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193.ここ最近頑張り過ぎたから

遺体安置室にナトミアの両親が来た。

娘の遺体の前で崩れ落ちるように座り込み、静かに泣いている。


ナトミアの両親から「ご苦労様でした」とか「ありがとうございました」だとか言われた気がしたが、良く覚えていない。


ただ、ジュリオはボケーッとしていた。



その後、色々と記録をしたり、新しいベッドの手配をしたり……と、寝ずの仕事が続いた。

ジュリオはその間、ふんわりした頭でキジカクの指示を聞いていたのだった。



そんな風にしていると、いつの間にか朝になっていた。



ナトミアの両親は、取り敢えず一旦家に帰り、体を休めた後、今後について葬儀などの話し合いをするそうだ。


その時ジュリオは、『あ、そうか。亡くなったらお葬式をするんだった』と当たり前の事を思い出す。



ナトミアの両親が一旦家に帰るのを、キジカクやネネカと共に見送るジュリオへ、ナトミアの両親は何か話したそうにしていたが、馬車がすぐに来てしまう。



ジュリオは馬車が去ってゆくのをボケーッと眺めていた。





◇◇◇





「ジュリオ? おいジュリオ、聞いてんのか。お茶こぼしてんぞ」





昼休みである。

病院の職員用の食堂にて、ジュリオとアンナとローエンとルテミスとネネカと言う、いつもの嫌なパーティが勢揃いをして、昼飯を食っていた時だ。





「あ、ああ。……そうだね」





ボケーッとしているジュリオのお茶で濡れた膝を、声をかけてくれたアンナが拭いてくれる。

幸いジュリオはジャージ姿だったので、濡れても大丈夫なのが救いである。





「……ごめん……仕事……行ってくる……」





ジュリオはどこを見ているのかわからない目をしながら、フラフラと資料室へ向かった。



そんなジュリオを、残された四人は心配そうに見ていたのだった。





◇◇◇





「どう? 今日の調子は? 僕みたいな美男子を見れたんだから、頭が興奮して元気でたでしょ! あははっ」





ジュリオはキジカクとネネカと共に病人を見回りつつ、バカ王子の微笑みと明るさを振りまいた。



ナトミアと同室であった病人達は皆、どこか浮かない顔をしている。


ここでジュリオがへこたれたら、病人達はますます元気を無くしてしまうだろう。





「ジュリオさん……俺は……その」


「大丈夫! きっと良くなるから! 僕がいるんだよ? このチート性能最強ヒーラーの僕がいるんだから! 大丈夫大丈夫!」





チート性能最強ヒーラーのくせに、ナトミアを死なせたけどな。




と、笑顔を貼り付けたバカ王子ジュリオの後ろで、人形の様な冷たい無表情をしたエンジュリオスが、『お前がもっとルテミスの様に優秀だったなら』と首を絞めてくる気がしたが、それはきっと幻覚だろう。





