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21.役所の美人職員ルトリ

クラップタウンの役所に入った途端、心地よい冷気がジュリオの肌を撫でた。






「す、涼しい! アンナ、これってあの、異世界文明の『冷房』……とかいうやつ?」




「ああ。『空調設備』とか言う異世界文明なんだと。便利なこった」







クラップタウンの役所内では、異世界人達の文明の一つである『冷房』というのが効いているようだ。




気温すらも操れる異世界人文明の、何たる高度な事か。




そりゃあ、異世界人達がこんなチートのような文明を民衆に広めてしまったら、古臭い宗教観にすがる王族なんか相手にされなくなるのも無理はないだろう。




ジュリオは改めて異世界人文明の威力を思い知った。







「異世界人の文明……凄すぎて、怖くなってきたよ」




「その気持ちはわかる。しかも、冬には『暖房』ってのもあんだぞ。冬でも春みてえに暖かいんだよ。……もう、わけわかんねえ」




「冬は暖かいの!? 嘘でしょ!? 僕ん家冬だとめちゃめちゃ寒いのに!! 王族の暮らしよりも良い環境の役所って何……?」







ジュリオの実家である城は、見た目こそ芸術作品のように見目麗しいが、その中身は人が暮らす事をまったく考えてはいない不便なものであった。




極限までに美しさのみを追求した結果、夏はクソ暑く冬はクソ寒いという住心地の悪さを誇っている。




城というのは敵を迎え撃つ防衛施設であるため、人が生活するのには向かない事情もわかるが、だとしてもこの差はあんまりだとジュリオは思う。




役所内の廊下を歩いていると、すれ違う職員がアンナへ気さくに挨拶をしてくる。



その度アンナは「おう」と短い返事をしていた。







「アンナ、役所に顔見知り多いんだね」




「まあな。狩猟の関係で何度も世話になってるんでね」




「狩猟の関係……? 役所と? なんで?」







ジュリオは、狩猟と役所の関係を結びつけるのに夢中で、背後にそっと忍び寄ってきた気配に気づけなかった。







「慟哭の森で狩ったアナモタズの肉や素材はね、うちの安全課で換金してるの。法律上は、害獣駆除のクエストの報酬……という形になっているわ」




「え!?」






いきなり背後から声をかけられ、ジュリオは勢い良く振り返る。



目の前には、ジュリオと背丈が変わらない長身の美女が微笑んでいた。







「ルトリ、そこにいたんか」







アンナはゆっくりと振り返り、薄っすらと笑った。



いつも殺し屋みたいな顔したアンナが笑いかける相手となると、よほど親しい間柄なのだろう。







「び、びっくりした……。後ろに気配なんて無かったのに……」




「あ、あら……ごめんなさいね……」







申し訳なさそうに謝るルトリは、今まで見てきたペルセフォネの美女達を軽く凌駕するほどの美女だった。


ボーイッシュな金髪のショートヘアと、妖艶で綺麗な顔立ちのギャップが可愛らしい。


紫色の優しげな瞳は美しく、ずっと見ていたいと思ってしまう。







「アンナちゃんと……貴方が、ジュリオさんなのかしら?」




「あ、ええ、はい……僕ジュリオです……」




「あらあらそうなのね! じゃあ、改めまして、私はルトリ。クラップタウンの役所の安全課の課長よ。仲良くしてね、ジュリちゃん」




「じゅ、ジュリちゃん……」







ジュリちゃん、だなんて初めて言われた。




いくらジュリオが色恋の百戦錬磨をくぐり抜けた美貌の王子だとしても、目の前の顔が良すぎるルトリの人懐っこさには敵わなかった。





頬を赤くし戸惑いながら吃ってしまったジュリオを、アンナはニヤニヤと楽しそうに見上げてくる。







「へえ……ジュリちゃんってば可愛いじゃん」




「う、うっさい!」







ジュリオとアンナの子供じみたやり取りを、ルトリはくすくす笑いながら優しい眼差しで眺めていた。







◇◇◇







役所の安全課にてルトリと合流したジュリオ達は、ルトリの案内でヒーラー課へと向かった。




ローエンは真っ先にルトリの隣をキープし、デレデレしながら話しかけている。




一方ルトリはニコニコ笑いながらローエンをあしらっていた。その様はまさにお役所仕事だ。





そんなルトリはジュリオへ振り返り、




「ジュリちゃんには色々と聞きたいことがあるのだけれど……。まだ安全課もバタバタしてて。……後でまた来てもらうことになるかもしれないわ」



と申し訳なさそうに言うではないか。






「聞きたい事……ですか?」




「ええ。……アンナちゃんに助けられたアナモタズの事故について……ね。何故事故が起こったのかを根掘り葉掘り聞くことになるけど、許してね。……マリーリカちゃんも、まだ口が利ける状態じゃなくて……」




