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66.ラジオの時間!

「骨……見つからないね」





空模様は真っ暗だが、月と星が綺麗な夜だ。

ぼんやりと輝く月明かりのお蔭で、庭を掘り起こす手元が良く見える。



ジュリオとアンナは、バー『ギャラガー』でのアウトロー会議を終えた後、再びアンナの親父の骨発掘作業に戻っていた。



しかし、何度も何度も掘り起こしても、骨の欠片すら見つからない。



どんだけ深くに埋まってんだよ、とジュリオは内心でツッコミを入れた。





「ジュリオ……さっきは……その……ありがとう」


「何度も言ってるでしょ? 別にアンナの為じゃないよ。……身分証明書偽造犯として、厚生労働局や警察に嗅ぎ回られたくないから、仕方無くやってるんだよ、仕方無くね」





アンナの力になりたかったから、とは言えなかった。

それを言えば、アンナの負担になるだろうと思うからだ。

他人に頼ったり助けられたり守られたりする事を極度に恐れるアンナには、我儘なバカ王子の言い分の方が心地良いだろう。






「君のためじゃない。僕は早く、このゴタゴタを片付けてマリーリカとのパンケーキデートに行きたいんだよ」





アンナからはいつか、ハヤブサ先生の話が聞けたら良いなと思った。

今までのアンナの言動を推測するに、ハヤブサ先生の教えというのが、アンナという存在の根幹なのだろう。



アンナの本質に近づきたい。アンナの事を知りたい。そう強く思う自分に驚く。


王子様時代は、何もしなくても周りが群がってきたのだ。

そして、王国を追放された今でさえ、ジュリオはその卓越した美貌で人が寄ってくる。


だからこそ、自分から近付きたいと選んだ相手は、アンナが初めてだった。





「だからさ、早く僕がマリーリカとのパンケーキデートに行くためにも、君ももっと頑張って骨見つけてね?」


「言うじゃねえかバカ王子」





アンナはニヤリと笑って、額に伝う汗を拭った。

土まみれの手で拭うと、当然顔が汚れてしまう。その汚れを、ジュリオはジャージの袖で拭った。



そう言えば、ハンカチはマリーリカに渡したままだと思い出す。亡き両親を思い泣き出してしまったマリーリカに、ハンカチを渡してそのままだった。


まあ、そのうち返してもらおう。同じ職場だし。





「……明日はアンナのお父様のお葬式をやるから、それを厚生労働局の職員に見せつけたらさ、少しは骨を発掘する時間も稼げると思うよ」





厚生労働局の職員に、アンナの親父の葬式を見せ付けたところで、もう一つの問題は片付かない。


不動産屋の異世界人がここら一帯を購入し、冒険者向けの高級住宅街にする工事が始まるまでに、アンナの親父の骨を見付けなければ、全ては水疱に帰す。全部パーである。



だからこそ、力業で厚生労働局の職員を交わして、ギリギリまで骨の発掘作業の時間を稼ぎたい。



だが。





「ごめん……ほんと、ごめん! ちょっと休もう!? ね!? ……無理……」





体力の限界だった。


骨の発掘のために、ひたすら庭を掘り起こすという肉体労働は、貧弱で華奢なジュリオには厳しい行為である。


もう足はガタガタであるし、肩や腕も限界であった。





「……そうだな。休むか」





その一方、アンナは汗こそかいてはいるが、息一つ乱れていない。


猟師ってすごいなと、ジュリオは単純な感想を抱いた。





「ほれ、飲むか?」





ジュリオとアンナはボロ家の玄関に続く木製の階段に腰掛けると、ビールの中瓶それぞれ手に取った。


この世界だと酒は十二歳から飲める決まりなので、特に問題は無いのである。





「……何に乾杯するの?」


「ンなもん、クソ親父一択だろ」


「そうだね。……お互いのクソお父様に」





ジュリオがそう言うと、お互いにビールの中瓶をコチンと合わせて乾杯した。





無言のままビールの中瓶を傾けた後、掘り起こしてボロボロのきったねえ庭を眺める。

ボッコボコに掘り起こされた土は乱れているが、骨が見つかる気配は無かった。





