65.地獄で会おうぜ!アウトロー共!
ジュリオの連絡により、カトレアとルトリとローエンとクリスといういつメンが、クラップタウンのきったねえバーである『ギャラガー』に集合した。
いつメンの他には地元の酒飲み常連客が、シケた面で安酒を飲んでいる。
「さっき通話した通りなんですけど、どうしたらこの状況をひっくり返せますかね?」
ジュリオは、通話で呼び寄せたいつメンに向けて困った笑い顔をする。
隣のアンナは赤いフードを被り、何だかソワソワと落ち着かない様子だ。
そりゃそうだろう。アンナからしたら、自分のゴタゴタに他人を巻き込み、弱みを見せた事になるのだ。
いくらジュリオ主導の事とは言え、落ち着かないのは仕方ないと思う。
「取り敢えず、庭に埋まった骨をどうにかしないとだよねえ……」
腕を組んでタバコを吸うカトレアが口火を切った。
「うーん、私に出来る範囲としては……クラップタウンの役所の安全課課長として、厚生労働局の職員を足止めしたり、アンナちゃんの家にガサ入れが入るのを止めたりする事くらいかしら……」
ルトリが悩ましげに発言した。
そんなルトリの様子にローエンは鼻の下を伸ばしている。かっこいいのか悪いのかわからん男である。
「高飛びのルートは確保したぜ? 後、厚生労働局の職員が次に来るのは三日後ってのもわかってる。だから、三日後までに何とかする必要があるわけだが……骨は見つかりそうか?」
ローエンは真面目な顔でアンナを見た。
「厳しいな……あそこまで掘り起こしても、出て来たのは錆びたナイフや注射器くらいだ……正直、かなり厳しいな……」
「ねえアンナ、あの錆びたナイフや注射器って一体何だったの?」
「錆びたナイフはただの凶器だろうけど……注射器は、まあ……あんたは知らんほうが良いよ。マジで」
アンナは涼しい顔でそんな恐ろしげな事を言う。
ただの凶器という時点でなんやねんそれとなるが、いちいち気にしていても始まらない。
なので、注射器の事は全力で忘れる事にした。
「俺は……仲間の猟師を呼んで、ジュリオさんとアンナの骨発掘に加勢するよ」
「ありがとうございます、クリスさん……!」
「悪ぃな……オッサン……」
クリスはスマホを取り出し、さっそく仲間の猟師へ連絡を取ってくれている。
ルトリを除くアウトローないつメン達は、それぞれ出来る範囲で協力をしてくれた。
これなら、三日後の厚生労働局職員も上手く交わせるのでは? と希望が出た。
◇◇◇
ジュリオ達の危機的状況など全く知らんと言うような、脳天気なお天道様がぽっかぽかに輝く昼下がりの事である。
厚生労働局職員が来るまで後一日と言うタイミングで、ジュリオとアンナとアウトローないつメンは、いつものきったねえバー『ギャラガー』に集まっていた。
「駄目だ……親父の骨がマジで見つからねえ……」
アンナが力無く項垂れる。座り込んで手で顔を覆い、完全に参っていた。
「ごめんなアンナ……俺達、力になれなくて……」
クリスが謝罪するが、アンナは「いいよ。気にするな」と返事をした。
「マジで高飛びするしかねえか……。なあローエン、高飛びルートは何個思い付いた?」
「それな……一つはドワーフの国ヴァルカンがある。あそこからの不法移民と入れ替わる様にして高飛びするのはオススメだな」
「ドワーフの不法移民……」
ジュリオが知らないだけで、聖ペルセフォネ王国はえらいことになってんだなと実感した。
そりゃルテミスも過渡期だと言うだろう。
「二つ目は……プルトハデス。…………エルフの国だ」
「プルトハデス!? それって、百年前に聖ペルセフォネ王国とバッチバチに大戦争をした……あの国……」
ローエンの提案に、ジュリオは声を荒げてしまった。
聖ペルセフォネ王国が国の存続をかけて大戦争をした相手は、プルトハデスと言うエルフの国だったのだ。
エルフは卓越した頭脳と魔法に長けた種族だと聞いている。
よくもまあ、そんな恐ろしいもんにプライドだけが高いペルセフォネ人が勝てたもんだ。
やはり、女神の涙と言うご都合主義的な数日に渡る大雨による災害が、エルフを弱体化させペルセフォネ人の後押しをしたのだろう。
「プルトハデスの利点は、まず聖ペルセフォネ王国のサツの手から完全に逃げ切れる事だ。それに、エルフは自分達の種族以外クソだと思ってる傲慢な性質がある。だから、高飛びして来たハーフエルフにいちいち干渉もしない。……だけどな、あそこは……正直オススメできねえな」
ローエンはぐいっと安酒を飲み干すと、眉間に手を当てて苦しげな顔をしながら、言葉を続けた。
