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33.歪なパーティ

銭湯にてアホ臭い泥仕合を終えた後、ジュリオとアンナはクラップタウンの役所へと向かった。



青かった空は赤紫に染まっており、もう夕方になったのかと気づく。




思い起こせば激動の一日である。




アナモタズによる襲撃を受け三名が惨殺され、マリーリカが瀕死の重体となった。



そんなマリーリカを治癒したのは良いものの、彼女の妹であるカンマリーの無惨な遺体を前にして、錯乱したマリーリカから嵐のような八つ当たりを受けた。



その後、なんやかんやで身分証明書の偽造をしたり、反逆の黒魔女とかいう変な婆さんと会ったり、毒沼のドブさらいをしたりと、本当に色々あった一日である。




出来る事なら役所で免許と報酬金を受け取ったら、すぐにでもベッドで眠りたいところだ。




しかし、ルトリという役所の職員から呼び出されたら無視は出来ない。それに、ジュリオにはヒーラー免許を受け取ったり、アンナには色々と用があったりするのだ。




ジュリオとアンナは、夕暮れ時の中クラップタウンを歩いていた。






◇◇◇






クラップタウンという汚えスラム街をアンナと共にボケーっと歩いていたら、視界の端に変わった形状の建物が入り込んできた。







「何だろう……あの建物……」







馬車が通る大きな道を挟んだ向こう側に、飾りっ気のない平べったい建物がある。



様々な物が入った四角いカゴを手に持つ人々が出入りをしていることから、この建物は大きな商店なのだろうか、と予想する。





それに、ペルセフォネの装飾過多な建築様式とは全く違うので、きっと異世界文明の建築物なのだろう。








「ねえ、アンナ。あの建物ってさ、雰囲気からして異世界文明のものだよね?」




「ああ。スーパーマーケットとかいう奴だよ。チート能力を持った商売上手な異世界人が建てたんだ」




「へえ……スーパーかあ……。聞いた事はあったけど、実際に見てみると大きくてびっくりしたよ。ここまで大きなお店、王都には無かったな」







こんな大きい店が建てば、地元の小さい商店なんかすぐに潰れてしまうだろう。





ジュリオは、貴族達が異世界人のせいで商売が上手く行かないと愚痴っていたのを思い出す。



異世界人が進んだ文明やチート能力にモノを言わせた新しい商売形態を始めたせいで、年々儲けが減ってきていると憎らしそうに話していた。




異世界人を差別し忌み嫌う貴族たちの愚痴を聞くたび辟易していたが、いざ異世界人の文明の驚異を目の当たりにしてしまうと、愚痴を言う気持ちも少しはわかる。






異世界人の文明は、この世界の人にとってあまりにも進み過ぎている。




そして、進み過ぎた文明とチート能力を持つ異世界人は、この先どんどん聖ペルセフォネ国に召喚されてくることだろう。






この国、これから一体どうなるのかな。 






と、ジュリオは四角く平べったいスーパーマーケットを眺めながら思った。







「今日はやけに客が多いな。金持ってそうな小綺麗なヤツばっかだ」







立ち止まったアンナはスーパーマーケットの方を見ながら、どうでも良さそうに呟く。







「このクラップタウンに? なんでまた……」




「観光がてらに来たんだろうな。……最近増えてんだよ。クラップタウンに観光しに来る、金持ちのアホな異世界人や冒険者パーティが。クラップタウンはやべえから行くなって国から注意警報だって出てるだろうに。……この貧乏界隈に何があるってんだ」







