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53.肉だ! 肉を食え!

解体したアナモタズの肉や皮を持ったジュリオとアンナはヒーラー休憩所に戻り、魔道具屋の売店でその皮を売った。


アナモタズの皮にはそこそこ良い値段が付いたが、そこに税金がかかる事により、実際の金額は少し良い値段という具合に落ちてしまう。





「そう言えば、マリーリカもここで働いてるんだよね……今いるかな」





ジュリオはマリーリカの『カトレアさんの休憩所の売店で働けるようになった』という会話を思い出し、店員さんに聞いてみたが、マリーリカは只今ヒーラーの先輩方とお昼ご飯を食べに行っているようだ。



ジュリオと違って手際も容量も良いマリーリカは、ヒーラーのお姉さま達からしたら可愛い妹分なのだろう。


マリーリカが職場で愛されている様子を店員さんから聞いて、自分の事のように安心した。





◇◇◇





「さて、食堂にも着いたし、今からアナモタズの肉を食うぞ。……異世界料理のすき焼きってやつだ。知ってるか?」





ヒーラー休憩所にある食堂にて、アンナは厨房から借りてきたガスコンロと鍋をテーブルに置いた。

ガスコンロと言うのも、異世界文明によるものだそうだ。

火の魔法を応用して何やかんやした物らしいが、詳しい原理はジュリオには良くわからない。





「すき焼き……? 話は聞いた事あるけど……食べた事は無いや」


「すき焼きってのは、肉とか野菜とかをぶち込んで出汁や醤油や砂糖や酒とかで甘辛く味付けした鍋料理だ」


「出汁……醤油? ああ、異世界調味料のアレかあ」






異世界人がもたらしたのは進んだ文明だけじゃない。

複雑な味を生み出す数多くの調味料は、この世界の食文化に大きい影響を与えたのだ。


食べ物は女神の恵みと言う考え方の聖ペルセフォネ王国では、食べ物は出来るだけありのままで食べる事が良い事とされていた。


食事は楽しむ行為でなく、女神の恵みを頂く事で生命力を得る行為であるので、料理の味は薄く淡白で、見た目もなるべく食材の原型がわかるものがほとんどであった。





「異世界人の外食産業も随分浸透したよね……。もうあの薄味で淡白な料理の生活には戻れそうにないや」


「だよな。マジ醤油しか勝たんわ」





アンナは異世界人達がよく口にする言葉でそう言うと、水を入れた鍋に野菜やキノコをぶち込んだ。ガスコンロを着火させ鍋を煮出すと、出汁やら砂糖やら醤油やら酒やらなどを投入して行く。


瞬間、甘辛い匂いがふわりと香り、食欲がぶん殴られた気がした。





「すっご……! 良い匂いだね……!」


「そうか。良かったよ」





グツグツと煮出す鍋から香る甘辛い匂いは、マジ醤油しか勝たんである。


異世界人の食文化には素直に完敗だなあと思うジュリオであった。





「ところでさ、アンナ。この野菜やキノコ類はどうしたの?」


「さっき、食堂のボスに、アナモタズの肉を野菜やキノコと交換してくれやって頼んできた」


「なるほど……」





クラップタウンの猟師や漁師達は、こんな感じで獲った食材を物々交換して、良い感じの食生活を送っているのだろう。


狩猟と言う行為にはイマイチ乗り切れないジュリオだが、猟師達の良い感じの食生活は少し羨ましい気もする。





「良い感じに煮えたところで、アナモタズの肉を入れてくぞ」


「……うん」




目の前にしている赤い肉は、さっきアンナがぶっ殺したアナモタズである。


ヒグマに似た……と言うかヒグマという動物が魔力を長年得続けたせいで、えげつない程の進化を重ねた魔物であるアナモタズの肉を、今から食べるのか、と緊張が走った。





「ごめん、聞いてなかったけど、あんた肉は食える系か? 聖ペルセフォネ王国では、肉とか卵とか食べん人達もいるんだろ?」


「僕は食べられる系だけど……食べられない系の人達がいるのも事実だよ」


「そっか。良かったよ」





アンナは火加減を調整しながら、鍋の味見をしつつ調味料を足している。





「……アンナはさ、ペルセフォネ教に腹立ったりしないの? ……猟師的に考えてさ、『なに甘ぇ事言ってんだよ。飯食うってのはそんな綺麗事じゃねえだろ』〜って、思ったりしない?」


「……それ、あたしの真似か?」


「似てた?」


「……もっと練習しろ」





アンナは静かに笑うと、物々交換で得たであろう卵を一つジュリオに渡して来た。


溶いた生卵に野菜や肉を絡めて食うと聞いて、生卵食べるの!? と卒倒しそうになったが、食事を用意してくれたアンナに敬意を払いたい気持ちで、卵を取り皿に落とし、握った箸で溶いた。





「あたしの意見としては……人それぞれ好きな食事したら良いと思うよ。……ペルセフォネ教にもそう主張せざるを得ない事情があるんだろうしさ。…………ほれ、もう良いぞ。食ってみな」





