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74.第二のマスゴミ チャンネル・マユツバー!

「……キミたち、どうしたの?」




脳天気な日和の昼下がりである。


ジュリオとアンナは、ヒーラー休憩所の食堂にて、離れた位置に座って昼飯を食っていた。


いつもは一緒のテーブルで呑気に飯を食っている二人が、こんな風に離れていると言うのは中々不思議な光景である。


当然、ヒーラー休憩所のボスであるカトレアは、少し心配そうな顔で二人に話しかけた。





「金の貸し借りで喧嘩でもした?」


「いや……喧嘩……では無いです……」


「ああ……別に何もねえよ。普通だ普通……そうだろ? ジュリオ」


「うん……そうだね……」





ジュリオとアンナは、目を合わせずに渋い声でそう言った。





「うん。大丈夫……昨日はその……何も無いよ……」





ジュリオは、昨日の事を思い出していた。



マリーリカとパンケーキデートをした後、テイクアウトした苺のパンケーキと、おまけで貰った小さなキャンドルを片手に帰宅して、寝コケていたアンナを起こしたまでは良かったのだ。



その後、部屋の明かりを消してキャンドルを付けると、何か微妙な雰囲気になってしまい、ジュリオはついつい距離感をバグらせ、アンナに妙な絡み方をしてしまった。


アンナを言い訳にするつもりはないが、寝癖を付けたままのTシャツ短パンな寝間着姿のアンナが可愛かったのだ。

それに、自分が贈ったラジオを聞きながら寝落ちした様子のアンナを見て、何だか不思議な多幸感に飲まれたのも事実である。



童貞かよ僕。とジュリオは眉間にシワを寄せた。


だが、ジュリオは童貞ですらないし、処女ですならない。どっちも使用済みのヤリチンでヤリ○ンなクソドビッチだ。


だって、自分は王子時代はモテにモテまくった。

あの様な雰囲気で男女問わず口説かれてきた。

自分を求めて必要としてくれるのが嬉しくて、後先考えずに相手に身を委ねて来た。



だが、自分から相手を求めて迫る様な真似をしたのは、ガチで初めてだ。



昨夜の自分を思い出す。


アンナの髪に触れ、頭を撫でながら、可愛いと繰り返す薄ら寒い自分を……。






「ぅぁぁああぁあぁあッ!!!」






ジュリオは頭を抱えて絶叫した。




気持ち悪ッ! 僕すっごく気持ち悪ッ!

何が『可愛いね……アンナ♡』だよ!

アンナの言うとおり『可愛い』って言葉覚えたてか!?


 


ジュリオは「ぁぁぁああぁ」と呻きながら頭を抱えている。



その一方で、アンナは苦々しい顔をして「キャンドルなんかこの世から無くなれ……アレはヤクだ……」と呟いている。

それに関しては全面同意だ。

さすがのアンナも、昨晩の自分のキモさにはドン引きしているだろう。

今朝だって目も合わせてくれなかったし。


今思えば、昨晩ジュリオに触られているアンナは、ものすごくドン引きしていた顔をしていた気がする。

そうだ。きっとそうだ。

だって顔に『うるせえなボケ。それよりもパンケーキ食わせろチンカスクソ野郎』って書いてあった気がするし!!!! 多分!!!!!



ああ。こんなの、お母様の望む『王子様』じゃない。

女の子に欲を抱いて迫るなんて、そんなおぞましい事を自分がしたと知ったら、お母様が哀しむだろう。





「ぁぁああぁあ……」


「キャンドルなんてヤクだ……ヤク……」





そして、そんな挙動不審な二人をジト目で見ている美しき老女カトレアは、苦笑いをしながらジュリオへ話しかけた。




「……ごめんジュリオくん。今日はしっかりしてくれるかな? …………アタシまたマスコミ対応しなきゃ行けなくてさ……」


「え、マスコミ……ですか? ヨラバー・タイジュ新聞社が何で」


「違う違う。ヨラバーじゃなくて、チャンネル・マユツバーのテレビだよ。テレビ」


「テレビ!?」





チャンネル・マユツバーと言うテレビ局が、この世界にはある。


聖ペルセフォネ王国に召喚されてきた異世界人の男がもたらした異世界文明の企業だ。


このテレビと言う異世界文明のおかげで、世界はとんでもないスピードで変化した。


ジュリオは世間知らずなので詳しくは知らないが、少なくともテレビのおかげで新聞の需要が減り、新聞社が虫の息になるほどの致命傷を食らったのは知っている。


わざわざ新聞を読む労力をせずとも、テレビが勝手にニュースとして事件や出来事を教えてくれるのだ。

そりゃ、楽で楽しい方へと流れるに決まっている。



ヨラバー・タイジュ新聞社の誇り高き記者であった、ヘアリー・リスジャーナと言う女性の話を思い出した。





「チャンネル・マユツバーが何でこのヒーラー休憩所に?」


「……何でも、うちに二十四時間密着取材したドキュメンタリー番組を作りたいんだって。連中は『世の為人の為に働くヒーラー達の勇敢な姿を国民に伝えたい』……とか何とか抜かしてたけど、本当はうちのヒーラーの女の子達狙いでしょ。みんな可愛いし。魔道具売店にはマリーリカちゃんがいるし」


「あと、カトレアさんもいますもんね」


「あはは、良くわかってるねジュリオくん。その減らず口があれば、あの連中ともやりあえるかも」





ジュリオの言葉をカトレアは笑って受け流した。



一方、そんなカトレアのザ・大人のレディと言う余裕を目の当たりにしたアンナは、「さすがだ……」と感心したような声を出している。





「それに、アナモタズの生態ドキュメンタリーも撮りたいとか言っててね……。何でも、最近は動物系の番組の数字が良いんだってさ。ほら、動物の赤ちゃんとかの映像を出す番組だよ」