この明らかにヤバい雰囲気のクラップタウンへ観光しに来るなど、全く理解が出来ない。



完全にこの町にビビり倒したジュリオからしたら、クラップタウンへ観光に行くなど、やたら呑気な自殺か? とさえ思う。




だが、金持ちでチート能力もある異世界人や、金も実力もある冒険者パーティからしたら、この貧乏界隈は少しワイルドな下町くらいの認識なのだろうか。




だからこそ、スラム街への物珍しさから、ちょっとした冒険心でクラップタウンへ観光に来てしまうのだろう。







「観光ってことは……クラップタウンって何か名物とかあるの?」




「クラップタウンの名物? そんなんあるわけ……あ」







スーパーマーケットの前の広場に、やたらと金持ちそうな白い高級馬車が止まった。


勿論、馬も白馬である。




その馬車から金持ちそうな冒険者パーティの男女が現れて、楽しそうにスーパーマーケットへと入って行った。







「クラップタウンに高級馬車を駐めるなんてアホだなアイツら。見てな、今に秒で積荷も部品も全部パクられるぞ。……クラップタウン名物さ」






「は?」







倫理感や民度が崩壊した話を聞かされ、ジュリオは絶句した。



アンナの言う通り、高級感溢れる馬車はすぐに小汚くガラの悪そうなクラップタウンの住人に取り囲まれてしまう。



そして、あっという間に積荷も金細工も馬の鞍も何もかもを引っ剥され、持ち逃げされてしまった。




ガラの悪そうな仲間の一人が馬に人参を食わせたあと、ひと撫でして去って行く。





馬も馬で、貰った人参を美味しそうに食いながら、元気にブリブリと馬糞を垂れている。



心なしかご機嫌に見えるのは、エサを貰えただけでなく、人に優しく撫でてもらえたからなのだろうか。





積み荷をパクられようが鞍をパクられようが、馬にとってはエサが食えればどうでもいいのだろう。






その後、スーパーマーケットから出てきた買い物帰りの小金持ちそうな冒険者パーティは、無残な馬車を目にして全員膝から崩れ落ちたのだった。







「クラップタウンの名物の馬車荒らしだ。見れてよかったな」




「全然よくないよ……」







クラップタウンのクソっぷりに言葉をなくしたジュリオを、アンナは気にする様子も無くスタスタと歩き出す。




その背中に続きながらジュリオは、慟哭の森へ行く際にクラップタウンを通らずわざわざ船旅の遠回りをして正解だと改めて思った。





民度も倫理感も崩壊した町――クラップタウンは、ジュリオにとって完全に異世界である。







◇◇◇







クラップタウンのクソッタレ民度を目の当たりにした後、役所にてルトリと顔を合わせたジュリオとアンナは、安全課の相談室へと案内された。



そこで、少しの間だけ待ってて欲しいとルトリに言われたので、ジュリオ達はソファーに座ってボケーっとしていた。







「お待たせしちゃって、ごめんなさいね」







やがて、分厚い書類の束やノートなどの荷物を抱えたルトリが、重い荷物に翻弄されながらやって来たのだった。







「お詫びに、お茶とお菓子を持って来たから。良かったら食べてね」




「わりぃな。事故の後も飯貰ったし」







『事故の後も飯貰ったし』と言うアンナの発言で、ジュリオは事故後の馬車での食事を思い出した。



お礼を言うのが遅くなってしまったなあと反省する。







「あの、ルトリさん。食事の差し入れ、ありがとうございました。」




「どういたしまして。……ジュリちゃんの口には合わなかったでしょう? アンナちゃんからの連絡で、ジュリちゃんが『貴族』って聞いてたから……」




「貴族……あ、いえ! そんな…………ごめんなさい……」







コンビニの蒸しパンは美味しかった。しかし、人を食い殺したアナモタズによる惨劇を見た後だと、どうにも『食べるという行為』が出来ずに戻してしまったのだ。




ジュリオの顔が曇る。







「…………それにしても、ほんっと異世界人の文明って便利ね!」





 




