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6.恐怖の魔物!アナモタズ!

泣いたおかげで心が落ち着いた。心が落ち着けば、状況を冷静にとらえるという余裕が生まれてくるものだ。


自分を抱きしめていたアンナの腕がゆっくりと離れる。できる事ならもう少しだけ……と思ったのは、スケベ心ではなく、単純にこの状況がアホの様に怖かったからだ。



アンナはジュリオから離れてしまったものの、今度は両肩をガシッと掴んで語りかけてくる。



その強さで、一気に現実に引き戻された。





「ところでさ、あんた。名前は? 聞くの忘れてた」


「ぼ、僕? エン……いや、ジュリオだよ。……うん、ジュリオ」





不意を突いたようにアンナに聞かれ、一瞬本名のエンジュリオス(以下略)を名乗りかけたが、流石に聖ペルセフォネ国の王子として民衆に知られた名前を口にするのはマズいと思い、咄嗟に愛称を口にした。





「ジュリオさんか。いいか、よく聞け。今、このボロ小屋の周りに、アナモタズが数匹ほどいる。足跡や気配さから察するに、少なくとも三匹以上だ」


「三匹以上……も? ……嘘でしょ……」


「ああ。妙な話だ」


「え……? 妙……?」





アンナの言葉が気になり聞き返した。





「アンナさん、妙って一体……どういうこと?」


「アナモタズってのはな。あいつら基本単独行動すんだよ。それはアナモタズがアホみたいに強えってのもある。けど、そもそもの話、アナモタズに集団で戦うなんて知能は無いんだよ」


「そ、そうなの……? で、でも、もしかしたら……たまたま賢い個体……だったとか……? それとも家族だったから……とか? って、ごめん。何も知らないくせに……思いつきで……ほんとバカだね、僕」


 



言い終えて急に恥ずかしくなってきた。

そもそも、アナモタズのことならアンナの方が良く知っているだろう。

それなのに、思いついたからという理由で見当違いな事を言ってしまった。


きっとバカだと思われただろう。

アンナにそう思われるのは、とても悲しいなと思った。

そして、そんなことを思う自分にとても驚いた。





「賢い個体……家族……なるほど。充分にありえるな。……ジュリオさん、あんた中々柔軟だな。やるじゃん」


「え? だって、思いつきだし、そもそも正解じゃないでしょ……」





正解がわからず、いつも間違えてばかりだった。

自分のいう答えは常に間違っていたし、考えも『そんなのあり得ない』と否定されてきた。


アンナの言う事が、良くわからない。





「魔物……いや、生き物相手に正解なんかねえよ。あいつらは常に進化して賢くなってんだ。実際、奴らあたしの知識以上の行動をしてんだろ? だから、思いついた事は何でも聞かせてくれ、ジュリオさん」


「…………いいの?」


「ああ。頼むよ」





頼むよ、と言ったアンナが少しだけ笑った。


考える事を、もっと頑張ってみようと思った。





「なあ、ジュリオさん。状況を教えてくれるか? 軽くで良い。細かいとこまで正確に言えとは言わない。……頼めるか?」


「う、うん。わかった。……正直、まだ頭の中ゴチャついてて、うまく話せるかわからないけど、頑張る」


「ありがとう」





アンナのザクロのような強い赤色の目に真剣に見つめられてしまい、思わずボケっと見惚れてしまう。

しかし、そんな場合でないと気を取り直して、ジュリオはいつも以上に鈍った頭をどうにか回転させつつ、状況を話し始めた。





「最初にアナモタズが現れたのが、今から少し前。時間帯は、今と変わらない。夜だよ。まず、小屋の外から仲間の女の子の悲鳴がして、アナモタズのうめき声とかが聞こえたんだ」


「夜だと……? おかしいな。本来、アナモタズは夜は寝てんだよ。あいつら、昼間に草とか鹿とかの動物を食って生活してるからよ」


「僕もそう聞いてた。……けど、さっきの悲鳴が聞こえてきた後、とんでもなく凶暴なアナモタズが突然奇襲してきて、小屋の壁を破って入ってきたんだ。その直後に、別の方向からもう一人、女の子の悲鳴が聞こえてきて…」


