんだ。……軽傷なのか重傷なのか。見るのは怪我の重さだけだから」
「……血も涙もねえのかよお前……」
「そんなの、ここで働いたら三日で枯れるよ」
ジュリオは、怪我人相手に敬語を使うのを辞めた。
理由は単純だ。舐められるからである。
次から次へとヒーラー休憩所へと駆け込んでくる人々は皆、異常事態でパニックになっているのだ。
だからこそ、心を殺して相手を威圧しこの場を制する事をしないと、余計な面倒を起こすだけである。
「助けて下さいヒーラーさん!! 仲間が……アナモタズに……私を庇って……」
治しても治しても治しても治しても怪我人は次から次へとやって来る。
しかし、この女性が担いでいるのは、『怪我人であった』男だ。
それは、自分の担当ではない。
「……ごめん、悪いけど。君の仲間はもう亡くなってる。だから、死亡者の部屋に遺体を置いて痛ぁッ!」
「何なのその言い方!? それでも貴方ヒーラーなの!? 酷すぎる!!!」
女性は泣きながらジュリオの頬を張ると、先輩ヒーラーに死亡者の部屋へと案内されて行った。
こんなやり取りはもう慣れてしまった。
感情を手放すのが得意で良かったとジュリオは思う。
◇◇◇
生命力を生魔力に変換する必要が無いチート性能の最強ヒーラーであるジュリオが、どれだけ回復魔法を連発させても、怪我人が途切れる事は無い。
それに、自分や仲間を先に治癒してくれと主張する怪我人同士が喧嘩をしたり、仲間が死んだ事を受け入れられずにジュリオへ八つ当たりをしてくる人がいたり、軽傷のくせに自分を治癒しろと我儘を言ったりする奴もいる。
回復魔法で助けた事への感謝はされず、ひたすら詰られ怒鳴られ八つ当たりをされまくった。
ヒーラーは怪我を治すのが当たり前。
この現場にあるのは、それだけだった。
「助けてくれ! 俺の仲間が!」
「今度は何!? …………って、君は」
ジュリオの元へ駆け寄ってきた少年は、一番最初に治癒した女性の仲間である異世界人の少年だった。
「さっき、仲間が目を覚ましたんだけど、ヒナシっていうテレビプロデューサーが……仲間にまとわりついて……」
「嘘でしょ……」
ここでヒナシお前かこの野郎、である。
最悪のタイミングで最悪の野郎が出て来たもんだ。
「頼む。俺の仲間……目を覚ました瞬間発狂して泣き叫んで、そんな状態でヒナシがまとわりついて……。それでパニックになって、手首切って死ぬって騒いでる……」
ジュリオの高威力回復魔法により、高濃度の生魔力を受けた対象は精神に異常を起こしてしまう。
眠っている間は大人しいが、目を覚ますとどうなるかわからない。
そんな不安定な状態の人に、ヒナシが「今どんな気分ですか〜☆」と能天気に付きまとうのだ。
最悪と最悪が交差すると、最早笑いすら浮かんでくる。
「わかった。すぐ行くよ」
せっかく治した怪我人に自殺されたらたまらない。
それに、ヒナシをこのまま放っておけば、奴はたくさんの機材を抱えたスタッフを総動員させこの場に来るだろう。
そうなったら、邪魔臭くて『お前らがアナモタズに食われろ馬鹿野郎!』と怒鳴りたくなる事間違い無しだ。
ジュリオはカトレアに声をかけ事情を説明したあと、異世界人の少年の後に続いた。
◇◇◇
「嫌ぁッ! わからないわからないッ!! 知らないッ!!!」
「そんな事言わずぅ〜! カマトトぶらないで下さいよぉ〜!! 慟哭の森で何を見たんですぅ!? 話してくださぁ〜〜い!!!」
異世界人の少年に連れてこられた部屋では、とんでもねえ事になっていた。
ジュリオが治癒した女性は手に刃物を持ったまま、耳をふさいで泣き叫びながらベッドの上で縮こまっている。
その一方、ヒナシはいつもの飄々とした口調のままではあるが、声を大きく張り上げてまとわりついている。
ヒナシの容赦無い様子に、機材を部屋に設置しているスタッフ達もドン引いた顔をしている。
次から次へと無茶苦茶が押し寄せてくるもんだ。
「何してんのヒナシさん!? 相手は目を覚ましたばかりの怪我人だよ!? 頭どうかしてんの!?」
「あ〜もうるせえなっ!! って、あ。ごめん……これはワザとじゃなくてだね」
ヒナシを止めに入ったジュリオは、ヒナシの肩を掴んで引き剥がそうとした。