ジュリオが暗い顔をして黙ってしまったのをルトリは気にしたのか、両手を合わせてパチンと叩くと、ニコッと笑って話題を変えてくれた。







「一日中開店してる商店とか、どうやったら思いつくのかしら! 異世界人の故郷って、どんなところなのかしらね」





「……想像もつかねえな。一日中開店してる商店に、夏でも涼しい『冷房』に、軽くて持ち運びが出来るペットボトルに……極めつけは、これだぞ」







アンナはそう言って上着のポケットから小さな板を取り出した。







「離れた場所にいる相手と自由に会話できるスマホとか言う板。……異世界人の文明ってのは、この世界の魔法なんかよりも魔法みてえだよな。……正直、怖いくらいだ」




「アンナにも、怖いって感情があるんだね……。いや、失礼な意味じゃなくて」




「あたしにだって怖いって思うときくらいあるよ。……狩猟税や自宅の固定資産税の取り立て用紙が送られてきたときとか」




「狩猟税に……固定資産税……」






アンナはアンナで色々と大変なようだ。



生きていくのは、面倒な事だらけである。







「え? アンナちゃんの自宅ってハヤブサさん名義じゃないの?」




「あーそこら辺に関しては、まあ色々と事情が……。先生、ワケアリでさ」







知らない人間の名前が出てせいで、急に話題から置いて行かれたジュリオは、助けを求めてアンナの方を見た。







「ねえアンナ、ハヤブサさんって……誰なの……? 先生って呼ぶってことは、アンナに狩猟を教えたのは、そのハヤブサさんって人?」







ジュリオは、慟哭の森でのアンナとの会話を思い出す。



確かアンナは、狩猟は先生に習ったと言っていたのだ。



だから、ハヤブサという人物をアンナが先生と呼ぶのなら、きっとアンナはハヤブサ先生とやらに狩猟を習ったのだろう。







「……ああ。……良い人だったよ。……もう、死んじまったけどな」




「……ごめん」




「良いよ。気にすんなや」







しかし、アンナはどこか遠くを見るような虚ろな目をしており、ジュリオは「ハヤブサさんっていう人の話は地雷だ」と察した。




バカのくせに察しは良い男、ジュリオである。







「ジュリちゃん、ごめんなさい。時間も押してきたし、そろそろ本題に入って良いかしら?」




「本題……? あ……アナモタズの事件……」







今度はジュリオの目が虚ろになった。



せっかくのアンナとの交流で、アナモタズの襲撃事件を過去の出来事にしつつあったのに、また蒸し返さなければならないのか。







「ごめんなさいね……これも、私の仕事だから。……もし、無理だと思ったら、明日に分けても大丈夫だからね。……マリーリカちゃんも多分、数日に分ける事になるだろうし」




「マリーリカ……」







マリーリカの名前を聞いて、今度はジュリオが虚ろな目で遠くを見始めた。



ジュリオが初めて命を救った相手であり、そして妹の死を前に錯乱して八つ当たりをかましてきた女である。




マリーリカ達と初めて出会った時には、まさかこんな事になるとは思ってもいなかった。







「上手く話せるかわからないんですけど、その、頑張ってみますね……」







これから話の内容は、ジュリオが追放されてからの一週間の説明である。





以下にして、ジュリオを含めたパーティメンバーがアナモタズによって壊滅したのかという話だ。





あまり口にしたくない話題なので、ジュリオの声もだんだんと暗くなっていく。




しかし、アンナが寄り添ってくれるおかげで、伝わる体温を感じて少しだけ緊張が解れた。 







◇◇◇






時はそこそこ遡る。



聖ペルセフォネ王国から隣国のフォーネへ追放されたジュリオは、仕事をするため身分証明書を取得しようと頑張ったのだが。







「詰んだなあ……これ」







港町の役所にて、追放された貴族達の身分証明書を発行する追放課は、異世界人の機嫌取りのため、追放された貴族達で混雑していたのだ。


年々増加する異世界人のせいで、娯楽感覚で追放される貴族が後を絶たないのである。




ジュリオは役所のロビーの椅子にへたりと座り途方に暮れてぼけーッとしていると、突然男の怒鳴り声が聞こえたではないか。







