78.マリーリカとアンナ! 〜その2〜
第二のヒロイン視点のお話〜その2〜です。
ジュリオがヒナシプロデューサーに密着取材を受け、度重なるスポンサーNGに辟易していた頃。
アンナとデート中のマリーリカは、アナモタズの返り血まみれのアンナをどうにかするため、まずは服でも見に行こうかという流れになっていた。
フォーネの港町には様々な品が集まるため、ウィンドウショッピングには持って来いの場所である。
そんな賑やかな町中のブティックで、マリーリカはアンナの服を選んでいた。
「アンナさーん! さっき渡したワンピースどうだった?」
試着室の中にいるアンナに話しかけると、返ってきたのは申し訳無さそうな声だった。
「悪いなマリーリカさん……。また……乳が入らねえ……」
またか……である。
アンナの服選びは、とんでもなく難易度が高かった。
まず、アンナの白髪や赤目という強烈な色合いに合う服がない。
次に、アンナの小柄であるが乳がでかいと言う体型に合う服が無い。
見た目はえぐい程の美少女だと言うのに、意外と着られる服が無かったのだ。
「ごめんマリーリカさん……せっかく選んでくれたのに」
「いいよ。気にしないで! ……胸が大きいってのも大変だね。……羨ましいばかりだったけど」
アンナのでかい乳に関しては、正直羨ましい気持ちがあった。
自分の細い身体には、肉らしい肉が付いていない。
華奢で羨ましいとは良く言われてきたが、マリーリカからしたら柔らかそうな女性的な身体っていいなあと無い物ねだりをしていたのだ。
「まあ、乳があると谷間にドライバー挟んで弓のメンテ出来るから便利ではあるかな」
「そ、そんな使い方するの……?」
何かを挟めるまである乳は良いなあと思うが、ドライバーを挟めるから便利というのは初めて得た気づきである。
◇◇◇
結局、アンナは先程見て回った可愛らしいブティックの少し離れた場所にある、港町のヤンキーが好きそうないかつい服屋にて、『諸行無常』と荒々しい異世界文字が書かれた大きなTシャツと短パンを購入したのだった。
それに、いつもの赤い上着にも血が付いていたため、その上着のかわりに黒く大きなパーカーも購入したのだ。
そのコーディネートの結果は、まさに地元のヤンキー女そのものである。
そんなヤンキー女とマリーリカは、しょーもない会話をしながら美しい景観の港町を散歩していた。
だが、そんな港町の美しい景観を破壊するように、そこら中にサカモト商会の武器屋のポスターがベタベタと貼ってある。
いい加減にしてくれよと思った。
「何でこう、異世界文字が書いてあるTシャツって着たくなるんだろうな」
「……さあ……?」
先程マリーリカに可愛い服を選ばれていたアンナは、どこか気恥しそうにソワソワとしていたのだが、ヤンキー系の服を選ぶ時のアンナの顔は、水を得た魚のようにイキイキしていた。
そんな姿を見て、『ああ、この人は根っからだ……』とマリーリカは苦笑いをしたのだ。
ジュリオも、実はアンナの様な根っからのヤンキーみたいな女がタイプなのだろうか。
…………いや、あのビビリでヘタレな様子を見るに、多分違うんじゃないかなと思う。
「『諸行無常』か『色即是空』で迷ったんだよな。……両方買っときゃ良かった……。ああでも、あの『画竜点睛』も良いよなあ……。マリーリカさんはどれが良かった……?」
「……み、みんな素敵だと思うよ……あはは」
どれでもええんちゃいまっか? と投げ槍な事は言えず、マリーリカは硬い笑顔を浮べて社交辞令を言った。
「そう言えば、アンナさんって異世界文字が読めるんだね。……漢字? だっけ? あれ、線が凄く多くて角張った絵みたいだよね」
アンナは、Tシャツに書いてある四文字の異世界文字――――漢字をスラスラと読んでいた。
