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183.追放されたバカ王子、大司教になる!

追放されたバカ王子のジュリオが国民の投票により大司教となり、聖ペルセフォネ王国の国民がとんでもないアホだと判明した翌日。



ジュリオは、アンナやローエンと共にペルセフォネ教の総本山である大教会の大司教室にいた。





「アトリーチェさん……この国、本当にアホの集まりだったんですね……」


「それに関しては……何も……言えませんね」





ジュリオはアトリーチェに、この馬鹿げた現実について感想を述べた。


自分の事を棚に上げて言うのもアレだが、この国は本当にアホの集まりだと思う。



呆れた顔をしているジュリオは、スマホにネネカから通話の着信入っている事に気付き、急いで応答した。


勿論、アトリーチェには断りを入れたが。





「どうも〜。大司教のジュリオくんです〜」


『ああ、ジュリオさん。こんちくわ〜。…………いやあ、これマジで現実なんすねえ』


「……ほんとっすねえ」





ネネカのゆる〜い口調に癒やされる。まるで酷い二日酔いの朝に飲む異世界料理の味噌汁のようだ。


味噌汁と言えば、アンナの作ったアナモタズの肉とじゃが芋ともやしが入った味噌汁はとても美味しかったのを思い出す。





「…………でも、まあ、お蔭で君やルテミスを王立ヒーラー休憩所に正式に呼べるようになったのはありがたいよ。…………エレシス家の血、様様だね」





実のところ、ジュリオが大司教になれたのも、大聖女デメテルと言うエレシス家の女の息子であるのが大きいと思った。


ペルセフォネ教とエレシス家はズブズブであり、歴代の大司教は皆エレシス家の出身だからだ。





『……国が疲弊してる時って国民の頭も不安でバグってるから、わかりやすいリーダー的存在みたいなのが現れると、ろくに考えもせずに飛び付いちゃうんですよね……。私が元いた世界でも似たような事がありました』


「そうなんだ……で、どうなったの? そのわかりやすいリーダー的存在は」


『…………聞かない方が良いと思いますよ』





ネネカの声が低くなったので、これ以上の追求は危険だと判断した。





「…………取り敢えず、この大司教就任式とか言うアホみたいな事を終えたら、すぐに君とルテミスを呼ぶ書類を作るから。……待っててね」





ジュリオはそう言ってネネカとの通話を終えると、アトリーチェに再び向き合う。





「ごめんなさいアトリーチェさん。……ネネカからでした」


「いえいえ。…………それでは、就任式の前に、大司教の法衣の衣装合わせを…………と言いたいのですが、残念ながらまだ衣装が完成していなくて……。歴代それぞれデザインが違いますから」


「それなら、この格好で出ていいですか? ほら、この服も白いし」





ジュリオは追放された時から着ていた白い服を指差す。

何回か洗濯をしているが、さすがは王子御用達の服であり、少しもくたびれていない。





「……寧ろ、その格好の方がいいかも知れませんね。……ジュリオさんは、【追放されたのに国を救うために戻って来てくれた、親しみやすく庶民派の大司教】と言うイメージ戦略で、私とヒナシとユリエルさんが国民に売り出しましたから」


「……なるほどね……。まあ、清廉潔白で清く正しい王子様として売出されなくて良かったよ」





大司教ジュリオは、アトリーチェと言うペルセフォネ人と、ヒナシと言う異世界人と、ユリエルと言うハーフエルフが、力を合わせて生まれた存在である。


まさに、三種族の人々が入り混じり、文化も考え方も何もかもが混沌としている今の時代に相応しい大司教だと思う。



とは言え、ヒナシは恐らく異世界人の利益しか考えていないだろうし、ユリエルはハーフエルフの権利向上を第一にしている。


お手を繋いで仲良しこよしでは無い事くらい、ジュリオでもわかった。





「それでは、ジュリオさん…………いえ、もう、違いますね」





アトリーチェは優しく笑い、ゆっくりとジュリオに片膝を付いて跪く。





「大司教エンジュリオス。……冥杖ペルセフォネを、この国の至宝の杖を、取りに行きましょう」





◇◇◇





ジュリオとアンナとローエンとアトリーチェは、堂々と正門から王城に入り、王の間の向こうにある保管庫から、冥杖ペルセフォネと言うこの国の至宝の杖を取りに来た。



そして、王の間の玉座に座り苛立ちを隠さずジュリオを睨み付ける、この国の国王ランダーと再会した。





「お久しぶりだね……。どうもこんにちは。大司教エンジュリオスで〜す」


「…………お前が生まれた事は、まさに国の呪いだ」





玉座に頬杖を付き、こちらを憎らしげに睨む父親の顔は、やはりジュリオとそっくりの美形顔である。



どう頑張っても、僕はこいつの息子なのだ……とジュリオは思い知り、嫌な気分になるが、そんな場合では無い。





「今から冥杖ペルセフォネを貰ってくけど、良いよね? 大司教命令だよ」


「大司教と国王、どちらの権力が強いか犬でもわかるだろうに」





確かに、ランダーの言う通りである。


今までの大司教ならば、国王の言う通りにするしかあるまい。

この国の絶対権力者は、国王なのだから。



しかし。





「それは今までの話でしょ。時代は動いてんの。犬でもわかると思うんだけど。…………今の僕の背後には、儚げ詐欺な見た目のハーフエルフの権力者と、この国の経済を全て握った性格の悪い異世界人と、僕みたいなアホを大司教にして呪いの病と戦う事を選んだ無謀なペルセフォネ人がいるんだよ」





