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182.んなアホな……

「ねえ!? アトリーチェさん!! どう言うこと!? 何がどうしてこんな事になってんの!?」


 



ジュリオは仕事の昼休み中に、急いでアトリーチェへ通話をした。


待合室なので声を張り上げても問題は無いが、野次馬には同僚のヒーラーの他に、元気な病人までやって来ている。



そして、王立ヒーラー休憩所の外では、またもやチー厶・エンジュリオスと言うジュリオの信者達が大勢集まって来ていた。

テレビの影響力が恐ろしいのか、ペルセフォネ人がアホなのか。


多分、どっちもだろう。

その証拠に、ペルセフォネ人のジュリオもアホなのだから。





「アトリーチェさん……ねえ、本当何がどうしてこうなったの。……教えてよ……。……アトリーチェさんが大司教を辞めなきゃいけなくなったのも……ヒナシのせい?」





ジュリオを過剰に美化しまくるドキュメンタリー番組では、アトリーチェは高慢で根性の悪いいけ好かない女として写っていた。


そして、偉そうに賢く振る舞う割には、ヒナシと口喧嘩をして負ける姿ばかりを撮られたアトリーチェへの国民からの印象はハッキリ言って最悪だろう。


大司教を続けるには、それ相応の国民からの支持がいるのだ。





『……すみません。……実は、狩猟祭の準備期間中に、ジュリオさんから色々とお話を聞いたあの時から、考えておりましたの…………。ジュリオさんを、大司教に任命するのは』


「……貴女の作戦だったの!? 何考えてんのさ!! テレビで叩かれるって、本当にヤバいんだよ!? 大丈夫!? 大司教室にレンガ投げ込まれたりしてない!?」


『それに関しては大丈夫です。……せいぜい、教会のステンドグラスが割られたくらいですわ』


「被害出てるじゃん……」





ジュリオはルテミスの時から全く変わってないこの国の国民に絶望した。





「ねえ……何で僕を大司教にしたいのさ。……考えても見てよ。僕みたいなのが大司教になったらこの国は終わりだって! 僕が国民なら急いで国外逃亡するよ」


『……それに関しては……否定の仕様がございませんが…………でも、考えても見て下さいませ。……ジュリオさんが王立ヒーラー休憩所で自由に動き、異世界人のネネカ様と協力して、この国の保守的なヒーラー業界を破壊する事が出来るのは、国王と……後、大司教しか出来ません』


「じゃあ、アトリーチェさんがやれば……」


『私はあくまでエレシス家の操り人形に過ぎません。……それに、私の支持率は元々そんなに高くは無いのです。……ですが、ジュリオさんなら、ほら、数字持ってらっしゃるから』


「そんなヒナシみたいな事言わないでよ…………って、まさか、アトリーチェさん…………ヒナシともグルなの……?」


『……あのドキュメンタリー番組はヤラセではありません。あくまで演出の範囲内です』


「……『放送倫理・向上に関する抗議団体』が本当に必要かも知れないね。この国は……」





ヒナシと言うヤバいオッサンが放し飼いになっているのは、呪いの病よりも危険な事なのでは……とジュリオは思う。





「二度目のエンジュリオスブームなんて……そんなので大司教になれるわけ無いよ……普通に考えて」


『……ええ。普通の時、ならばそうでしょうね。…………でも、この未曾有の時勢にわかりやすい救世主が現れたら、きっと国民は喜んでジュリオさんを信じる事でしょう。


【追放された筈の王子様が、国を救うために帰って来てくれた】


……この構図は、今の絶望の時勢にぶっ刺さる事間違い無しですわ。……現に、ドキュメンタリー番組の視聴率もぶっ飛び〜のおったまげだとヒナシが申しておりました。以前放送したジュリオさんのドキュメンタリー番組も、色々と改良して再放送する予定だそうです』


「もう駄目だ……この国は広告屋に乗っ取られた……」





ジュリオは力無くソファーに座り込む。


すると、軽口を叩き合う関係になった仲の良い元気な病人達から



「よっ! エンジュリオス大司教! さっそくありがたい話をあんたの膝枕で聞かせてくれよ!」



と茶化されたので、ジュリオは中指を突き立てて一睨みをした。





「ねえ、もしかしてさ……僕を王立ヒーラー休憩所にぶっ込んだのも……全部、僕を大司教にするためだったの?」


『……ええ。……騙してしまって申し訳ございません……。…………ですが、呪いの病から病人を救うには、このやり方が一番手っ取り早いのです。…………人を死なせない為にも』


「…………だけどさぁ……わかるけど」


『それに、貴方が大司教になれば、ランダー陛下から冥杖ペルセフォネを取り返す事も可能です。……心臓の負担からチート性能が上手く使えなくても、冥杖ペルセフォネがあれば人から呪いの病を祓う事も可能なのでしょう?』


