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67.やっぱり僕はバカだな、と

来たるべきアンナのクソ親父の替え玉偽葬式作戦が始まった。

 


ジュリオとアンナとアウトローなメンバー達は、各々のミッションをコンプリートした後、ローエンが手配したそこそこ大きな会場にて葬儀の準備をしている。



皆それぞれ葬式らしく黒色の服装をしており、誰が見ても立派な葬儀模様と言えよう。



会場の椅子並べや飾り付けやその他は、クリスの猟師仲間やマリーリカ達ヒーラー休憩所で働く女性達が担当してくれている。



だから、ジュリオとアンナとその他メンバー達は、準備室にて葬式の『準備』をしていた。





「随分良い棺を揃えたねえローエン。……あたしがくたばった時もキミに頼むとするよ」


「おう、任せとけや婆さん。最高の眠りをくれてやるよ」





カトレアとローエンが趣味の悪い会話で盛り上がっている。

その後ろで『ダクトテープまみれのビニールシートでぐるぐる巻きになった大きな何か』を担ぐクリスは、渋い男前フェイスをさらに渋くして引きつった笑いを浮かべていた。





「婆さん……もう、下ろして良いか?」


「ああ、悪いねクリス。ありがとう。もういいよ」





カトレアにそう言われたクリスは、担いでいたビニールシートのぐるぐる巻きをどさりと棺に下ろした。





「死体の方は活きの良い奴が手に入ったよ。昨日死んだばかりのね」


「それって活きが良いんですか?」





ジュリオは引き気味に答えた。


自分が思い付いたクソ作戦とはいえ、無関係な遺体を弄ぶような行為はどうなのかと思う。

聖ペルセフォネ王国では、遺体は女神の物だと言う考え方があるので、尚更道徳心が痛み始める。



遺体の顔はとても整っており、生前は穏やかな紳士だったであろう。そんな優しそうな紳士に迷惑を掛けていいのかと、ジュリオは悩んでしまった。





「ああ、ジュリオくん。気にしなくていいよ。……このオッサンはね、元々病院に入院してたんだけど、現場の聖女や女ヒーラーにやたらとセクハラを繰り返すクソ野郎でね。……死因はラッキースケベを装って女ヒーラーの胸に顔を埋めようとしたら、その拍子に足滑らせて頭ぶつけて即死だって」


「人って……見かけによりませんね」





前言撤回である。


ラッキースケベを装ってコケて死んだセクハラジジイなら、死体借りてごめんの一言でチャラに出来そうだと思った。





「ジュリオくん、後でこの遺体に生命力を分け与える延命魔法をかけるからね。……キミにも教えて上げよう」


「はい! ありがとうございます! カトレアさん!」





元気よく返事をしたジュリオに、カトレアは目を細めて穏やかに笑う。


その様子はまるで、子を慈しむ母であり、教え子を導く先生の様な姿だった。





◇◇◇





会場の様子を見てみると、マリーリカ達ヒーラー休憩所で働く人々が椅子出しの手伝いをしてくれていた。


椅子出しをする人々は、アウトローのいつメン達と違って本当にアンナの親父が死んだと思っているのだ。


大勢の人を騙した事を思い知り、ジュリオの顔は曇ってしまう。





「! ジュリオ!」





椅子を並べ終わったマリーリカが、ジュリオを見かけて駆け寄って来てくれた。


マリーリカは前髪を手櫛で整えた後、悲しそうな顔で「お悔やみを」と言ってくれる。





「ねえジュリオ。会場の準備は終わったから、少し休憩してもを良いって先輩達が言ってたよ。だから、ちょっとご飯でも食べようよ」


「……そうだね」





マリーリカとのパンケーキデートをドタキャンして、アンナのクソ親父の骨発掘作業を優先したクズ行為を思い出すと、マリーリカからの誘いを断るなんて選択肢は無かった。





◇◇◇



 