「マリーリカ……。彼女は、今どこに……」






ジュリオは無我夢中で発揮した謎の回復魔法で命を救ったマリーリカの顔を思い出す。


マリーリカには散々な目に遭わされたが、妹があのような惨い遺体となって発見されたのだ。あの錯乱っぷりは無理もないだろう。



ジュリオだって、ルテミスという大事な弟がいるのだ。マリーリカの気持ちはわかる。







「マリーリカちゃんは役所の休憩室で保護してるわ。……まだ眠ってる」



「そうですか……」







悲しい気分で目を伏せるジュリオである。




その一方、カトレアはローエンとアンナに事情を聞いたようで、




「へぇ……そんな事があったんだ。ジュリオくんもアンナも大変だったねぇ。……死者も出てるからこんな事言うのはアレかもしれないけど、ジュリオくんも、そのマリーリカちゃんって子も、無事で良かったね」




と優しい顔でジュリオの肩を叩いた。







「ありがとうございます……カトレアさん」




「どういたしまして〜。……アンナもお疲れさま。ジュリオくんを助けられて良かったね」




「ああ。ホントだよ。アナモタズの獣害事件で二人も生き残るのは奇跡だ」





アンナは厳しいセリフを言ってニヒルに笑う。



二人でも生き残れば奇跡、というアンナは、一体どれ程アナモタズに食われた遺体を見て来たのだろう。







◇◇◇







「ジュリちゃん、ここがヒーラー課よ! 覚えておいてね!」




「はい! ルトリさん。ありがとうございます!」







こちらへ振り向いたルトリに話しかけられ、ジュリオは偽造ホヤホヤの身分証明書をぎゅっと握った。







「まずはあそこの一番窓口に行ってもらえるかしら? そこで身分証明書を提出した後、魔力量とか色々を検査して、ヒーラー免許を作ることになるの。発行は今日中に出来るから安心してね」



「ヒーラー免許、ですか?」



「ええ。一応人の命を扱う仕事だから。ヒーラーは仕事を受けるにも免許が必要なのよ」



「そうなんですか……。わかりました」







ヒーラー免許とやらを取るために、この偽造した身分証明書を提出するのかと思うと、非常に緊張して胸の鼓動がばくばくと鳴る。



バレたらどうしよう、と怖くなった。ローエンの腕を信じてないわけではないが、やはり怖いものは怖い。







「ジュリオ、大丈夫だ。ここをどこだと思ってんだよ? クラップタウンの役所だぞ。『ワケあり』には目ぇ瞑ってくれるさ」




「相変わらずのアウトローさだね……」







アンナが背中を優しく叩いて励ましてくれた。



ジュリオが不安になるとき、アンナはいつも寄り添ってくれる。



励まし方は若干恐ろしかったり倫理観がおかしかったとりとズレているが、それでも嬉しいものは嬉しい。







「ねえ、アンナ。ごめん、一緒に来てもらって良い? やっぱり……なんか不安で」







自分一人で偽造した身分証明書を提出するより、横にアンナがいてくれた方が心強い。



ジュリオ一人だけだと、不安さのあまりいらん事を口にしてしまいそうだからだ。







「いいよ。あとさ、カトレアさんにも来てもらおうや。魔力検査の時、あんたの謎の光魔法についてわかる事あるかもしれんし。…………なあ、カトレアさん、良いか?」




「アタシは良いよぉ〜」







アンナに同行を頼まれたカトレアは、相変わらずのゆったりした喋りで応じてくれた。




ジュリオは二人に礼を言うと、身分証明書の提出先である一番窓口へと向かう。





その一方、ルトリとローエンは安全課に戻ると言うので、ヒーラー免許取得後に安全課で合流しようという話になった。







「ローエンさん、ルトリさんにデレデレだったね」




「あいつ美人に弱いんだよ。……ジュリオがもし女だったら絶対あいつ態度変わるぞ」




「美人に弱い……て、じゃあ何でアンナには態度が雑なの?」




「え…………。うっせえよ……ほら、早く身分証明書出せや」




 





ジュリオにとっては自然な疑問を口にしただけなのだが、アンナは赤いフードをぎゅっと深く被って顔を隠してしまう。しかし、隠しきれない白い頬は真っ赤に染まっていた。




アンナが照れた時はだいたいこのようにして逃げるので、ジュリオはいつかフードの中が見てみたいと思う。



覗き込もうかと思ったが、窓口前で小競り合いをする気にはなれず、ジュリオは潔く身分証明書を提出した。







「ヒーラー免許を取りに来ました……! よ、よろしくお願いいたしますっ!」







窓口に座る職員さんに向かって勢い良く頭を下げたジュリオである。



いくら事情が事情とはいえ、偽造した身分証明書を提出するという罪悪感から来る精一杯の謝罪だった。




ガチガチに緊張したジュリオから身分証明書を受け取った職員さんは、書面をちらりと見た後、呆れたように笑っている。







「苗字がギャラガーの人が身分証明書を提出しに来たの、今月入ってもう十人目ですよ」







職員さんは笑いながら書類の束が入った箱を窓口のカウンターに載せる。ジュリオから受け取った身分証明書を軽い動作で箱にしまうと、肩をすくめて言うのだった。







「ようこそ、ワケありだらけ町――クラップタウンへ」


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