206.落ちてきた異世界人!?
ネネカ視点のお話です!
「そうですか……。ユリエルさんでも……。いえいえ、お忙しい中ありがとうございます。……え? 今度食事ですか? 二人っきりで夜景を見ながらバーで酒!? 行きます行きます行きます行きます!!! え、何? バーのあるホテルには部屋を予約するから酔いつぶれても大丈夫? ありがとうございます〜! 気が利きますねえ〜! はい? 同意は必ず取る? 酔に任せて無理強いはしない? 何のことです?」
ネネカはユリエルに礼を言って通話を終えた後、うーんと背を伸ばして研究室のソファーに寝っ転がった。
只今お昼時である。研究室で一人、缶詰になっているネネカは、そろそろ昼飯を持って来てくれるだろうルテミスを待ちつつ、働かせ過ぎてパーンッとなった頭を休めていた。
「フロント……ユリエルさんにも異世界人召喚の仕組みを教えてなかったのか……。何でだろう。……ユリエルさんにすら伝えられないほどヤバかったってことか……?」
ネネカの新薬開発は行き詰まっていた。
そもそも、異世界の薬をこのドファンタジーな国で再現しようというのが間違いなのである。
「呪い食いの元となる歪の毒……。ユリエルさんは『異世界人が召喚された際に』って言ってたけど……。フロントが言うとことなると……本当に真実かわからないな」
呪い食いの原因となる歪の毒は、本来この世界には存在しない筈の異世界人が、召喚されたりチート能力を使用したりする際に発生するとユリエルは言っていた。
ユリエルの話を聞いた時は、ユリエルの話以上の知識を持たなかった為に彼女の話を鵜呑みにするしか無かったが、肝心の召喚のシステムをユリエルは知らないどころか、異世界人が召喚されてくる光景すら見た事が無いという。
「異世界人が召喚されて来る場所を調査出来れば……。歪の毒のサンプルが大量に手に入るんだけどなあ。色々と分かることもあるだろうし」
現状、ジュリオに賛同した協力者のお蔭で、遺体の解剖の件数は上がっており、呪いの病への理解度は飛躍的に上がっている。
アレルギー性皮膚炎と気管支炎に極めて近い症状であるとわかれば、後はアレルギー反応への過剰防衛を抑える薬と、気管を広げる薬と、皮膚炎を抑える薬を作ればいいだけだ。
しかし、このドファンタジーの聖ペルセフォネ王国の人々に効く薬を、ネネカの異世界人としての常識のみで生成するのは大変危険である。
異世界人とペルセフォネ人の体は似て非なるのだ。
だからこそ、異世界人の夫がいたカトレアや、ペルセフォネ人とドワーフの血を持つローエンの意見や協力が不可欠である。
「異世界人も余計な事してくれたよ……。学校の現代社会であの時代の勉強くらいしとけっての。こんなドファンタジーの国にうちの文明持ち込んだら、そりゃ公害病くらい出るのは想像できるでしょうが。……ったく」
ネネカはこの国に召喚されたと言う、脳天気な勇者や聖女気取りのアホに文句を言った。
だが、ネネカも今や新薬開発と言う、異世界文明をこのドファンタジーの国にもたらすと言う行為を行っている最中なのだから、自分も立派なアホであると思い知る。
やるせないな……と思っていると、ルテミスがコンビニでおにぎりやお茶を買って来てくれた。
「ネネカ。お疲れさん。……屋上で飯食おうぜ。外の空気吸えよ」
「ありがとうございます。……そうっすねえ……」
ルテミスはキジカクから屋上の鍵を借りて来たと言う。
仕事が早いなあと感心しつつ、ネネカはルテミスの後について行った。
◇◇◇
屋上に着き、ネネカとルテミスは真っ昼間の青空を見ながら、ボケーッとコンビニのおにぎりを食っていた。
