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70.まさかの決着!

カトレアの司会により、アンナのクソ親父替え玉葬式は滞り無く進んでいた。


葬式会場には、花と蓋の空いた棺と、死体役である知らんおっさんのでかい顔写真が飾られている。

恐らくこれは故人の写真と言うことなのだろう。



ジュリオ考案の偽葬式作戦を知らない周囲の人々は、カトレアの嘘まみれの『アンナとお父様の感動エピソード』に涙を流してすすり泣いていた。



さすがカトレアだなあと思う。

このエピソードはきっと、カトレアの亡き夫と娘さんの思い出なのかもしれない。





「それでは……次は、喪主であるアンナさんから、お父様との思い出を語ってもらいます……」





カトレアはわざとらしく嘘泣きをして、ハンカチを目元に当てている。





「アンナ、行けそう?」


「ああ。大丈夫だ。早くあたしの感動エピソードでフロアをぶち上げたくてウズウズしてんだよ」


「DJじゃないんだから……」





アンナの目は爛々としており、どこか興奮を隠しきれないと言う様子だ。


そんな訳の分からない様子に不安を抱く。


本当に大丈夫かと止めようとした時には、アンナは前に出てマイクの前にスピーチを始めてしまった。



あの異様な目の輝きと興奮を隠しきれない様子は、見覚えがある。


あれは確か……。





「……えっと、あの。……本日は……あたしの……親父のために……集まってくれてありがとうございます……。申し訳無いんだけど、あたし、頭良くないんで……その、スマホに打った原稿を見ながらで許してもらえます?」





アンナは静かに語りながら、スマホを見た。


これは意外と良い感じに進むのでは? と思えた。





「…………親父に、歌が上手いと……褒められた事があります。……親父は機嫌が良い時、家にあるボロいピアノで演奏していました。……一人しかいない時だけ……ですけど」





アンナの言葉は多分本当なのだろうとわかる。

あの顔は嘘を付いている顔では無い。

ジュリオに自分の身の上話を聞かせた時の、あの寂しげで迷子の様な顔だ。





「その日も親父、一人でピアノを弾いてたんです。……まあ、海兵やってて魔物と戦った時、指が数本吹っ飛ばされてて。……少し穴が空いてる演奏ですけど。…………何でも昔、親父はピアニストになりたかったそうです。……でも、親父の親父……つまり爺さんが……」





アンナの良い感じのスピーチを聞いて、ジュリオは青ざめた。



え、アンナの親父さん指数本吹っ飛んでるの!?


どうしよう! 死体役のおじさんの指、刎ねてないじゃん!!!



ジュリオは急いでカトレアに目配せをした。



カトレアはすぐにその意を察したのか、作り笑いを浮かべて棺の蓋を閉じてくれる。



命拾いしたと安堵した。





「んで、その爺さんがピアノなんて男のする事じゃねえ。俺はお前をそんなカマ野郎に育てた覚えは無い。男なら海兵になって駐屯先のプルトハデスのエルフをぶん殴ってこそだ……って、親父を殴ってピアノを叩き壊したんだそうです」





命拾いしていなかった。


アンナのスピーチは、だんだん雲行きが怪しくなっている。


頼むからお父さんを愛する娘の演技をしてくれよと、ジュリオは内心で祈った。





「……ああ、話それちまった。……えっと、まあ、親父が一人でピアノを弾いてて、その曲はあたしも知ってる曲だったんです。……その頃流行ってた、異世界人達の歌でした。……タイトルは……何だったけ? 忘れたけど」





異世界人達の歌は、チート能力や文明よりもこの世界に浸透しやすかった。


それはきっと、音楽と言う共通言語があってこそだろう。





「あたしは何を血迷ったのか……親父が珍しくご機嫌で穏やかだったからか……魔が差して、その曲に合わせて歌ったんです。…………そしたら、親父は驚いた顔であたしを見て、そして、ゆっくり笑いました。……お前には、歌の才能があるって」





アンナが歌が上手いなんて、初めて聞いたぞと驚いた。アンナに関して知らない事は、まだまだあるのだろう。


もっと知りたいと望む自分に驚いた。そして、そんな風にアンナへ粘着する自分にも驚いた。





「親父は笑って言いました。お前の母親はプルトハデスの不法移民のエルフの売春婦で、酒場で歌った後は客を取ってたと。歌が上手いと値段を吊り上げても文句言われねえから、お前も客を取る前には歌えと……………………どこの世界に娘に売春勧める親父がいるんだよ、なあ、聞いてんのかクソジジイ」