「大丈夫大丈夫! 僕に任せてよ! ね?」


「……ジュリオさん。…………そ、そうだな。ジュリオさんのナースコスを見るまで死ねねえよな、あはは…………」


「そうだよ! 楽しみにしててねぇ? あははっ!」





不気味な程に明るいジュリオは、病人が引き気味に笑いながら自分を心配そうに見てくる事に気付けていなかった。





◇◇◇





清掃業務を終えて入念に手を洗い服を着替え、ネネカと待ち合わせをしている馬車乗り場へ向かう途中、いきなり後ろから手を引かれた。

余りにも強い力で引かれたので、痛みすらある。



誰だよ痛っえな……と思い振り向くと、そこにはルテミスがいた。



自分とは違う、努力家で優秀な弟だ。





「大丈夫か?」


「何が?」


「あんただよ……昨日から一睡もしてないだろ」





ルテミスは心配そうな顔をして、ジュリオの手をぎゅっと握ってくる。






「大丈夫大丈夫!! なぁに? お兄ちゃんが心配なの?」


「…………俺は本気だ」





ルテミスの目は鋭く、握ってくる手の力も強い。正直言って、痛いくらいだ。






「大丈夫だって! 何も無いよ!! だから、離してくれる? これから収録だから」


「駄目だ。今日は休め」





思えば、この弟と比べられ続けて馬鹿にされ続けた人生だった。



小さい頃は何もかもが自分の方が上だったのに。

苛められて泣いているルテミスを抱き締めて頭を撫でていたのは自分だったのに。



気が付けば、ルテミスは頭脳も武道も芸術も体格も精神も、全部全部全部ジュリオよりも優秀になっていた。




愛しい弟だと思う反面、こいつさえいなけりゃ





「ルテミスみたいな弟がいてくれて僕は幸せだよ! 心配してくれてありがとね!」





ジュリオは兄として絶対に抱きたくない心情を無理矢理飲み込んで、ルテミスへ笑顔を向けた。





「あんた……」


「もう、どうしたの? 甘えんぼになった? それなら昔みたいに今夜は僕に抱き締められながら寝る?」


「違う、俺は……そうじゃなくて!」


「ごめん! もう時間だから。……離してくれる?」


「でも、兄上、あんた」


「……離して?」





ジュリオは一切崩れない完璧な笑顔のままだ。



ルテミスは悔しそうな顔で、ゆっくりと手を離す。





「ごめんね」





ジュリオに『ごめんね』と言われたルテミスは、まるで長年の初恋に破れた様な悲壮に満ちた顔をする。


そんな顔をあのルテミスがするなんて、とジュリオは笑顔の裏で思った。





◇◇◇





馬車での移動中、ネネカはいつも通りだった。


ふわあと欠伸をしたネネカは、「私ら今日徹夜っすね」とゆる〜い口調で話して来る。





「そだね」


「私、眠気ヤバいんで寝ていいっすか? ……このまま収録したら、寝惚けてヒナシの顔面噛み千切りそうなんで」


「い、いいよ……」





ネネカはそんなヤバい事をさらりと言うと、そのまますぴ〜と寝てしまう。


目の下を見ると酷い隈があり、本気でヤバかったんだなとわかる。


それに、ネネカはいつもと違ってタバコ臭い。普段は喫煙などしないのに、今日に限っては鼻につくほどタバコ臭かった。


いつもは酒臭いくせに、今日はタバコかい、とジュリオは思う。



