203.禁忌の破壊、ついに
その後も、ジュリオの軽快な追放トークは続いた。
そんなジュリオを見守るローエンは、「お前よく喋るな」と合いの手を入れつつ、ジュリオの説明が足りない箇所を補足したトークを返してくれる。流石だなあと思った。
ジュリオのトークが終わったあと、ローエンが
「そういやいよいよ明日だな。国民投票」と話を振ってくれる。その前振りのお蔭で、ジュリオは本題に入る事が出来た。
「国民投票の話の前に、少しだけ、僕の話をしていい?」
「お前まだ話すのかよ。今度は何だ? 『抱いてくれなきゃ死ぬ』って刃物持って迫ってきたヤバい女と、『一緒に死んでくれエンジュリオス』って金属バット持って迫ってきたヤバい男が鉢合わせて大喧嘩になった話か?」
「そうじゃないよ。……ただ、解剖への僕の気持ちを聞いて欲しいだけ」
ジュリオはすうっと深呼吸して、口を開いた。
「今まで十八年間生きて来て、誰かに勝ちたいとか、誰かを見返したいとか、そんな事一度も思った事は無かったんだ」
一呼吸おいて、話を続ける。
「ルテミスは優秀過ぎて勝ちたいなんか思えなかったし、子供の頃は真面目にやってたのも『みんなの役に立ちたい』だったからさ。……僕自身が、自分でこうなりたいって思った事、今まで無くて。…………でも、今、命をかけてでも勝ちたいと思える相手がいるんだ。…………それは…………この国をめちゃくちゃにしてる、呪いの病だ」
ジュリオの顔付きが、陽気なアホからキリッとしたヒーラーの顔になる。
「現在、呪いの病のせいで大変な事になってるよね? 僕が冥杖ペルセフォネを担いで各地のヒーラー休憩所へ行って、病人の呪いを祓いまくっても、次から次へと病は湧いてくる上に、呪いを祓っても亡くなってしまう病人が後を絶たないんだ。…………僕は、この状況が悔しくて仕方無い」
ここから話の主題だ。
ジュリオは何か頭の良い事を言おうとしたが、僕はルテミスじゃないと諦めた様にため息を付き、すぐに言葉を続ける。
ジュリオはジュリオだ。それ以外でもそれ以上でもない。
だから、誰の真似でも無い、ジュリオの言葉を伝えるしか無いのだ。
「だから、呪いの病にかかった病人の体に、何が起こっているのか知りたいんだ。それにはもう、体の中を直接調べる『解剖』をするしかない。…………勿論、この解剖がこの国の禁忌であるとは知ってるよ。いくらテレビ番組で解剖の話をしたとしても、受け入れられない気持ちは絶対にあると思う。……僕はその気持ちを否定しないし、間違ってるとも言わない」
ジュリオだって、アンナと出会った当初は、ペルセフォネ人としての宗教観から狩猟行為へ拒否反応があった。
それに、アンナがアナモタズの遺体を解体し始めた時は、『何て野蛮な事を!』と軽蔑すらしてしまったものだ。
だが、その後は解体したアナモタズの肉をすき焼きにして食って『美味しい〜』となったものだが。
「だけど、もう解剖をして体の中を見るしか、呪いの病に対抗できる手段が無いんだ。僕が冥杖ペルセフォネで呪いを祓えばそれで解決と言う病じゃない。…………このままだと、僕がどれだけ呪いを祓っても、助からずに亡くなってしまう人々が増える一方なんだ。……だから、呪いの病と戦う僕の仲間になってくれないかな。明日の国民投票で、解剖へ賛成票を入れてくれるだけで良いんだ。……実際に、解剖への協力者として名乗り出てくれた人がいる。その人からの手紙を、ここで読むね。……あ、勿論、ご遺族からは許可もらってるから」
そう言って、ジュリオはナトミアからの手紙を読み始めた。
ナトミアからの手紙を読み上げるジュリオを、ローエンは真面目な顔で見ている。
「………………以上だよ。解剖への協力者は、もういるんだ。後は、国民投票でペルセフォネ教を動かすだけ。……解剖は法律で禁じられているんじゃなくて、ペルセフォネ教の禁忌として制定されているだけだから、国王の分野では無いんだよね。……だから、民意さえあれば、大司教の僕がこの禁忌を破壊する事が出来るってわけだ。…………だから、どうか、呪いの病と戦う僕に協力してくれないかな。……みんなと一緒に…………いや。君と一緒に、呪いの病に勝ちたいんだ。……だから、どうか……僕に力を貸してくれないかな」
ジュリオは最後まで気の利いた事も言えず、ただ素直に己の心境を述べただけである。
この言葉がどれほどの効果を発揮するかはわからないが、やれる事はこれしか無いのだ。
