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23.実は僕、最強ヒーラーだった……!?

「お待たせしましたギャラガーさん。次に行うのは呪いなどの状態異常への耐性検査です」







ヒーラー課の職員はそう話すと、多数の小瓶と細長い紙とペンを机から取り出した。



どうやら今度の検査方法は先程とは異なるものらしい。



てっきり、また水晶玉でなんやかんやすると思っていたのでこれには驚いた。







「ギャラガーさん。腕を捲くって手の平を上にした状態で伸ばして下さい」




「はい、わかりました……」







これから何をされるのかと少し不安になりながら、ジュリオは素直に従った。





ヒーラー課の職員は、ジュリオの白い腕にペンで印を付けた後、小瓶に浸した細い紙を印に合わせて肌に載せてゆく。



紙にはそれぞれ『呪い』だとか『毒』と書かれている。他にも色々あった。







「呪いや毒などの効果を持つ液体に浸した紙を、肌の上に置いて暫く待ちます。すると、耐性の有無で肌に影響が出るので、そこから判断できるんですよ。…………名付けて、状態異常パッチテストです」




「何か……地味だな……。さっきは水晶玉に魔法放ったりして、何か派手だったのに」







アンナの言葉に思わず「だよね」と同意したジュリオである。






 



「状態異常への耐性ってのは、体質が大きく関係してるんだよねぇ。魔力量ってのは個人の努力で増やしてコントロール出来るんだけど、状態異常への耐性は、生まれ持った体質で決まるからコントロール不可能なんだ」




「へえ……そういうものなんですね。ありがとうございます、カトレアさん」







カトレアの説明で納得した。




異常状態への耐性は体質によるものなので変えられないが、魔力量は個人の努力でどうこうなるらしい。




それならば、自分のしょぼいヒールも努力次第で成長させられるのではと考えた。




しかも、自分は詠唱要らずのチート性能ヒーラーである。




もしかしたら、努力なんかする事無く、一発逆転的に才能を開花させてヒーラー業界を無双出来るのではと皮算用をしてしまう。




ジュリオはチート性能ヒーラーと呼ばれ食ってく目処が経った安心感からか、少し調子に乗っていたのだった。







「そう言えばさ、ジュリオが黒いオーラのアナモタズを祓った『カース・ブレイク』の光魔法って、あれ何? すげえ眩しかったんだけど」




「そうだよ、それそれ。僕もそれ聞きたかったんです。カトレアさん、聞いてばっかりで申し訳ないんですけど、説明をお願いできますか?」







アンナの発言に乗ったジュリオは、カトレアの方を向いて質問をした。



先程からカトレアには話させてばかりだと申し訳無く思うが、自分の能力に関わることなので遠慮するわけにはいかない。







「いいよ。そもそもアタシ、キミに説明するためにここにいるからねぇ。…………えっと、『カース・ブレイク』ってのは、呪いを『分解して破壊』する最上級光魔法なんだわ」




「最上級光魔法!? 僕がですか!?」




「マジかよ。ジュリオあんたやべえな」







自分は詠唱要らずのチート性能ヒーラーであり、無自覚に最上級光魔法を使ったというではないか!





あれ、僕ってもしかして最強チート性能ヒーラーだったんですか? とワクワクしてしまう。




こんな幸運が自分に振りかかっていいのかと思うが、今まで散々な人生だったのだ。



だからこそ、これからの人生がチート性能で全て上手く行って無双状態になっても良いじゃないかと思う。





そんなジュリオの膨れ上がる期待値を後押しするかのようなタイミングで、状態異常パッチテストの結果が出た。




その結果は勿論。







「す、すごい……全ての状態異常へ耐性があります。……耐性、なんてレベルじゃない。完全に『無効』です。…………しかも、毒と呪いは『無効』よりも高い『分解』ですよ……? な、何者なんですかギャラガーさん……」




「さあ……? 僕はただのヒーラー免許を取りに来ただけの存在ですけど……」







得意気になるジュリオに対し、先程からアンナは「すげえな〜」とまるで福引で二等を当てたレベルの冷めた反応しかくれない。




もっと「さすがぁ〜! ジュリオ♡」と派手に喜んでくれても良いのではと思うが、アンナが満面の笑みでジュリオを褒め称える絵面は、それはそれで可愛いらしいが違和感の方が大きい気がした。







「以上を持ちまして、検査を終了します。検査内容を考慮して、ヒーラー免許を発行いたしますので、今日の夕方か明日の朝にヒーラー課の二番窓口へお越しくださいね」




「はい。ありがとうございました。……多分、今日の夕方に伺おうと思います。その時はまた、よろしくお願いいたします」







立ち去るヒーラー課の職員さんに挨拶を済ませると、ジュリオは先程検査した自分の腕を見た。



ペンで書かれた印は検査終了後に濡れた布で拭かれたので、肌に痕は何も残っていない。





詠唱破棄チート性能だけじゃなく、全状態異常が無効であり、呪いと毒に関しては無効よりも上位である分解であるという。





これはもう、ヒーラーとしては最強なのでは?





先程までは自分のチート性能をあぶく銭のように感じていたが、今は完全に浮かれきってきた。







「呪いを分解して破壊する『カース・ブレイク』が扱えて、呪いと毒への耐性は『分解』レベルかぁ…………。なるへそ。……すごいねぇジュリオくん。さすがはチート性能ヒーラーだ」




「ありがとうございます! カトレアさん!」







ジュリオは元気よく返事をした。それはそれは喜びに満ちた声と表情である。







「そんなジュリオくんにピッタリな仕事を依頼したいんだけど、どうかなぁ? ……キミみたいなチート性能で呪いと毒耐性は分解レベルな最強ヒーラーにしか出来ないSSRランクの仕事なんだ」




「仕事ですか! しかもSSRランク!? やりますやります!是非やらせてください!」







自分は実はチート性能だったという幸運に頭が茹で上がったジュリオは、即座にカトレアの提案へ飛びついた。





待ちに待った仕事である! 




