69.ギリギリセーフ!!!
葬式開始直前の事である。
ジュリオは、スピーチ原稿を書き終わったアンナと共に葬式会場の入り口へ向かった。
すると、葬式会場の入り口には、厚生労働局の職員が佇んでいるではないか。
あの職員は、ジュリオが家で会話した人物である。
いきなりラスボス登場かと、ジュリオの顔が若干強ばった。
しかし、ここで怪しまれたら全てがパーだと思い、不安な本心を隠すように王子様の魅惑の笑顔を顔に貼り付け、ジュリオから厚生労働局の職員へと話しかけた。
隣にいるアンナはそんな挑戦的なジュリオに驚いているが、特に何も言ってこない。
先程「アンナは愛するお父様を突然亡くして悲しんでる娘のフリをしてね」と口酸っぱく言い聞かせたからである。
「どうも……わざわざお越し頂き、恐悦至極に存じます」
ジュリオは慇懃無礼に話しかけた。
「……そんなこと、思っても無いくせに。随分と『ご都合主義なタイミング』でデニス・ミルコヴィッチが亡くなったものね」
厚生労働局職員は警戒と苛立ちを隠さずに答えた。
まるで、ジュリオ考案の『アンナのクソ親父を法的に殺して、兵士負傷保証金の不正受給をそのままチャラにしようぜ作戦』を見抜いてるかのようだ。
「ええ本当です。まさか『昨日』亡くなるなんて……急いで『死亡届』を提出いたしました……」
「その『死亡届』……果たして『誰の作品』なのかしら」
厚生労働局職員は、どうやらローエンと言う大体の事は出来る便利屋の存在を知っているのだろう。
クラップタウンについて良くご存知だ。
「……何を仰っしゃりたいのです? あまりにも失礼ではありませんか!? アンナは愛するお父様を亡くし、僕は愛する女性の哀しみに寄り添う事しか出来ない悔しさに身を焦がしているのです! 嗚呼……デニス・ミルコヴィッチお義父様! どうか天から僕等を見守っていてください! 貴方の愛娘であるアンナは、僕が命を懸けてお護りいたします! 何故なら僕は〜! アンナを愛しているのですから! ……………………では、これにて失敬」
ジュリオは情感たっぷりに大嘘を付いて、厚生労働局職員を煙に巻いた。
あのまま厚生労働局職員と舌戦をしても、バカ王子である自分よりも遥かに頭が良い職員相手にどこまで戦えるかわからない。
それなら、長台詞を捲し立て、職員が『やっと終わったのかよ』と呆れた隙に逃げる方が得策だと思ったのだ。
ジュリオは大嘘の長台詞を吐いた後、アンナの肩を抱いて会場へと入って行く。
厚生労働局職員が去ったのを見て、葬式会場の奥にある小部屋に逃げ込むと、ジュリオは先程の王子様の魅惑の笑顔を捨てて、元のアホそうな顔に戻った。
「ふう……何とか逃げ切ったね……。正直ヒヤッとしたけど」
「……ジュリオすげえな。あんたヒーラー辞めて役者になったらどうだ?」
ヘラヘラと笑うジュリオに、アンナは壁により掛かり腕を組みながら、悪党のように笑った。
「役者か……台詞覚えられるかな。…………ベッドシーンなら自信あるけどね」
「良く言うよアホ」
我ながら役者だったと思うが、それにしても大嘘の長台詞があれだけスラスラ言えたのは驚きだった。
もしかしたら、自分は本当に役者の才能があるのでは? とさえ思う。
それ程までに、あの大嘘長台詞は口に馴染んでいたのだ。
◇◇◇
ジュリオの大嘘長台詞に煙に巻かれた厚生労働局職員は、葬式会場から出た後、建物の影でタバコを吸いながらスマホで通話を始めた。
「ああ、不動産屋さん? ごめんなさい。せっかく情報をくれたのに。……デニス・ミルコヴィッチの兵士負傷保証金の不正受給の尻尾は掴めなかった……」
職員はタバコを吸いながら、不動産屋へと通話をしている。
「……クラップタウンの要注意人物……不法移民のドワーフの母親を持つローエン・ハーキマン……。絶対にこの男を使って高飛びするかと思ってたのに。……まさかこんなバカみたいなやり方で逃げ切るなんて…………。貴方みたいに、異世界人のチート能力でも使ったのかしら」
職員は呆れたように笑いながらタバコを吸っている。
そんな職員の死角からいきなり姿を現した者がいた。
「うわっ!!! あんた誰!? いつからいたの!?」
いきなり姿を現した者に驚いた職員は通話を終えて、その者を訝しげに見た後、ふっと笑って「降参」と目を閉じた。
「……その様子じゃ、異世界不動産屋との会話を録音したんでしょ。……安心してよ。例え私が警察に通報してあの葬式会場にガサ入れさせても、『親を亡くして悲しんでるハーフエルフの女の子』を警察が追求できるわけ無いもの。……そんな事したらハーフエルフの権利団体が黙っちゃいないわ。……父親の保証金を不正受給して高飛びしようとした犯罪者のハーフエルフなら、話は別だけど」
つまり、アンナがもしあのまま高飛びをしていたら、犯罪者のハーフエルフとしてムショ送りにされていたのだろう。
だが、今のアンナは愛する父親を亡くして悲しみにくれるハーフエルフの女の子だ。
そんな身の上の少女に公権力が迫れば、ハーフエルフの権利団体が黙ってはいない。
警察も、出来れば触れたくない案件になるのだろう。
まさに、ギリギリセーフである。
「ハーフエルフの権利団体の幹部は全員が聖ペルセフォネ王国の重要人物ですもんね。……百年前はお偉いさんの性欲処理の相手だったくせに、随分と出世したもんだわ……。ああ、これはハーフエルフ差別ね。ごめんなさい」
職員はタバコを吸い終わると、吸い殻を携帯灰皿に押し込んだ。
「デニス・ミルコヴィッチの件、不問にしてあげる。……その変わり、私が異世界不動産屋とグルだったのも、黙っててくれるでしょ? ……貴方だって、そのつもりで私の事を尾行してたんだろうし。…………あの金髪のお坊っちゃんと言い、貴女と良い、クラップタウンには正体不明の変な奴が多いのね」
厚生労働局職員は捨て台詞を吐いてその場を去った。
その背中を、突然現れた者は無表情で見送っていた。
「……駄目じゃない。ターゲットは最後の最後まで見ておかなきゃ。………………甘ったるい美男子顔の通りに、詰めが甘いわよ。……………ジュリちゃん」
厚生労働局職員の元に音も無く突然現れた者――――――ルトリは、冷たい表情のまま、溜息を付いた。
「……私も私で、他人の後始末なんて……何やってるのかしら。……これじゃあ、先生に叱られるわ……はあ」
◇◇◇
「あれ? ルトリさん何処に行ってたんですか?」
葬式会場の席に座っているジュリオは、隣に座って来たルトリに小声で話しかけた。
葬式はカトレアによる司会で事が進んでおり、誰がどう見ても立派な葬式である。
後は、アンナのスピーチが無事に済めばミッションコンプリートであった。
「ごめんなさいね。ちょっと仕事先に通話してたの。……もう、だから嫌なのよ、公務員って」
「大変そうですもんね……」
やれやれと笑うルトリに、ジュリオもアホそうな笑い顔をした。
「まあ、間に合って良かったわ。……ギリギリセーフ、かしらね」




