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191.とても元気そうに見えたから

王立ヒーラー休憩所に戻ったジュリオは、キジカクの総回診に加わって、病人の様子を見回っていた。





「ジュリオくんのおかげで病人から呪いの症状は消えたが……でも、体に残ったダメージが想像を絶するものでな……どうにも」


「そうですか……」





キジカクは眉間にシワを寄せて、病室へ向かう廊下を歩いている。


ジュリオもキジカクの後に続きながら、自分の最強チート性能を持ってしても、呪いの病へ対抗するのは困難だと知った。



しかし、アンナは軽症とはいえ呪い食いに感染したが、冥杖ペルセフォネによるジュリオの治癒ですぐに良くなったのだ。



アンナと今回の感染爆発は、何かが根本的に違う気がする。



ジュリオはそう悩むが、アホの自分ではどうにもならない。


自分はヒーラーであり、名探偵でも頭脳派刑事でもないのだから。





「後でルテミスやネネカに聞いてみるか……」





ジュリオはインテリコンビの名を口にし、気持ちを切り替えて記録用のペンを握った。





◇◇◇





病室につくと、ジュリオが最初に会話した病人の女性の周りに、背筋のしっかりしている老年の男女がいた。





「キジカクさん。あの方々は……?」


「ああ、あの女性――ナトミアさんのご両親だよ」





こちらに気付いたナトミアの両親は、穏やかな笑顔を浮かべて挨拶をしてくれた。



ジュリオとキジカクもすぐに挨拶を返す。





「貴方が、エンジュリオス殿下……いえ、大司教でしたか」


「はい。……僭越ながら、この度は大司教に就任いたしました……。この国はもう駄目かもしれませんね」





ジュリオは肩をすくめてバカ王子の微笑みを浮かべたが、ナトミアの父はゆっくりと首を横に振り穏やかに微笑んだ後、



「貴方が大司教になったのも、時代の流れによる必然性なのかもしれませんよ」



と優しい事を言ってくれた。





「時代の流れ……ですか」


「ええ。この国の技術力は、年々破壊的な速度で進歩しております。……他国の状況と比べても、もう話しにならないほど」





ナトミアの父は、ちらりとテレビを見た。


そのテレビでは、異世界から電波ジャックされた番組が放送されており、『車』と言う馬を必要としない乗り物がアホみたいな速度で道を走っている映像が流れている。





「……いずれ、馬のいらない交通手段が生まれるでしょう」


「……そんな物が生まれるなら、絶対に操縦の簡単なものが良いです。……僕にも出来るくらいのね」


「自分を貶めるのはお止めなさい。…………って、申し訳ございません! ああ……ついギルドの部下を叱るのと同じような感じが出てしまって……」





ナトミアの父親は頭を下げると、その妻も



「申し訳ございません大司教殿下……。それにしても生で見ると頭が茹で上がる程にお美しいですわね……」



と謝りながらいらん事を言う。


そんな妻に、夫であるナトミアの父親は



「君はお喋りが過ぎますよ」



と言うが、妻は「私のそんなとこに惚れたのでしょう?」とニヤついている。



仲の良い夫婦の漫才は見ていて楽しいなあとジュリオは笑ってしまう。





「……お父様も……お母様も……エンジュリオス大司教の前ですよ…………」





ナトミアはか細い声でそう言った後、咳をしてしまう。


すぐにキジカクがヒールをかけたので咳は止んだが、この行為はもう何回目だろうと不安になる。



ジュリオ達ヒーラーの回復魔法は、目に見える怪我へ生魔力を注ぎ込む事で傷を治す事が出来る。


その際に、ジュリオの様に人体の知識があれば、体の臓器や血管をイメージしつつ生魔力を流し込み、少量の生魔力で大きな怪我を治すことも可能だ。



しかし。


それはあくまで『目に見える怪我』の話しに過ぎない。


目に見えず、何がどうなっているかわからない体内を癒やすのは、いくらジュリオでも不可能であった。





「ナトミアさん。だいぶ顔色が良くなってきたね」


「…………ええ。……お蔭様で」





ナトミアはくすくす笑うが、顔色は悪いままだ。





「今日はご両親もお見えになってたんだね。仲良さそうで羨ましい」


「まあ、良すぎて恥ずかしくなるくらいですけどね」





ナトミアは軽く笑った後、また咳き込んでしまう。


キジカクがすぐにヒールをかけたが、体内で何が起こっているのかわからないと、成す術も無い。





「エンジュリオス大司教……。貴方のお話は、娘から良く聞いております。…………突然この王立ヒーラー休憩所にやって来たかと思えば、次々と変わった方々を呼んできて、あっという間にみんなを元気にしてしまったと」


「……はい。でも、僕一人の力じゃありません。……変わった人達を初めとして、元々ここで働いていたヒーラー達全員や、そんなヒーラー達のリーダーとして必死に頑張っていたキジカクさんや、ツザクラさん達。……みんなで、成し遂げた事ですから」





ジュリオはそう言うと、キジカクの方を見た。



ジュリオが来るまでに現場を崩壊させず、劣悪な環境で踏ん張っていたキジカクがいなければ、ジュリオが来てもどうにもならなかっただろう。



ツザクラも同じだ。

あのクソババアは好きではないが、それでも彼女の功績はでかいと思う。



二人とも、自分などでは届かない程優秀な存在だと言える。





「あの、ナトミアさんのお父様は、どんなギルドを運営されているのですか? ……先程、ギルドの部下、と仰ったので」





ふと気になってナトミアの父に聞いてみた。





「申し遅れました。……私は、ジョゼフと申します。こちらは妻のニコラ。…………私達は、技術開発ギルドを運営しております。私のギルドには異世界人の仲間も大勢おりましてね。……長年、この国に馬のいらない『車』を作れないかと、王家と交渉をしておりました。……ちなみに、この前開通させた汽車は、我々のギルドが設計と開発をしたのですよ」


