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80.最悪の事態〜ッ!!!

前半が主人公視点、後半がヒロイン視点のお話です。

ヒナシによるスポンサーNGの連発へ、最早怒る気力すら無くなった頃である。


時刻は夕方に入りかけ、空の向こうは夕暮れに染まっている。


いつもならこの時間帯はカラスがアホーアホーと呑気に鳴いているのだが、今日は何だか異様に静かであった。





「いや〜! いい絵が取れましたよ! ジュリオさんの顔がいいせいか、もう撮れ高撮れ高!」


「……そりゃ良かったですね」





呑気にアホ笑いをするヒナシに対し『君はそりゃハッピーだろうよ』と毒づいた。





「じゃあ、もう僕への密着取材は良いですよね? 取材費はカトレアさん経由で頂きますから」


「ええ〜! そんな悲しい事言わず、これからちょっと飲みに行きましょうよぉ〜! ザギンでシースー……じゃねえや。ネーフォのトナミでシースしませんかぁ?」


「は? 何語?」




 

ザギンでシース……と言うのは、異世界後なのだろうか。



ヒナシの意味不明な言葉が気になるが、今はそんな事を気にしている場合では無い。



先輩ヒーラー達は、終業間近になると殆どが力を使い果たしている。

だからこそ、独自に生魔力を生み出せるチート性能の自分が役に立たねば。

生命力を酷使した先輩ヒーラー達と違って、ジュリオは無制限に生魔力を連発出来るのだ。それ故に、ジュリオは体力の疲労はあるが、生命力はピンピンしている。


そんな自分が率先して後片付けや掃除をするのが日課なのだ。





「それじゃ、掃除してきますね。今日はありがとうございました。さよなら。では失礼」





ジュリオはヒナシから逃げる様にその場を離れ、掃除ロッカーにあるモップを取り出した。


床には消毒液やポーションや聖水や血の跡が付着しているので、必ず掃除しなければならないのだ。





「床掃除も……一気にこう、ババーっと出来たら良いのに……」





ジュリオは、以前に毒沼のドブさらいをした時の事を思い出した。


あの時は、最後の仕上げとして『フィールド・オーバー・ヒール』と言う広範囲回復魔法を放ったのだ。


あの様に、床掃除も一気に出来ないかなと思う。




――ジュリオが呑気に床掃除をしていた、そんな時だ。




 

「ヒーラー休憩所、まだやってるか!? 助けてくれ……! 仲間が! アナモタズに……ッ!」





見るかに新人と思われる、真新しい武器や装備を身に着けた冒険者パーティが、満身創痍の状態でヒーラー休憩所へ飛び込んで来た。





「ちょ、何事!? 大丈夫!? 何がどうしてそうなったの!?」





モップを捨てて、ジュリオはすぐさま怪我人の元へ駆け寄った。




冒険者パーティのリーダーと思われる異世界人の少年は、自身も切り傷だらけになりながらも仲間の女性を背負っている。


幸い、背負われた女性はギリギリ息があるようで、死んでなかった事に安心した。


瀕死の女性を異世界人の少年と運び、ベッドに寝かせる。


この状態ではヒールでどうにもならないと判断したので、すぐさまマリーリカを蘇生させた『オーバー・ハート・ヒール』を無詠唱で発動した。


ヒナシはこの場にいないが、その仲間のスタッフがまだいるかもしれないので、一応ヒールの詠唱を唱えてヒールをかけたフリをしている。





「すげえ……ヒールで瀕死の怪我が治るなんて……」


「あの、何があったか教えてくれる? 取り敢えず、命からがらアナモタズを倒したって事はわかるけど……」


「いや、倒してない」


「は?」





は? である。 とっても、は? である。


倒してない……倒してないとは何事か。



それはつまり…………。





「アナモタズからやっとの思いで逃げて来たんだ!!!!」





ズタボロの怪我をした冒険者達は、ボロボロになりながらも「アナモタズから逃げ切れて良かったよな! 運が良かったぜ! 俺の剣撃にビビったんだろうな! 相手は手負いだ! ざまあみろ!」と青春チックに笑っている。




確かに、運は良かったのだろう。



逃げ切れた、と言う事に関しては。


 



