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71.死神 〜前座〜

ヒロインのアンナ視点のお話です。

雲一つ無い広々とした青空が気持ちの良い、休日の午後のことである。


その日、アンナは『ペルセフォネ教による狩猟禁止日』のせいで一日休みになっていた。

しかも、ジュリオも仕事が休みであり、お互いの休日がドン被りしていたのだ。 



本来ならこんな日は、二人で買い物にでも行ったり、家の中ではボケーッとするのがお決まりだったのだが、今日は違う。



自宅の玄関先でジュリオを見送るアンナは、今日という休日をどう過ごそうか悩んでいた。





「それじゃあアンナ、マリーリカとのパンケーキデート行ってくるね〜!」


「ああ。行って来い……。悪かったな……色々とドタキャンさせちまって」


「それは別に良いけど…………僕がいない間、アンナは何をするの?」


「……さあ? わかんね」





アンナはあくび混じりに答えた。

長い白髪は寝癖まみれであちこちが跳ねているし、服装は寝間着のTシャツと短パンである。

随分とだっらしねえ格好だ。



それとは反対に、今のジュリオはさすが元王子様だと感心するほどシュッとしていた。


長い金髪は綺麗でサラサラしているし、服装もラフな格好ではあるが、派手過ぎるジュリオの美男子顔とは良いバランスをしている。

これで服まで派手だったら、派手な顔と派手な服のせいで、舞台役者か変なミュージシャンみたいになってしまうだろう。





「夕方から夜までには帰ってくるね。帰る前に連絡するから」


「ああ。朝帰りする時も一応連絡しろよ?」





アンナはニヤリと笑い冗談めいてそう言うと、ジュリオは悪い男みたいな薄ら笑いで「どうしようかな」と答えた。





◇◇◇





ジュリオが家を出た後、アンナはラジオを聞きながら弓のメンテナンスをしていた。


そのラジオとは、ジュリオが贈ってくれたものである。



あれにはとても驚いた。

ジュリオは高い物じゃないと言っていたが、あれは嘘だろう。

ラジオはその役目をスマホに乗っ取られたせいで、製造そのものが殆どされていないのである。当然、値段もかなり高くなってしまうのだ。


そして、ジュリオは『君の為じゃない』と最後まで言い張っていた。

しかし、ただの布教の為に、追放されて貧乏人になったジュリオがアホみたいに高いラジオを買うかよ、とツッコミたくなるが、そこは言わぬが花だろう。


あの時、思わず涙を流してしまったのが、今思うと無性に気恥ずかしい。


あの涙は、クソ親父との唯一の穏やかな思い出の曲を聞いた懐かしさと、ジュリオの健気な気遣いが混ざり合った結果だ。



だから、弱さからくる涙では無いので、ハヤブサ先生も許してくれるだろう。





「…………ジュリオ」





ジュリオはきっと、ラジオを買う為に町中をさまよい歩いただろう。

道に迷うジュリオの姿ははっきりと目に浮かぶ。


そして、そんなジュリオを思うと、不思議とニヤけてしまう自分がいた。





「バカ王子が」





アンナは、自分でも気付かないうちにニヤけながら、テーブルの上に置いた弓をドライバーで分解し始めた。

ローエンがくれた設計図やメモを見ながら色々と調整していくのである。


狩りにおいて、武器のメンテは生死を分ける程重要だ。


ハヤブサ先生から、そう教わった。





「…………」





アンナは無言で弓の内部にある滑車やその他パーツの点検をしている。


そんな時、ラジオからはこんなコマーシャルが聞こえた。





『フォーネの港町にある、最近流行りのパンケーキ屋に好きな人を連れて行くと、甘い魔法で好きな人と恋人になれちゃうって知ってた?』


「知るかアホ」





アンナは鋭いツッコミを入れ、弓の弦に問題が無いか確認している。


だが、コマーシャルで店名が出た瞬間、アンナの手元が止まった。





「……ジュリオがマリーリカさんに誘われた店じゃん」





好きな人と行けば恋人になれる魔法のパンケーキ屋に、ジュリオを誘ったマリーリカは、なんといじらしく可愛らしいのか。



ジュリオにとって、マリーリカは必要不可欠な存在だとアンナは思う。それは、クラップタウンと言う掃き溜めに染まらず、ここから出ていく為だ。


それに、ジュリオから聞いた話だが、マリーリカは優しい家庭で育ったらしい。そんなマリーリカこそ、以外と闇だらけのジュリオにとっては必要なのでは無いか。



ジュリオは、一見ヘラヘラとした軽薄なチャラ男に見えるが、以外と根深い闇を抱えた男だと、アンナは見抜いていた。


そんなヤツだからこそ、マリーリカのような光の存在が必要だと思う。



そう思った瞬間、ジュリオがラジオをプレゼントしてくれた時の、あの照れ笑いが頭に浮かんだ。


良く見たら額には汗が滲んでいたし、葬式用の靴は歩き回ったのか傷んでいた。


あのラジオが入っていた箱は、少し入り組んだ先にある町外れのリサイクルショップのものだろう。前に、ローエンから聞いた事があった。



多分、ジュリオは道に迷いながら、あのリサイクルショップに行ったのだ。


アンナにラジオを贈る為に。



そして、そんなジュリオは今、マリーリカとパンケーキ屋にデート中だ。


そう、デート中…………だ。





