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181.ごめんね

いよいよ、ヒナシのドキュメンタリー番組の放送日がやって来た。今日の夜から放送されるそうだが、その時間は病人の見回りと記録した書類の整理で忙しい。


マリーリカからメッセージで『良かったら……通話しながら見よ?』と誘われたが、残念ながら仕事中なので、イラストのスタンプで『ごめんね』と返信した。





「大丈夫か? ジュリオくん」





ヒーラー休憩所の待合室にて、どうにか呪いの病への突破口が見付からないかと記録書類を片っ端から読んでいるジュリオに、キジカクが心配そうに声をかけてくれる。





「……ありがとうございます。でも、ネネカがヒーラーとして現場入り出来ない以上、少しでも情報を伝えて病気への突破口を探さないと……。本当は、ネネカにこの資料を直接見せた方が早いんですけどね」


「……俺も、ツザクラ様に相談してみるよ。……多分、駄目だろうけどね」


「……何でツザクラさんって、あんなにガチガチのペルセフォネ人なんでしょうか……? そりゃ、レシウス家は敬虔なペルセフォネ教の信徒だってのは……知ってますけど……」





ジュリオは、敬虔なペルセフォネ教の信徒である家系のカトレアの、女神ペルセフォネを舐め腐ったクソババアっぷりを思い出す。



怠そうにタバコを吸いながら、勧誘に来るペルセフォネ教の若き信者達を、


『ところでキミら、夢とかある? 成功したくない? 今アタシ、健康食品を売るビジネスをやってるんだけど、興味ない? 売れば売るほど儲かる仕組みだよ? しかも、販売員を勧誘出来たらその販売員の売上がキミらに入るから……』


と甘い言葉で誘って、悪質なネズミ講に引きずり込もうとしていたのだ。



…………ちなみにカトレアは、本当はそんなネズミ講商売に手を出しておらず、信者をからかって追い返していただけである。



そんなネズミ講クソババアを演じてペルセフォネ教の信者をからかって遊ぶカトレアと、真面目に女神を信じているツザクラに、どんな違いがあると言うのか。





「ツザクラ様がこの王立ヒーラー休憩所へ来たとき……まだまだ、女性ヒーラーの立場が弱くてな……。いくら女神信仰の国と言えど、女性は家庭に入り夫や子供に尽くしてこそ、と言う考えが主流だった時代で、仕事をする女性と言うのはとても大変だったんだ。…………それに、あの時代の王立ヒーラー休憩所は、男性ヒーラーが中心となっていたからね。……色々と、あったんだろう」


「…………そうですか」





キジカクの悲しそうな顔から、ツザクラが強い女性を通り越してただの横柄な迷惑クソババアになっている原因は、何となく察しがついた。





「ツザクラ様の世代の女性ヒーラーは皆、戦うものが多かったから。……女神ペルセフォネを信じているというよりも、辛い時代を生き抜いた故に意固地になっている……と言うところだ」


「……女性ヒーラーとして苦労したくせに、異世界人差別してどうすんだよ……」





ジュリオはまた口調が荒くなる。


王立ヒーラー休憩所は、ツザクラが長い時間をかけて、辛酸を舐めて泥水すすって作り上げた縄張りなのだろう。


そんな縄張りに、差別対象の異世界人で、しかもルテミスやジュリオと言った周囲の男性から守られ大事にされているネネカと言う女が入って来るなど、ツザクラからしたら死んでも嫌に決まっている。



……これはもう、小さな要求をコツコツ通すだとか、そんな場合では無いと思った。





「……悩んでも、仕方無いですね。……取り敢えず、今できる事をやるしかないな」





ジュリオは資料を置いて、キジカクに「それじゃ、病人の見回りに行きましょうか」と行った。



キジカクは、ジュリオの目の下の隈を見ながら不安そうに「本当に大丈夫か?」と聞いてくる。



そんなキジカクへ、ジュリオはヘラヘラ笑いながら明るい返事をしたのだった。





◇◇◇




時刻は只今夜である。

今頃、ヒナシのクソドキュメンタリー番組が放送されている頃だろう。

視聴率低下で爆死しろとジュリオは思った。

 


ジュリオは、病人の見回りを終えた後、資料室にて呪いの病が発生した初期頃の資料を読み漁っている。 

そこには病人の職業やヨラバー・タイジュ新聞がも入っており、二つの資料を掛け合わせてみると、呪いの病が感染爆発して国が崩壊寸前になるまでの流れがよく分かった。





「この時期から……下水道の職員や浄水場の職員が病気になって……施設が運営出来なくなったって事か……。…………この後からだ……。死亡者が出始めたのは……」





下水道や浄水場と言った施設の職員にまで呪いの病が広がった、と小さく書かれている新聞と、王立ヒーラー休憩所に駆け込んできた病人の職業を見れば、この国の水回りの施設がまともな運営出来なくなった時期がよくわかる。


