77.ジュリオとテレビプロデューサー!
アナモタズの返り血まみれのアンナがマリーリカとのデートに現れた一方、ジュリオはヒナシというチャンネル・マユツバーの名物テレビプロデューサーに密着取材を受けていた。
「おお〜! 怪我人の傷がみるみる癒えてゆく! ジュリオさんが女性ならば聖女と呼ばれている事でしょう!」
「……それ、洒落にならないからやめてくれます?」
本当に自分が女として生まれていたなら、母の血を受け継ぐ大聖女を産むための聖女として、自分に価値を持てた事だろう。
母も自分なんぞを産んだせいで不幸にならずに済んだ筈だ。
「ごめんなさい、地雷みたいでしたね。この話」
「え、いや、別に」
「だってジュリオさん、今物凄く怖い顔してましたし」
ヒナシは相変わらず軽薄にニヤニヤしているが、人の地雷を察知する嗅覚は鋭いようだ。
さすがはテレビプロデューサーなのだろう。
ジュリオはテレビプロデューサーが具体的に何をする人なのか良くわからないが、それでもヒナシの対人能力はジュリオの想像以上にあると思った。
気を取り直して、再び怪我人の冒険者の治癒に当たる。
腕がざっくりと切れており、その傷の深さからこれは魔物――つまりアナモタズとの戦いで負った傷だとわかった。
「アナモタズと刺し違えたんですね……。倒せて良かったです。……アナモタズって、ちゃんと倒さないと駄目ですから。……負傷させて逃げたりしたら、ヤツら相手を食い殺すまで追いかけてきま」
「ジュリオさん! カットカットカット!! 止めて止めて!!! 今のはスポンサー的にNGだから!!」
「え」
いきなりヒナシに言葉を止められ、ジュリオはワケもわからず硬直してしまう。
しかし、当然ながら怪我人の治癒を止めるわけにはいかないので、ヒールはかけたままだ。
「駄目だよジュリオさぁ〜ん! この番組のスポンサーには『サカモト商会』がいるんだから! 知ってるでしょ? 異世界人による一番大手の武器会社!」
「だ、だから何なんです……?」
「困るんだよ……アナモタズの凶暴性や危険性を話されちゃ……。アナモタズ狩りに行く冒険者が減っちゃうでしょ?」
「……減って、何が悪いんですか……?」
アナモタズ狩りに行く冒険者が減るなら、その分アナモタズを舐めて返り討ちにされた死傷者も減るだろう。
そりゃ、怪我人が減ればヒーラーの稼ぎも減るだろうが、死人が出るよりマシなのではと思った。
「アナモタズ狩りに行く冒険者が減ったら、サカモト商会の武器の売上が減るでしょ〜」
「え!? は!? そんな理由で!?」
「そんな理由でって……あのねぇジュリオさん。武器の売上が減ったらサカモト商会で働く人達の食い扶持が減るでしょ? それにさ……」
ヒナシはうんざりしたようにため息を付いた後、いつもの軽薄なヘラヘラ顔が嘘のように鋭くなり、冷たい目をして言葉を続けた。
「この世界で、ボクら異世界人が本当の意味でまともに暮らす為には、金の力での仕上がって社会的地位を上げるしか無いでしょ」
「……それは」
「……この世界は、表向きでは異世界人を勇者だとか聖女だとか言ってチヤホヤして、しかも国から美男美女をハーレム要員として派遣までしてくる。…………ペルセフォネ人の若者は、新しい異世界人達の文明や文化や思想に夢中になって、異世界人に憧れすら抱いている。…………でもさ」
ヒナシは、表向きは異世界人に優しいこの世界を鼻で笑い、露悪的に歯を見せて笑った。
異様な笑い顔である。笑っているのに怒っているようだ。
「本当は、この世界の連中は異世界人が大嫌い。平気な顔で差別をして、当たり前の様に下に見てくる。……勇者や聖女とチヤホヤするその顔の裏で、餌をやれば何でも言う事を聞く猿だと嘲笑ってる。………………こっちだって、来たくてこんな遅れた世界に来たわけじゃないのにさ。……文明も文化も思想も何もかもが古すぎて、カビ臭くてアレルギーが出ちゃうよ」
「……」
ジュリオのアホな頭では、返す言葉を思い付けなかった。
ジュリオにはルテミスと言う半異世界人の腹違いの弟がいる。その母であったハルと言う異世界人の女性にも、ジュリオは幼少の頃とても優しくしてもらったのだ。
だからこそ、異世界人への差別感情は無いと自分では思っている。
だが、対象が異世界人では無いだけで、ジュリオだって、自分達の為だけに生き物をぶっ殺す猟師や漁師や畜産と言った業種には、抵抗感……いや、差別意識があった。
実際、アンナがアナモタズをぶっ殺した後、解体を始めた時には「何て残酷な事を」と軽蔑したくらいだ。
ペルセフォネ人としての道徳規範に反する行為だからとは言え、その残酷な事をするアンナに命を救われたと言うのに、ジュリオはアンナを全肯定する事が出来なかった。
「だからさ、そんな世界で異世界人がまともに生きる為には、経済力と社会的地位を獲得して強くなるしか無いんだよ」
力を付けて強くなるしか無い。
アンナも呪詛のようにそう呟いていたと思い出す。まるで背後にアンナをそう教え導いた『師』がいるようだった。
「……なーんて! 湿っぽい話し過ぎちゃいましたね! さ、ジュリオさん!! 続き撮っちゃいましょう!!」
ヒナシは先程見せた怖い笑顔を瞬時に消し去り、いつもの軽薄でわざとらしい程に人懐っこい笑顔を浮かべていた。
結局、ヒナシの度重なるスポンサーNGは十五回以上も発動され、ジュリオの仕事は全く捗らなかったのだった……。