マリーリカと葬式会場から抜け出し、コンビニで握り飯やパンやお茶などを買い、近くの海辺の公園で少し早い昼飯を取ることにした。


アンナにはスマホで『マリーリカと昼食に行ってくる』と連絡を入れてある。 


計画の方も、自分がいなくても問題無い位には進んだので、少しその場を抜けても問題無い。





「マリーリカ。ごめんね、この前は……」


「ううん。だってさ、アンナさんのお父様関連の事だったんでしょ?」


「え!?」


「……あの時、アンナのお父様が倒れられて、アンナさんすごく不安がってたって……ルトリさんから聞いたんだ」





一瞬『アンナのクソ親父を法的にぶっ殺す作戦』がバレたのかと驚いたが、どうやらルトリが陰ながらアシストしてくれていたようだ。


マリーリカは今ルトリとルームシェアの形を取っている。だからこそ、色々と話すタイミングがあったのだろう。



ルトリの用意周到さに頼もしさと少しの恐れを感じた。





「私の方こそさ、この前はごめんね。……いきなり泣いたりして」


「え? ああ……アレか……」





確か、マリーリカと『子を愛さない親は居ない』だとか何とかな話題になった際、マリーリカが今は亡き親を思い出して泣き出してしまったのだ。





「何か、ジュリオの前だと安心しちゃって……って! これ変な意味じゃないからねっ!? 文字通りだから!!」





マリーリカは真っ赤な顔で慌てて否定して来る。

ジュリオの服を掴んで必死に弁解する様子は可愛らしく…………そして、滑稽に見えた。



ジュリオの口元は笑っているが、目は笑っていない。

若草色の目は完全な虚無であった。



それは、王子時代に女や男からチヤホヤされ群がられた時の顔と同じである。





「……マリーリカは、本当に子を愛さない親なんていないと思う?」


「え?」





王子様の微笑みを顔に貼り付けたままのジュリオが、お姫様のように可愛らしいマリーリカに質問した。





「子供を愛さない親なんて存在しないって、本気で言える?」





ジュリオの問いに、マリーリカは一瞬怯えたような顔をした。服を掴むのをやめて離れてしまう。


そして、静かに目を閉じたあと、真剣な顔で答えた。





「……言えるよ」


「何で?」


「だって、子供に酷い事をする親なんて、そんなの親じゃ無いって、私は思ってるから」


「……」





マリーリカはしっかりとした声で話し続ける。

澄んだ青い目はとても強く、そして美しい。





「私達がまだ冒険者パーティやってた頃、異世界人の勇者がいたでしょ? ……ほら、自分が中心にいないとすぐに不機嫌になって八つ当り始めるアイツだよ」


「ああ……そうだね」


「アイツね、寝る時……いつもうなされてたんだ」





ジュリオがご都合主義的な展開で転がり込んだ冒険者パーティのリーダーである、異世界人勇者はいつも周りに美少女を侍らせていたのだ。当然、同じ部屋で寝起きするのも当たり前である。

だから、異世界人勇者がうなされているのも知っていたのだろう。





「お父さんごめんなさい、お母さんを殴らないで。土下座なら俺がするから、だから許してごめんなさい…………そんな事をいつもいつも、寝言で苦しそうに言ってた」





異世界人勇者は、アナモタズに食い殺されながら、そんな事を言っていた気がする。


あの凄惨な現場が目に浮かびそうになり、ジュリオの眉間にシワが寄った。





「……ある夜ね、アイツのうなされ方があまりにも酷くて、私起こした事があるの」


「え、大丈夫だった?」


「うん。感謝された。……アイツ、機嫌が悪く無い時は、結構素直だったし」





異世界人勇者のそこそこ美少年な顔を思い出した。

ジュリオ程では無いにしろ、あの美少年な顔で普通にニコニコしていれば、聖ペルセフォネ王国から派遣された偽のハーレムでは無く、本物のハーレムだって作れそうなものなのに。