「カンマリィイイ!!! カンマリーのクソ女はどこだァ!!!!」







突然、刃物を持った男が下品な言葉を叫びながら役所へ侵入してきたのだ。







「は? え、え?」







いきなりの展開でパニックになったジュリオは、何をどうしたらよいかわからず、ただ座って唖然とするのみである。





何なのだこの状況は。一体何がどうしたというのか。







「テメェ……何見てんだコラァ……!!」




「は?」







刃物を持った男はこちらへ向かってきた。




男はこちらへどんどん近づいてくるが、ジュリオは危機的状況により、頭が麻痺して体が動かずオロオロするだけだ。





何が何だかわけもわからず慌てていると、突然、黒髪の女性がジュリオを庇うように目の前に出てきた。




黒髪の女性は、刃物を持った男の前に立ち塞がり、涼しい声で名を名乗った。







「カンマリーはここだ。何か私に用か?」







腰には刀をさげていることから、多分剣士なのだとわかる。



カンマリーはこちらに背を向けているので顔が良く見えないが、真っ直ぐな背筋や艷やかな黒髪が、どことなくルテミスに似ていた。







「お前このクソ女!! さっきは良くもナンパの邪魔してくれたな!」







そう叫んだ男は、手にした刃物で勢い良くカンマリーの顔を切りつけたではないか!



しかし、頬をさっくりと切られたカンマリーは、特に怯えた様子も見せずに、カンマリーは目にも止まらぬ速さで腰にさげている刀を抜くと、相手の刃物を叩き切った。




弾くとか、受け止めるとかではなく、刃物の刃そのものを叩き切ったのだ。



切られた刃は回転しながら落下し、床に突き刺さる。それは、一瞬の事だった。



そして、刀の柄頭で男の腹を容赦無く突く。男の腹に柄頭がめり込み、見ているこちらが苦しくなるようだ。




カンマリーから鼻先に刃を突きつけられた男は、青ざめた顔をしてよたよたとギルドから出ていった。







「油断した。私もまだ未熟だ」




「カンマリーさん助けて下さってありがとうございました。……あの、顔」




「顔……? ああ、こんなの、特に大した事でも」




「いや、大してるでしょ! すぐに治さないと痕残るから! ごめん、頬に触るよ。…………我が生命よ。生魔となりて、彼の者の糧となれ……っ! ヒール!」







血が垂れるカンマリーの頬に手を添え、ジュリオはヒールの詠唱を唱える。頬に触れる手のひらが熱くなり、裂けた皮膚の感触が無くなったと同時に手を離した。







「どう? まだ痛みはある?」




「いいや。何ともない。……ありがとうございます。……やはり、聞いた通り……」




「え? 聞いた通りって」







カンマリーの一言が気になり、聞き返そうとした瞬間、三人の男女が騒がしく駆け寄ってきた。







「カンマリー! 無事か!」




「はわわっ♡ 勇者様ぁ待ってぇ!!」




「カンマリー!? どうしたの!? ねえ、何があったの!? 待ち合わせ場所にちっとも来なくて心配したんだよ!!」







異世界人らしき顔立ちの黒髪の少年と、やたらと露出が多い服を着て大きな乳を揺らしている美少女と、魔法使いを絵に描いたような格好の美少女が、三者三様な事を言いながらやって来た。







「ご心配をおかけしました、勇者殿。……先程、少し怪我を負ったのですが、こちらの御仁が治癒魔法をかけてくださいました」




「……何、コイツ」







勇者と呼ばれた異世界人の男は、威嚇するようにジュリオを睨みつけてきた。自身の縄張りへ断りもなく入って来たジュリオへの敵対心なのだろうか。







「んもぅ♡ 勇者様ぁ♡♡ カンマリーばかりに構わないで♡♡ 貴方のヘアリーがいるじゃないですかあ♡ 私は勇者様の……ッ!? ……うそ…………なんで」







異世界人男の気を引こうとやたらと甘い声で話すヘアリーは、ジュリオの顔を見た瞬間、先程の甘い声とは正反対な冷たい声を出した。







「まさか……」







ヘアリーは、目を見開いてジュリオをじっと見ている。



肩で切り揃えられた空色の髪と理知的な灰色の目は冷徹な印象でありながら、表情や仕草は過剰に甘ったるく弱々しさをこれでもかと表現しており、非常に歪な雰囲気の美少女だ。