「……確かに……そんな話したねえ」





狩猟祭の準備期間、アトリーチェから話を聞かせてくれと頼まれ、確かに冥杖ペルセフォネに関する話をした。



呪い食いから国を守る為の大聖女ガチャの産物である自分は、普通のヒーラーでは扱えない冥杖ペルセフォネを扱うことが出来る……と説明はしてある。





『ジュリオさんをもう一度国の英雄――――いえ、今度は救世主として宣伝し、稼いだ支持率とユリエルさんに買収してもらったハーフエルフの枢機卿達の票を持って、貴方に冥杖ペルセフォネを取り戻させ、異世界人の医学屋であるネネカ様の力と知識を存分に発揮させる…………これが、私の真の狙いでした』


「…………だから、ヒナシへの対応がやたらと早かったのか……。……でも、大丈夫なの? こんな事して。…………エレシス家的に、どうなの?」


『エレシス家は今、自分達の血筋であるジュリオさんを大司教にする事に夢中ですから、私は放ったらかしですね。……ですが、まあ…………家から追い出されるのは間違い無いでしょう。なので、取り敢えずユリエルさんのとこで暫くお世話になろうかと』


「……そこまで考えてるなら、もう何も言えないけどさ……」





アトリーチェの言い分もわかる。


ジュリオが土と水路の汚染問題を解決し、ペルセフォネ人のヒーラーが疎かにしていた衛生観念を徹底したお蔭で死亡者が激減し、ジュリオと仲良くなり茶化す程に元気になった病人が出てきた事は確かだが。


それでも、死亡者がゼロになったわけではないのだ。


しかも、これはあくまで王立ヒーラー休憩所だけの話である。

他のヒーラー休憩所では、依然として『どんな怪我も病も魔法で治る』聖ペルセフォネ王国の駄目な部分が残ってるのだ。



今の『普通のヒーラー』であるジュリオの頑張りでは、限界があるのは事実だろう。





「だけど、僕だよ? ルテミスじゃないよ? 僕なんだよ!? 大司教の勉強何か何一つしてないし、そもそも王子時代は何も勉強しないで女や男とヤリまくって酒飲んで馬鹿騒ぎしてゲロ吐いて庭で寝てた僕だよ!? 駄目でしょ! こんなアホを大司教にしちゃ!!!」


『じゃあ他に、何か方法があるのですか? 冥杖ペルセフォネがあれば呪いの病など簡単に祓えるジュリオさんがツザクラ様に飼い殺しにされ、この病の救世主であろうネネカ様が異世界人だからと言うだけで差別され放置されるこの現状が続けば、死ななくても良い人が死ぬのですよ?』


「そこまで言われちゃ…………覚悟、決めなきゃ駄目っぽいね」





ジュリオは力無く呟き、溜息を付いた。



そんなジュリオの隣で、元気になった仲の良い病人は能天気に笑いつつ、



「大司教様がナースコスしてスケベな看病してくれるとかたまりませんねぇ! これは元気になりますよ〜! 色んな意味で!!」



と親指をグッと立てている。



ジュリオはその親指を握って『本来曲がらない方向』へと力一杯曲げた。

ちなみに、これはアンナに習った事である。



病人は「すんませんジュリオさん痛いっすあああああ」と喚いているが、そんなん知らんと言う心持ちだ。




アトリーチェとの通話を切り上げ、ジュリオはテレビのニュースを見た。



ニュースでは、ハーフエルフの枢機卿達から次の大司教にと推されたジュリオに対抗すべく、ランダー率いる王家やその分家の貴族達が、ペルセフォネ教の有名教授である女性を次期大司教に推薦したそうだ。



しかも、女性を推薦する事で今流行の女性が輝く社会を演出し、流行りに敏感な若者票を獲得したいそうだが、今まで保守派バリバリだったランダー達王家が無理矢理方向転換したところで、結果は目に見えていた。





「絶対この教授さんの方が良いよな……。僕だったらそっちを推薦するよ」





ジュリオは溜息を付き、呆れた顔でテレビを見ながら病人の親指を曲げ続けた。





◇◇◇





最初は『俺はもう駄目だ……死ぬんだ……放っといてくれ……』と元気が無かった病人達も、ジュリオ達の頑張りのお蔭でとんでもなく元気になって来た。


しかし、まだ咳や微熱は続いており、呼吸が苦しそうな病人には、キジカクがヒールなどで対応している。



ジュリオはまだ、治癒魔法を発動する事すらツザクラから許されなかったのだ。





「ロイヤル公衆便所くんが大司教!? ……世も末だね。この国はもう駄目だ」





呆れた顔のツザクラからそう言われ、ジュリオも似たような呆れ顔をしてしまう。





「貴女と意見が被るなんて、超光栄です〜」





嫌そうに言い返すと、ツザクラは鼻で笑って

 