あ、やばい。終わった。


アンナの口調が変わった瞬間、ジュリオはこの作戦パーになるかもなと覚悟した。



アンナの言葉には怒気が籠もっている。

この怒気は初めて見るものだ。


静かに怒る、ドス黒い憎しみの念だ。





「おい寝てんじゃねえよクソデニス……起きろよコラ。今まで殴られた分お返ししてやるよ。お前良くも今まで無茶苦茶しやがったなこの野郎。なに過剰摂取で死んでんだよ。あたしがこの手で殺してやりたかったのに。……おい起きろよクソジジイ!!! 起きて落とし前つけやがれクソッタレがァッ!!!! それとも地獄で悪魔共にケツ掘られてるから動けねえってか!? アハハざまぁ見ろクソジジイ!!! てめぇが悪魔共の売春婦だコラァッ!!!」


「アンナ!?」





アンナは目を爛々とさせていきなり怒鳴り始めると、思いっきり棺を蹴り始め、おっさんのでかい顔写真を蹴り破った。


これは不味い。超不味い。



周囲も『え、何これ、何の演出?』と戸惑っている。



ジュリオは咄嗟に立ち上がり、アンナを取り押さえようとした。


手首を掴んでアンナの顔を見ると、相変わらず目が爛々としており、興奮しているのか頬が上気している。



この顔は、あの時のマリーリカだ。


カンマリーの酷たらしい遺体を目にし、錯乱してジュリオに嵐のような八つ当たりをかましてきたマリーリカと一緒である。


ならば、あの時マリーリカに平手打ちされたのと同じように、アンナからも殴られるかもしれない。


マリーリカの女の子ビンタなら何とも無いが、アンナのチンピラパンチを食らうのはハチャメチャに怖い。


しかし、だからといってこのままアンナの破壊行為を黙って見過ごすわけにはいかないのだ。





「アンナ、僕を見て」


「ふざけんなクソジジイ……今まで散々殴るわ置き去りにするわ好き勝手しやがって……」


「アンナ!!! 僕を見ろッ!!!!」


「……!?」





アンナを力で抑え込む事は不可能だ。

それどころか、いつチンピラ猟師拳で反撃されるかわからない。


だからこそ、アンナの目をしっかりと見つつ、腹から声を出して威嚇する事にした。


対処の仕方が完全に猛獣相手のやり方である事に笑いそうになるが、今はそれどころでは無い。





「良い子だ……アンナ。……良い? 僕の目を見て……そう。息を、吸って……吐いて……」





この落ち着かせ方は、仕事中にカトレアがやっていた行為である。

漁の最中に網を引き上げる機械に腕を持っていかれた漁師を治癒する際、錯乱する漁師をこうやって落ち着かせていたのだ。





「あ……あたし、何して」


「大丈夫。……愛するお父様を亡くして、パニックになっちゃったんだよね…………ね?」





語尾を強く言って、アンナを強く抱き締めた。

これ以上余計な事を言われたらヤバいからである。





「ごめんなさい皆さん。……少し、外の風に当たってきますね」





ジュリオはそう言って、アンナの肩を抱いて無理矢理外へ連れ出した。


アンナはされるがままで、その赤い目は暗く濁っている。





◇◇◇





「悪かった……ジュリオ。あたしのせいで、計画ぶっ潰すとこだった」





マリーリカと昼飯を食った海浜公園へアンナを連れ出したジュリオは、海の見える位置で潮風に当たっていた。


先程のアンナの大暴れとは真逆に、海も風も穏やかなもんである。


青空を反射する青い海原には、太陽の光が揺れていた。





「良いよ。……破壊行為をするアンナは、それはそれで色っぽくて可愛いから」


「ほんと、ごめんな……」





ジュリオもアンナも疲れた顔をして、ペットボトルのお茶で乾いた喉を潤していた。





「……葬式の件だけど、さっきカトレアさんから連絡があって、後は片付けまでしてくれるそうだから、今日は頭を冷やすなり、庭で死んだお父様の骨を拾うなりしてくれ……だって」