「ああ、あのわざとらしく可愛い台詞を猫なで声で話して、動物の吹き替えをしてる押し付けがましい番組ですよね」





他の視聴者がどう思うかは知らないが、少なくともジュリオはそのままの動物が見たい派である。


わざとらしい猫なで声とあざとい台詞でコーティングされた動物の映像を見せられても、鬱陶しいだけだとジュリオは思う。





「動物の気持ちなんて、食う寝る交尾してぇくらいしかねえだろ」





アンナはぶっきらぼうに呟く。

さすがは猟師である。身も蓋もねえ。





「アンナ……悪いんだけどさ、今日は厨房の裏口から狩りに出た方が良いよ。……アナモタズ専門の猟師をしている女の子なんて、マスコミの餌食だもんね」


「わかった。ありがとう。……婆さんもジュリオも対応頑張れよ」





アンナはそう言うと、いつもの黒い大弓を担いで厨房の裏口から出て行った。


確かに、アンナのような小柄な美少女が、黒い大弓を担いでアナモタズをぶっ殺している様子は、とても絵になる事だろう。


マスコミのいい餌食だ。





「ん? 何か……騒がしいな……。アンナを逃して正解だったかな」


「え」





カトレアの顔が険しくなる。



確かにヒーラー休憩所の方からは、何やら「待ってください!! 迷惑です!」と言うマリーリカの声が聞こえて来た。



これは想像以上に大変な状況ではと思った、その瞬間である。



ドアがバンッと開かれ、そこから大勢の人を引き連れた胡散臭い男が出て来た。


胡散臭い男は大体四十代くらいの年齢だろうか? 甘い色男顔ではあるが、表情のニヤけた嫌らしさがそれをぶち壊していた。





「すいませぇ〜ん! 怪我人でぇす! 治してもらえますぅ〜?」


「あれ? おかしいな。……アタシ、休憩所に入って良いって許可出したっけ? 業務妨害で役所に通報しちゃおうかな」


「……ヒーラー休憩所ってのは、怪我人が来るとこでしょぉ? その怪我人がボクですって。……マダム・カトレアの美しさで心が火傷しちゃったんですよぅ」





胡散臭い男はそう言うと、カトレアの手を取り手の甲にキスをしようとしてきた。

随分と無礼な男だ。





「悪いね。アタシ、潔癖症だからさ」




 

カトレアは、胡散臭い男に触られた手を優雅に払うと、とんでもなく冷たい言葉であしらった。


余談ではあるが、カトレアはこの前、ここの食堂で食べていた唐揚げ定食の唐揚げをテーブルに落とした際、「三秒ルール三秒ルール。死にゃしないよ」と言って普通に食っていた。




 

「おお、これは手厳しい! 申し訳ございませんマダム。マダムのような老女にとって、ボクみたいな色男に触られるのは喜ばしい事かと思いまして」





胡散臭い男も男で、カトレアの嫌味に嫌味のカウンターパンチを仕掛けてきた。


嫌味を言われても直情的に怒り出す事もせず、黙って我慢するわけでもなく、相手と同じトーンで殴り返して来たこの男は、ジュリオが今まで見てきた『国から勇者とチヤホヤされ、得意げになってる異世界人の無垢な少年達』とはワケが違うのだろう。



胡散臭い男前のニヤついた顔の裏が見えず、ジュリオは「あ、この人苦手だ」と本能で警戒した。



この、ニヤついた顔の裏が読めない胡散臭い男と言うのは、見覚えがある。

父の元側近であり、現ヨラバー・タイジュ新聞社の編集長であるフロントだ。


あの人も苦手だったなあと、ジュリオは思い出した。





「キミが男前だろうと何だろうとね、好きでもない相手に勝手に触られたら不愉快だっつーの」


「それはそれは失礼いたしました。老人福祉のつもりでしたが、出過ぎた真似だったようですねえ」



  


カトレアと胡散臭い男は、静かだがバチバチに喧嘩をしている。


カトレアさん頑張れ! と遠目に見ていたジュリオは、寄りにも寄って胡散臭い男と目が合ってしまった。





「おやおやおや! あの美しい彼はマダムの介護士か何かですかぁ?」


「あの子はうちのヒーラーだよ。テレビマンの癖に見る目無いねえ。キミこそ介護士が必要なんじゃない? 頭の」

 

「も〜っ! 手厳しいなマダムは! 老人はボケが始まると攻撃的になりますからねえ! 後でオススメの介護施設をご紹介しますよぉ」


「キミにもオススメの施設を紹介してあげるよ。……警察署って言うんだけど」





胡散臭い男は、カトレアとバチバチに舌戦をしながらジュリオへと近付いて来た。


この世の全てを自分よりもバカだと見下し舐め腐っているような男前は、席に着いてざる蕎麦を食っていたジュリオを頭のてっぺんからつま先まで舐めるように品定めすると、急に媚へつらった愛想の良すぎる顔を浮かべた。





「申し遅れましたぁ〜! ボクは、チャンネル・マユツバーの社長兼プロデューサーの、エリオ・ヒナシと申しますぅ〜!」





ヒナシから名刺を差し出されたジュリオは、書いてある文字を読んだ。


確かに、エリオ・ヒナシと書いてあり、チャンネル・マユツバーと言うテレビ局のロゴも入っている。


名前の横に『火無 煙立夫』と線の多い異世界文字で書いてあるが、ジュリオは異世界文字が読めなかった。



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