そんなヘアリーは、ジュリオをじっと見て何かを聞きたそうにしている。



美少女から熱のこもった目で見つめられるのは慣れているが、ヘアリーの視線はそれとはまた違う様に感じられた。







「あの、……もしかして、貴方は」




「ヘアリー、お前! そいつの事知ってんのか!?」




「!? い、いえ……っ! し、知らないですぅ♡♡♡ ヘアリーはぁ、勇者様意外の男の人なんか興味ありませんですぅ♡♡」







露骨に不機嫌になってヘアリーへ怒鳴った異世界人勇者に、ヘアリーは一瞬見せた冷静な雰囲気から豹変し、わざとらしいぶりっ子をして見せる。




この瞬間、ジュリオは「このパーティ、かなり仲悪いな」と悟った。







「あ、あのっ! お礼が遅れちゃってごめんなさい。妹を治してくれてありがとう。私はマリーリカ。カンマリーの姉なの。」







不穏な異世界人勇者とヘアリーを他所に、マリーリカがジュリオへ頭を下げてお礼を言って来た。



可憐でふんわりとした容姿の割に、随分とさっぱりした話し方をする美少女だ。



実は、ジュリオの好みのどストライクの美少女である。







「こちらこそ。よろしくね」







ジュリオはマリーリカに笑いかけると、マリーリカは熱のこもった目でジュリオに見惚れた後、顔を真っ赤にして目を逸らしてしまう。




ああ、やっぱり普通はこの反応だよなあ……とジュリオは美男子である自分に魅了されたマリーリカを見て、改めて先程のヘアリーのおかしな様子に首を傾げる。







「ねえ、ヘアリーさん。……もしかして、君は」






僕をどこかで見た事があるの? と聞こうとした。




ジュリオを含む王族達は、民に顔を覚えられ、犯罪に巻き込まれるのを防ぐ為、国王と王位継承権第一位の王子しか民の前へと姿を見せない。


だからこそ、ジュリオも民の前に顔を見せた事など一度も無い。




それならば、今まで遊んできた貴族の美女達の誰かかと思ったが、ヘアリー程の美女なら顔を見た瞬間思い出す筈だ。




随分と不可解な話である。







「おい……」







へアリーをじっと見ながら考え込んでいると、異世界人の男がこちらを睨んでくるのに気づいた。




そりゃあそうだろう。ついさっきまで、美少女パーティの勇者だった男は、突然現れたジュリオという美男子にハーレムの美少女の心を瞬時に持っていかれたのだから。





異世界人の男は、露骨に敵意を剥き出しにしながら、喧しい舌打ちをかまして機嫌の悪さを周囲に巻き散らかした。




そんな子供じみた男の様子に、マリーリカは慌てた様子で男の傍へ行き、腕に抱きつき可愛らしい声で「わ、私は勇者様一筋ですぅ〜」と露骨なご機嫌取りをする。




歪なパーティだなあとジュリオは思った。







「勇者殿。一つ提案があります」




「……」







不機嫌を剥き出しにする勇者は、カンマリーに話しかけられても返事をしない。



しかし、カンマリーに「私の心は貴方のものです」と優しくなだめられると、渋々顔をあげて話を聞く姿勢を見せた。




こんな男がパーティの勇者だと、仲間の美少女達は気苦労が耐えないだろう。



魔物にやられる前に、精神を壊しそうである。







「この方にヒーラーとして、私達のパーティに参加して頂くのはいかがでしょう?」




「え? うそ」






このカンマリーの提案には驚いた。思わず声が出てしまう。



ジュリオにとって、まさに渡りに船だ。




こんなご都合主義あってもいいの? とさえ思った。







「私もそれ賛成ですぅ〜♡♡ だってぇ〜! ヒーラーがいない状態で危険なダンジョンに行くなんて自殺行為ですよう〜♡ ヘアリー怖くて泣いちゃいますう〜♡」







ヘアリーは異世界勇者の背中に抱きついて、でかい乳を押し付ける。