「ああ……そうだった。……ジジイの骨探さねえと……クソが……」





アンナは柵に寄りかかったまま、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。


例えクソ親父の所業にブチ切れた後でも、現実は容赦してくれない。


一刻も早く骨を見付けなければ。

異世界人の不動産屋があの一帯を購入して工事をする時に、骨を見つけられたらアウトである。





「ごめん。……頭冷やすわ……クソ親父の骨探してくる……」


「アンナ……僕も」


「悪い。……今は、……一人にしてくれ……」





アンナはジュリオに背を向け、トボトボと歩き出した。

その小柄な背中は『ほんとは寂しいのっ! 抱き締めてよねっプンプン!』と言ったものでは無く、ガチのマジで一人にしてくれと言う背中である。



ジュリオは、ただアンナを黙って見送った。





◇◇◇





クソ忙しい一日は、ついに夜を迎えた。


結局、あの後アンナは庭を掘り続け、カトレア達は葬式の後始末をしてくれたのだ。



そして、肝心のジュリオは、葬式の後片付けを手伝った後、少しだけ寄り道をして、アンナが親父の骨発掘作業をする庭へと向かった。

片手には、葬式で着た黒い上着を入れた小さな紙袋を持っている。





「アンナ、発掘作業はどう?」


「駄目だ……マジで見付からねえ……。いっそ爆弾でこのボロ屋ごと吹っ飛ばして探した方が早いかもしれねえ」





アンナは地面にシャベルを突き刺すと、額に流れた汗を拭った。





「ちょっと休憩しない? お茶買ってきたよ」


「ああ、悪ぃな」





ジュリオは小さな紙袋の中からペットボトルのお茶を二本取り出す。


二人は玄関へ続く木製の階段に座り、お茶を飲んで一息を付いた。





「あのさ、アンナ」


「ん?」





ジュリオは、少し照れ臭そうに笑いながら、小さな紙袋から箱を取り出した。





「これ……良かったら……」


「……あんた、これ…………」




アンナは、ジュリオから差し出された箱を空け、目を丸くした。





「ラジオ…………」





箱の中身は、小さなラジオだった。





「お葬式の後片付けした後さ、アンナの骨発掘作業への差し入れを探して町を歩いたんだ。……そしたら、リサイクルショップでこれ見つけて…………だから」





本当はリサイクルショップなどでは無く、ちゃんとした異世界家電屋で買いたかった。


だが、ラジオが聞けるスマホがこの世界普及した今、今時どこもラジオなど売ってはいなかったのだ。



店員さんにラジオについて聞いてみたら、少し町外れのリサイクルショップにならあるかもしれない……と言われ、ジュリオは道に迷いながらも何とかリサイクルショップに辿り着いた。



そこで売られていたラジオはビンテージ品であり、かなり値が張っていたが、ジュリオとしてはラジオがあって良かった〜くらいにしか思わなかったのだ。





「……ラジオって、今はビンテージで……かなり高い値段だって話だろ? ……良いのか……?」


「良いよ。……と言うか、情けない話、そのラジオはビンテージ品だけどそこまで高く無いから。……だって、高い物を買える余裕、今の僕にある筈無いでしょ? だからさ、遠慮しないで受け取ってよ」





嘘だ。

ラジオはクソ高かった。


けれど、それは言わぬが花である。





「勘違いしないでよ? 僕はただラジオの楽しさをアンナにも思い出させたかっただけ。……別に君へのプレゼントとか、そんなんじゃないよ。……言っちゃえば、これは布教活動だよ。人ん家に勝手に上がりこんで女神の書を読むペルセフォネ教の連中と同じ。……安心してよ、君の為じゃない」