「…………最悪だ……」





ジュリオは青ざめた顔で、無言のまま怪我人の冒険者達を治癒した。



そして、震える指でスマホの画面を突き、アンナへ連絡を取ったのだった。





◇◇◇





夕方になる頃だと言うのに、カラスの鳴き声が聞こえないと、アンナは不気味に思った。


汚え下町であるクラップタウンでは、いつもカラスの鳴き声が夕方にはするのだが、この綺麗な港町フォーネには、カラスなどいないのだろう。



『諸行無常』と書かれたTシャツを着たアンナは、マリーリカとのデート中に思わずハヤブサ先生の湿っぽい話をしてしまい、雰囲気を暗くした事を悔やんでいた。



こんな時、ジュリオならどうするだろう。


そんな事を考えていると、スマホの着信音が聞こえた。





「ごめん、マリーリカさん。ちょっと連絡が入った」


「うん。わかった」





マリーリカへ一言詫びると、アンナはスマホの画面を確認した。


画面にはジュリオの名があり、何事かと思う。


まさか、また家事をして家を火事にでもしたのか。





「どした、ジュリオ。ついに家燃やしたか」





アンナはいつもの通りに軽口を叩いたが、スマホ越しに聞こえるジュリオの声は怯えて震えており、明らかに様子が変だとわかる。



何があった……? 一体。






「ジュリオ、どうした? 何かあったか? 誰か死んだのか?」


『……死ぬかもしれない……』


「は?」


『……アンナ……今から…………ヒーラー休憩所に来れる……?』





ジュリオのただならぬ様子から、まさかヒーラー休憩所に強盗でも襲撃したのかと思う。





『……手負いのアナモタズから逃げた冒険者が……ヒーラー休憩所に…………』





強盗の方がマシかもしれない。





『どうしよう……先輩達……みんな力使い果たしてて……どうしよう……』


「……落ち着けジュリオ。まず、あたしとの通話が終わったら、すぐに婆さんに報告するんだ。……報・連・相は仕事の基本だもんな? 頼むぞ」





ジュリオを落ち着かせるため、アンナは冗談混じりのセリフを優しい声でゆっくりと聞かせた。


ここでジュリオをパニックにさせたら、事態がより悪化するだろう。





「あたしは今から一番早い船を飛ばしてヒーラー休憩所に向かう。……多分……早くて一時間後だろうな。……それまで、持ちこたえてくれるか?」


『……正直……わからない……。冒険者は一応いるけど、みんな……新人で……そもそも、アナモタズから逃げる様な初歩的なミスをする人達だし……』





アナモタズから逃げてはいけない。


その理由は単純だ。



アナモタズは、逃げる相手を食い殺すまで追ってくるからだ。


逃げる者を追うのは、獣の本能である。





『この休憩所には……そこそこの人数の怪我人がまだ寝てて……。というか……慟哭の森前のターミナルにも、まだ観光客がいて……アナモタズが、ここに追ってきたら……』





ジュリオは最悪の想像をしているのだろう。

無理は無い。ジュリオはアナモタズ獣害事件の生存者であり、アナモタズが目の前で人をパキパキゴリゴリと食い殺す光景を見ているのだ。



正直、ジュリオも精神崩壊寸前なのだと思う。






「……ジュリオ。よく聞いてくれ。……あたしは、必ずそっちへ行く。そして、アナモタズをブッ殺す。……だから、それまでヒーラー休憩所は、あんたに任せた。……頼むぞ、最強ヒーラー」





アンナは、ゆっくりと落ち着いた声で、ジュリオを勇気付けた。


まずはジュリオを安心させないと、事態はより悪化するだろうから。





「あたしは、必ずそっちへ行くから」


『…………わかった。……待ってるよ』





ジュリオの声が落ち着いたのを聞き終えると、アンナはスマホをポケットに入れ、黒いパーカーをばさりと脱ぎ捨てた。


そして、血にまみれたいつもの赤いフード付きの上着を身に着け、一呼吸する。





「アンナさん……私も連れてって」


「マリーリカさん……無理しなくて良いよ。マリーリカさんだって、アナモタズには良い思い出無いだろ?」





マリーリカは、アナモタズに妹を惨殺されただけでなく、自身の瀕死の重症を負わされているのだ。

怖くて仕方ないのではと思う。





「良い思い出は無いけど……でも。私も一応、魔法使えるから……。だから……カンマリーみたいな事になるかもしれない人を、助けたいの」





マリーリカは真剣な顔をしている。



これは、断っても折れなさそうだ。





「わかった。でも、絶対に無理しないでくれ。アナモタズとのタイマンはあたしがやる。だから、前には絶対に出ちゃ駄目だ。あんたは、ジュリオの援護を頼むよ」





アンナがそう頼むと、マリーリカは頷いた。


全く、とんでもねえ事になったもんである。


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