「え!? 花房隼三郎さんが……『この世界に落ちてきた』って言ったんですか!? 召喚されたじゃなく!?」
「ああ。……アンナさんがそう言ってた」
ルテミスがペットボトルのお茶を飲みながら、アンナと深夜にラーメンを食った時の話を聞かせてくれる。
「おかしいよな? 普通の異世界人は皆『召喚された』って言う筈なのに。……お前だってそうだよな」
「ええ。気が付きゃ王城の広間にいて、ランダー陛下から『貴女は召喚されました。だからこの者達の中から好きな者を選んでパーティを組んで、聖女になって下さい』って、美男子をズラーッと並べられました。…………ヤバいと思ってすぐに断りましたけど」
明らかにおかしいではないか。
『召喚された』と『落ちてきた』は全く異なる意味を持つ。
それなのに、この聖ペルセフォネ王国に最初に『召喚された筈』の花房隼三郎は、『この世界に落ちてきた』と行ったのだ。
「…………本当に私ら異世界人は、召喚されているんですか? そもそも、異世界人の召喚のシステムってどんなですか? 召喚士なんて見た事無いですし」
「俺も異世界人の召喚の仕組みはマジで知らねえんだよ。……異世界人の召喚は厳重な国家機密とかで、父上……国王しか知らねえからなあ」
ネネカはルテミスの話を聞き、ますます疑問が止まらなくなる。
聖ペルセフォネ王国に『召喚された』と言われた当初は、どうにかこの異世界人差別の酷い国で生きていく事に必死だった。
しかし今。この国に巣食う呪いの病と戦う際になり、どうしてもこの『異世界人の召喚システム』が気になってしょうがないのだ。
「すみません、ルテミスさん。……ヒナシやオギノさんに……そして、異世界人の少年勇者のパーティにいたマリーリカさんと、異世界人の旦那さんがいるカトレアさんに、異世界人の先生の教え子であるルトリさんとローエンさんに、手分けして聞いてみてくれませんか? …………異世界人が召喚される直前の時と、召喚された直後の事を」
「……ああ。わかった」
ネネカとルテミスは、それぞれメモ帳とペンを取り出し、分担して知り合いの異世界人や異世界人と関わりが深かった人々に連絡を取ったのだった。
◇◇◇
ネネカはヒナシに召喚された直前と直後の事を聞いていた。
「……なるほど……。撮影中の事故……ですか」
『そうそう。世界の秘境を巡ってるときにね。崖が崩れて後は……まあお察しよ。……んで、その後目覚めたら俺は城の広間にいて、ランダー陛下が美少女を並べて【貴方は召喚された勇者です〜】って言ってたんだよね。…………召喚された時の事は……そんなもんかな……』
「ありがとうございます。……あの、他に何か変わった事はありませんでしたか?」
『……そうだねえ。…………う〜ん。…………あ。強いて言うなら……』
通話越しのヒナシは、何かに気付いた様な声を出した。
『体が痛かったかな……。こう、無理な姿勢で寝た後みたいな。…………あとね、木くずと埃が付いてたのは……覚えてるよ』
「体の痛み……。木くずと埃……」
『うん。まあ、でもさ、俺、崖から落ちて死んだわけだから、そりゃ体も痛いし木くずや埃が付いててもおかしくないんじゃないの?』
確かに、ヒナシの言う事は筋が通っている。
しかし、ネネカはデマの過熱報道を止める為に首を吊って死んでからこの国に来たのだ。
ヒナシの話通りなら、首に痛みが残るはずだが、ネネカにはそれが無かった。
「ありがとうございました……。はい、では……明日の収録もよろしくです」
ネネカは通話を切った後、今度はルトリにカツラギ先生の話を聞いたのだった……。
◇◇◇
全員に、話を聞き終えた後、ネネカとルテミスは書いたメモを見せ合い、一つの結論を導いた。
