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58.俺達はクズの悪役だ

主人公を追放した側のお話です。

ジュリオ達が貧民窟にてパリピな音楽に合わせて踊り明かしている頃、ルテミスは悲壮と苛立ちに満ちた顔を浮かべていた。


聖ペルセフォネ王国の城内の自室にて、上半身裸でベッドに片膝を立てて座るルテミスは、眉間にヒビの様な皺を寄せてスマホを眺めている。





「ルテミスさん……。大丈夫っすか。……ストレス解消には寝るのが一番ですよ。……寝るって言っても、『睡眠』の方ですけど」





ネネカが水差しとコップを持って部屋へとやって来た。


心配そうにルテミスを見るネネカの顔は、婚約者というよりまるで姉のようである。






「悪いなネネカ……。寝ようにも寝れなくてな……いっそ頭も体も酷使した方が気絶出来るかと思ってさ」





ルテミスは汗で額に張り付いた黒髪を掻き上げると、ゆっくりため息を付いた。

気怠そうな様は艶っぽく、どっかのバカ王子とは違う色気がある。





「……私個人としては、別にルテミス様のチ◯◯がどこに入ってもどうでも良いっすけど、抱く相手には慎重に接して下さいよ? どこで足すくわれるかわかったもんじゃありません。…………ただでさえ、この国の王族貴族連中は……人の恋愛相手に文句を言いたがる人達が多いでしょ?」


「……ったく。せからしかな」





ネネカはベッドのサイドテーブルに水差しを置くとルテミスにコップを手渡す。

ベッドに飛び込み仰向けに寝転ぶと、艷やかな長い黒髪が扇の様に広がった。とても美しく扇情的な光景である。





「カンマリーさんから、連絡は……」


「全く……無い」


「……心配っすね……」





ネネカがごろりと寝返りをうって、ルテミスの方を見た。





「心配と言えば、異世界人による革命家達の懐柔、どうなりました?」


「ああ。それは楽勝だったよ。革命だ何だと偉そうな事言ってるが、所詮は学校で習った政治の知識ば振りかざして偉そうにしてるガキやけん。……女チラ付かせたら簡単に懐柔できたけど。……ったく、……他人の世界に面白半分で首ば突っ込みやがって」


「ルテミスさん、お母様の訛り……出てますよ」


「あ〜。うん。すまん」





ルテミスは面倒臭そうに吐き捨てると、コップの水をグイッと飲み干した。口の端から飲みきれない水が溢れたのを手の甲で拭う様は、男のカッコ良さに満ちている。





「異世界人が増えるに連れて、年々革命派が幅効かせて来てるからな……。革命派からしたら、チート能力を持ったアホの異世界人はさぞ便利な武器だろうさ。……正直、明日にも革命派が城に乗り込んで来てもおかしくはねえ」


「私らが確認出来てない革命派も腐るほどいますもんね……。正直、もうこの国限界っすよ」





ルテミスはベッドに寝転ぶと、ネネカに向かい合うようにして寝転んだ。


二人の距離は近いが、男女の甘い仲と言うより姉と弟の様な親密さがある。





「……カンマリーさん、無事だといいっすね」


「当たり前だろ……あいつに敵う剣士なんて、聖ペルセフォネ王国にはいないんだ。チート能力持った異世界だって敵じゃねえ。……あいつとまともに戦える剣士は、俺か…………『親父』……くらいだろうな」





ルテミスの筋張った大きな手が、ネネカの乱れた黒髪を整える。手の甲で頬に触れると、ネネカは目を細めて静かに笑った。





「それに、カンマリーさんが護衛をする筈のエンジュリオス殿下も、心配ですよね」


「……お前……」





ネネカの発言に、ルテミスは目を見開いた。





「……ネネカは、何で俺の言いたい事がわかるんだ? それも、聖女の力なのか?」


「んなもん、ルテミスさん見てればわかりますよ。……何年一緒にいると思ってんすか。もう五年ですよ。私ら」


「五年か……もう、そんなに経ったのか……」





そう呟いたルテミスは、不意に無防備な顔をした。

先程の甘怠い雰囲気を纏う危険な男から、年相応の優しい顔をしている。


そんな無防備な顔立ちは、どこかのバカ王子とは毛程に似ていない。



 


「まあ、さすがにエンジュリオス殿下に何かあったら、ヨラバーの新聞でも取り上げられるでしょうし。……でも、それが無いって事は、カンマリーさんは無事ですよ。きっと」


「まあ……そうか……そうだよな……」





ネネカは起き上がると、ルテミスを抱き寄せ頭を撫で始めた。


ルテミスは顔にネネカの小振りな乳が当たっているが、何も気にならないといった様子でされるがままである。





「革命派が異世界人使ってこの国を崩壊させる前に、早く慟哭の森の『魔王 ケサガケ』を何とかして、呪い食いを食い止めなきゃいけませんね」


「……『魔王 ケサガケ』か。最強の魔物と名高いアナモタズであり、最初にヒグマからアナモタズへ進化した個体だからな……魔物の王とは、よく言ったもんだ」


「ほんとっすね……。……こいつが呪い食いの元凶らしいっすけど、ほんとなんすかね。…………まあ、真偽はどうあれ、ケサガケの死体が手に入りゃ、呪い食いへの特効薬だって……」


「……急がないと、本当にこの国は崩壊するだろうな。……革命じゃなくて、呪いの病で」





ルテミスはネネカからゆっくり離れると、水を注いだコップに薄い唇をつける。

静かに水を飲んだ後、ルテミスは遠くを見ながら話を続けた。





「呪い食いを振りまく魔王『ケサガケ』を倒し、人々を呪い食いから救ったルテミス王子とその恋人聖女ネネカ…………って言う筋書きがありゃ、お前の薬をこの女神の国に浸透させる事も容易だ。…………その為にも、俺とお前の物語をハッピーエンドしないとな」


「物語っすか」





ネネカはベッドに寝転び、手を頭の後ろで組んで枕にしている。





「ああ。物語だ。わかり易くスカッとする物語は、どんな事実よりも人の心を掴むからな。……現に、ヨラバー・タイジュの新聞が作り出した物語によって、一人の男が『バカ王子』に仕立て上げられたからな」


「……えぐいっすね」


「ああ。それに、そんなクソ新聞を利用して兄上を国外追放した俺達も、立派なクズだよ」


「でも、エンジュリオス殿下の追放は仕方無かった事では」


「それ以上言うな。ネネカ」





ルテミスはネネカへ流し目を送る。

その影が差した目はとても暗い。





「俺は、兄上を追放したクズの悪役だ。……その自覚くらい、あるさ」


「……『俺は』じゃないっす。それを言うなら、『俺達』でしょ……ルテミスさん」





ネネカがルテミスに寄り添う。


ルテミスはサイドテーブルに置いたスマホへ手を伸ばすと、カンマリーのメッセージ欄を開いて何度も画面をタップした。


しかし、カンマリーからの返事は皆無であった。


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