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31.アンナと一緒に風呂ってそんな

銭湯の脱衣所にて、ジュリオは虚無的な表情を浮かべながら衣服を脱いでいた。







「ねえ、アンナ。……ほんとにいいの? 僕、こんな見た目してるけどさ、男なんだよ……?」







泥と聖水にまみれた衣服を脱ぎながら、ジュリオは何度もアンナに確認を取る。



ジュリオはその中性的で妖艶な美貌から、遊び相手の貴族達から『花も美姫も恥じらう傾国の美王子』だとかなんとか言われて来た。



だからこそ、見た目は美女のようにも見えるが、股の下にぶら下がっているものは確かに男のそれなのだ。







「アンナ……あの、ほんと」




「何でそんなに気になるんだよ? タオル巻くじゃん」




「いや、タオルはタオルだけどさあ……ねえ……」







アンナの凹凸のある体なら、寧ろタオル巻いた方が色々とアレなんじゃないの? と言いかけたが寸前のところでやめた。







「汚れた服は洗濯機に入れとけよ。風呂入ってる間に洗濯してくれるからさ。……洗濯機って知ってるか? 異世界文明の機械だ」




「便利な異世界文明の無い生活には二度と戻れないね」







脱衣を終えて腰にタオルを巻き、衣服を洗濯機に放り込んだ。







◇◇◇







体を洗い汚れと聖水を流した後、ジュリオとアンナは湯船に浸かっていた。



温かいお湯に体を預けると、色々と気が緩んでリラックス出来るものだが、今のジュリオにリラックスなど到底不可能であった。





何故なら。







「おいジュリオ。何であんたさっきから膝抱えて縮こまってんだよ。せっかくの広い湯船だ。足伸ばせよ」




「いや……このままでいい」







ジュリオは膝を抱えて縮こまり、アンナに背を向けていた。



今の状態でアンナを目にしたくない。目にしたら、色々とアレがアレして気不味くなる事だろうから。








「アンナさあ……他の男の人ともこんな感じなの?」




「いや、さすがにそりゃねえよ。それは無理だわ。一緒に風呂入った男はあんたが初めてだよ」




「だよねえ……安心した。……じゃあ、何で僕は良いの?」




「あんたみたいな美人を一人で風呂に入らせる方が怖いわ。…………それに、あんたとなら取っ組み合いになっても、あたしが勝てる相手だから。だから良い」




「ああ、そう……」







ジュリオはチート性能ヒーラーだが、戦闘力はカス中のカスである。



魔物どころか野良猫にすらボロ負けする自信があった。




だからこそ、自分がアンナを力でどうこうするなどは不可能である。



もし、アンナとステゴロでタイマンしたら、自分はきっとヒーラー休憩所送りになるだろう。




そんな弱い自分だからこそ、アンナは平気で肌を晒してくるのだ。







「ジュリオこそどうしたんだよ。王子時代はさぞモテただろうに。今更あたしでどうこうするようなあんたじゃないだろ」




「そりゃ僕は死ぬほどモテたよ。女の子と風呂なんて飽きるほど入ってきたけどさあ。でもね……そう言う問題じゃなくて……」







相変わらず膝を抱えて縮こまったまま、ジュリオは横目でアンナを見た。




アンナは体にタオルを巻いて、長い白髪を片耳側にまとめてお団子にしていた。



はっきり言って、今のアンナはとんでもなく魅了的で可愛らしい。



お湯に浸かって血色が良くなった白い肌には目が釘付けになるし、凹凸のある体に濡れた白いタオルが巻かれる様は、目を逸らそうにも男の本能が邪魔して視線が固定されてしまう。




髪型も、いつもの無造作ロングヘアがサイドアップになっており、可愛らしい雰囲気が最高である。





今のアンナを見るな!!! と言う方が無理であった。







「なあ、あんたの金髪ほんと綺麗だな。……こう言っちゃ失礼かもだけど、ジュリオ……あんたとんでもなく……ヤバいな」




「そ、そりゃどうも……。アンナの言葉で失礼な事なんて無いから、気にしないで」






 



それに、ヤバいのは君もね……と言いかけたが、さすがにこの台詞はどうなんだと思い口を閉ざした。







「……あんたの金髪見てたら、ガキの頃を思い出した」







アンナの指先がジュリオのうなじに触れた。



白いうなじに張り付いた金髪を指ですくってくれたのだろう。まとめ損ねた髪が溢れていたのか。



それがくすぐったく、少し声が漏れてしまう。




するとアンナは少し困ったような照れたような、何とも言えない複雑な顔で「ごめん」とだけ言った。







「ガキの頃さ……まあ……とある施設で、アニメってのを見せられたんだよ。……アニメって知ってるか? ほら、異世界人が奴らの世界から電波ジャックとか言う事して見れるチャンネルあるだろ? あれでやってる、絵が動くドラマみてぇなアレだよ」