「私ら異世界人は、ここへ召喚される前に全員死んでますね」
ルトリとローエンは『カツラギ先生は、元いた世界で潜入捜査が失敗して撃たれた』と言っていたし、
オギノは『猫を助けようとしてトラックに跳ねられた』と言っているし、
カトレアは『東洋さんは子供を助けようとしてトラックに跳ねられた』と話してくれたし、
マリーリカは『アイツは母を庇って父親に殴られた時に頭をぶつけた』と言っていた。
これらの情報をまとめると、全員元いた世界で死んでからこの聖ペルセフォネ王国に来ている事が分かった。
「元いた世界で死んだ人達が、異世界人としてこの聖ペルセフォネ王国に召喚されている……? いやでも、こうなったらもう『本当に召喚なのか』すら怪しいですよ……」
ネネカはジュリオと『どっかに解剖医が落ちてないかな〜』と話した時の事をルテミスに話す。
ジュリオはあの時、不思議そうに
『……そう言えば、医学系の知識を持った異世界人って、あんまりいないよね』
『聖ペルセフォネ王国に召喚される異世界人って、大体学生だったり、普通の大人だったりするもんね。……そりゃ、たまにネネカや東洋さんやカツラギ先生みたいな専門の知識を持った人もいるけど……。後ヒナシも』
と言っていたのだ。
ジュリオは自身をバカ王子だと蔑むが、ネネカとしては『鋭く良い視点を持っている』と思う。
「聖ペルセフォネ王国的に、異世界人のチート能力や進んだ文明は旨味の筈です。……ですが、あまりにも進み過ぎた文明を与えたり、国民に王室を疑う『知性』を与えたりしてしまうのは、為政者として悪手だと言えます。……なのに、何故、この国は『ヒナシの様な言う事を聞かないテレビ屋を召喚した』のですか?」
ペットボトルやらコンビニやらと、生活の質を上げる文明をもたらす異世界人なら欲しいところだが、ヒナシの様な傾国の火種になりそうなヤバいオッサンを召喚するのはあまりにもアホだと思う。
ここまで考えた瞬間、ネネカは花房隼三郎の話を思い出した。
「召喚じゃない。…………落ちてきたとしたら」
「……まさか」
ネネカの発想の飛躍に、ルテミスは言葉を無くしてしまう。
「もし、例えばですよ? 隼三郎さんの『落ちてきた』を正しいと仮定して話を進めるなら、全部納得が行くんです! だって、この国に都合の悪いヒナシや東洋さんをわざわざ召喚する理由なんて無いでしょう? もし、召喚のシステムが完全なランダムなら、どうして医学屋だけが異様に数が少ないんです! どうして勇者や聖女だと言われたのを鵜呑みにするおめでたいアホしかいないんです!? …………召喚じゃない、『異世界人は元いた世界で死んでから、聖ペルセフォネ王国に落ちてきた』と考えたら、全部納得が行くんですよ」
「そ、そのアホな勇者や聖女気取りの連中の進んだ文明やチート性能に育てられた国の王子としては…………お前の発言はどうかと思うぞ。ネネカ、お前の言葉は強過ぎる。頭が回り過ぎるせいなのかは知らんが、少し考えろ」
「確かに。ルテミスさんの意見は最もです。…………しかし、私の立場から言わせりゃ完全にただのアホですよ。自分達の世界の文明の方が優れてる、正しいって思い込んで、この国の発展レベルも環境もろくに考えずに次から次へと文明持ち込んで、結果として汚染物質が広がり国は呪いの病に感染したんですから。後先考えりゃ分かることでしょう? 元いた世界で何も学んでいない証拠です」
ネネカはルテミスの相棒であり、何でも全肯定する接待要員ではない。
だからこそ、こうして意見がぶつかり合う時があるのだ。
まだ聖女と王子だった頃は、カレーに何を入れるかで激論を交わして大喧嘩をしたこともある。
