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184.このままだと死ぬぞ

アホな国民や自分達の種族の利益しか考えていない強かな連中のお蔭で、大司教となったジュリオが最初に行ったのは、追放処分とされていたルテミスとネネカと言う強力な異世界人を自身の側近として傍に置き、魔法で解決していたヒーラー業界に異世界の医学を持ち込む姿勢を国民に見せる事だった。



異世界人をヒーラー業界に本格的に参入させるのは、他のヒーラーや大司教ジュリオに対して懐疑的である国民によって反対意見が出ているが、それでもジュリオは隣にルテミスとネネカを置き続けた。


必要とあらばテレビにも出て、医学を説明するネネカの聞き役に徹し、なるべくネネカを国民にとって身近な存在にしようと試みたのだ。



そんな激務な日々を過ごしつつ、チャンネル・マユツバーの局内にて、テレビ出演を終えたジュリオとネネカは、すぐに救援要請があるヒーラー休憩所へと向かう為、急いで馬車に乗り込んでいた。





「ジュリオさん……大丈夫っすか。……昨日も五件ヒーラー休憩所の救援要請にすっ飛んで行って、冥杖ペルセフォネを使ってカース・ブレイクを連発しましたよね? ……後で心音の検査しますから」





首から聴診器をかけて白衣を着たネネカは、聖女でも酒カスでもなく、異世界人の医学屋そのものである。





「ありがとう……でも、ここが頑張りどころだからさ。…………せっかく大司教になって支持率と権力を握ったんだから、今のうちにやれる事やっとかないと」





ジュリオは疲労が滲んだ顔で笑いつつ、冥杖ペルセフォネを握りしめる。



冥杖ペルセフォネは、回復魔法の威力を倍増させるとんでもない強力な杖だが、その反面持ち主の生命力をじわじわと食い尽くす恐ろしい杖でもあるのだ。


大司教アトリーチェが言うに、生と死を司る杖だと言っていた。





「今までのジュリオさんの心臓なら、冥杖ペルセフォネを持っても余裕でしょうけど……。銃撃で疲弊した体では、無理は禁物ですよ」





ネネカは鋭い目をしてジュリオに言い聞かせてくる。





「それじゃ、僕が無理をしない為にも、早くネネカを…………異世界人の医学を、この国に広めないとね」


「……国民の私に対する印象は、まだまだ良いもんじゃ無いですからね」





ネネカはルテミスの婚約者の聖女として国民に認知をされていたが、ルテミスが失脚したと同時にその評価も地に落ちてしまっていた。


最強の支持率を持つジュリオによるテレビ出演のお蔭で、どうにかその名誉は回復しつつあるが、まだまだ厳しい状況であるのには変わりない。





「ま、こればっかりは数を重ねていくしかないね……」


「医学と言うのは国の歴史そのものですから。…………宗教と医学を分離するのは、どの国家でも同じ課題と言えるでしょうね」





医学屋モードのネネカは、話す言葉がいちいち小難しい。

アホのジュリオでは、本当は何もわかっていないのに『なるほど。良くわかるよ』と答えて理解しているような顔をするのがやっとである。


やはり、この女はルテミスの相棒なのだと改めて認識した。





◇◇◇





救援要請があったヒーラー休憩所に着くと、ジュリオとネネカはすぐに病人の治癒にあたった。



ジュリオが病室を回ってカース・ブレイクを連発し、ネネカは病人達から病にかかったときの症状などを聞き込んでいる。



最後の病人を治癒した後、その病人が泣きながらジュリオに礼を言ってくれた。





「ありがとうございます……エンジュリオス大司教……」


「こっちこそ。お大事にね……うわっ」





全ての病室を回り、カース・ブレイクを連発し続けた結果、頭がくらりと来てフラついてしまう。

心臓の鼓動は全力疾走をしたとき以上に跳ね上がっており、嫌な汗が出てきた。





「ジュリオさん!?」




ネネカが即座に反応して来るが、病人達が見ている手前疲弊した姿を見せるわけにはいかない。



ジュリオは、病人達が希望を持てるよう、どんな時でも飄々として余裕たっぷりのバカ王子の顔をしていたかったのだ。





「大丈夫大丈夫。立ちっぱなしで疲れただけだよ。……全く、か弱い王子の僕をコキ使ったんだからさ、絶対に元気になってよ? みんな」





ジュリオは冥杖ペルセフォネでフラつく体を支えつつ、精一杯の笑顔を見せて病室を後にした。



そして。





「……っぅ……ぐ」




病室を出た瞬間、あまりの目眩で崩れ落ちる様に廊下に座り込む。


心臓の鼓動が嫌に激しく、息を吸うのも一苦労だ。


そんな時、ネネカが白衣のポケットからビニール袋を取り出し、ジュリオの鼻と口に当ててくる。





「ジュリオさん。落ち着いて。ゆっくり息を吸って……吐いて……」





ネネカの指示に従い、ジュリオは何とか呼吸をした。


そして、暫く休憩した後、冥杖ペルセフォネとネネカに支えられつつ、フラフラと王立ヒーラー休憩所に向かう馬車に乗る。



そんなジュリオを見て、ヒーラー休憩所の職員達が青ざめた顔をしてしまう。





「エンジュリオス大司教!? 大丈夫ですか!?」


「……大丈夫だよ……僕を誰だと思むぐっ」


「ジュリオさんはかなりヤバい状態です。……でも大丈夫。異世界人の医学の力でどうにかしますんで」





ネネカは力強く笑うと、ジュリオを馬車に押し込みそのまま出発させてしまう。


出発した馬車の中で、ジュリオは力無くネネカに礼を言った。

 




