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5.生きててくれて、ありがとう。

その女は、ジュリオが見てきた中で一番美しい女であった。

ぶかぶかの赤い上着を着た小柄な体を見ても、本当にあの凶暴なアナモタズを倒したのか? と疑ってしまいそうになる。

どこぞの貴族の令嬢だと言われても、納得してしまいそうな可憐さだ。



人を拒絶する冷たい雪原のような白い髪。その前髪がかかる瞳は、ザクロのような強い赤色をしている。

白髪と赤目を持つ者は珍しく、不思議と魅入ってしまう。



女は、容姿こそは儚げで可憐な令嬢とも言えるが、どことなく漂う粗雑で乱雑な雰囲気から察するに、腕の立つ冒険者か軍人かのようにも思える。





「ぁ……、あ、の」


「あ?」


「ひッ! ご、ごめんなさいッ」





女は、とても美しい見た目と乱暴な言動が相まって、とんでもなく迫力のあるならず者のようである。

王子様であったジュリオが、初めて接する種類の女だ。正直言ってとても怖い。



助けられた筈なのに、何だか怖い人に絡まれた気分である。

さっきまで死を覚悟するほどの凄惨な現場を目の当たりにしていたのだ。

もう、精神がまともでなかった。





「別に怒ってねえよ。それよりもあんた、ヒーラーだろ? 光魔法攻撃とか扱えんのか? ほら、フォトンとかホーリーなんちゃらとか、何かあんだろ。そんなの」


「それが……その、僕に扱えるのは……ヒールだけで……」


「マジかよ!? ヒールだけ? 嘘だろ……そんな状態のあんたを? 酷えな……」


「っ、ご、ごめんなさい……」





飾りっ気のない、要件のみを伝える雑な口調だ。

柔らかく美麗な言葉で整えられた丁寧な会話しか知らないジュリオは、その粗雑な言葉遣いに何だか怒られているような気になってしまう。





「ほんと、僕……何も出来なくて……ごめんなさい……」


「ん? だから怒ってねえって」


「そ、そうだよね……ごめん」


「ああもう面倒くせえな! 怒ってないっつってんだろ!」


「ひッ!! あの、ごめ」


「…………」




まるでカツアゲでもされているような怯え方をするジュリオを、女は無言で眺めている。

そして、ジュリオの目の前にゆっくりと膝をつき、背負っている弓を床に置いた。



間近で見る女の顔はやはり可憐だ。赤い瞳を縁取るまつ毛は白く、ガラス細工のようだ。





「なあ、あんた。今から触るぞ。いいか?」


「へ? え? い、良いけど…………えっ?」





女の美しい顔に見惚れていたら、いつの間にか抱きしめられていた。

微かに甘い匂いがする。頬に女の髪が触れた。

バサバサしたハネっ毛に見えたその髪は、触れてみるとふわふわと柔らかい。

自分の薄っぺらい胸に女の豊満な胸が押し付けられ、柔らかく弾力のある感触が生々しく伝わってくる。



突然の抱擁に唖然としていると、女は優しい手つきでジュリオの頭を撫で始めた。





「……あたしは育ちが悪くてさ。こんな物言いしか出来ねえんだ。……だけど、怒ってるわけじゃない。貴族のあんたからしたら、あたしの口調は怖いだけかもしれんけど、でも……それだけはわかってくれ。……ごめんな」





抱きしめられ、ゆっくりと頭を撫でられたジュリオは、ただただ驚いた顔で女の話を聞くばかりだ。





「あたしは、アンナ。……役所で働いてるダチからさ、ヤバそうなパーティが囮っぽい貴族の男を連れて、慟哭の森に入ったって聞いて、様子を見に来たんだ」


「囮……? 僕が?」


「いきなりこんな酷え話して、混乱するよな。……ただでさえ、目の前で人がアナモタズに食われたんだ。それなのに、今度はあたしみてえなヤバそうな女にガン飛ばされて。…………怖かったな。ごめん」


「っ…………そんな、こと……っ」





怖かったな。


その一言をアンナに言われた瞬間、感情がこみ上げ、唇が震えた。

視界が歪んだと思ったら、頬に濡れた感触が走った。





「あたしは、あんたを助けに来たんだ。……あんただけでも無事で良かったよ。…………生きててくれて、ありがとう」


「…………ごめん……あの……抱き返しても、良い?」


「ああ。良いよ」





アンナをゆっくりと抱き返した。

恐る恐る背中に手を回すと、アンナはそれにこたえるよう、頭を撫でてくれた。

よりいっそう強く抱きしめると、伝わる体温に安心する。

抱きしめた小柄な体は、華奢なジュリオからしても驚くほど小さい。





「ありがとう……っ。……助けて、くれてッ……ぁりが、とぅ……ッ」


「ああ……。ああ」





アンナに抱きしめられながら、ジュリオは久しぶりに泣きじゃくった。



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