そんなネネカの寝顔を見た後、ジュリオはテレビ局に着くまでの間、馬車の窓から景色をボケーッと眺めていた。





◇◇◇





収録を終え王立ヒーラー休憩所に戻り、病人の見回りを完了する。


皆、ナトミアの一件で落ち込んでいるようだ。



せっかく元気になって来たのに。

僕がもっと優秀なヒーラーなら、こんな事にはならなかったのに。



ジュリオは、ネネカから「今日の晩飯、どの出前にします〜?」と聞かれたが、



「ごめん、資料室で勉強したいから、みんなで食べてて」



と笑顔で断った。



そんなジュリオへネネカは、「勉強でわからない事があったら、何でも聞いてくださいね」といつものようにゆる〜い口調で話てくれる。



そんなネネカのいつもと変わらない様子が、とてもありがたかった。





◇◇◇





ジュリオは、資料室へ行かずに屋上にいた。



キジカクから「屋上へ行くため」と言って借りた鍵の束で開けたのだ。





「今何時だろ」




屋上の床に座り、ボケーッと夜空を見上げていたジュリオは、スマホで時刻を確認する。



只今、二十二時十五分である。



丁度昨日、ナトミアが亡くなった日だ。





「…………月、明るいなあ」





今日の月はいつもより明るい。


真ん丸の月が力強く輝いているため、夜の屋上もそこそこ明るいほどだった。





「…………」





ジュリオは屋上の床に寝転び、ボケーッとしていた。


何をどうするでも無く、ボケーッとしていた。



スマホに着信が入ったので確認すると、ローエンからメッセージで『これからルテミスとネネカ様とコンビニに行くけど、お前何か買って来て欲しいもんある?』と入っている。



特に思いつかないので、ジュリオは『わかんない』とだけ返信した。



その後、ローエンからは『ほんじゃ、適当に買っとくわ』とだけ帰ってくる。





「…………」





ジュリオはスマホをしまうと、ボケーッと夜空を見続ける。



確か、こんな事以前にもあったなあと思い出す。


確か、そう。母である大聖女デメテルが、救国の儀とか言うわけのわからん儀式のせいで死んだ夜だ。


『アレは死んだ』と父ランダーから吐き捨てるように言われ、幼いジュリオはボケーッとした頭で一日中ベッドに横になっていたのだ。





「……」





人の死は、何度も経験してきたではないか。



母に、追放後に転がり込んだ冒険者パーティに、オギノ少年が仕留め損ねたアナモタズが襲撃してきた事件に、メティシフェルとカツラギ先生。



人の死は、何度も経験してきた筈なのに。





「……」





ジュリオは、ただボケーッと夜空を見上げている。



そんな時だ。



屋上のドアが開かれる音。

こちらへ来る足音。


そして、味噌汁の良い匂いがした。





「よう」





アンナだ。



お盆の上に、小さな片手鍋と二つのお椀と皿の上に並んだおにぎり六つを載せて、アンナがジュリオの隣に座って来た。





「アンナ……どしたの。なんで僕がここにいるってわかったの」


「キジカクさんに聞いたんだよ。んで、ついでに厨房使わしてもらったんだ。……使った食材の金は出すって言ったら、賞味期限ギリギリの野菜と焼き鳥缶があるから、それ使ってくれると助かるって言われてな」