しかし、ヒナシはうっせえなとジュリオを払いのけた瞬間、裏拳でぶん殴る姿勢になってしまったのだ。
ヒナシの声と顔から本気で無い事はわかるが、これにはさすがのジュリオもブチギレて言葉を無くしてしまう。
そんなジュリオに「めんご〜」と軽く謝った後、ヒナシは
「なあ!? あんた黒いオーラを見たんでしょう〜!? 黒いオーラを纏ったアナモタズですよう〜!!! 違いますぅ〜!?」
と怯えて錯乱する女性へ続けた。
「わかんないっ! わかんないってばぁ!」
「困りますようそんなんじゃあ〜! こっちはただでさえ異世界人の不動産屋が逃げて手札が無くなって困ってるんですう! 人助けだと思って……ねえ? ったく、厚生労働局と引き合わせてやったのにあの土地転がしのクソガキ逃げやがって」
「…………ねえ、今なんて言った?」
裏拳で殴られた頬を腫らしたジュリオが、低い声でヒナシに聞き返した。
ヒナシは苛立ちを隠さず「あ?」と答える。
「異世界人の不動産屋の土地転がしのクソガキと、厚生労働局を引き合わせた?」
「ああ〜。ええ。そうですよ? 俺があのクソガキにあの一帯を買わせようとしたんです〜! 厚生労働局にはあの辺りの貧乏人は不正受給者の宝庫だから、ネズミ捕りには持って来いって教えてやったんですよ。……だから、種は明かしてやったんですから、貴方もこの女説得してくださいよぉ〜!」
種は明かした。というヒナシの言葉を整理すると、こういう事になるのだろう。
ヒナシは、異世界人の不動産屋の少年に、アンナの生家を含むクラップタウンの南の汚え一帯を買うよう仕向けた。
その一方で、厚生労働局の職員には、あの貧乏界隈は不正受給者の宝庫でネズミ捕りし放題だと誘った。
そんな二人を引き合わせたことで実現するのは、土地は不動産屋に入手させ、地元民は厚生労働局によって根こそぎムショ送りにして一掃する事だ。
土地を手に入れ、地元民を追い出す。
それが狙いなら、ヒナシがジュリオを元から知っていたのも、アンナによって命を救われた事も知っていたのが不自然では無い。
ヒナシは最初から、クラップタウンの人間関係をある程度把握していたのだ。
そこまでしてクラップタウンを手に入れたいヒナシの目的は、アナモタズではなく『慟哭の森』そのものもなのだろう。それに、ヒナシは先ほど「慟哭の森で何を見たんだ」と言っていた。ヒナシの興味が『慟哭の森』にある事は疑いようが無い。
ヒナシは『慟哭の森』という調査対象へ一番近い土地を手に入れるために、クラップタウンが必要だったのだ。
しかし、ジュリオの奇策で厚生労働局の職員は追い返され、異世界人の少年はジュリオ達が掘り起こした庭から人骨を見つけ怯んで逃げてしまった。
ヒナシの手札はジュリオによって不能にされたのだ。
だからこそ、このタイミングでヒナシ自身がジュリオへ接近して来たのだろう。
「ジュリオさんお願いしますよ!!! こっちも捨て身で種明かししたんですから、そのお綺麗なお顔を使ってこの女を落ち着けてくださいよ!! あの狩人女もお綺麗な顔で誑かしたんでしょ!? ほら、この女にもキスの一つでもしてやってくださ」
「うるせぇッッ!!!!!」
ジュリオは、生まれて初めて汚い口調で相手を怒鳴り散らした。相手の言葉を遮るようにして、腹の底から怒鳴ったのだ。
いつもは皮肉と余裕たっぷりの振る舞いで相手を煽るジュリオが、本気でブチギレて怒鳴ったのだ。
「このクソ野郎!! 見りゃわかんだろ!? ここはヒーラー休憩所なんだよ休憩所ッ!!!! 怪我人を治すところでテメェら頭の足りねぇテレビ屋がのさばる場所じゃねえんだよクソッタレがぁッ!!!!」
ジュリオはまるでどこぞのチンピラ猟師女の様な口調で怒鳴り、部屋に設置されたテレビ関係と思われる機材を蹴り倒した。
ガシャンだとかパリンだとか嫌な音がするが、知るかそんなもんこのクソッタレである。
今の下品なジュリオはまさに、クラップタウンに染まりきった者の末路であるだろう。
「いつまでもいつまでも人の仕事邪魔ばかりしやがってクソどもがッ!! お前中心で回ってねえんだよこの場所は!!!! わかったらさっさと帰るかここで死ね!!!!」
ヒーラーが他人に死ねと言うのか。
ジュリオはブチギレながらもどこか冷静だった。