ジュリオは、もう国王ランダーに――――父親に怯みはしない。


追放された時に見せた、親にすがって泣きじゃくった情けないバカ息子ではないのだ。





「それに、命がけで呪いの病と戦おうとした、回りくどい事をするぶりっ子新聞記者もいる」





ジュリオは、心臓の位置に手を当てた。

胸ポケットには、ヘアリーから貰った手紙が入っている。





「後、大司教とかどうでも良い〜っていう無関心な国民とか、ペルセフォネ人第一主義の差別主義者な国民とか、多様性ブームに酔ってる国民とかもね…………。駄目だよ、ちゃんと国民には投票に行くよう教育しないと。…………僕みたいなバカ王子が大司教になっちゃうよ?」





ジュリオは笑ってランダーの座る玉座へと歩み寄る。


心は軽く、清々しい気分だ。



十八年間生きてきて、父親が怖くない日は無かった。


常に父親の顔色や機嫌を伺い、辛く当たられ泣いている母を守りつつ、必死に皆から求められる立派な王子様になろうと努力してきた。


しかし、そんな努力は全く実らず、全てを諦めバカ王子の道に転がり落ちた。


弟からこの国を追放され、一歩間違えば死ぬ事件に巻き込まれたが、そこでアンナに救われ、様々な人と出会い、色んな経験をして、たくさん悔しい思いや悲しい思いをした。


そして、それ以上に楽しい思いをたくさんした。



もう、父親など怖くない。





「頭が良くても硬いと駄目だね。時代に全く適応出来ないんだもん。…………駄目だよ、その気も無いのに浅い知識でブームに乗ったら。…………そう言うのは、バレるんだから」





ジュリオはランダーの座る玉座の背もたれを、足でドンッとドツいた。





「支持率最強の大司教命令だよ。冥杖ペルセフォネを渡して。…………逆らったら、性格最悪の異世界人のテレビ屋が無関心でアホな国民を煽って、革命されちゃうかもよ? ……それに、強かなハーフエルフの権力者が、同族に呼びかけて城に攻め込むかもね」


「…………随分と偉くなったものだな。…………安心しろ、すぐに引きずり下ろす。……この国の大司教を、お前の様な馬鹿者に任せてたまるものか」


「そのセリフ正義の主人公っぽいねえ〜! …………それじゃ、悪の大司教から送る言葉がございます……………………」





ジュリオはランダーにメンチを切りつつ、清々しくイキリ倒した顔で口を開いた。





「やれるもんならやってみろよクソ親父。……僕はもう、お前に怯える無力な子供じゃない。…………例え僕が駄目な奴でも、助けてくれる人がいるって……知ってるから」





ジュリオは爽やかな笑顔でそう言うと、ゆっくりとランダーから離れた。


縛られた様に玉座にずっと座っているこの男は、まるで聖ペルセフォネ王国の象徴みたいだと思う。


城の外では呪いの病で崩壊寸前なのにも関わらず、いつまでも夢と虚構の王国が続くと信じて疑わない、誇り高き女神の国だ。





「それじゃ、ローエン。保管庫のカギ、ぶっ壊してくれる? 大司教が許可するから」


「……請求書はお前宛てで良いのか? それともペルセフォネ教会の経理部?」


「…………僕から経理部の人に経費で落ちないか聞いてみるよ」





大司教としてイキった後なのに、いつものような庶民臭い会話をしてしまう。



しかし、それがジュリオなのだから仕方ない。



そして、大司教ジュリオの許可の元、ローエンは保管庫の厳重なカギを鼻歌交じりに解除していく。



アンナが扉を蹴り破り、遂に保管庫が開いた。



そして、埃っぽい空気にケホケホとなりつつ、ジュリオは壁に立て掛けられた冥杖ペルセフォネの元へと歩く。





「やあ、久しぶり」





骨を組み合わせたような気色悪い見た目の冥杖ペルセフォネに対して、ジュリオはまるで体の一部を見つけた様な親しみを覚えた。





◇◇◇





聖ペルセフォネ王国の王城のバルコニーに立つジュリオは、その雄大な景色に圧倒されていた。


バルコニーからは、城下の町やフォーネ国に、慟哭の森まで一望できる。

クラップタウンは遠く、目を細めても見えないのが寂しいところだ。





「人めちゃめちゃ集まってるなあ。……呪いの病でシャッター街みたいになってたのに…………。あ、チャンネル・マユツバーだ……」





城の中庭や城門前には、呪いの病でシャッター街の様になっていた筈なのに、大勢の国民が押し寄せていた。


ヒナシ率いるチャンネル・マユツバーのスタッフも大勢おり、よく見たらユリエルもいた。きっと、ハーフエルフも大勢集まっているのだろう。





「ジュリオさん……。大司教就任のご挨拶を」


「え、……原稿とか無いの? まさかのアドリブ?」




 