 

職業差別心が強いペルセフォネ人がこの新聞を見ても、『浄水場や下水道? そんなの異世界人の冒険者にさせれば?』と事の重大さに気付く事は無いだろう。


ジュリオもかつては呑気なペルセフォネ人だったからこそよくわかる。





「この辺りから水路が汚染されて、王立ヒーラー休憩所の水が大変な事になってたんだろうな……。まあ、魔法で病気を直せるうちの国じゃ、こんな事気にもしないだろうけど」





ジュリオは資料を読みつつ、呪いの病――――呪い食いがそもそも何故ここまで広がってしまったのかと疑問に思った。



ルテミスがケサガケの子供を倒した際、指示を聞かず勝手な行動をして大怪我を負い呪い食いに感染した兵士から、見舞いに来たその家族へ感染するまではわかる。



しかし、その家族だってすぐにヒーラー休憩所に駆け込んだだろうから、国が崩壊寸前になるまで感染が広がるのは考えにくい。





「…………お母様……」





ジュリオは、呪い食いからこの国を守る為に死んでいった大聖女の母を思い出す。


大聖女の母を以ってしても、年々酷くなる呪い食いは食い止められなかったのだろうか。



それならば、自分は? と思う。



呪い食いから国を守る為の救国の儀に必要なのは、呪いと毒への耐性が分解レベルにまで最強であり、生魔力を独自に生み出す事ができる二つの心臓を持った体である。



そんな体のジュリオは、ルテミスとネネカから追放と言う名の『国外逃亡』と言う手段で守られていた。だからこそ、この体の秘密はバレていない。



もし、追放を受けずにあのまま城で過ごしていたら、フロント――メティシフェルにジュリオの体の秘密がバレて大変な事になるか、エレシス家にジュリオの血が生魔力そのものだとバレて人型血液袋として扱われていたか…………と、恐ろしい想像はいくらでも付く。





だが、そんな自分ならば、呪い食いの一つや二つ、食い止められるのではないか?





「…………いや、今は……目の前の事だけに集中しよう。…………そもそも、救国の儀が、どこで何をどうする事なのかもわからないし」





ジュリオは資料を読もうとするが、こうしている間にも死者は出ていると考えてしまうと、どうにも落ち着かない。





僕が大聖女として生まれていれば、こんな事にはならなかったのかな。





ジュリオはふと、そんな事を思う。



その時だ。



締め切っていた資料室のドアが空き、ローエンがコンビニ袋を下げてひょっこり顔を出した。





「お前まだいたのかよ! もうそろそろ日付変わるぞ! …………って、しばらく見ねぇうちに随分酷ぇ顔になったな。気絶する五秒前って感じだ」





ローエンはとっ散らかった資料室にある僅かな通路を器用に進みつつ、ジュリオに差し入れをしてくれる。


ビニール袋には、ペットボトルのお茶とおにぎりが入っていた。





「ありがとね……。と言うか、もうそんな時間だったんだ……」


「そうだぞ。そろそろ部屋帰って飯食って風呂入って歯ぁ磨いて寝ろ。……正直、マジで酷え顔してるからな。お前」


「酷え顔とか言われたの、初めてだよ……」


「だろうな……。お前、ちゃんと寝てるか?」




ローエンがやや怒った様に顔を覗き込んでくる。

至近距離で見るローエンの顔立ちは整っており、鋭い男前と言う雰囲気だ。


どうしてこの顔面と有能さと優しさを持って、異性からの評価がゴミクズなのだろうか……とジュリオは思うが、それはこいつが性欲の化け物であるからである。


しかし、疲労が頂点に達している今のジュリオも、最低最悪の性欲の化け物と成り果てていた。





「もう……帰るね……資料片付けないと……」


「俺がやるから、お前はそこのソファーで横になってろ」


「……ごめん」





ジュリオは素直に従い、ソファーでローエンから差し入れてもらったお茶を飲んだ。


そして、自分の代わりに資料をテキパキと片付けてくれるローエンの背中を見ながら、



「ローエンは今日何してたの?」



と聞いた。





「ここの水道がちゃんとしてるかメンテナンスしてたんだよ。……この建物、見た目や装飾には金かけてあるけど、設備面がかなり雑でさ。……あと、異世界人達の空調設備が導入出来ねえか調べてた。…………空調設備がありゃ、病人だって元気になんだろ。……それに、換気も出きりゃ……ってな」