◇◇◇
ラジオ放送の翌日、ジュリオはペルセフォネ大教会にいた。
国民投票の結果を青ざめた顔で待ちつつ、数時間が経過する。
そして、夕方となり、投票結果が発表された……。
「賛成票が……反対票をギリギリ上回った……か…………。良かったあ……」
ジュリオは結果を聞いてフラフラと床に座り込んでしまう。
そんなジュリオを、フィラム枢機卿が支えてくれた。
「良くぞ頑張られましたね。エンジュリオス大司教。……さあ、『国民の代表』である我ら枢機卿も、こうなった以上、動かねばなりませんね」
フィラム枢機卿は心強い事を言ってくれる。
全てがすらすらと順調に進んでいる……かと思われた。
……のだが。
◇◇◇
「解剖反対!!! ペルセフォネ教を守れ!!!!」
案の定、反対派がプラカードを片手に王立ヒーラー休憩所の前で怒鳴り始めてしまった。
ヒーラー休憩所の前で怒鳴るのは止めてくれよとジュリオは思うが、こうなったらもう怒鳴らせるだけ怒鳴らせて気が済んだら帰ってもらうしか無いだろう。
アンナからは『クラップタウンの連中集めて乱闘させるか?』と治安の悪い事を言われたが、そんな事をして怪我人が出て、ヒーラーの仕事が増えたら溜まったもんじゃない。
どうしたら良いのか……と思っていた、その時である。
ルテミスがスマホを手に取り、
「ヒナシか? ちょっと話がある」
とジュリオ達の前から一旦離れていったのだった。
◇◇◇
その翌日である。
解剖の反対派の運動をしていた人々は、今度はペルセフォネ王国の王城前にいた。
「ルテミスが実は花房竜一郎でただの異世界人ってどう言う事だ!!! ルテミスや王家は国民を今まで騙していたのか!!! あいつカマ掘り野郎だけじゃなくペルセフォネ人ですら無かったのかよ!!!!」
解剖の反対派の人々は、今度はルテミスへの怒りを王城へ怒鳴り散らしている。
そんな様子を、チャンネル・マユツバーのニュース速報でジュリオは血の気を無くした顔で見ていた。
「ルテミス!? ねえ何したの一体!?」
「俺の正体をヒナシに報道させただけです」
慌てふためくジュリオを前に、ルテミスは涼しい顔をしている。
ルテミスの出自は、母親のハルが元いた世界で彼を身籠ったまま聖ペルセフォネ王国へ召喚されてしまった事で、この国で生きていく為にランダーの息子として生を受けたと言う複雑なものである。
「以前、ヒナシと取引したときに、俺の出自の秘密を教えていたんですよ。……だから、父上には申し訳無いですが、このタイミングで暴露する事で、解剖に反対する人々の関心を無理矢理俺に向かせました。…………解剖から強引に話題を変えた……と言う事ですね」
「そんな……」
ルテミスの言う通り、ニュースでは解剖の事はすっかり忘れられ、ルテミスの出自問題が大きく取り上げられている。
これならば、ルテミスの出自問題で目くらましをしている間に解剖をする事も可能だ。
何より、騒いでいた反対派が王立ヒーラー休憩所前から姿を消した事で、病人達の環境は守られた。
「いずれは公表するつもりでしたから。……隠し通せるものでも無かったでしょう」
「でも……」
ジュリオはかつてルテミスが国中からぶっ叩かれた最悪の時勢を思い出した。
あの様な地獄はもう沢山だと思う。
「俺が世間から叩かれている間に、兄上は早くカトレア殿やネネカとキジカク殿共に解剖を行って下さい。……大丈夫。どうせ三ヶ月もしたらみんな俺の事は忘れて役者の不倫に夢中になってますよ」
「…………何かあったら絶対に相談してよ? 僕だけじゃない。ネネカやアンナやローエンやカトレアさんとか……。お願いだから、一人で抱え込むのは止めてね?」
「わかってます。……大丈夫」
優しく笑うルテミスに肩を叩かれ、ジュリオも覚悟を決めた。
カトレアとネネカとローエンとルテミスが繋いでくれた解剖への道を、ジュリオはきちんと完遂させなければならない。
自分に遺体を託してくれたナトミアや彼女の両親の為にも、ジュリオには立ち止まる事が許されていないのだ。
◇◇◇
王立ヒーラー休憩所の遺体安置室の前で、執刀医のカトレアと助手のネネカとキジカクと、撮影係のローエンを前に、ジュリオは真剣な顔をする。
「それじゃ、皆…………よろしくお願いします」
ジュリオの言葉に、一同が頷く。
そして、遂に聖ペルセフォネ王国最大の禁忌が、バカ王子によって破られるのだった……。




