61.猟師が水着に着替えたら(ラストにカラー挿絵あります)
海の家の休憩室は異世界文明の冷房が聞いているので、クソ蒸し暑い外とは別世界のように涼しかった。
これならぶっ倒れたアンナも休まる事だろうと思う。
「アンナ……大丈夫? 吐き気とか無い?」
「ああ……何とか……悪いな……。最近、何か体の調子がおかしくてさ……。何で今年に限ってこんな……」
「え、大丈夫なの?」
「……わからんけど、最強ヒーラーのあんたが何も察知しないのなら、多分問題無いだろ」
アンナはぶっきらぼうにそう言うと、カトレアが作ってくれた塩分補給が出来るジュースをがぶ飲みする。
ペットボトルの飲み口から溢れた透明なジュースが、口の端から溢れて白いTシャツへポタポタと落ちた。
「ねえ……さっきさ、君のTシャツ霧吹きで濡らしたんだけど、寒くない?」
「いいや。全く。丁度良いよ」
「……そっか」
アンナの体の熱を冷ますため、白いTシャツに霧吹きをかけたのだが、これがまたとんでもなく目に毒な光景であった。
濡れた白いTシャツから肌が透けて見えるだけでなく、体の曲線に沿って布がピッタリと張り付いているのは、裸よりも何だかクるものがある。
透けた白いTシャツからは黒い水着が見えており、それもまたなんとも扇情的だ。
見てはいけないと思いつつも、目を逸らせない。
女の子を『そういう』目で見てはいけないと、母から何度も言われたというのに。
「……悪いな。仕事中に倒れちまって……。まだ市民税の半分も稼げてねえってのに……」
「そうだね……」
アンナはベッドに片膝を立てて座り、悔しげにため息をついた。
「いっそ婆さんの目ェ盗んでまた稼ぐか……」
「駄目だよ。ちゃんと休まないと。カトレアさんの目を盗む前に、僕が捕まえるから」
「……あんたも立派なヒーラーになったな」
アンナは大人しくジュリオに従い、再びベッドへ仰向けに寝転んだ。
寝た瞬間に濡れて透けたTシャツが張り付く巨乳が揺れる。こんな美少女にこんな巨乳がついてるなんて反則だろうと思った。
女の子をそういう目で見るのは『王子様』として駄目だと、何度も何度も母に言われてきたのに。
それでも、どうしても目が離せない。
「今日働けねぇ分、どうやってカバーするかだな……。滞納したら余計に金かかるし……」
アンナが動けない今、自分が缶ジュースの売り子をしたところで焼け石に水である。
焼け石に、水。
……水!
「アンナ……ちょっと待ってて。絶対に安静にしててね? 僕、今から固定資産税と市民税とぶっ壊したテレビの弁償代を稼いでくる」
時計を見たら、まだ『時間はある』。
売店へ行けば『準備』は出来るだろう。
「おいジュリオ……あんた何する気だ……?」
「まあ、見ててよ」
ジュリオはニヤリと笑って、水着美人コンテストのチラシを見せつけた。
◇◇◇
「いや~楽勝楽勝! 全員粉砕してきたよ! 瞬殺だった!」
数時間後、純金のトロフィーと大金が入った分厚い封筒を持ったジュリオが、満面の笑みで帰ってきた。
そして、その姿は、声さえ聞かなけりゃ、マジモンの水着美女である。
黄色い水着にパレオを巻き、肩には白いショールをかけたジュリオは、完全に美女であった。
長い金髪はサイドテールにヘアアレンジをしており、顔には薄い化粧まで施している。
「……随分と綺麗な姉ちゃんが見舞いに来てくれたもんだ。なあ、姉ちゃん、その頬はどうした?」
喜色満面の美女モードなジュリオの頬には、ビンタ跡がくっきりと残っている。
「マリーリカにビンタされちゃった。……まあ、当然だよね……」
あれだけマリーリカが『ジュリオも応援してくれる……?』と健気に応援を求めたのにも関わらず、このクズ男は自らコンテスト参戦して優勝をかっ拐ったのだ。
しかも、余裕の圧勝で。
そりゃ、ビンタの一つもしたくなるというものだろう。
「ローエンさんからも『この裏切りクソ野郎! お前とは一週間くらい口聞かねえ!』って言われちゃったけど。文句があるならチラシに『女限定』って書かなかったコンテスト運営側に言って欲しいよ」
「そりゃそうだが……。運営側から何か言われたりしたか? 大丈夫か?」