「嘘!? マジかよ!? って、ぁあっ! ……申し訳ございません……! 下品な口を聞いてしまって……。……追放されてから、その、変わった人達とクラップタウンにいたものですから……あの町の民族の言葉が移ってしまって」





ジュリオが初対面の相手に砕けた口の聞き方をしたと申し訳なさそうにすると、ジョゼフは笑って



「細けぇ事ぁ気にすんなよ。……私も、技術屋として国に目を付けられ、何度も留置所送りになっていますから。…………舐めんなよ?」





と茶目っ気たっぷりに答えてくれる。





「ありがとうございます……。でも、技術開発ギルドか……。ローエンにも後で話しておこうかな」


「ローエン!? あの、ローエンと言うのは、ローエン・ハーキマンですか!?」





友人の名を慌てた様子で口にするジョゼフは、病室で声を荒げたことを申し訳無さそうに謝罪した。



ジュリオは、ジョゼフの並々ならぬ様子に怯みながらも、



「……あの、アレがどうかしたんですか? 指名手配でもされてるんですか?」



と不安げに答える。



すると、ジョゼフは「とんでもない!」と声を荒げ、また謝罪すると



「ローエン・ハーキマン。……技術屋でその名を知らない者はおりません。……クラップタウンの天才悪童と称される彼が……ここにいるのですか?」


「そ、そんなに有名だったんだ……アレは……」





ジュリオは、先程ローエンのケツを怒りに任せて蹴った事を思い出す。


あの時ローエンは、『ネネカ様でもお前でもシコったし、次はルテミスでシコれるか試してみるわ』と言いやがったのだ。


その調子だと多分アンナでもシコった事があるだろうと思うが過ぎた事は仕方無いとは言え、それよりも可愛い弟を汚されてたまるかい、と兄として怒った結果である。

 


あの最低なアホがそんなに凄い人だったとは……と、ジュリオは引きつった笑いを浮かべた。



そんなジュリオの様子に気付かず、ジョゼフの隣でニコラが惚けた顔をしながら、



「ローエン・ハーキマン……。その顔を一度見た事がある技術屋によるスケッチが出回っておりますが……。とんでもなく良い男ですね……。上がった生理がまた戻って来そうですわ……」


「ニコラ……浮気は許しませんよ……」


「あらあらあヤキモチ? 大丈夫よ。私は貴方一筋だもの」





ジョゼフとニコラがまた最低な夫婦漫才をして、娘のナトミアが「もう……」と力無く笑っている。



その瞬間、ジュリオは察した。



ああ、この夫婦は、わざと明るく振る舞って、娘を笑わせようとしているのだと。



何故ならば、ジュリオもよくわざとバカ王子として明るく振る舞い、周囲を笑わせてきたからだ。





「……ローエンは今は仕事中ですが、何か伝言などありましたら、お伝えいたしましょうか?」





ジュリオは、この夫婦が娘の前でわざと明るく振る舞っているのに気付かないフリをして、笑って提案をした。



すると、ジョゼフとニコラはそれぞれ名刺を取り出し、ローエンに渡して欲しいと頼んで来る。



それを受け取りポケットに入れ、ジュリオは他の病人達の様子を見つつ、記録業務をこなした。



そして、次の病室へと向かおうとした、その時である。





「エンジュリオス殿下……いえ、ジュリオさん!!!」


「うわぁっ!? 何!? 何!?」





ナトミアが大声を上げて名を呼んだので、ジュリオは慌てて振り返る。





「ありがとうございました……。…………ジュリオさん。…………本当に、ありがとうございました」


「え? うん。……こっちこそ。ルテミスの誕生日を祝ってくれて、ありがとね」


「はい……。ご兄弟共々、どうか……お元気で」





ナトミアは優しく笑って、病室から去り行くジュリオに手を振っている。



窓から差す暖かな日差しを受けたナトミアの笑顔は、とても元気そうに見えた。





◇◇◇





数々の病室を回り、最後の病室となった。


しかし、その病室へ行くのは初めてで、ジュリオはキジカクに



「こんな病室ありましたっけ? 病人が増えたんですか?」



と質問した。



すると、キジカクを初めとするヒーラー達全員が、苦い顔をするではないか。



キジカクの隣にいたヒーラーが、



「やっぱり止めましょうよ……。ロイヤル公衆べ、いや、エンジュリオス大司教だけは呼ぶなって言われてたじゃないですか……」



と不安げな顔でそう話す。



しかし、キジカクは首を横に振って



「駄目だ。……それは、出来ない」



と、力強く言う。



そして。





「ジュリオくん。……私からの依頼だ。金ならいくらでも出す。…………今から、私の……いや、私達の『家族』にも等しい人を……治してくれ」





キジカクはそう言って、病室のドアを開いた。



そこには。





「ツザクラさん……」





狭い病室に、ぽつんと置かれたベッドの上で、皮膚が紫に変色し、ポツポツと穴が空いてしまっているツザクラが、息苦しそうに咳をしていた。 



ジュリオが最後に見たツザクラは、とても元気そうなクソババアであったから、こんなに弱りきったツザクラを見るのは、とても悲しい心持ちである……。


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