「あそこは百年前で時間が止まってるような国だ。ドワーフの技術も無けりゃ異世界人のチートも文明も無い……生き抜くのはかなり厳しいぞ」
ローエンが腕を組んで渋い顔をする。
その他一同も思いため息をついた。
「でも、厚生労働局やサツの手から完全に逃げるには……やっぱヴァルカンか……」
アンナは暗い覚悟を決め始めているようだ。
このままでは、アンナが本当に高飛びしてしまう。
それだけは何としてでも阻止したいと思った。
ああ、一体何でこんな状況になったのか。
始まりは、アンナが家を買う時に手を付けた金が、死んでいる筈のアンナの父の兵士負傷保証金だった事だ。
当時のアンナは、字が読めず、兵士負傷保証金の制度も何もかもを知らなかったせいで、兵士負傷保証金を親父の口座に振り込まれた謎の金のとしか認識出来なかった。
確かに、アンナにも非があるだろうが、それならばアンナの親父が過剰摂取で死んだ際、死亡届を出さずにその遺体を庭に埋めてトンズラを決めたクソ親族の方が最低だろう。
アンナの親父も親父で、娘が十ニ、三歳になるまでろくに読み書きが出来ない状況を作り出した時点で、超ド級のクズ野郎だともわかる。
アンナの親父が死んだ時に、死亡届がきちんと出されていれば、厚生労働局も不正受給を疑ってガサ入れに来る事は無かったのだ。
アンナの親父が、きちんと『法的に死んでいれば』こんな事にはならなかった。
大体、親族なのだから『葬式』の一つでもあげてやれよと、新米ヒーラージュリオは思う。
法的に死んでいれば……。
葬式でもあげてやれよ……。
「あ……」
この二つの言葉が結びついた瞬間、ジュリオの頭にクッソアウトローな発想が生まれた。
「……アンナのお父様にはさ、死んでもらおうよ」
「ど、どうしたジュリオ……? あの、あんたの言ってる意味が良くわからん……」
アンナが不安げな顔でこちらを覗き込んでくる。
いつもの仏頂面とは違う、明らかに助けが必要だとわかる心細そうな顔だ。
そんな顔をするアンナが堪らなく可愛らしいと思うが、今はそんな場合では無い。
「明日、アンナのお父様のお葬式をしよう」
「……あのよ、ジュリオ。……一応聞くけど、アンナの親父はもう骨だぜ? 葬式で言ったら火葬後だぞ?」
ローエンは恐る恐ると言った様子でツッコミを入れてくれる。
その顔には『コイツ状況わかっとんのかい』と書いてあった。
「……今から説明する提案は、多分すっごく頭悪くてバカだって思われるかも知れない。……でも、もしかしたらこの提案から他に良い案が生まれるかもしれないから、だから、言うよ」
ジュリオは今、初めて自分から提案をしたのである。
自分以上に知識も経験も得意分野もあるいつメンに対して、バカ王子と蔑まれてきた自分がだ。
正直言って、かなり怖い。
まだ幼い頃、勤勉だったジュリオはこんな風に教師に自分の考えを述べる事があったが、『頭がちゃんと発達してから発言しろ』と一蹴されて来たのだ。
そんな寂しい経験がビビリ心となって足を引っ張ってくる。
けれど、アンナと初めて出会った時、『思い付いたら何でも話してくれ』と言われとても嬉しかった思い出が、そんな寂しい経験を打ち砕いた。
それに、ローエンもルトリもカトレアもクリスも、真剣にジュリオの話を聞いてくれている。
それが、とても嬉しかった。
「今日、アンナのお父様である、デニス・ミルコヴィッチさんを法的に殺そう」
…………感動的な初めての提案がこんな物騒なものになるとは思いもしなかったが。
◇◇◇
「そもそもさ、今回の原因って、アンナのお父様の死亡届が出されてなくて、死体が庭に埋められてる事だよね。……つまり、法的にはまだアンナのお父様は生きてるってことになる」
「そりゃそうだな。……厚生労働局の職員も、親父に会いに来てる感じだったし」
ジュリオが一生懸命に話す隣で、アンナは真面目な顔をして合いの手を入れてくれる。
「ルトリさんごめんなさい。今からちょっとコンビニへ行ってきてもらえませんか?」
「…………わかったわ。……みんな、お腹空いたでしょう? 適当に何か買ってくるわ」
ジュリオはルトリに目配せすると、ルトリは何かを察したのか小さく笑ってバー『ギャラガー』を後にした。
「僕の作戦を説明するね。まずは、今日。……アンナのお父様の偽造死亡届を役所に出して、法的に殺す。……偽造死亡届はローエンさん担当で、それを受け取るのはルトリさんなんだ」
「ああ、だからルトリを出て行かせたのか……。例え厚生労働局やサツに怪しまれても、この場にいないルトリは『ただ死亡届を受理した職員だ』って逃げられるし、迷惑もかからんもんな」
「そうそれ。ありがとうアンナ」