中庸で情の深いルテミスと、辛辣で冷血なネネカは、こうしてバランスが取れているのだろう。
ネネカはこのままではまた『カレーに何を入れるかで大喧嘩となった、あのクソ無駄な時間の二の舞になる』と気づき、深呼吸をして「すみません、熱くなり過ぎました」と口にした。
そして。
「……魚を求めている人に、魚を釣ってあげるのは良い事です。……でも、いつまでもその人に魚を釣ってあげるわけには行かないでしょ? …………本当にやらなければいけないのは、釣り竿の作り方を教えて、船の作り方を教えて、魚の釣り方を教えて、その魚で経済を立てることを教えなければいけないんです。…………物を与えるのは問題の解決にはなりません。……物の取り方の知識を与える事こそ、私は異世界人が本当にしなければならない事だったと思います」
「でも、知識を得る前にそいつが飢えてたら、まず魚を食わせなきゃならねェだろ。…………て、もうこの話はやめるか。……またカレーに何入れるかの時と同じになるな。…………あんな馬鹿みたいな時間はもう沢山だ」
「ホントですよ」
ネネカとルテミスは、何でこんな話になったんだっけ? と話題を戻し、異世界人の召喚システムが本当は全くの嘘なのでは? と言う議論に戻った。
「死んだ異世界人が聖ペルセフォネ王国に落ちてきたとして、例えばその異世界人のチート能力を『見定める何か』さえあれば、この国に都合のいい人材かそうで無いかがわかります。……そうしたら、都合の良い人材は国に引き入れ、ヤバイ人材は弾く事も可能でしょう。例えば、解剖医とか」
「……じゃあ、何でヒナシや東洋さんは……この国に引き入れられたんだよ。…………それに、お前も」
ルテミスの問に、ネネカは考え込む。
確かに、この疑問は最大の謎だ。
「ヒナシの場合は、異世界人の選別をする側に、『テレビと言う概念が理解出来なかった』のでは? …………そして、東洋さんは解剖がメインの医学屋では無く、国に無害な分野の医学屋だった……としたら。……例えば、産婦人科医とか」
「さ、さんふじんかい?」
「ああ、すみません。要は、出産の事に関する医学屋って事です。……ほら、この国は大聖女を生めよ増やせよの国でしょ? それに、カトレアさんが言うに、東洋さんにはチート能力がありませんから」
産婦人科医なら、帝王切開と言う技術もある。
しかし、異世界人を選別する側に帝王切開と言う知識は無いだろう。
だからこそ、東洋の脅威に気付けず、チート能力の無い、出産の助けになる知識を持つ東洋は聖ペルセフォネ王国に必要だったのだと思う。
「二人の事はわかった。…………でも、だとしたら、ネネカは何でこの国に引入れられたんだ? ……ぶっちゃけ、お前みたいなのが一番駄目だろ……」
「ですよねえ……」
ネネカとルテミスが、首を傾げた瞬間である。
「やっほ〜! ルテミスにネネカ〜! どしたの、メモまみれで険しい顔して」
「二人とも腹減ってんのか? 今から食堂でカレー食うけど、どうだ?」
ジュリオとアンナが、脳天気な顔で屋上へと来たのだ。
「ああ……そうですねえ……。カレー頂きましょうか」
「そうだな」
ネネカとルテミスも立ち上がり、メモをポケットに仕舞った。
「アンナがね、カレーには辛いソースを入れるのが美味しいって言ってたから、それ試して見ようかと思って」
「あたしも、ジュリオがカレーには目玉焼き乗せるのが良いって言うからさ。話聞いたら食いてえなあってなった」
二人で顔を合わせて「ねーっ!」と平和に笑い合う様を見て、インテリコンビは口を開いた。
「ねぇルテミスさん。私らってアホですね」
「だな」
ネネカとルテミスは疲れた顔で笑いながら、呑気なジュリオとアンナを眺めていたのだった。