「それでね、アイツから、色々と聞いたんだ。……物心付く頃から、お父さんは機嫌が悪い時、いつもお母さんを殴ってたって。……誰のお蔭で飯が食えてると思ってんだって怒鳴って、お母さんと一緒に朝まで土下座させられた事もあったって」


「……そんな家庭環境じゃ、あの性格になっても仕方ないね」





どこを向いても地獄の家族しかいねえじゃねえかと、ジュリオは空を見上げた。


しかしその一方で、マリーリカやカトレアの様に暖かい家族を知るものもいる。



この差って、ほんと運次第だよなあと、ジュリオは溜息をついた。





「この世界に召喚されて来た時、お父さんが憎くて殺したくてたまらなかったんだって。……でも、親に対してそんな事を思う自分も嫌だって、言ってた。……だから、私言ったの」





マリーリカの横顔は、とても優しそうだ。遠くを見る青い目に、慈悲の光を見た。


 



「子供に酷い事をする親なんて、そんなの親じゃない。…………面倒な遠い親戚だと思っておけば良いんだよ……って」





海浜公園に、ふわりと潮風が吹き抜けた。

ジュリオの金髪とマリーリカのオレンジ色の髪が揺れる。





「そしたら、アイツ……泣いてた」





子供を愛さない親はいない。

そんな綺麗事の裏を返せば、子供に酷い事をする親など親では無い……と言う事になる。



とても危険で冷たい言葉かも知れないが、この言葉で救われる人はきっといるのだろう。


少なくとも、異世界人勇者はこの言葉で涙を流したのだから。





「まあ、あくまで私個人の考えだからね? ……酷い事をされても親は親だと思いたい人はそうしたら良いと思う。でも、親だと思うから苦しいのなら、無理に親だと思わなくて良いんじゃないかなって……。……何て、グダグダだね……あはは」





マリーリカは困ったように笑いながら、両手で持った菓子パンにかぶり付いた。

そんな仕草も小動物の様で愛らしい。





「……やっぱり、僕はバカだ」


「え?」





ジュリオの独り言に、マリーリカは戸惑う顔で聞き返す。



そんなマリーリカを無表情で見ながら、ジュリオは自分の傲慢さを思い知った。




自分にわかりやすい好意を抱くマリーリカを、ジュリオは内心で見下しバカにして舐め腐っていたのだ。


こいつも自分の美貌の虜になっただけのペルセフォネ人の雌だ……と。

何が『子を愛さない親はいない』だ。お花畑で脳天気な事を言いやがって……と。



さぞ素敵なご家庭でお育ちあそばされたのだろう、この『お姫様』は……と。




そんな畜生でクズで意地悪な事ばかりを思っていた。

そして、そんなクソッタレな事を思う自分にも傷付いていた。

自分は何てクズなのだと、自己嫌悪に心を焼かれていたのだ。





「マリーリカは……強いね」





マリーリカには血の繋がりが無いカンマリーと言う妹を本気で愛し慈しむ心がある。


自分なりの考え方を持ち、適切な相手に適切な言い方で話す賢さがある。



そして何より、愛する親が亡くなっても、愛する妹を酷い形で亡くしても、不幸に没むこと無く一生懸命生きている。





「僕は……バカだ」





王子時代、全てを諦め自分の人生を投げ出して、バカ王子として堕落した日々を送ったジュリオからしたら、マリーリカは眩しいくらいである。






「…………マリーリカ、ありがとう」


「え? えっ!?」





ジュリオはマリーリカの方へと体ごと向け、静かに穏やかに笑った。とても自然で、優しい笑顔である。





「…………その顔は反則だよぉ……」





マリーリカはわかりやすく照れてしまい、頬を染めて縮こまってしまった。


そんなマリーリカを見て、ジュリオはくすくす笑うと「そうでしょ?」と得意げに言うのだった。


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