ローエンは「換気についてはネネカ様に習ったんだけどよ」と付け足した。





「俺、この後はネネカ様んとこの宿に帰って、製薬作業台を作ったり、ネネカ様の義手のメンテしたりすっからさ。そこで録画してもらってるヒナシのドキュメンタリー番組を見んだよ」


「ああ……あったね、そんなん。……あのクソヒナシが今度は何作ったんだか……。どうせまたコマーシャルだらけでバカ臭い番組だろうけど」





そんなバカ臭い番組のせいで、ルテミスとネネカは死ぬ寸前の目に遭ったのだ。


正直、ヒナシが作るドキュメンタリー番組は二度と見たくないと思う。





「アンナも誘ったんだけどさ、アイツ『ジュリオがこの部屋に帰って来たとき、迎えてやりたいから』って言ってたんだよ。だから、業務時間が終わったら早く帰ってやんな。…………お前にとっても、多分その方が良いと思うぞ」


「…………そっか」





ローエンから言われて、ジュリオはアンナと気まずい感じになっている事を思い出す。


事の原因は全部ジュリオにあるからこそ、余計に顔を合わせるのが辛かった。





「まあでも、アイツ眠そうにしてたし、もしかしたらもう寝てるかもな」


「……うん、わかった」




ローエンは資料を片付け終わると、ジュリオ隣に腰を下ろした。





「喧嘩でもしたのか?」


「いや、喧嘩じゃない。……全部僕が原因」


「そうかい」





ローエンは特に興味が無さそうな顔をしている。





「ローエンはさ、アンナに対して本当に何もないの?」


「……実は……俺は本当はアンナが好きで………………とか言ったらこの場が盛り上がるのは予想できるが、悪い…………マジで…………何もないわ……」





ローエンは寧ろ申し訳なさそうな顔でジュリオに謝ってくる。



こちらとしては、ローエンに『実は俺、ずっとアンナが好きだったんだよ』と言われてしまえば、マジで勝ち目が無いので辞めてくれよと思う所だったので、とても安心した。



そこで、はて? と思う。


勝ち目が無いって、なんだろう……? と。

何で、ただの友達でしかないアンナをローエンと取り合う必要性が僕にあるのだろう……と。





「……もう、帰るね。…………アンナにちゃんと謝らなきゃ」


「そうかい。……ま、大丈夫だろ。知らんけど」





ローエンは本気でどうでも良さそうな顔をして、ジュリオの頭を撫でてくれる。


二十七歳の男の大きく分厚い手で撫でられると、『あ〜今の僕が誰彼構わず寝まくってた王子時代の僕なら、マジでローエンに縋り付いて一発誘ってたかもしれない』と思う。



それほどまでに、ジュリオは疲れていたのだ。





◇◇◇





ローエンと別れ部屋に戻ると、残念ながらアンナはテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。


そりゃ、今はもう日付が変わった時刻であるので仕方の無い事だと思う。

寧ろ、ずっと待たせてしまっていたのが申し訳ない。



テーブルに突っ伏して寝ているアンナをベッドに運んでやりたいが、今の自分がやらなければいけないのは、手荒いと入浴を経てなるべくこの部屋に汚れを持ち込まない事だ。



ジュリオはすぐに洗面所で手を洗い、風呂に入って清潔な寝間着のジャージに着替えた。



そして、見た目に反して結構重いアンナをよっこらせと抱き上げようとした時、



「……ん」



と声を出したではないか。





「ごめん、起こした?」


「……ぁえ? …………ジュリオ?」




アンナは完全に寝ぼけており、呂律の回らない舌足らずな口調をしている。

目もとろんとしており、きちんと起きてないのがわかった。



そして、そんな寝ぼけたアンナの蕩けた声を聞くと、疲労困憊で性欲の化け物になり腐ったジュリオの下半身はまた大変な事になる。




何これ? 僕、童貞なの? 

前真後ろも散々使い倒して来たのに? 

国一番の恥晒しヤリ○ンとかロイヤル公衆便所のあだ名はどこに行ったの?