アンナはそう言うと、手のひらを合わせて「いただきます」と言った。


食事の前に手のひらを合わせて「いただきます」と言うのは、異世界人の文化である。


ルテミスの母やルテミスは、食事の前によくこうしていたのを思い出す。ジュリオも、ルテミスとルテミスの母と三人で食事をする際は、意味もわからず一緒になってこの文化に習っていた。


しかし、異世界人勇者の少年は、この『いただきます』という文化をしていなかったが、異世界人にも色々あるのだろう。





「あんたらは飯食う前に何て言うんだ?」


「えっとね……女神ペルセフォネよ。我らに恵みの糧をお与え下さり感謝いたします……って言うんだ。…………でも、今は僕も『いただきます』って言わせてよ」


「良いのか?」


「だって、アンナが用意してくれた食事だから。アンナがそうするなら、僕は従うよ。…………そもそも僕、そこまで熱心なペルセフォネ教徒じゃないし」





ジュリオは肩をすくめて笑うと、手のひらを合わせて「いただきます」と唱えた。


確かこの「いただきます」の意味は、食材となった生き物へ感謝の意を込めたものだった気がする。ルテミスの母はそう言っていた。



自分達のせいで死んだアナモタズに感謝と言うのはイマイチ乗り切れ無い。しかし、せめて死んだアナモタズが浮かばれる様に、仕事を頑張ろうと思う。





「ま、無理せず好きに食ってみなよ。……すき焼きだけにな」


「わかった」





ジュリオはアンナがやる様に、異世界文明の箸を使ってみようとしたが、この二本の棒っきれで飯を掴むなど到底無理な気がした。


卵を溶く位は出来るが、この二本の棒を駆使して何かを挟むなど理解が出来ない。


異世界人って器用だよなあと思う。





「ごめん、フォークで良い?」


「いいよ、ほれ」





アンナはテーブルの上にある細長い箱をジュリオの方へ寄せてくれた。


その中からフォークを取り出し、恐る恐る鍋で煮えてる肉を突き刺し、取り皿に移した。


溶いた卵にすき焼きの茶色いタレが交じる。


卵に絡めたアナモタズの肉を、意を決して口に入れた。





「ん!!」 





めっちゃ美味かった。


アナモタズの肉のしっかりして少しコリコリした食感と、甘辛いすき焼きの味が絶妙に合っている。甘辛さに交じる卵のまろやかさが絶品で、こりゃ美味いと素直に思う。



ジュリオはバカであるが一応王子なので、口に物が入った状態で喋る事はしないが、それでも気を抜くと「美味しいよこれ!!!」と言わずにはいられなかった。



異世界人の食文化は、まさにチートだと思う。





「美味いか?」




アンナが真剣な雰囲気で聞いてくる。





「うん! これすごい美味しい……! ……なんか、今、楽しいって思うんだ」





食事を楽しむのはペルセフォネ教的には下品な行為である。


しかし、楽しいと思う感情はどうにも出来ない。





「そっか……良かったよ」





アンナはほっとした様に笑うと、箸で肉を取って取り皿に入れた。卵を絡めた肉を口にして静かに食事をする姿には、いつものチンピラ的な粗暴さは無く上品と言っても過言では無い。


きっと、アンナに箸や食事のマナーを教えた者がいたのだろう。

アンナの家族の話は身分証明書偽造の際に『どうしようも無い貧乏人のクソ一族』と聞いていたので、多分家族では無い別の誰かだろう。





「アンナはさ、お箸の持ち方って誰に習ったの? すごいキレイな持ち方するよね」


「ハヤブサ先生だよ。……ついで言うと、このすき焼きの作り方も、ハヤブサ先生から」


「……そっか……」





アンナはハヤブサ先生とやらの人物名を口にすると、若干顔が曇るところがある。


それを何とかしたくて、ジュリオは「この野菜も食べて良い?」と強引に話題を変えた。





◇◇◇





食事を終えてしばらく一休みをしていると、カトレアがやってきた。

カトレアは少し悩んだ様な顔をしており、何事かと思う。





「ジュリオくん。食事したばかりのキミを動かして悪いんだけど…………キミに診てもらいたい患者が来たんだ。……いいかな?」


「はい……。あの、僕に見て欲しいって……一体……」


「まあ、アタシでは、体力と筋力的にキツイ仕事でね……。若いキミなら、何とかなりそうなんだ」





カトレアの真剣な顔に、ジュリオの背筋も引き締まる。





「それとさ、アンナ……キミにも頼みがある」


「なんだよ婆さん……まさか……」





アンナにも用というのは、アナモタズ関連だろうか?


まさか、黒いオーラを放つわけのわからん凶暴なアナモタズが、このヒーラー休憩所を襲撃したとでも言うのか。


ジュリオの背筋は凍るのみだ。



そんな重苦しい雰囲気の中、カトレアは真面目な顔で口を開いた。





「アンナ、そのすき焼きの残りの汁、アタシにちょうだい。後で出汁取ってご飯と卵ぶち込んで雑炊作るから」





真面目な顔のカトレアに、アンナは答えた。





「あたしら直箸だったけど……いいか?」


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