「アニメ……知ってはいるけど、見た事はないな。……どんなアニメなの?」







違法ポーションだの偽造だの馬車荒しだのと、散々アウトローに触れてきたジュリオは、電波ジャックと言う単語に対し、最早何も感じなくなっていた。




慣れとは恐ろしいものである。







「なんかさ、金髪の美人のねーちゃんがクッソ性格の悪いババアやブッサイクな女からボロ雑巾みてぇにコキ使われてんだけどさ、ある日、便利な魔法使う婆さんの力で舞踏会に行って、そこで王子とか言う脳天気な顔した男と出会ってガラスの靴を落として、なんやかんやで結婚する話なんだけど」







アンナは何の感情もこもってない声で、ボソボソと呟く。




話に出てきたアニメのお話は絵本にもなっており、そこら中の本屋で売っているほど、国民的な童話として親しまれていた。



その国民的童話が異世界人の電波ジャックによってもたらされたものだと言うのは、初耳であったが。







「んでな、そのアニメ見せられた後、その施設で指導教官してた聖女から、アニメに出てきた金髪のねーちゃんになったつもりで、王子に話しかけてみよう……って言う、変な事させられてさ。……確か……ロールプレイ……とか言ってたかな」




「へえ……変わったこと勉強する学校なんだね」




「学校……か。ああ、うん。……まあ、そんなとこかな」







いつのまにか、ジュリオとアンナは程々に近い距離で、湯船の壁に寄りかかりながら昔話をしていた。



時々肩と肩が触れ合うが、だんだんとそれが気にならなくなってゆく。




ジュリオは先程まではアンナのとんでもなく破壊力が高い姿に目を奪われていたが、目を奪われながらもアンナの貴重な過去話にも興味を奪われていた。




勿論、男の体が既にアレしているので、それが露見しないように膝を抱えたままである。







「そのロールプレイ中、あたしはアニメの金髪のねーちゃんが着てたドレスを着せられて、王子役の指導教官のにーちゃんと会話しろって言われたんだ。……だから、こう言った」




「何を言ったの?」




「金目のモノ全部置いて失せろケツメド野郎って」







幼きアンナがその台詞を吐いた時、指導教官達の呆気に取られた顔が目に浮かんだ。







「……クラップタウンの英才教育のなせるワザだね」




「そうだな。クラップタウンの英才教育か……専攻はスリと物乞いと暴力と口からでまかせと逃げ足ってとこか」




「……刺激的だね。……まあ、逃げ足なら僕も得意だよ」







元王子の自分にとって、ガラの悪い田舎の下町育ちのアンナはまるで異世界人である。



だからこそ、共通点を何でもいいから見つけ出して、アンナとの繋がりを作っていたかった。







「へえ……逃げ足ねえ。……何から逃げて来たんだ」




「えっとね……僕に夢中になり過ぎたせいで刃物持って迫ってくる女に、俺の女寝盗ったなって殴り込みに来た男に、私の男寝盗ったなってバット持って襲撃してくる女に……まあ、そんなとこかな」







ジュリオは、荒んだ王子時代を思い出す。



遊んだ相手に伴侶がいる事がわかり、脱いだ服を抱えてクローゼットに逃げ込んだり、机の下に隠れた事も数え切れないほどあった。




我ながらヤリ◯ンでクソビッチな日々だったとため息が出る。







「あんたも中々修羅場くぐってんな。……てか、ほんとに寝盗ったのか?」




「まさか。恋人や伴侶がいる相手とはさすがに寝ないよ。後が面倒だし。……寝盗ったって襲撃される時は大体、本人が相手を恋人と勘違いしてるか、フリーだって嘘言われたパターンなんだよね。困っちゃうよ、ほんと」







ジュリオが「君はフリーなの?」と聞いても、嘘を言う奴は必ずいた。



そして、そういう奴の恋人や伴侶がバットを持って襲いかかって来ても、ジュリオは城中を駆け回って逃げ切った後、風の噂で「ルテミスがなんやかんや処理した」と言うのを聞いていた。



今思うと、ルテミスには後始末をさせてばかりだと反省する。



そりゃ嫌われるだろうと、ジュリオは苦く笑った。







「そんだけ遊んでりゃ、ガキの一人や二人くらいはいるんじゃねえのか? あんたも一応王子なんだし、世継ぎ残すのは仕事の内だろ? ……ガキ連れた女があんたの職場に突撃しても知らねえぞ」







