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190.大人って大変だ!!

何やかんやで朝である。


フィラム枢機卿ん家に一泊したジュリオとアンナとネネカと、王立ヒーラー休憩所で働いていたルテミスとローエンは、久しぶりに五人勢揃いをして、王立ヒーラー休憩所の広い客室にて、近所のコンビニで買ってきたおにぎりやパンを食っていた。


ローテーブルを囲んでカーペットの上に座り、テレビを見ながら飯を食う様子は、クラップタウンでの日常を思い出し、ジュリオは何だか嬉しくなる。





「ローエンさん!! 誤解してすんませんでした!!」





そんな時、ネネカが勢いよくローエンに頭を下げて謝った。





「いいえ!! とんでもない!! それに、俺も良くネネカ様を俺のチ〇〇でわからせる妄想で抜いてるんで、これでチャラにしてもらえます?」


「あ〜良かったぁ〜! じゃあ仲直りって事で!」





ローエンとネネカは固い握手を交わして仲直りをしたが、何も良くねぇだろとジュリオは思う。

しかし、二人の関係性があっての、この最低な仲直りなので、良い子は絶対に真似しないで欲しい。





「おいローエンお前……俺に殺される覚悟は出来てんだろうな」





今度は、年上の姪でシコられたルテミスが、殺意剥き出しの目でローエンを見てくる。





「何言ってんだよルッちゃん〜! お前昨日は俺が作った腕時計を見つめながら寝落ちしてたくせにぃ〜!」


「じゃかましい!」





ローエンにヘラヘラ笑われ、ルテミスはキレるが、その腕にはしっかりと腕時計が巻かれている。


余程嬉しかったのだろう……とジュリオはほのぼのした。





「ごめんねルテミス……。誕生日に何も出来なくてさ……」





しょんぼりするジュリオに、アンナが続いた。





「そうだよな…………今からアナモタズ狩って来ようか?」





ジュリオは兄として弟の誕生日に何も出来ずにしゅんとしている一方、アンナは猟師根性をむき出しにした申し出をしてくる。





「い、いえ……。お気になさらず……誕生日に血まみれのアナモタズの死体をもらいましても……」





ルテミスは少し引き気味に笑いつつ、アンナの申し出を断った。





「いやぁ〜。それにしてもビビリましたよ。マジでローエンさんがルテミスさんの処女食った上にフ〇ラさせながらハメ通話して来たのかと思いましたもん。いや〜マジでルテミスさんを寝盗られたのかと思いましたわ。あっはっは」





ネネカはヘラヘラ笑いながら焼きそばパンを食っているが、その隣でルテミスは心底嫌そうな顔で「おいネネカス、殺すぞ」と中指を立てつつクロワッサンを食っている。





「ネネカ様!! 俺だって! いくらなんでも、ダチの弟に手ぇ出しませんって! まあ、ルテミスもダチですけど、でもつい最近まで十七歳だったガキっすよ!? それに…………俺がハメたいのは、ネネカ様なんで」