「ありがとうネネカ……」


「いえいえ。……ジュリオさんのブレーキは私がやるんで、貴方は存分に強くて明るい大司教を演じて下さい。……貴方を信じる国民のためにも。……何かを信じるって、時として薬よりも効きますからね」


「……薬か……」





ネネカは聖女としてルテミスの婚約者をやっていた頃、いずれ来ると予想されていた呪いの病の感染爆発に対抗するべく、新薬を開発しようとしていたと聞いてる。


その新薬には呪いの病を受けても百年間生き続けているケサガケの体から取れる抗体が必要なのだが、その計画はメティシフェルの妨害とヒナシのクソ番組のせいで大失敗してしまったのだ。





「ネネカ……ケサガケから抗体を取る以外に、新薬を開発する手段が……あったりしない?」


「……無くは……無いんすよね……。でも……うーん。……どうなんだろ」





ネネカは考え込んでしまう。

そして、ブツブツと何やら専門用語らしき難しい言葉を口にしていた。


医学屋モードのネネカを見ていると、なんだか便利屋モードのローエンを思い出してしまう。



そう言えば、ローエンとアンナは西ペルセフォネから流れ込んできた魔物が蔓延する下水道にて、清掃業者達が無事に働けるよう護衛業務に当たっていたと思い出す。


水路の浄化は済んだものの、いつまた下水道の汚染が隠し通路を通って水路に流れ込んでくるかわからない。


それどころか、西ペルセフォネから流れ込んできた魔物達が隠し通路をぶち破り、水路に入り込んで来たら最悪の結果となる。



ジュリオは、二人の無事を祈るしかなかった。





◇◇◇





王立ヒーラー休憩所に戻って来ると、ルテミスが物資を運んで来た運送業者に指示を出している所だった。



ジュリオが王立ヒーラー休憩所にいる間、ルテミスはフォーネ国中のヒーラー休憩所を回って、物資の入手ルートを開拓してくれていたのだ。



持つべきものは優秀な弟だなあとジュリオは思う。





「ルテミス、ありがとうね」


「いえ…………!? 兄上!? 大丈夫ですか!? 鼻血が」


「え」





ルテミスが青ざめた顔で取り乱すので、ジュリオは鼻の下を触ってみた。

すると、確かに血が出ており、ありゃりゃとなる。





「懐かしいなあ。王子時代は良く女の子から殴られて鼻血出したもんだよ」


「そんな事言ってる場合ですか!?」





フラつくジュリオを、ルテミスと馬車から飛び降りたネネカが支えながら、王立ヒーラー休憩所でジュリオが寝起きしている部屋へと連れて行ってくれた。



そこで、鼻血を拭って上半身の服を脱ぎ、ネネカに聴診器を当てられ心音を図られる。





「……ジュリオさん。今日の入浴は軽くシャワーだけにしてください。連日の冥杖ペルセフォネを使用したカース・ブレイクの連発が、想像以上に心臓の負担となっています。……心音が異様に早く、血の巡りが酷い事になっているため、血管が破れて鼻血が出たのでしょう。…………医学屋として言います。数日は安静にして下さい」





ネネカの声は暗く冷たい。いつものゆる〜く優しい声ではない事から、『ああ、ネネカはガチで僕が危険なのだと言っているのか』とわかる。





「……でも、まだまだヒーラー休憩所から救援要請が来てるし……。呪い食いの感染者も……今日もまた増えてるし……」





ジュリオは脱いだ服を着つつ、疲労困憊の顔でテレビを見た。


ニュース速報には、呪いの病の感染者が増加したとあり、ジュリオがどれだけ各地を回って治癒魔法を連発しても、キリが無い事がわかる。



フラつくジュリオを支えながら、ルテミスが苦い顔をして口を開いた。





「兄上が鼻血垂らすまで治癒魔法を連発しても……病人が増え続けるならジリ貧だぞ……」





テレビでは、呪いの病はただの風邪だと豪語し、大胆に会食会を開く貴族達の姿が写されていた。

そんな貴族達の中では、ジュリオが大司教になったのはエレシス家が王家を倒そうとして行った陰謀であると主張している者もいるらしく、その論を信じる一派が出て来ている事も報じられている。



色んな人がこの世にはいると、大司教の就任式で演説したのは良いが、正直言ってこういう連中は迷惑だよなあ……とジュリオは矛盾した事を思う。


そして、自分が言った言葉がただの綺麗事であると再認識した。


綺麗事に気付かないこの能天気さも、ペルセフォネ人故の思考なのだろうか。

  


考え込むジュリオに、ネネカが優しく語りかける。





「……取り敢えず、今日はさっさとシャワーを浴びて休んで下さい。……今の段階で、ジュリオさんがくたばったらマジでお終いですから。…………私も早く、呪いの病に効く新薬の開発を急ぎます」


「…………ありがとう、ネネカ」





ジュリオはフラフラと立ち上がり、シャワーを浴びに風呂場へ向かうが、今にも転けて頭をぶつけそうである。





「兄上!!」





転けそうになったジュリオを、ルテミスはすぐに抱き止めてくれる。





「ごめんルテミス……髪洗うの手伝ってくれる……? 正直、シャワー浴びる体力も無いかも……」


「………………わかりました……」





こんな時は本当に、弟がいて良かったと思う。


女性であるアンナやネネカにお願いするのは気が引けるし、いくら同性とはいえローエンに頼むのも申し訳ない。



ジュリオは、フラつく視界に耐えきれず、ルテミスに縋り付きながら脱衣所に入った。


そして、何故かド緊張しているような顔をする弟に服を脱がせてもらいながら、『このまま治癒魔法を連発していたら、本当に死ぬかもしれない』と思ったのだった……。


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