そして、自分がここまで怒りの感情を爆発させてしまった事に驚いてもいた。
まるで、長年溜め込んできたあらゆる鬱屈が濁流のように押し寄せたかのようだ。
それに、この怒鳴り方は誰かにとても良く似ている。
そう、父親だ。
国王であるランダーは口調こそ王族として整っているが、怒鳴り方や物への当たり方は今のジュリオと瓜二つだった。
忌まわしい記憶、忌むべき対象として、自分を苦しめてきた憎たらしい父親と、まったく同じだった。
部屋の壁かけ鏡が視界に入る。
そこに写っているのは、父親そっくりの顔をしたジュリオだった。
怒り散らした険しい顔に、乱れた髪は所々跳ねている所が、恐ろしい程よく似ている。
「こうなったのも全部お前らのせいだろうが!! こっちはお前の後始末をしてんだよッ!!! テメェのテレビのせいで何人死んだと思ってんだ!?」
「それって名誉毀損ですよ? ……俺達はただ、企業のコマーシャルを作って流しただけ。…………別に誰かを無理矢理アナモタズと戦わせたわけじゃない。……テレビコマーシャルじゃ、人は死にませんよ?」
ヒナシはバカギレしたジュリオを見ても顔色一つ変えず、テレビコマーシャルじゃ人は死なないと涼しい顔で言ってのけた。
一方、精神状態がまともじゃないジュリオは、ヒナシに論点をズラされた事に気付かず、
「テレビはどうでも良い。……ただ、お前は死ね。スポンサーの犬が」
と睨みながら答えた。
ヒナシは「わんっ☆」とヘラヘラ笑いながら犬の鳴き真似をして部屋から出て行き、スタッフはその後に続いて部屋から出て行った。
◇◇◇
結局、女性は「わからない」と呟きながら泣き続けているため、ジュリオにはどうする事も出来ず、その場を後にするしか無かった。
現場に戻ると、まだまだ怪我人は多く事態は地獄絵図を極めている。
ジュリオは無言のまま怪我人の治癒に当たった。
「ヒーラーさん! 頼む!! 仲間が……!」
駆け込んで来た男性が抱えている怪我人は、既に息をしていない。
またか、とジュリオは表情を無くした顔で「死亡者の部屋に行ってくれる?」と答えた。
しかし、そんなジュリオへ男性はブチギレてしまい、ジュリオの胸ぐらを掴んで泣きながら叫ぶのだった。
「お前それでもヒーラーかよ!?」
「うん。ヒーラーだよ。生きてる相手を治癒するのが仕事のね」
「テメェ! それでも人かよ!?」
もう殴りたければ殴れよ、と思う。
それで気が済むなら、もうどうでも良い。
ジュリオは、自分へ振り下ろされる男の拳を覚悟した、その瞬間である。
「やめろよ!!!!」
先程、ジュリオへヒナシを何とかするよう頼んだ異世界人の少年が、男性の拳を受け止めたのだ。
「この人は……仕事中だ。怪我人を治してるんだ。……頼むよ。この人に、仕事をさせてくれ……」
異世界人の少年は、しっかりした声で怒り狂う男に言い聞かせる。
すると、男は力が抜けたように大人しくなり、仲間を亡くした事を受け入れ静かに泣き始めた。
「……ヒーラーさん。……俺も、手伝います。……そもそも、原因は俺達ですから……」
「……ありがとう……」
言葉の通り、この異世界人の少年達冒険者パーティがアナモタズを仕留め損ねて逆上させたせいでこうなったのだ。
だが、今それを詰ったところでどうにもならない。
そして、少年達の罪を糾弾するのはジュリオの仕事じゃない。
ジュリオの仕事は、次々とやってくる怪我人を治し、この地獄絵図の現場に立ち向かう事だ。
「ヒーラーさん。俺にも指示をください。……俺、ここに召喚される前は看護医療の高校に通ってたんだ。……だから、一通りの手当とパニック起こしてる怪我人の相手は出来るから。……ヒーラーさんみたいなチート性能な回復魔法は使えないけど、でも、どうか俺を……使って下さい……」
カンゴイリョウのコウコウ、というのも聞き慣れない異世界語はわからないが、話の感じからこの現場への慣れと知識を感じた。
「わかった。お願いするよ。……僕はジュリオ。……君は?」
「俺は、荻野吟雅。…………オギノで良いですよ。ジュリオさん」
異世界人の少年――オギノは、真剣な顔でジュリオに頭を下げた。
現場はまだまだ混乱している。
だが、頼もしい人材が増えた事で、ジュリオは再びこの現場へ立ち向かう気力が湧いたのだった。