「それを口説き文句だと思ってる時点で、私をハメる事は不可能っすよ」





ローエンはキメ顔で最低な事を言うが、ネネカは特に気にした様子も無く、お茶を飲んでいる。


この二人も、何やかんやでこんな最低な事を言い合える程には仲が良いと言う事だろう。


ローエンも、マリーリカ相手には流石にここまで言わないので、一応下半身に乗っ取られた頭で色々と考えてはいるのだろうとジュリオは察した。





「ところで兄上。この後少しお時間をいただけますか? ご提案したい事があります」


「なぁに? お兄ちゃんに何でも言ってごらん」





ジュリオはニヤニヤ笑ってルテミスの頭を撫でると、ルテミスは顔を真っ赤にして嫌がりつつ



「だから人前でそう言う事すんなっつったろクソ兄貴」



とジュリオの手をピシャリと弾いてしまう。





「ジュリオさん……。あんまり、ルテミスさんを苛めないであげてくださいよ……」


「何でぇ? ネネカだってローエンの事苛めてるじゃん」


「それとこれとは……あの……うん」





ネネカは言葉を濁しつつ、ジュリオから目線を逸らす。



そんな時である。



テレビのニュースで、西ペルセフォネ地域の畑が、謎の魔物に根こそぎ食い尽くされたと言う報道があった。





「……畑一帯が……全滅……」





アンナが悲壮な顔で呟いた。





「もうすぐ収穫の時期だろ? そんな畑を根こそぎ食い荒らされるなんて……農家さんからしたら溜まったもんじゃねえだろ……」





ローエンも、先程のニヤニヤ顔から真剣な顔をしている。

こんな時に言うのもあれだが、やはり真剣な顔をしたローエンは男前だなあとジュリオは感心した。





「……やっぱり……こんな事出来るのは……ケサガケしかいねえよ……」





アンナは猟師としての仮説を言うが、肝心の証拠は何一つ無い。


証拠が無けりゃ、民度最悪の町出身のチンピラ猟師の言うことなど、誰も聞いてくれやしないのだ。





「…………人に被害が出なかっただけでも……良しとしようよ。……問題は、SSRランクの冒険者の討伐隊が、動いてくれるかどうかだけど……」





ジュリオは眉間にシワを寄せた。


SSRランクの冒険者達による討伐帯が、家畜を根こそぎ食い殺した謎の魔物と、今回の畑全滅事件を結びつけてくれるかはわからない。



アンナは猟師としての知識と経験から、『牧場地域で家畜を皆殺しにしたら、次の食料を求めて移動するに決まっている。そして、家畜の餌となるとうもろこし等を生成する畑が危ない』と判断したが、SSRランクの冒険者達はあくまで冒険者でしかない。


どんなに優秀な冒険者であれど、専門家程の知識も経験も無いのだ。





「……人に被害が……出ない事を祈ろう」





アンナはそう言うと、飯を食い終わって黒い大弓を担ぎ、鯖裂きナイフを身に着けた。





「今日、あたし清掃業者の護衛の業務があるからさ。悪い。先行くわ」


「うん。行ってらっしゃい。……怪我しないで……気を付けてね」





ジュリオが食べかけのサンドイッチを置き、出入り口へ向かったアンナを見送りに席を立つ。





「おい。なんでこんなとこに防水シートとダクトテープとスタンガンがあるんだよ。誰か殺すのか?」





アンナの不思議そうな声に、ネネカが知らん顔をした。





◇◇◇





朝食後である。


ジュリオは大司教としてペルセフォネ大教会に向かう前、王立ヒーラー休憩所の出入り口で馬車を待ちつつ、ルテミスから先程言われた『提案』についての話を聞いていた。





「兄上。ヒーラー達が一箇所に集まり、情報共有が出来る部屋が欲しいのです」


「……そういや……控室はあるけど、みんな利用するタイミングはバラバラだもんね……。確かに、ヒーラーが一箇所に集まって、休憩したり仕事をしたりする部屋があれば、便利かも」





ルテミスは、病人の様態を全ヒーラーに共有出来るよう、資料制作をしてくれていた。


こう言う、組織の基盤の整備をさせたら、ルテミスの右に出る者はいないとジュリオは思う。





「兄上、キジカク殿にご提案をお願いできますか? ……俺が言うより、大司教となった兄上の方が、通りやすいでしょうから」





ルテミスは少し悲しそうな顔で目を逸らしながら話す。


言葉の裏に、異世界人が言うより、ペルセフォネ人が言う方が効果があるだろう……と言う意味があるのは、ジュリオにもわかった。





「ありがとう。キジカクさんには、ルテミスが提案してくれたって言っとくから。……キジカクさんはルテミスの事気に入ってるし、何とかなるよ。……ツザクラのクソババアは僕に任せな」





ルテミスの肩を叩き、ジュリオはニッコリと笑う。





「……お願いいたします」





ルテミスはジュリオに頭を下げると、腕時計を見て



「これから北フォーネのヒーラー休憩所にて、物資の輸送ルートの開拓の為の出張に行って参ります」



と、北フォーネ行きの馬車乗り場へと立ち去ってしまった。



ジュリオは、持つべきものは優秀な弟だなあ……と感心しつつ、自分のやるべき事に向かって気合を入れ直したのだった。





◇◇◇





ペルセフォネ大教会の会議室にて、ジュリオはフィラムを初めとする枢機卿達を前に、何とか遺体の解剖を認めちゃくれないかと頼み込んでいるのだが、相変わらず話は平行線である。