まさかのアドリブと言う無茶振りに怯むジュリオの肩を、アンナがポンっと叩く。





「いつもの口からでまかせで乗り切れよ。あんたはアホのくせによく回る口で何人もイカせて来たんだろ?」





いつか自分が話した事をアンナに返され、ジュリオは肩をすくめて笑った。





「そうだね。……じゃ、いつもの通り喋り倒すだけだ」





ジュリオは声を張り上げて、新大司教を見物に来た暇な連中へ話しかけた。

それは、歴代の国王や大司教が頑張って声を張り上げていた歴史があるからである。





「あ、良かったらこれ使えよ。マイク」


「ローエン、それ先に言ってくれる?」





ジュリオはローエンからマイクを受け取ると、やっぱり異世界文明って便利だなあと思いながら、いつもの調子で話し始めた。





「…………追放されてから、もうどれくらい経った事だろう。……追放されてからの日々は、大変だったけど、でも、とても楽しかった。お蔭で、色んな人と出会って、色んな経験をして、たくさんの思い出が出来たんだ」





子供の日記の様な出だしで喋りだす。


賢そうな言葉は言えないが、分かりやすくていいだろう。





「僕は、この国の呪いの病と戦う。……その為には、今まで出会ってきた人々全員の力を借りるつもりだよ。……だって、僕一人じゃたかが知れてるし。……追放されたバカ王子って皆知ってるでしょ? 知ってるからね! 新聞で笑い者にしてたこと!」





ジュリオはジョークを交えつつ、いつものアホそうな能天気スマイルを浮かべて言葉を続けた。





「……この国の呪いの病に対抗する為には、僕の友達の異世界人の女性に手伝ってもらう必要があるんだ。…………それだけじゃない。色んな人に手伝ってもらわないと、この国の呪いの病は止められないよ。……残念だけど、もうペルセフォネ人だけじゃ限界が来たんだ」





ジュリオはさっきまでのヘラヘラ顔をやめ、真剣な顔をした。


その横顔は、やはりランダーに似ているが、明るい雰囲気はあまり似ていない。





「ねえ、隣を見てよ。誰がいる? ペルセフォネ人? ハーフエルフ? 異世界人? それともドワーフ? まあ、色んな人がいると思うんだけどさ。…………ただ、それだけ。…………色んな人がいるよねって、だけ。……別に、無理矢理仲良くしろって言いたいんじゃない。僕だって、ヒナシは大嫌いだし」





そう言った瞬間、笑い声が起こる。





「……でもね、もし、仲良く出来そうな人がいたら、試しに話をしてくれないかな? そうしたら、もしかしたら気が合う人がいるかもしれないんだ。…………僕がそうだったから。…………まあ、駄目な時は駄目なんだけどさ。その時は潔く諦めても良いと思う」





ジュリオは、ハーフエルフのチンピラ女やドワーフとペルセフォネ人の息子である性欲の化け物な便利屋や、異世界人の酒カス女やツンデレな弟の顔を思い浮かべた。


連中以外にも、様々な人々の顔を思い浮かべたが、やはりヒナシは嫌いだなあと思う。





「……これからの人生で、みんなの出会いが豊かになる事を、僕はほどほどに祈ってるよ。…………まあ、あくまで僕個人の意見だから、反対意見を言われても困るんだけどさ。…………つまり、何が言いたいかって言うと、僕はこれから今まで出会ってきた友人達とこの国の呪いの病に立ち向かうから、新しい事をたくさんやると思う。…………でも、その新しい事は、いつか常識に変わる筈だから。…………だから、今は…………僕を信じて付いて来てくれるかな?」




ジュリオはマイクを片手に持ち、もう片手に冥杖ペルセフォネを持っている。


その姿は、ジュリオの容姿の美しさも相まって、絵画のようだった。



そんなジュリオの後ろ姿を見ながら、アトリーチェはボソリと呟く。





「冥杖ペルセフォネ……。それは、一度振ればどんな致命傷を負った怪我人の命も繋ぎ止められる、生命の権化である一方…………生半可な使い手の生命を奪う、死の杖とも呼ばれています」





アトリーチェは静かに目を閉じた。





「生と死。この両者を手にしたジュリオさんは、まるで女神ペルセフォネのようですね」


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