「ああ。それなら……コンテスト終了した瞬間、審査員全員が連絡先聞いてきたけど、僕に会いたかったら慟哭の森のターミナルにあるヒーラー休憩所に来てね♡勿論大ケガしたらだけど♡って言っておいた」
「……リピーターに繋がると良いな」
ジュリオから賞金を渡されたアンナは、封筒の紙幣を数えながら笑って答えた。
「このトロフィーも純金らしいし、ローエンさんが口聞いてくれるようになったら頼んでみようか」
「そうだな。……大丈夫。ローエンはアホだから、明後日には口聞かないって言ったのも忘れるさ…………。ほれ、これでビンタ跡を冷やしな。さっき婆さんが缶ジュースくれたんだよ」
アンナから冷たい缶ジュースを頬に当てられたジュリオは、上擦った声を上げて驚いてしまう。
「あんた、そうしてると本当に綺麗な姉ちゃんだな。あたしが女も行ける口ならジュリオに飛びついてるわ」
「……じゃあ、男の僕には? 飛びつきたくならない?」
「あんたを力づくで襲いたくなるのを理性で抑えてるよ」
アンナは明らかに嘘と言った様子で、笑いながら答えた。
「君になら大歓迎だけど? いつでも良いよ…………へっくしゅッ!」
「この部屋冷房効いてて寒いだろ? あんたの水着姿はずっと眺めてたいけど、風邪引く前にはよ着替えな」
「そうする」
アンナの体調回復の為に、休憩室はとても強い冷房をかけていた。
こんな部屋に水着でいたら寒いに決まっている。
ジュリオは、コンテストへカチコミに行く前に置いていったジャージとTシャツに着替え始めた。
「あんたさ、可愛い顔してるけど、体見たらちゃんと男の体してんだな」
「え、そう? 筋肉のかけらもないのに?」
「いや、骨の感じとか、肩幅とか……やっぱ、あんたは男だ」
アンナは物珍しそうに、ジュリオの華奢な男の体をじっと見ている。
珍しいカブトムシでも発見したド餓鬼のような、好奇心に満ちた目だ。
「男の体、珍しい?」
「ああ。漁師のおっちゃん達がたまに上半身裸でいるのは見るけど、こうして間近で見るのは初めてだな。……銭湯に行ったときは、あんたずっと膝抱えて縮こまってたし」
「……そ、そうだったね……」
ジュリオは苦笑いをしながら着替え終わり、もとの美貌のバカ王子モードへと戻った。
Tシャツに裾をまくり上げたジャージにビーサンと言う、ザ・バイトなファッションである。
「化粧落としは……売店に行かなきゃないか……でも……売店閉まってるし」
窓を見たら、既に青空は夕焼け模様へとお色直しをしていた。観光客は皆帰ってしまい、海の家は閉店作業を終えている。
カトレアには『事情が事情だから、今日はもういいよ』とお許しを貰っているので、ジュリオとアンナはこうして休憩室にいられたというわけだ。
「ああ、もうそんな時間か……。…………この時間……なら」
「ん? どうしたの?」
アンナは急にベッドから起き上がり、窓の外を眺めている。
足取りはしっかりしており、無事に体力が戻った事がわかる。
「少し、海に行くか」
◇◇◇
夕焼け空を反射する海はキラキラと輝いており、水面に沈みゆく夕陽が揺れていた。
夕陽の向こうの空は薔薇色から紫色に染まりつつあり、もうすぐ夜がくるのだろう。
観光客は誰もおらず、何故夕日を見ていかないのだろうと思ったが、最終の馬車が早い為に観光客は意外とすぐに帰るとカトレアが話していたのを思い出した。
「これぐらいの時間はさ、あの上着を着てなくても大丈夫なんだ」
いつもの赤いフード付の上着を着ていないアンナは、海風に踊る白髪を手で押さえながらジュリオに話しかけた。
「あたし、日光に弱えんだよ。だから、どんなにクソ暑くても、あの上着を手放せねえんだわ」
「……そっか」
上着を着ていないアンナは新鮮で、ついついボケーッと眺めてしまう。
いつもは上着で隠れたつむじが見えており、改めてアンナの小柄さを実感した。
「だからさ、毎年婆さんとこでバイトした後、誰もいない時間帯の海に入ったりすんだよ」
アンナはそう言うと、履いていたジャージをするりと脱ぎ始めた。
「えっ!?」
突然アンナが脱ぎ始めた事で、ジュリオは戸惑ってしまう。