乳を押し付けられた異世界人勇者は、照れたように怒りながらも、すっかりご機嫌になってしまった。




この狡猾な女ならきっと、この歪なパーティでも逞しく生きていけるだろうとジュリオは思う。







「勇者様♡ ちょっとへアリーのお話を聞いてくださいっ♡」



「な、何だよ……」







ジュリオという美男子を自身のハーレムパーティに入れたくない様子の異世界人勇者に、ヘアリーは色っぽい体を擦り寄せて何かを耳打ちしている。




話している内容は小声でジュリオには聞こえない。




しかし、マリーリカは眉間にシワを寄せて青ざめた顔をしている。もしかしたら、ヘアリーと異世界人勇者の話の内容が聞こえたのだろう。







「そ、そう言う事かよヘアリー……へへっ、お前、性格悪すぎんだろ……あはは」




「……ヘアリーはただ、勇者様が大好きなだけですぅ♡」







異世界人勇者は、悪辣なご機嫌顔を浮かべてジュリオを指差し、高らかに宣言した。







「お前を今から俺たちのパーティに入れてやるよ。回復薬になったつもりで死ぬ気で働けよ? その代わり、餌と寝床位は用意してやるよ! あはは!」




「え、餌……」







とんでもない言葉を言われ、ジュリオの口元は引きつった。



ここまで露骨で幼稚な悪意を向けられると、怒りよりも呆れる気持ちの方が大きい。




そんな異世界人勇者の周りで、マリーリカとカンマリーとヘアリーの三人の美少女はにこにこと笑っている。


しかし、どこか無理した笑い顔だと、ジュリオは見抜いていた。






◇◇◇





ジュリオが異世界勇者率いるパーティに拾われてから、彼らの戦闘力はみるみると上昇していった。やはり、パーティにはヒーラーが必要なのだろう。それが例え、ヒールしか使えない初心者ヒーラーでも、だ。




そんなパーティ一同は、夕食を終えたその夜に今後の冒険先を決めるミーティングを始めたのだった。








「勇者様っ♡♡ ヒーラーも加入した事ですし、ようやくあのダンジョン…………慟哭の森へ行けますねっ♡」





 


異世界人勇者の腕に抱きついたヘアリーが、甘ったるい声で発言した。




異世界人勇者は、ヘアリーに巨乳を押し付けられ鼻の下を伸ばしている。



へアリーのご機嫌取りは女慣れしたジュリオから見ても恐ろしいほどに上手い。ジュリオと初めて出会った時の不可解な言動を思うに、彼女はただの異世界人勇者のハーレム要因なのかと思った。






「ああ! そうだなヘアリー! 慟哭の森…………俺たちSSRランクの冒険者パーティに相応しい狩場だ! アナモタズとかいう鈍臭い魔物を殺しまくって、たくさんレベルアップしようぜ!」







レベルアップ、とは一体どう言う意味なのだろう。



異世界人の言葉はいまいち良くわからない。




 





「慟哭の森……か。……やはり……あそこには……」







カンマリーは細い顎に手を当て、視線を床に落としながら何やら考え込んでいる。



小さく薄い唇から「これも……運命か」という呟きが微かに漏れていたのを耳にした。







「ど、慟哭の森って、確かクラップタウンを通らないといけないダンジョンじゃなかった!? 正直……慟哭の森よりクラップタウンの方が怖いよ……」







落ち着いたカンマリーとは真逆に、マリーリカは不安そうにしている。



カンマリーの服の裾をぎゅっと掴んで目を伏せるマリーリカは、とても庇護欲を刺激してきた。思わず守ってあげたくなる女の子である。




まあ、今のジュリオに女の子守る余裕は無いのだが。







「心配すんなマリーリカ。クラップタウンは避けて通る。船で直接慟哭の森のターミナルへ行くから、あのスラム街は通らねえよ。…………だから、安心して経験値稼ぎしようぜ!」