と、戸惑ってしまう。





「ジュリオ……」


「え、何? ……うわっ!」





寝ぼけたアンナに抱きつかれ、そのままベッドに押し倒されてしまう。


ジュリオが下になったから、特にアンナが痛い思いをする事は無くて安心した。





「どうしたの……? 一体」


「……ジュリオ……」





アンナはまだ寝ぼけているのだろう。

ジュリオに抱き付き体を擦り寄せ頬ずりしてくる動作はボケーッとしており、多分夢でも見ているのかと思った。





「ジュリオ……」


「ん?」




アンナは寝ぼけながら体を密着させつつ、ジュリオの首元に頬ずりしてくる。


当然、巨乳が体に押し当てられる上に、柔らかい太ももが密着てくるからもう駄目だった。

おまけに、アンナは風呂を済ませている状態で、寝間着のTシャツと短パン姿の為、体の柔らかさや良い匂いがもうエグいほどに伝わってくる。 



とても身勝手で悪い事を言うが、これは僕に襲われても文句は言えないだろう……とジュリオは思った。

まあ、ジュリオのか弱い王子様腕力で、根っからの喧嘩屋であるチンピラ猟師をどうこうできるわけもないが。


そもそも、同意も無く相手を襲うなんてやりたくないし。



しかし、アンナに襲われるならいつでも良いよ! とは思う。





「…………僕がいなくて寂しかった?」


「…………うん」




柔らかい白髪を撫でながらいつものように軽口を叩いたが、アンナは素直に答えてしまう。


その瞬間、あ〜これはあかんな〜とジュリオは固くなった下半身を感じながら遠い目をした。





「アンナ、ごめんね」




自分に頬ずりしてくるアンナの頭を撫でて、ジュリオは素直に謝った。


本当は、起きている時に謝らなきゃいけないのに。





「あの時は、感じ悪い態度取って……ごめんね」


「…………ジュリオ……」





アンナは、呂律の回らない甘い口調でジュリオの名を呼ぶ。

そんな呼び方はまるで、情を交わす時のよう。



ジュリオは一瞬、本気でこのままこの女を抱き潰したいと思った。




そんな時である。





「…………これ、夢じゃ無い系か?」





アンナが即座に起き上がり、あ然とした顔をしていた。





「ごめん、現実だね」


「………………」




暫く黙った後、アンナは顔を真っ赤にしてヨロヨロとジュリオから離れ、一言「すまん」と呟く。



ジュリオは、自分から離れてしまうアンナの手を握って、キチンと言わなきゃいけない事を伝えた。





「謝るのは僕の方だよ。……この前は、酷い態度取ってごめん。…………余裕が無かった」





本当は『僕が隣にいるのに他の男の話なんかするな』と言うくだらねえ理由なのに、それはどうしても言えなかったのだ。

男の矜持である。





「あの、お詫び……じゃ無いけど、抱き付くなら……良いよ? アンナの好きにして良いから……」


「…………い、いいよ……遠慮しとく……。またあんたを襲ったら……申し訳無いし……」


「それに関しては気にしないで。僕はいつでも大歓迎だから」





ジュリオは両手を広げるが、アンナはどうにも落ち着かない様子で「そういやヒナシのドキュメンタリー番組見ようぜ。録画してたんだよ」と話を変えて逃げてしまう。



さっきまで、夢と間違えて僕にめちゃめちゃ抱きついてきたくせに……と、ジュリオは残念そうな顔をした。





◇◇◇





「番組、すんげえあんたの事美化してたな」


「懐かしいね、この感じ……。………………でも、二度目のエンジュリオスブームなんて、もう来ないでしょ……」





番組を見終わった後、ジュリオとアンナはいつものようにテレビの内容に文句を付けつつ、ローエンが差し入れてくれたおにぎりとお茶を飲みながらくっちゃべっている。



おにぎりの具は鮭と昆布という、どちらもジュリオが好きな物だった。





「どうすんだよ? またエンジュリオスブームが再来したら」


「その時は……そのブームを利用してルテミスとネネカをこの王立ヒーラー休憩所に臨時職員として呼ぶよ」


「……確かにな……」





ジュリオとアンナはドキュメンタリー番組を見つつ、またジュリオを美化する代わりに、喧嘩をしたアトリーチェや頑固頭のツザクラを悪役として撮っているわかりやすいドキュメンタリー番組をバカにする目で見ていた。





◇◇◇





その翌日である。


久しぶりにぐっすり眠れて、顔色がマシになったジュリオは、そう言えば久しぶりに朝のニュースでも見ようと思い、テレビをつけて愕然とした。



あまりの衝撃からすぐにアンナを叩き起こしてしまう。





「アンナ!! 起きて!!! ごめん!!!」


「あ? どしたよ……」


「アトリーチェさん大司教辞めるって!!!」


「はあ!?」





アンナも飛び起き、すぐにテレビのニュースを見る。



そして、次のニュース速報が出た瞬間、ジュリオとアンナは仲良く声を揃えて絶叫した。





「ハーフエルフの枢機卿が次の大司教に僕を推薦だって!?」


「はあ!? 何考えてんだマジで!?」





二人は揃って声を上げた。





「バカじゃないの!?」


「バカだろこんなん!!」


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