そう言った方が、アンナに罪悪感を与えないだろうと思った。


この女は、他者へ何かを与える行為を迷い無く行えるが、逆に他者から何かを与えられる行為に対しては酷い罪悪感を覚えてしまう。


だからこそ、ジュリオはわざと突き放した言い方をした。





「……ジュリオ……」


「……ほら、早く聞いてみようよ」





ジュリオの名を呼ぶアンナは、何をどう言ったら良いのかわからない、といったような顔をしている。


そんな無防備で隙だらけの表情をされたら、手を伸ばして触れてしまいたくなるじゃないか。





「……今日は確か……異世界人達の世界で流行ってる曲が聞ける番組があるんじゃないかな」





ジュリオは無理矢理笑って強引に話を変えると、異世界音楽の番組へとラジオのチャンネルを合わせた。


すると、やけに軽快で軽やかな曲が流れて来た。

裏拍のリズムが特徴の、随分明るい曲である。

間抜けな程の明るさの裏に、どことなく切なさが隠れているこの曲は、まるで夕焼け空のようだと思う。





「この曲……親父が弾いてたヤツだ」


「え、ほんと?」


「ああ」





親父が弾いてたヤツ……と言うのは、アンナが葬式で語った父のピアノに合わせて歌ったあの曲……なのだろう。





「……ヤケクソみてぇな歌詞なのにさ、なんか、仕方ねえから生きるか……って気分になるんだよな……これ」





軽快な裏拍のリズムに合わせて、ヤケクソみたいに前向きで明るい歌が入ってきた。

男性の優しい歌声は、どこか浮ついているようでありながら、物悲しさがある。


明るさの裏に重い哀しみが見え隠れする、切ない曲だと、ジュリオは思った。





「……アンナ……」





ふとアンナを見ると、赤い瞳からはポロポロと涙が溢れていた。

泣き声を出すわけでもなく、息を乱すわけでもなく、ただただ涙がこぼれ落ちるのみだ。


疲れたように笑いながら静かに涙をこぼすアンナを、ジュリオは黙って見つめている。


その涙を拭わずに眺めていたいと思う自分は、クズなのだろうか。





「……あーあ。……泣くなって、ハヤブサ先生に言われてたのに……。先生に怒られるな」





こんな時でもハヤブサ先生かよ、とジュリオは何故だか酷くムカついた。


僕が目の前にいるのに、他の男の名前を出すなと怒りたくなる。


こんな風に相手へ粘着した事なんか、今まで無かったのに。





「じゃあさ、一緒に怒られようよ」


「は?」


「僕も一緒に、その……なんとか先生に怒られてあげる。……それなら、いいでしょ?」





ハヤブサ先生、と言う名前など、死んでも呼びたくなかった。





「……ああ……そうだな」





アンナはただ静かに、目を閉じて涙をこぼしている。


ラジオからは、相変わらず明るく切ない異世界人の音楽が流れていた。




しかし、そんな微妙な雰囲気をぶち壊す人々が、騒がしくぞろぞろとやって来た。





「さすがです勇者様ぁ〜! こんな掃き溜めみたいな土地を買って、金持ち冒険者向けの高級住宅地を作るなんて、私ったら勇者様の不動産屋としての才能に惚れ惚れしてお股も濡れ濡れですぅ〜」





ひっでえ語彙を猫なで声で話す女は、勇者と呼んだ異世界人らしき少年の腕に絡みついて、でかい乳を押し当てている。





「そうだろ? 俺たち不動産屋パーティのチーム・トチコロガシにかかれば、こんな貧乏人の下町も金のなる木になるってもんだ!! さあ!! チート能力『地上げ屋』を使って、この異世界で一旗上げるぞ!!」





話の口ぶりからここら辺を買い取った異世界不動産屋とは、彼らの事だろう。


そんなわかりやすくベラベラ話さんでもとジュリオは思うが、きっと酒にでも酔っているのか。





「ん? なんだぁこの曲……随分懐かしい曲だなあ……」





異世界不動産屋の少年と、その少年にまとわりつく美少女達がこちらへ来た。


こんな時に面倒な奴が来たもんだと思う。





「何でこんな地面がボコボコに掘り起こされてんだ……? うおっ! あぶねっ!」





異世界不動産屋の少年は、ジュリオの予想通り酔っ払っているのか千鳥足である。


しかも、この庭はジュリオとアンナとその他人々が骨発掘の為に掘り起こしまくって足場が悪くなっていた。



正直、かなり危ないのではと思う。





「あの、ごめん! 足元、気を付けた方が……」





ジュリオがそう声をかけた、その瞬間!





「うおわぁぁあっ!!!」





酔っ払いの異世界不動産の少年は、掘り起こされ柔らかくなった土に足を滑らせ尻もちをついてしまう。


すると、尻もちをついた土がさらに凹み崩れ、異世界不動産屋の少年は落とし穴にハマったかのような状態になった。





「あの、大丈夫……?」





さすがに放っておけず、ジュリオは穴に落ちて尻もちをついた異世界不動産屋の少年に手を差し伸べた。



しかし、異世界不動産屋の少年は、いきなり穴に落ちた事でパニックになっているのか、ジタバタと暴れている。


そして、そのジタバタと暴れる手が、白いものに触れた。





「何だ、こ………………ッヒィッ!?」





異世界不動産の少年の片手には、骨があった。


どっからどう見ても立派な人骨である。


紛れもなく、骨だ。





「あ、あ……」





異世界不動産屋の少年の顔が一気に青ざめる。

少年のハーレムである美少女達も、各々青い顔をしていた。





「ぁあああぁあああああ!!!!」





少年は骨を放り投げると、勢い良く穴から脱出し、美少女達を置いて逃げてしまった。





「勇者様ぁーー!!! ここら一帯の再開発はどうするんですーー!?」


「出来るわけねぇだろそんなモン!! 人骨が埋まってるような土地こっちから願い下げだ!!! 再開発なんか知るかぁあ!!」





異世界不動産屋の少年とハーレムの美少女達は、この場から逃げ去りながらそんな会話をしている。



こんなアホみたいな展開ってありなのか?

とジュリオは思うが、たまにはこんな日があっても良いのかもしれない。





「骨……見つかったね」


「……そうだな」




いつの間にかアンナは泣き止んでおり、元のチンピラ猟師女へと戻っていた。


ラジオからは相変わらず、軽快な音楽が流れている。





「アンナ……今日の晩ごはん、どうする?」


「……アナモタズの肉がまだあるし…………すき焼きでも、するか」





ジュリオとアンナは、荷物を片付けて自宅へと帰って行った。



ちなみに、発見したクソ親父の骨は、後日燃やして灰にした後、燃えるゴミの日に出したのだった。


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