「どんな手を使ってアトリーチェを垂らし込んだのかは知らないけどね。あ、手じゃなくて棒か」



と嫌味を言ってくる。



こんのクソババアは口開きゃ嫌味ばかり言いやがって……とジュリオは苛立つが、ここは我慢だ。





「僕が大司教になったら、ツザクラさんをクビにしたいです」





ジュリオはギリギリ許される範囲の言葉で言い返した。





◇◇◇





そんなこんなで数日が経ち、ついに次期大司教を決める国民投票日がやって来た。



ジュリオの対抗馬であるペルセフォネ教の研究者である教授の女性は、ランダー国王と共にテレビに出たり新聞に出たりしながら、知名度を上げているようだった。



しかし、ジュリオにはそんな暇は無い。

病人の総回診をして様子を記録したり、時には落ち込んだ病人の気安い話し相手になったり、トイレ掃除や食堂の調理場の掃除をしたり、建物の玄関口でピ〜ヒャラ元気に活動しているチーム・エンジュリオスに『暇ならここの敷地内の雑草でも抜いててよ!』と指示をしたり……と、王子時代の暇っぷりが恋しくなるほどの激務状態である。



そんなジュリオへヒナシが度々取材に来るが、その時はルテミスとネネカを呼んで対応してもらっていた。



つまり、大司教になる為の活動など何もしていないのだ。



正直、ここまで大司教になる為の行動をサボりまくっているどころか、テレビに対して『また来たのヒナシ!? 今僕トイレ掃除してんの!! わかる!? そんなに暇ならカメラ置いて手伝ってくんない!? 君をテレビ屋からクビにできるなら大司教も悪くないかもね!!!』とキレまくっていた。



アトリーチェからも『テレビに対してキレないで下さいませ!!』と怒られるし、ヒナシからも『いっそ You're Fired! ……じゃねえや、『君はクビだ!』って決め台詞作ってみます?』とからかわれる始末である。



聞き慣れないヒナシのゆあ・ふぁいあぁどぅ……とか何とか言う言葉に首を傾げつつも、無理矢理ヒナシに掃除を手伝わせた自分の、カメラ写りは最悪だろうと思った。



ヒーラーとしての激務から、カメラにキレてばかりの追放されたバカ王子と、幼い頃から優秀で性格も良くペルセフォネ教に対する理解も深い教授の、どちらが大司教に相応しいかは子供でもわかるだろう。



ジュリオは、『僕が大司教になれば、ランダー国王から冥杖ペルセフォネを取り戻す事も可能だし、ネネカを本当の意味で現場入りさせられる』と思う一方で、『この僕を大司教にするほど国民も馬鹿じゃ無いはずだ』と国民を信じる気持ちも捨てきれなかった。





◇◇◇





何やかんやで今日の業務も終わった。


現場のヒーラーは何かに付けてトイレ掃除や食堂の掃除などの汚れ仕事を嫌がるので、そんな連中を説き伏せるのも面倒だからジュリオが代わりに行うのは日常茶飯事である。


それ故に、元気になった病人が『手伝います』と言ってくれもするのだが、ジュリオとしては病人にこそ休んで欲しいので、ありがたく断っていたのだ。



仕事をすべて終え、ジュリオはフラフラと部屋に帰る。


アンナとローエンが出迎えてくれたので、ジュリオはすぐに風呂へ入って寝間着のジャージに着替え、次期大司教の開票速報を見ていた。





「あ、ルテミス? そろそろだね。次期大司教の票数確定……。え、僕? 無い無い。いくらアトリーチェさんの奇策とはいえ、僕を大司教にするほど国民も馬鹿じゃないでしょ〜」





ジュリオはスマホでルテミスと通話をしながら、開票速報をボケーッと見ていた。





『そうですね。いくらなんでも、十年間バカ王子として名が知れた兄上が大司教になるなんて、そんなアホみたいな事ある筈ありませんよ。……もしそんなアホな事になったら、俺は今日から兄上の事をお兄ちゃん♡と呼びますよ』


「ルテミスのお兄ちゃん呼びは捨てがたいけど……いや〜本当に僕が大司教とか、そんなこと無いって……」





テレビでは、様々な投票所から集められた票数結果を色々と検査をしている。



そして――。


ついに結果が出た。





「………………」   





ジュリオは言葉を無くした。





『………………これ……現実なのか……? …………お兄ちゃん』





スマホ越しに会話をしているルテミスも、右隣で枝豆を食っていたアンナも、左隣で唐揚げを食っていたローエンも、多分ネネカもきっと、ジュリオと同じ気持ちだろう。





「…………えぇ……?」





開票速報では、ジュリオが九割の票数を獲得していた。



その理由をニュースキャスターが考察しているが、この馬鹿げた結果にはどうやら



『ジュリオがヒナシにキレて便所掃除を手伝わせたのが面白くて若者層から面白半分の支持を得た。どうせ落選するに決まってるから大丈夫だと思った』


『ペルセフォネ人第一主義者の保守派層が、ランダー国王側の急に多様性に寄り添った姿勢に裏切られたと感じ、手の平返してペルセフォネ人男性のジュリオを支持した』


『そもそも、大司教とかどうでも良いので、名前を知ってるジュリオに適当に入れた。言ってることも分かりやすかったから』




と言うアホみたいな理由があるらしい。





「…………んなアホな……」





ジュリオは口をポカーンと開けたまま、テレビを見ている。



テレビでは、ジュリオがヒナシにキレて「君をクビにするよ!」と言うワンシーンが流れていた。





「どうなってんのほんと……」





ジュリオはただ、この国がどこへ行こうとしているのかを真剣に悩んだのだった。


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