「奇襲……? いや、ごめん。続けてくれ」





アンナが一瞬考え込む。

思考の時間があった方がいいかと言葉を止めたが、アンナに続けてくれと頼まれたので、拙い説明を再開した。





「そして、小屋に侵入したアナモタズは、まず異世界人の勇者の彼に襲いかかって、押し倒した後……あとは……まあ……見ての、通りで……」


「わかった。もう良い」





人が食われた光景をこれ以上口にしたくなかったので、アンナの判断には助けられた。





「なあ、あんたのパーティの強さってどの程度だったんだ?」


「えっと……SSRクラス……だよ」





SSRクラスの冒険者パーティは、両手の指で数えられる程度にしか存在しない。

冒険者一人一人の戦闘力が、腕の立つ兵士百人分の強さを持つと言われる。


最強と呼ぶに相応しい連中を、アナモタズはいとも容易く蹂躙したのだ。

そんな正真正銘の化け物が数匹も周囲にいるのかと思うと、それだけで気絶しそうになる。





「SSRクラス……そんな強え連中がタコ負けしたのか? おかしいな……。集団で奇襲をしただけじゃなく、戦闘力まで上がってるだと……? どういう事なんだ……」





アンナの眉間に皺が寄る。ジュリオから視線を外すと、何やら考え込んでしまった。





「そんなワケのわからねえアナモタズを相手にしなきゃならねえのか……。厄介だな」


「ねえ、逃げたら……ダメかな? 絶っ対、その方が安全だよ。いくら君が強いからって……無茶だって……」




チート能力を持つ異世界人勇者を簡単に食い殺したアナモタズを、涼しい顔で瞬殺したアンナは恐らく、アホみたいに強いのだろう。


だからこそだった。

アンナだけなら三匹以上のアナモタズでも上手く処理できるだろうが、今は自分と言う足手まといがいる状況だ。足手まといを守りながらの戦いは厳しいと思える。



それに、ジュリオ自身がこの惨劇の場所から逃げ出したくて仕方なかった。





「いや、逃げたらアイツら全速力で追ってくるぞ。アナモタズは逃げる動物を追う習性があるんだ。……しかも、身体能力も桁外れに強い。こっちを追ってくる興奮状態のアナモタズを数匹同時に相手にできるかっつったら、……ほぼ無理」


「そんな……アンナさんでも……だめ?」


「ああ。無理だ」


「じゃ、じゃあアナモタズの方から逃げてもらう……とか……だめかな? ほら、アナモタズってさ、臆病で賢くて、人は危ない存在だから近寄らないっていう……気質があるって仲間が言ってて……。でも、この説、多分……違うよね……」





臆病で賢くて人を怖がるのがアナモタズの習性だと、パーティメンバーの一人である頭脳派の美少女が、魔物の本を片手に話していた。



だが、実際はどうだ。



アナモタズは奇襲を仕掛けて来た後、人を恐れることなく仲間の美少女や異世界人勇者達を次々と食い殺したのだ。


賢い、という部分は合っていると思うが、それ以外は全く違うではないか。





「その説は間違っちゃいねえ。普通のアナモタズはそうだ」


「普通って……?」


「臆病で賢くて人を怖がるアナモタズってのは、まだ人を食ったことがねえアナモタズってことだ」


「人を……食べたことが、無い……?」


「ああ。アナモタズが人を食っちまうとな、人って自分達より弱えなって学習すんだよ。そして、学習したら最後。…………人を、エサとしか思わなくなる」


「そんな理不尽な……」




ジュリオの顔が、恐怖で引きつる。


そんなクソ恐ろしい魔物を、異世界人勇者は遊び半分で狩ろうとしたのだ。

『経験値稼ぎ』と楽しそうに言っていたが、『経験値』という単語の意味はわからない。

異世界人勇者の言葉は、ジュリオにはわからないことだらけであった。





「ジュリオさん。……今のあたしらはアナモタズにとっちゃ、ただのエサだ。しかも、クソ雑魚のな。そんなクソ雑魚なエサが逃げたら、アナモタズがどうするか……わかるだろ?」


「そりゃ、ぼくのご飯~って、追っかけてくるよね。…………殺意を込めて」


「ああ。だから、食われたくなけりゃ、殺すしかねえ」





アンナはそう言うと、口元を歪めてニヤリと笑った。

完全に悪党の笑い顔である。美少女がしていいものじゃない。



けれど、不思議と頼もしい笑い顔であった。





「やるしか……ないんだよね」





ジュリオは自分の言葉に覚悟を決めた。


正確には、殆どヤケクソみたいなもんだった。





「役に立てないと思うけど、でも、……頑張るよ」



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