「エンジュリオス大司教……残念ながら……。遺体の解剖を認めるわけにはいきません……」





フィラム枢機卿は、申し訳なさそうな顔で首を横に振った。





「貴方にこのような事を言う資格は私にはございません。……ですが、枢機卿として…………この国でペルセフォネ教を命のように考える民の代弁者として、貴方に申し上げます。…………『私からは』許可出来ません」


「…………貴方個人の思想の問題では無いと言う事ですね」


「……はい」





フィラム枢機卿の家で過ごした時間を考えると、『このオッサン自分の事棚に上げて何言うとんねん』と思ってしまうが、公と私を残酷に切り分け『ペルセフォネ教を信仰する民の代表である枢機卿』と言う立場を考えると、『娘を治してくれてありがとう! エンジュリオス大司教さすが! サイコー!』とほいほい言う事を聞いてくれるわけは無いか……と納得出来る。



それはそれ、これはこれ……と言う、本音と建前と立場に縛られる大人は大変だ……と、大人に片足を突っ込んでいる一応成人の十八歳のジュリオは思う。





「『枢機卿からの立場では』、解剖と言うペルセフォネ教の禁忌を認める事は出来ません。…………ペルセフォネ教は、『民の為の物』です。……大司教を選ぶ際の決め手に『民の投票』があるのは、良くおわかりですね?」


「ええ。……アホな国民がノリと勢いだけで僕を大司教にしちゃいましたから」





フィラムは言葉を丁寧に区切りながら、ジュリオへゆっくりと語りかける。


それはまるで、優しい親がグズる子供を諭すような口調だ。


だからこそ、ジュリオも落ち着いてフィラム枢機卿の言葉を聞くことが出来る。





「もう一度言います。…………『ペルセフォネ教は、民の為のもの』です。……『貴方が民の意思によって大司教になった』から、『民の代表と言う立場の枢機卿である我々』は、貴方を大司教として認めているに他なりません……。どうか、どうか良く『お考え』を」





ジュリオは、フィラムに完全に諭されてしまい『大司教が枢機卿に負けるなんて……。やっぱり僕じゃ厳しいぞ……。ルテミス程の弁論の力があれば……論破だって可能なのに……』と苦い顔をした。





◇◇◇





ジュリオは王立ヒーラー休憩所に戻る馬車の中で、栄養機能食品のクッキーを食いながら、



「枢機卿達に解剖を認めさせて、ペルセフォネ教を動かす事が出来れば良いんだけど……」



とボソリと呟いた。





「大司教命令を出すにも、流石に解剖じゃあ……枢機卿達の過半数の許可がいるしなあ。…………古株の枢機卿のフィラムさんを納得させられれば、フィラムさんの派閥の枢機卿が一気に納得してくれるんだけど……」





ジュリオは大司教になり、枢機卿達の派閥関係を観察していたが、フィラム一派とハーフエルフ一派とその他色々な派閥がある事がわかっている。



ハーフエルフ一派は、ユリエルの力を使って金で買収しているので無問題だが、問題は枢機卿の派閥達の中で一番力の強いフィラム一派がジュリオに靡かないと言うことだ。





「フィラムさんも大変だなあ」





枢機卿と言う立場が、どれだけ重要なのかはジュリオの単純な頭でも良くわかる。



そして、解剖を認めさせると言う事が、ペルセフォネ人のアイデンティティである『ペルセフォネ人の体には、異世界人や魔物やハーフエルフなどにある臓器など、存在し無い』と言う特別性が嘘だと言うのもわかってしまう。



そうしたら、長年築き上げられてきたペルセフォネ人の特別性は木っ端微塵になるのだ。





「……今は……ネネカの番組で、解剖を広めるしかないか……」





色々と考え込みながら、ジュリオは王立ヒーラー休憩所へ到着するまで一眠りしたのだった。


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