ケイケンチ、とは聞き慣れない言葉だが、恐らく異世界勇者の『チート能力』というモノの一種なのだろう。







「それじゃあっ! 勇者様っ♡ マリーリカちゃんとカンマリーちゃんっ! 慟哭の森の踏破に向けて、えいっえいっおーっ♡♡ ですよう♡♡」







ヘアリーはにこにこと笑いながら音頭を取った。







◇◇◇







慟哭の森へ向かうミーティングを終えたその深夜、ジュリオは宿泊先の宿の中で一番安価な部屋にて、粗末なベッドに横たわっていた。




異世界人勇者と三人の美少女は宿で一番高級な屋に宿泊しているのだが、ジュリオはいつも安い個室を宛行われるのだ。雑に扱われるのは、もう慣れてしまっていた。







「まあ……あの人らの顔を見なくて済むのは……助かるかな」







面倒臭い異世界人勇者や取り巻きの美少女達の顔を見ずに、一人になれる空間はありがたい。




こんな生活が後どれくらい続くのかと、ため息をついたその時だ。







「ジュリオさん。起きてる?」







ドアをノックする音と、ヘアリーの声がドア越しに聞こえた。







「え、あ……うん、いるけど、何?」







急いでドアを開けると、そこには真面目な顔をしたヘアリーが背筋を真っ直ぐにして立っている。



いつものヘアリーは、甘ったるいぶりっ子顔でくねくねとした立ち方をしているため、一瞬別人かと思う。







「ごめんね。ちょっと、付き合って。……大丈夫。勇者くんなら、酒飲ませて酔い潰したから……朝まで起きないよ。だから、心配しないで」







ヘアリーの声はいつもの甲高いものに比べて冷たく低い。恐らく、これが地声なのだろう。




ヘアリーの意図は全くわからないが、少なくともぶりっ子の演技をやめていると言うことは、腹を割って話が出来ると期待しても良いのだろう。





ジュリオも、ヘアリーには聞きたいことが沢山あるのだ。



素直に従う他は無い。







◇◇◇







ヘアリーに連れて来られたのは、人通りの少ない路地裏の屋台だった。




屋台の前に置かれた長椅子は、腰掛けると少しガタガタと揺れるし座り心地はクソほど悪い。






 



「ヘアリー、あの、ここって……一体……」




「……ここはね、私の行きつけの『おでん屋』なんだ。……おでんってのは、異世界料理。美味しいよ。私の奢りだから、遠慮しないで食べて」




「う、うん……」







異世界料理には馴染みがある。子供の頃は、ルテミスの母から異世界料理を何度もご馳走になっていたのだ。




だが、おでんと言うのは初めて相対するものである。



色も何だか茶色っぽいし、美味しいのかどうかわからず怯んでしまう。




しかし、甘じょっぱく香ばしい香りや、ヘアリーが美味しそうに食べる姿を見ていると、どうにも腹が減って仕方ない。



ええいと覚悟を決めて煮込まれた茶色い大根を口にしてみたところ、これがとても美味しかった。







「美味しい!」




「でしょ? 本場異世界人のおじさんが作る異世界料理だもん。……ここに来ると、ほんと安心する」







本場異世界人と言うからに、おでん屋の店主のおじさんは異世界人なのだろう。



優しそうな雰囲気の男性で、美味しそうに料理を食べるジュリオとヘアリーを見る目は暖かく優しい。



ヘアリーがここに来ると安心するというのも頷ける話だ。







「ねえヘアリー、あそこにある四角いアレ、もしかして……異世界文明のテレビってやつ? 僕、初めて見たよ」







屋台に備え付けられた小型の四角い箱から流れる音声が、夜の闇に溶けるように流れている。






「……そうだよ」






ヘアリーは苦く笑いながら煮卵を口にした。







「あの四角い箱は、異世界文明のテレビってやつ。…………私の、いや、……私達の、商売敵だね」




「商売敵……? どう言う意味……?」






戸惑うジュリオを、ヘアリーはじっと見てくる。



その真剣な眼差しは、美男子に夢中になる乙女の浮ついた目ではない。







「申し遅れました。私……こういうものです」







ヘアリーは服のポケットから小さな四角い紙を取り出し、それを両手でジュリオに渡してきた。







「私はヘアリー・リスジャーナと申します。…………ヨラバー・タイジュ新聞社の記者をしております」




「は? 今なんて?」







渡された紙には、ヘアリーの名前の横に、ヨラバー・タイジュ新聞社と書いてある。




突然の事で言葉もない。







「貴方の正体は、最初にお会いした際に一目でわかりました。……エンジュリオス・リリオンメディチ・ペルセフォネ殿下」


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