「正直、ジュリオがここまでするとは思ってなかった」


「奇遇だね。……僕も、自分があそこまで出来るとは思ってなかった。……我ながら、最悪で不謹慎な作戦だけどさ」





ジュリオの不謹慎極まり無い発想によって生まれた作戦は、ジュリオよりも数倍高スペックなメンバーが支え合うことで何とか決行された。


いくら高スペックなメンバーとはいえ、各々が他人のために出せる力と言うのは限られている。

だが、一人ひとりには限界があっても、その多種多様な人物が組み合わされば、きっと何とかなってくれると信じたい。



信じたい……だなんて、そんなファンシーでお花畑な事をこの自分が思うなんて。と、ジュリオは自分の変化に驚いていた。





「ねえ、アンナ。休憩がてらにさ、スマホでラジオ聞かない? 今日、ローエン……じゃないや、DJロウのオールナイトクラップタウンの日なんだ」


「ああ。良いよ。……あいつの番組か……聞いた事無かったな」


「アンナ、ラジオって聞かない派? 面白いのに」





ジュリオは木製の階段に置いたスマホでローエンのラジオ番組を再生すると、静かな夜にDJロウのご機嫌な毒舌トークが鳴り始めた。






「いや、ラジオは聞いてたよ。ガキの頃はな」


「子供の頃……?」


「ああ。正確に言うと、この家にいた頃かな」





アンナはぐいっとビールの中瓶をラッパ飲みすると、親指で背後のボロ屋を指し「この家」と静かに答えた。



ラジオでは、DJロウがクラップタウンがどれだけクソな町かということを軽快なトークで話している。





「…………昔さ、ガキの頃……ごみ捨て場で、壊れたラジオを拾ったんだよ」


「へえ……」





ジュリオはただじっとアンナの横顔を見ていた。



月明かりに照らされるアンナの横顔は可愛いと言うよりも可憐で美しい。

思わず見惚れてぼーっとしてしまう。





「ガキの頃。……夜は、怒鳴り声や馬鹿騒ぎがうるさくて怖くて寝れなくてさ。……ヤクでラリった親父や親戚が、娼婦呼んで馬鹿騒ぎしてて……寝れなかった」


「……そう」





夏の夜の生ぬるい風が吹いた。


ジュリオはビールを飲もうと中瓶に口を付ける。





「だから、ラジオを修理して、夜はそれに集中してた。流行りの音楽だけを流す番組があってさ。……それに集中して聞いてたら、いつの間にか眠れたんだ」


「……あるよね。音楽だけ流してくれるやつ」





ラジオ番組は様々な種類がある。

DJロウ……ローエンのオールナイトクラップタウンもあれば、ミュージシャンが勝手に曲を流してくる番組や、異世界文明の落語を流すだけの番組もあった。





「ラジオを聞く夜だけは、楽しかった。……それだけが、楽しかった」





アンナの声はとても静かだ。

横顔が見つめる先は遠く、きっと子供時代の思い出を見ているのだろうと思う。





「だけどある日。朝から物乞いで小銭を稼いで家に帰ってきた夜だ。……親父にラジオをぶっ壊された」


「え……」


「ラジオなんか聞いてる暇があったら、物乞いでも盗みでも何でもして家に金を入れろって、殴られた。……注射器の針跡だらけの腕だった。……多分、薬キメてラリってたんだろ」


「……」





アンナは薄笑いを浮かべてビールの中瓶を弄ぶようにふらふらと揺らしている。





「それに、こう言われたよ。ハーフエルフの女なんだから、今は不細工で汚えガキでも見た目はそろそろ良くなる筈だ。だから今度はそこの路地で客を取ってこいってな。……あたし、そん時八歳だぞ? 挿いるモンも挿らねえだろ」





ビールを飲みながら、アンナは疲れたように笑っている。



呆れたような捨て笑いには、覚えがあった。

ジュリオも何度もして来た笑い方である。


その笑いをする時は、家族の愛だとか親の無償の愛だとか信じる心だとか好きだとか愛してるだとか、そんな綺麗事を聞いた瞬間だ。





「女は体で金を稼げる。何の為に股に穴あけてんだ。読み書きが出来ねえバカでも、股に棒突っ込んで親に金渡すくらいは出来るだろ……。そう怒鳴り続けた後、親父は酒を馬鹿飲みして寝ちまった」