ジュリオの拙い説明に、アンナが補足をしてくれる。実にありがたい。
「それで、次に肝心の死体なんだけど、アンナのお父様のご遺体はもう骨だよね。しかも見つかってない。…………だから、代役を立てる」
「誰か殺るのか?」
「殺らないよ」
アンナが真剣な顔で質問してきたので、ジュリオは光の速さで否定した。
「葬式で出す遺体は、クラップタウンの遺体安置所から借りたいんだけど……。これは……カトレアさんのベテランヒーラーパワーで何とかなりませんか? ヒーラー休憩所と遺体安置所って何かと接点ありますし……」
「うん。そうだね。遺体安置所のリーダーとは長い付き合いだし、何とかできると思うよ。……もし、それが駄目でも、クラップタウン中を探せば爺さんの死体なんて腐るほど転がってるしね」
カトレアはタバコを吸いながら豪快に笑う。
それが非常に頼もしい。
「でもさジュリオ。死体の鮮度問題はどうすんだ。……腐りかけのやべえ死体を『昨日死にました』面で葬式に出すのは無理あるぞ」
不安そうな顔でアンナがツッコんで来る。
確かにそうである。
この死体問題は、正直ギャンブルに等しい。
「ジュリオくん、アンナ。……その心配は無いよ。ヒーラーは、死者を生き返らせる事は出来ない。…………だけどね。生命力を分け与えて鮮度を上げることならギリギリ可能だ。……後はまあ、特殊メイクばりの化粧と、葬式会場の照明を何とかすれば……」
カトレアの話では、死体の鮮度問題は解決しそうだ。
「クリスさんと猟師仲間さん達は、アンナのお父様が前から具合悪そうだったけど、今朝亡くなったって周囲に言いふらして欲しいんです。そして、お葬式のお客さんを出来るだけ多く集めて下さい。……後、引き続き骨の発掘作業も」
「ああ。わかったよ。……だがよジュリオさん。葬儀屋の手配はどうする? ピンポイントで明日に出来る所があるかどうか……」
「あ……確かに……」
クリスに言われて肝心な事に気付く。
どうしようかと悩むと、ローエンがニヤニヤ笑いながら白い歯を剥き出しにした。
「おいジュリオ。俺が誰だか忘れてねえよな? 大体の事は出来る男だぞ」
「ローエンさん!! 葬儀屋にツテでもあるの?」
「あったりめえよ! ……まあ、さすがに葬儀屋の職員を明日ピンポイントに駆出すのは不可能だけど、棺桶の横流しや葬式で使う花や会場の手配等は任せとけや」
「ありがとう……! これなら、後はお葬式のスタッフだけか……」
頼もしいローエンに泣きそうになるくらい感動した。
そりゃアンナも真っ先に頼るわけである。
「ジュリオくん、ちょっと良いかな? 葬式のスタッフなら、アタシとキミで事足りるよ。ヒーラーが二人いりゃ、ちゃんとした葬式として認可されるから」
「そうなんですね! ……良かったあ……ヒーラーやってて……」
今日これほどまでに、自分がヒーラーである事に感謝した事は無い。
「と言うわけで、ローエンさんは死亡届の偽造とお葬式会場と花と棺桶の手配を。カトレアさんは死体の確保。クリスさんは引き続き骨の発掘と外堀を埋める作業を。……そして」
バー『ギャラガー』の扉が開くと、そこにはタイミング良くルトリが帰ってきていた。
「ルトリさん、悲しいご報告があります。……ついさっき、アンナのお父様であるデニス・ミルコヴィッチさんがお亡くなりになりました」
「え!? そうなの!? ああ……なんて事……アンナちゃん……気を確かにね? ……それなら、死亡届は今日すぐ出して頂戴……! 今日よ……今日……私が担当するわ……!」
ルトリはわざとらしく泣き崩れた。
きっと、ジュリオの意図を組んでくれたのだろう。頭の良い人で助かると思う。
「それじゃ、皆さん。……よろしくお願いします!」
ジュリオは勢い良く頭を下げた。
その瞬間、テーブルに額をぶつけて「あ痛ァッ!」と鳴いてしまう。
締まらないバカ王子であった。
「ジュリオ……その、何て言ったらいいか……」
アンナは、ジュリオがぶつけた額に酒の入った冷たいコップを押し当てるながら、戸惑いを隠せない様子で喋っている。
視線が定まらずオロオロとしており、とにかく不安そうだ。
小柄なアンナは身長的にジュリオを上目遣いで見る事になるが、その上目遣いが不安げな様子と相まって、とにかく可愛らしいことこの上無い。
「……取り敢えず、僕ら全員地獄行きだね」
ジュリオは照れ隠しでそんなふざけた事を口にする。
その照れ隠しにカトレアが乗っかり、楽しそうに笑ってこう言った。
「多分この中じゃアタシが先に死にそうだから言うけど、……地獄で会おうか、アウトロー共」