『甘い魔法のパンケーキを食べた後、彼とキャンドルの光を見ながら良い雰囲気になっちゃえ! 今度は貴女が甘ぁ〜いパンケーキみたいに、彼に食べられちゃうかも!?』


「うっせえな気色悪ぃ。この宣伝文句考えた奴クビにしろよ。絶対文章の才能ねえぞコイツ」





アンナは気色悪い宣伝文句を言うラジオのチャンネルを変えた。





「ん? ……これって……落語、じゃん」





ラジオのつまみを回してチャンネルを適当に変えていると、落語の番組を見つけた。



落語、という異世界人の文化をアンナは程々に知っていた。


ハヤブサ先生が、落語をよく聞いていたのだ。





「……」





ラジオからは、噺家が流暢な喋りで落語を聴かせてくる。


そのストーリーは、聖ペルセフォネ王国流にアレンジされているが、オリジナルのものをアンナはよく知っている。


こんな昼下がりに、ハヤブサとよく聞いていたのだ。耳と音感が良いアンナは、空で言えるほどに覚えていた。





「……自堕落に生きてたバカ王子が、追放されて死にかけた時、死神に救われ『死の秘密』を知って、最強ヒーラーとして成り上がった…………って、これジュリオをネタにしてんのかよ。……アイツほんと国民のオモチャにされてんだな……」





アンナ自身、ジュリオに合うまではヨラバー・タイジュの新聞で連載されていたバカ王子の記事を見て笑っていたのだ。


悪辣でバカで間抜けなアホが、勝手に落ちぶれてざまぁと笑われる記事を、ビール片手に飲んでは笑っていた。



しかし、そんな記事を書かれていた本人が、目の前で泣いているのを見たら、自分がどれだけ愚かな行為をしていたのかを思い知ったのだ。



あれは悪い事をしてしまったと、アンナの顔が曇った。





「……死の秘密を知ったバカ王子は最強ヒーラーになり、人を治しまくって成り上がって金持ちになる……か。……そうなったら良いだろうよ……。現実はそんなもんじゃねえけど」





弓のメンテナンスを終えたアンナは、ソファーに寝そべりながら落語にケチをつけていた。





「……は? 死神がバカ王子に情を抱いた? ったく。こんなクソアレンジしやがって」





今回のアレンジでは、バカ王子に『死の秘密』を教えた死神は、そんなバカ王子に情を抱いてしまうらしい。





「何でもかんでも恋愛沙汰にすんなっての。そう言う無駄なアレンジをファンは一番嫌うんだよ……。全員が全員恋愛ものに興味があると思うなや」





死神がバカ王子に情を抱いたところで、それが仇花に終わるのは火を見るより明らかである。


展開が読めてきたぞと、アンナは思う。






「……バカ王子は金持ちになり、美人のカミさんと子供も拵えて幸せにくらしたが、生来の怠けもんだったバカ王子は、あぶく銭に気が緩んでまともに働かなくなり…………ああ、これはジュリオっぽいな」





ラジオに間の手を入れながらも真剣に聞いてくれるアンナは、番組からしたら良いリスナーだろう。





「金は底を尽きてしまい、バカ王子は仕方なくヒーラー職に戻った。……しかし、今度は打って変わって仕事はろくに成功しない。……焦ったバカ王子は、死神から教えてもらった『死の秘密』を悪用して、死神を裏切ってしまう。……裏切られた死神は、情を抱いた相手に裏切られ、激しく怒りながらバカ王子を死の世界に引きずり込んだ……って、何だこの死神、すげえ行動力あるサイコだな」 





今回のアレンジでは、死神というキャラの掘り下げが他よりも深くなされている。

その点は良いと思うが、だとしても何でもかんでも恋愛ものにすんじゃねえと、アンナは不貞腐れた。





「命乞いをするバカ王子から、死神は容赦なく魂を抜き取った。その魂をロウソクに灯し、ランタンの中に閉じ込めて永遠に自分の傍に置いた。…………そして、死神はそのランタンを、とある部屋に飾る。……その部屋とは、数多くの魂を閉じ込めた、ランタンだらけの部屋……。そんな部屋の中で、死神は永い永い時間を一人過ごしたのだった……。何だこれ。クソなアレンジしやがって」





アンナはまたラジオのチャンネルを変えた。


それでも、特に面白い番組はやっていない。

退屈に飲まれたアンナは、瞼が重くなるのを感じていた。



ジュリオは今頃、マリーリカとパンケーキ屋にいるのだろう。

美男美女が同じテーブルでパンケーキを口にする様子は、さぞ絵になることだ。



これで良いじゃないかと、アンナは思う。



自分はジュリオがこの町から抜け出して、まともな世界に戻る事を望んでいるのだ。


アイツはこんな掃き溜めにいちゃ駄目だ。

だからこそ、マリーリカさんみたいな普通を知る女の子の手を取るべきだ。




「……そうだよな? ……ハヤブサ先生……」



 

アンナはハヤブサ先生の姿を思い出した。

後頭部でまとめた長い黒髪に、覚めない悪夢に沈んでいる様な暗く黒い瞳に、暗闇の様な黒い着物を着た、渋い男前のハヤブサ先生。眉間に深いシワを寄せた、闇をまとう男である。


まるで、死神みたいな人だった。





「ハヤブサ先生。……あたしは、一人で生きていけるよ。……大丈夫」





今は亡きハヤブサ先生に祈る様な声でそう言うと、アンナはいつの間にか眠ってしまった。


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