アンナは着ている上着を脱ぎ、その上にお盆を置いた。



味噌汁の良い匂いがして、ジュリオのボケーッとした頭が目覚めてゆく。





「食う? あんた何も食ってないだろ。……まあ、いらんかったらあたしが食うし、遠慮すんなや」


「……遠慮すんなの意味、何か違くない?」


「細けぇこたぁ良いんだよ」





アンナはお椀に味噌汁を装い夜空を見上げたまま「キャベツとじゃが芋ともやしの味噌汁は良いな……。味に深みが出る」と味噌汁を飲みながら頷いている。



そんな風に美味そうに食われると、ジュリオも何だか食べたくなって来た。


と言うか、体が食い物を求めている事を、やっと心が許容できたのだ。





「僕も、味噌汁……もらっていい?」


「おう。食え食え」





ジュリオはお椀に味噌汁を注いで、ゆっくりと飲んだ。



体が暖かくなり、今度は野菜を食おうと言う欲が出てくる。


お盆に置かれたフォークを手に取り、じゃが芋を突き刺して口へ運ぶ。


口の中でほろりと崩れた甘いじゃが芋は美味しい。





「………………ね、ねえ、…………アンナ………………」


「なんだよ」


「……し、………………死なせっ、…………死なせ……ちゃっ、た……」





言葉がつっかえながら出てくる。





「だめ……だっ、た…………」





味噌汁にぽたりと雫が落ちる。


唇が震え、頬に濡れた感触を覚えた。



ああ、自分は泣いているのだと気付いた。





「が、がんばった、のに……っ!」


「ああ、頑張ったな。……ここに来てから、ずっと」





アンナは味噌汁を飲みながら、ジュリオの言葉に静かに続く。





「だめ、だった……」


「…………」





アンナはただ、黙って味噌汁を飲んでいる。





「…………人の死はっ……、何回も、……っ、見てきた筈……なのにっ、ね……?」





しゃくりあげながら、ジュリオはここへ来てからの日々を思い出す。


何人もバタバタと死んでいくのを、この目で見てきたじゃないか。


死んだのは、ナトミアだけじゃない。


それに、これからも救えずに死んでゆく人は出るだろう。

その度に、こうしてみっともなく泣くつもりなのか。



ジュリオはだらしない自分を罰し続ける。





「何で……ネネカみたいにっ、冷静でいられないんだろう……っ? 何で、ルテミスみたいに……もっと、……僕が……っ! ………………優秀だったなら」





抑え込んできた本音が溢れてしまう。



あれだけ、ルテミスは自分以上に努力をしないと生き残れない環境だからと思い知ったくせに。


ネネカが元いた世界で優秀な医学屋であり、自分とは比べ物にならない程、知識も経験もあると知っているくせに。



こんなの、意味の無いただの八つ当たりだと知っている。


だけど。





「…………どうして……ッ!」





この時、ジュリオは目を背けていた感情をようやく受け入れられたのだ。



悲しみであり、無念であり、悔しいと言う感情である。





「…………もう、疲れたろ? 今日はもう、飯食って寝ろよ」





アンナはおにぎりを食いながら、ジュリオにもおにぎりを一個差し出して来る。





「…………具、なに……っ……?」


「焼き鳥缶の焼き鳥。……肉食え肉。肉食ったら大体の事は解決すんだよ」


「何か、…………前にも、あった、ね。……ッ……こんな、事。…………ああっ、そっか。……僕が仕事の初日で、泣いた……あの時だ」


「……あ〜。あったな。んな事。……あれか、アナモタズのすき焼き食ったんだっけ」





ジュリオはアンナからラップフィルムに包まれたおにぎりを受け取り、ラップフィルムを剥いておにぎりを一口食べた。





「…………」





無言でゆっくりと食べ進めると、焼き鳥のタレの味がした。





「……おいしい」





ジュリオはゆっくりとおにぎりを食べる。



たまに、水分が取りたくなったら味噌汁を飲んだ。



飯を食うと、だんだん思考がまともになってゆく。


ネネカやルテミスと自分は違う存在である。だから、あの二人の様になれないのは当然なのだと。


 

結局、自分は自分でしかないのだと。





「あんたにしちゃ頑張ったよ。……今日くらいは、ゆっくりしても良いんじゃねえの?」


「……い、……良い、の……かな?」


「良いよ。あたしが許してやる」





アンナはそう言った後、「しまった……お茶忘れた……」と呟いた。





「……おにぎり、もう一つ…………良い?」





ジュリオは味噌汁をお代わりしながら、アンナに聞いた。





「食え食え。あたしとあんたで三つずつの予定だったし」


「ありがとう。…………そういや、六つもっ、握ってくれ……たの? 疲れたでしょ……っ?」


「余裕だよ余裕。アナモタズぶっ殺すより楽」


「……そっか」





ジュリオは二つ目のおにぎりをゆっくりと食べながら、泣きじゃくりつつ話している。


ポロポロと流れ続ける涙が頬に垂れる感触を感じるが、拭ったところでどうせ止まらないのだから、流しっぱなしにしておくしか無いだろう。



ジュリオは今この瞬間、作り笑いで頑強に固めていた感情が割れ、根底にあるドロドロとした何かが涙に乗って出て行く気がした。



乖離していた心と頭が、合致したのだ。





「そう言えば……すごく、お腹……っ、……減ったし、眠い…………っ」


「そうだな」





ジュリオとアンナは、しょ〜もない会話をしながら、夜空を見ながらおにぎりと味噌汁を食っている。


たまに、ジュリオが涙を流しながらクスクスと笑い、アンナはいつものようにニヤリと悪党スマイルを浮かべる。



久しぶりに日常が帰って来たような気がして、ジュリオの表情は緩んでいた。





「……お茶、欲しい……」


「確かにな」





二人はそう言って、笑い合う。



月が綺麗な静かな夜であった。


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