この世界では、漢字は非常に難易度の高い学問とされている。
そんな難易度の高い漢字を、何故アンナが読めるのだろう。
「……ハヤブサ先生に教わったんだよ。……先生、異世界人でさ。故郷を忘れない為にって、よく取り憑かれたように漢字を書きまくってたんだ」
「そうなんだ……。…………ハヤブサ先生って、どんな人だったの? カッコいい?」
アンナがやけに寂しそうにハヤブサ先生の名を口にするもんだから、ついついそんな雰囲気を何とかしたくて、マリーリカはわざと明るく振る舞った。
「……ハヤブサ先生は……強くて怖くて……カッコ良かった……凄く」
「ジュリオとどっちがカッコいい?」
「うーん。種類が違うからな……。ジュリオは綺麗って感じだし、ハヤブサ先生は渋くて迫力あるって感じ…………っていうかさ、マリーリカさん。……何でハヤブサ先生が男ってわかったんだ? あたし何も言ってないのに」
アンナは不思議そうにしていた。
「……アンナさんの顔を見ればわかるよ」
ハヤブサ先生の名を語るときのアンナの顔には、強烈な寂しさと信仰に近い思慕の念が見えていた。
そして、その信仰に近い思慕は、好きだの恋だのと言う甘く可愛らしいもので無い事もわかる。
まるで、ハヤブサ先生とやらへの信仰心と心中しているようなズブズブ感だ。
これはズバリ、女の勘である。
「ジュリオもさ……ハヤブサ先生が男って気付いてたんだよな……。あたし何も言ってねえのに」
「ジュリオが?」
マリーリカの眉がピクリと動く。
「ああ。……何か、話の感じから気づいてるっぽかった。…………何でだろ」
恐らく、ジュリオもアンナの異様な信仰心に勘付いていたのだろう。
この異様な信仰心に気付けると言うのは、きっとアンナの事を良く見ていたからだと思う。
だから、アンナがハヤブサの名を語る時に見せる、寂しさと惚けた様子が入り混じった顔から、ハヤブサは男だと気付けたのだ。
こんなの、アンナを良く見ていないとわからない。
良く、見ていた……か。
「……そのハヤブサさんって、今はどちらにいらっしゃるの? いつか会ってみたいなー! そしたらさ、ジュリオ誘って皆でご飯でもどうかな?」
「……魅力的な提案だけど、そりゃ……無理だな」
「え…………?」
「……もう、いない。…………死んだから」
もしかしたら、アンナとハヤブサがくっ付いてくれたら、失恋したジュリオは自分に振り向いてくれるかもしれない。
なんて、そんな少女漫画みたいな事を思った自分をぶん殴りたくなった。
「あたしを庇って、アナモタズに殺された」
アンナは無表情のまま、ポツリと呟いた。
こんな時、どうしたら良いかわからない。
ジュリオなら一体どうするだろうか。
マリーリカは、静かに「ごめん」と答えると、能天気に晴れている青空を見上げた。
マリーリカとアンナの間に流れるしんみりした雰囲気とは真逆に、港町はとても賑やかで楽しそうである。
そして、そんな賑やかな町の中で、一際楽しそうな冒険者達が、真新しい武器を持って慟哭の森行の船に乗り込んで行くのが見えた。
彼らはきっと、アナモタズを狩りに行くのだろう。
その姿はまるで、チャンネル・マユツバーが垂れ流すサカモト商会の武器のコマーシャルに出てくる、夢一杯の冒険者のようだ。
冒険者達の顔は明るく、希望に満ちている。
だがその一方で、マリーリカもアンナも、アナモタズによって大事な人を奪われている。
チャンネル・マユツバーが垂れ流す武器のコマーシャルは、自分やアンナの様な連中に触れる事は無い。
ただ、夢と希望を見せ続けるだけである。
「あの人達は……無事だと良いね」
私やカンマリーみたいにならないと良いな……と、マリーリカは思った。