アンナが十二、三歳まで読み書きが出来なかった理由が良く分かった。


件のクソ親父の言い分では、女は股の穴で金を稼げるから、読み書きなど学問は不要という事だろう。



…………どこの世界にもクソ野郎っているよなと、ジュリオは溜息をついた。


そして、今はもう死んだアンナのクソ親父に、酷い怒りを覚えていたが、ここで自分が感情を顕に怒っても、何が変わるわけでもないのだ。


今はただ、いつものバカ王子的な飄々とした態度で、アンナの話を静かに聞き続けよう。



きっとアンナも、そんなジュリオを信じてこの話を聞かせてくれたのだから。





「次の朝、あたしはソファーで寝てる親父を刺した」


「は!?」





ジュリオは声を荒げた。


静かに聞き続けようと、カッコを付けた矢先である。





「だけど、失敗した。殺せなかった。……主食が親父やクソ親族が食い散らかした残飯な痩せこけたガキの攻撃なんて、聖ペルセフォネ王国の海兵やってる親父には効かなかったんだ」


「……そう、なんだ」





アンナのクソ親父は聖ペルセフォネ王国の海兵なのか。だから、兵士負傷保証金が入っていたのだろう。



……もし、自分が王子時代にこの事を知られたら、警察でも権力でも何でも使ってアンナのクソ親父を罰したいと思った。



なんて……過去をどうこうするなんて、無理だろうけど。





「親父は怒り狂って起き上がって、あたしは気絶するまで殴られた。……次にあたしが目を覚ましたら、そこは医療少年院だった。……ほれ、前に……一緒に銭湯行ったとき話したろ? ……『とある施設』にいたって」


「ああ……そんな話、したね」


「そこで、指導教官をやってた聖女の姉ちゃんから聞いたんだよ。クソ親父が児童虐待で捕まったって。あたしは逮捕では無く保護という形でこの医療少年院にいるって。」


「……逮捕歴……付かなくて良かったね」





ジュリオはそんな微妙な返事をした。

アンナはただ笑って「ああ」と答えた。





「そんでさ。……指導教官の聖女の姉ちゃんから言われたんだ。……何か欲しい物はあるかって。……だから、あたしは答えた。………………ラジオが、欲しいって。……自分で修理した、あのラジオが」





スマホからは、DJロウが幼少の頃の思い出話をユーモア溢れる言葉に乗せてご機嫌に話しているのが聞こえる。



ガキの頃、不法移民のドワーフだった母親が祖国に強制送還され、残されたDJロウは無愛想な小汚い幼馴染と協力して物乞いをして、何とか日銭を稼いだ……と。


今のクラップタウンは異世界人の進んだ思想や文明が入ったお蔭でまだマシになったが、その昔は汚えガキがそこら中で物乞いをしていた。

金持ちから見りゃガキのフリーマーケットだと。


そんな酷い事を、笑いながら話している。


きっとここは、そう言う場所なのだろう。





「……今だにろくな字が書けねえ。ミミズの這った後の方が、まだマシだ」


「…………それならさ、僕が教えようか? 綺麗な字の書き方」





ジュリオはバカ王子として振る舞った。


アンナの話に共感したりアンナを雑に扱ったクソ親父へ怒りと憎しみを抱えている素振りは一切見せず、脳天気なバカ王子の顔をし続けた。



きっとその方が、アンナには良いだろうと思ったからだ。



だって、アンナの話に共感して悲しむなんて、何だかアンナを同情しているようで嫌だったから。


ジュリオ自身、同情されるのが何よりも嫌いだったからだ。


同情するならお金でも寄越さんかい、である。





「僕、すっごく字が綺麗なんだよ? 王子時代に鍛えられたからね。……まあ、字が綺麗なだけなんだけど」


「……そうかい。……そんなら、頼むわ」





アンナがジュリオへ振り向き、目を細めた。


その瞬間、無性に堪らなくなって、ジュリオはアンナの肩を抱き寄せてしまう。



やっちまったと内心で後悔しながらも、素知らぬ顔で抱き寄せたアンナに寄り添った。


何も言わずビールを飲んだジュリオは、ただ遠くを見ているのみだ。


そしてアンナも何も言わずビールを飲んで、クソ親父の骨探しの為に掘り返したきったねえ庭を眺めていた。




月も星も輝くロマンティックな夜には似合わない、土まみれのきったねえシチュエーションである。


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