しかもSSRランクの依頼だ!




いきなりSSRの仕事をこなせるなんて、チート性能万歳だ!




ここから一発逆転無双劇が始まる!






…………なんか大切な事を忘れてる気がするけど、まあいっか! だって自分は最強ヒーラーなのだから!






ジュリオは完全に調子に乗っていた。




忘れてはいけないが、ジュリオは最強ヒーラーである前に、世間知らずのバカ王子である。



落ち込んでいる時は結構自分のバカさに冷静なくせに、調子に乗って浮かれてしまうとそれをすっかり忘れてしまう。





そんなジュリオとは反対に、アンナは厳しい表情をしていた。







「婆さん。ジュリオはまだ無免許ヒーラーだぞ。……『免許の有無を問わないSSRの依頼』って……それはヤバいんじゃねえのか」




「……本当はこんな事したくないんだけどさ。……マジで早急に解決しないと死人が出るからね……」




「……そうか」




 




アンナは厳しい表情と落ち着いた声で、カトレアに質問をしている。




平常時のジュリオなら、アンナが警戒姿勢を見せると「だ、大丈夫なの、アンナ……?」と不安がるものだが、今の浮かれポンチなジュリオは全く気にしていない。







「大丈夫だよアンナ! だって僕はチート性能で全状態異常無効の最強ヒーラーだよ? 気にする事無いって」




「……でもな……ジュリオ」




「それにさ、カトレアさんの依頼なんだよ? 僕が死ぬような酷い依頼持ってくるわけないって!」




「それは……そうなんだけど……でも」







やる気マンマンなジュリオに対し、アンナは戸惑いながら言葉を濁している。




これではいつもと真逆だ。







「ああ、ちなみに。今回の依頼はアンナにも来てもらうからねぇ。……アンナは『仕上げ』の役をやってもらうよ」




「仕上げ……? まさか……」







アンナの表情は一気に真剣なものへと変わった。




その変化の真意に気付けない浮かれポンチなジュリオは、見当違いな見立てをしてしまう。







「大丈夫だよアンナ! いざとなったら僕が守るよ! 君にずっと守ってもらったから、その恩返しをさせてね!」




「あ、ああ……うん。……期待してるよ……」







引きつった表情のアンナに対し、ジュリオは浮かれた頭で「アンナが怯えてる! 大丈夫! チート性能な僕が守る!」と考えていた。





実のところ、ジュリオは無自覚に焦っていたのだ。




早くヒーラー免許を取らなければ。仕事を見つけなければ。早く自分の力で飯を食わなければ。



そんな無自覚の焦りの蓄積が、降って湧いたチート性能という幸運によってぐちゃぐちゃに崩れていたのだ。







「それじゃ、仕事の現場に早速行こうか。ローエンとルトリにはアタシから連絡しとくよ」




「はい! ありがとうございます! ……ところで、お仕事の現場って、どこなんですか?」




「……それはねぇ」







カトレアは申し訳なさそうに目を逸らす。




ジュリオも初仕事だと浮かれているが、アンナだけは真剣な表情をしたままだった。







「この依頼はジュリオくんにしか出来ない仕事だから安心して欲しいんだよねぇ。……ジュリオくんにしか出来ないって事は、キミなら安全だからってこと」




「僕なら安全なんですよね! それなら大丈夫ですね!」







◇◇◇






 



「安全なんですか、これ……。大丈夫なんですか……ほんと……」







ジュリオはさっきまでのイキリっぷりを忘れ青ざめて困惑した顔で、目の前に広がる地獄のような光景を見ている。





その地獄とは、悪臭を放つ汚ねえ紫色をした毒沼であった。



カトレアと共に馬車で向かった現場は、慟哭の森から少し外れた所にある毒沼だったのだ。





紫の泥はボコボコと泡立ち、ひらひらと舞い落ちた枯れ葉がジュッと嫌な音を立てて溶けてしまう。



毒沼の周りの土は汚え紫に変色しており、枯れ草が数本辛うじて残っていた。





毒沼からやや遠くには朽ち果てた枯れ木がぽつぽつと生えているが、そのうちの一本が根本からへし折れてしまい地面に倒れる。



ぽさりと言う軽い音がしたかと思えば、黒ずんで朽ち果てた木はほろほろと崩れてしまう。



その様子から、木の内部が毒に食い尽くされスッカスカになっている事がわかった。





毒沼からは酸っぱい悪臭が漂っており、もし食事の直後であったら盛大に吐いていただろう。







「し、しかも……あの、毒沼の真ん中にいるのって…………アナモタズ、ですよね……。しかも、黒いオーラの……」







ジュリオが震える指で示した方向には、確かにアナモタズがいる。



しかも、黒いオーラをまとい、まだらに毛の抜け落ちた個体だ。







「ジュリオくんには、カース・ブレイクであのアナモタズを祓って欲しいんだよね。………………この毒沼を通って」




「は?」







あ然とするジュリオを他所に、毒沼付近の土がボロボロと崩れた。




完全に意気消沈したジュリオの背後で、アンナは涼しい顔で「んなこったろうと思ったよ」と呟いたのだった。


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