女が目の前で脱ぐなど見飽きた程であったが、それでもあのアンナの行動となると、どうにも調子がおかしくなるものだ。
ジャージを脱いだアンナは、ジュリオの目の前で真っ白な足を剥き出しにする。
黒い水着がTシャツの下からチラチラと覗く様は、まるで下着姿の上にTシャツを着ているようだ。早い話がパンチラのように見えてしまう。
相手はただの水着だ……ただの水着だ……と心を落ち着かせるが、どうにも心がざわめくばかりである。
「あんたもジャージの裾、膝くらいまで捲くっときな。濡れるぞ」
「あ、うん」
アンナは白いTシャツを脱ぎ始めた。
巨乳が引っかかっているのか、若干脱ぎ辛そうにしている。
脱ぎ途中のTシャツにひっかかった巨乳はむちりと持ち上がり、Tシャツが全て脱げると少し揺れてしまう。黒いビキニの紐はTシャツを脱いだ拍子に少し緩んでおり、色々と危うい。
Tシャツを脱ぎ捨てたアンナは、まとわりつく白髪を鬱陶しそうに頭を振る。夕日を受けてキラキラと輝く白髪がふわりと広がった。
「悪ぃ。水着の紐、締めるの手伝ってくれるか」
「…………うん」
アンナの真っ白な背中は傷一つ無く、水着の紐を締める際に触れてしまうと、その滑らかな肌触りに唾を飲んだ。
背中を晒すために髪を掻き分け晒されたうなじに目が釘付けになる。
確か、猫同士は交尾の際、雄猫が雌猫を逃さないため、うなじに噛み付いて行為を行うと聞いたことがあるが、今はその気持ちが良くわかった。
「…………ジュリオ? どした?」
「…………」
「ジュリオ?」
「あ、ああ! うん。……ほら、紐、締め終わったよ」
アンナは小さく「ありがと」と言うと、ジュリオへ手を差し伸べて「早く行こう」と笑った。
◇◇◇
アンナの手に引かれ、初めて海水に足を浸す。
砂のじゃりじゃり感や水の冷たさが新鮮だ。
「うわっ!」
いきなりアンナに水をかけられたジュリオは、不敵に笑って水をかけ返した。
「ぶわっ! てめっ! やったなコラ! あははっ」
水をぶっかけられたアンナは楽しそうに笑っている。
「……こんなに楽しいもんなんだな。……誰かと海で遊ぶってのは。…………ハヤブサ先生に怒られるかな」
アンナはふいに、懐かしそうな切なそうな顔をした。
ハヤブサ先生という人物の名を口にするたび、アンナは決ってこの顔をするのだ。
その何とも言えないアンナの顔を見て、アンナにとってのハヤブサ先生とは、きっと先生以上の特別な存在なのではと勘付いた。
勘付いた瞬間、何だか少しイラッとしてしまう。
「一人で生きる覚悟も無いハーフエルフの女は死あるのみ……って先生に言われてたのにフギャッ!! 何すんだジュリオてめぇ!! このやろ!」
「隙見せたそっちが悪いよ? ハヤブサ先生に怒られる前に僕に水浸しにされてもいいの?」
ジュリオはわざとにこやかに笑った。
無邪気なバカ王子でいたかったからだ。
自分と海で遊んでいるのに、他の男の名前を寂しそうに言うアンナへ苛立ちを覚えたなんて、知られたくも無い。
自分は無邪気なバカ王子だ。
それでいい。
……それで。
「ほら! また耳に水入っても知らないよ!」
わざと無邪気に笑い、楽しそうに水をぶっかける。
ジュリオに水をぶっかけられたアンナは、浮かれているのかひたすら楽しそうに笑いながら、ジュリオへやり返していた。
そのやり取りがだんだん白熱し、いつしか取っ組み合いになり、簡単に押し負けたジュリオはアンナに押し倒される形で海に倒れ込んだ。
「うわっ! 冷た!」
背中が海水で水浸しになりながらも、自分に覆いかぶさるアンナの楽しげな笑顔を見ていると、ハヤブサ先生とやらの事など忘れてしまいそうになる。
というか、早く忘れたかった。
「アンナの睫毛、すごい綺麗だね。真っ白で長くて」
「あんたもな。……爪楊枝が何本乗るんだか……うわっ!」
油断した様子のアンナめがけて、自由が効く手で水をかけた。
油断大敵だよ、とジュリオはヘラヘラ笑いながら、アンナの仕返しの猛攻を受け続けたのだった。
▼▼▼
アンナが海に入るときの挿絵です。
この時間帯は誰もいませんし、アンナの水着姿を見たのはジュリオだけなんでしょうね。