アンナは悪党みたいな笑みを浮かべてジュリオの額を指で弾いた。







「ううん。それは絶対無いよ」




「まあ、そうだよな……さすがに、王子とは言え配慮はするわな」




「いや、配慮は一切してない」




「は?」




「出来ないんだよ、僕。……子供作る機能が壊れてるんだってさ」







この話題になり、言おうかどうしようか迷ったが、こうして二人っきりで湯船に使っていると、思わず口からぽろりと漏らしてしまった。







「ハーフエルフの人達と同じなんだ、僕。……子種作る機能が壊れてるんだって」




「……」







アンナは無言のままである。何と言ったら良いかわからないのだろう。




そりゃそうだと思う。







「これがわかった時さあ、もう大変だったんだ。周りは泣き喚いて、お父様は「こんな壊れた男を生んでどうするつもりだ」って怒り狂ってお母様を平手打ちしてさ…………」







しまった、と思った。



クラップタウンに来てから、あまりのアウトローっぷりに触れ過ぎたせいで、自分の中のヤバさのチューニングがイカれていたようだ。




それに、アンナに対する甘えの様なものも確かにあった。



アンナだってヤバそうな人生を歩んできたのだから、自分の話くらい何ともないだろうと思っていたから。





だが、神妙な顔で黙り込んだアンナに対し、ジュリオは何とか空気を変えようと焦ってしまう。







「ま、まあでも、そのお蔭でモテてたってのもあるし……。いや、モテてはないか。遊び相手には欠かさなかったんだよね、あはは! ほら、僕って男として壊れてるから、女の子からは後腐れ無く遊べて、性欲処理の相手として人気だったんだよ! ほんとほんと!」







笑ってくれ。頼むから笑ってくれ。




自分の壊れた体のせいで、周りが悲劇に見舞われるのは、もう嫌だ。







「壊れてなんかない」




「え」







アンナの両手がジュリオの両頬を包んだ。




包まれた頬から、アンナの体温が伝わってくる。




伝わる体温から、やはり『正体不明の違和感』を覚えてしまう。



この違和感は、ペルセフォネ人の女と触れ合った時には『あり得ない違和感』だった。






「壊れてなんかない。……あんたは……ジュリオは、壊れてなんかない」




「……そっか」




「それもあんたの一部だ……なんて偉そうな事は言えねえし、言うつもりも無いけど、でも、あんたは壊れてない。……絶対」







アンナはジュリオの言葉を否定しながらも、励ます事はしなかった。ただ真剣に、ジュリオの「壊れている」と言う発言を否定するだけだった。





改めてアンナの赤い瞳を見ると、そのザクロのような強い赤色に見惚れて言葉を無くしてしまう。




白い睫毛も白い髪も、踏み跡一つ無い雪原のようだ。







「……アンナの白い髪、綺麗だね」




「話逸らすなよ」







片耳を隠すように結われた白い髪は、かなり解けそうに緩んでいた。



白い髪の隙間から、上気した耳たぶが見える。







「髪、解けそうだよ」




「え」







ジュリオはそう言って、アンナの解けかけの髪に触れた。




その瞬間、結われていた髪は完全に解けてしまう。



長い白髪は水に濡れてペッタリとしており、当然いつものふわふわ感は無い。





だからこそ、そんなペッタリとした髪では、『尖った片耳』を隠す事など、出来なかった。







「!!!!」







アンナは咄嗟に『尖った片耳』を手で隠した。



その拍子にはらりと外れたタオルなどお構い無しに、悲壮な顔で片耳を隠している。







「ハーフエルフ……だったんだね、アンナ。あのさ……取り敢えず、それ、しまってくれる?」







ジュリオも、アンナの髪やタオルで隠されていたモノを見て、様々な感情に翻弄された。







「悪い……あんたを騙すつもりじゃ」




「いや、耳じゃなくて……タオルの方……」






正直、アンナがハーフエルという被差対象種族であるどうでも良い事よりも、外れたタオルから見えた巨乳への衝撃の方が大きかった。


こりゃすげえ! たまらねえ! というのが、素直な感想であった。






「ああ、こっちか。……悪いな」




「いや、寧ろありがとう……。全然悪くないよ、僕がたくさん見てきた中で、一番良い感じだったよ」







普段のジュリオなら決して言わないとんでもない発言だが、今のジュリオは混乱していたのだった。


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