179.ネネカ、やらかす!
ヒナシ達チャンネル・マユツバーの連中が取材に来てから数日が経った。
初日にはなんと大司教アトリーチェが駆けつけて、ヒナシとまた面倒臭いバトルを繰り広げていたものだ。
ジュリオから連絡を受けてすぐ来てくれたのは良いが、何だかどうにも裏がありそうなのは考え過ぎだろうか。
そんな鬱陶しい取材は一週間も続き、その間ずっと国境ギリギリの北フォーネ国の宿に宿泊中のルテミスとネネカに対応を頼みっぱなしだった。
しかしツザクラの、異世界人のネネカやヒナシと、表向きは半異世界人のルテミスに対する嫌そうな態度は変わらない。
ツザクラにルテミスとネネカが現場で働く事を認めさせるのは、小さな要求をコツコツ積む程度では絶望的かもしれいないと思う。
業務を終えたジュリオは、重い溜め息をついて部屋へと戻っていた。
時刻はもう少しで深夜になる頃だ。
朝は早く夜は遅いという激務に加え、ルテミスとネネカどころか自分すら自由に病人を看れないのは、かなりの苛立ちがある。
心臓の負担からチート能力は扱えず、もどかしい思いだ。
「……ッ」
疲労と苛立ちで機嫌が悪くなり、思わず舌打ちをしてしまう。
そんな時、ふと窓に映る自分の顔を見た。
苛立ちに飲まれて不機嫌な顔をする自分は、忌み嫌っていた父親のランダーと同じ顔をしているとつくづく思い知らされる。
普段は綺麗に整えている内巻きの髪もボサついてしまい、本来の外ハネの癖っ毛が出ていた。
こりゃますますランダーじゃないかと、嫌な気分になった。
そんな時である。
「ああ……マリーリカからのメッセージ……返信しなきゃ……」
スマホを取り出し、既読すら付けずに放置していたマリーリカからのメッセージを流し見する。
「……ごめんね」
マリーリカから『返信無くて寂しいよ〜(別に深い意味じゃなくて!)』と言うメッセージと共に、涙目の可愛らしいイラストのスタンプが押されているのを見て、申し訳無いなと思う反面『忙しいから返信出来ないって言ったよね』と言う苛立ちすら覚えてしまう。
そして、せっかく自分に好意を抱いてくれている相手のメッセージへ苛立つ自分に自己嫌悪した。
「ローエンにすればいいのに」
あの男ならば、例え激務で死にかけていようと、首を跳ねられる処刑五秒前だろうと、マリーリカからメッセージを貰ったら即座に返信するだろう。
大きい度量を持ち懐の深いあの男前の方が、自分の様な心の狭い男より良いのではないか?
「あ〜駄目だ。ほんと駄目だ」
どんどん思考がウジウジした嫌な方へと流れてゆく。
こんな風になったのは、バカ王子時代にろくに寝もせず飯も食わず、酒ばかりを飲んでヤケクソな精神で遊び歩いていた時以来だ。
あの時も確か、ルテミスが持ち前の才覚と努力量でどんどん傑物として成長していき、自分のクソさを思い知らされた時だったと思う。
そんな時は、年上の貴族の男に無茶苦茶甘やかされながら抱かれて自尊心を保っていたものだ。
今にして思う。自分は、立派なヤリマ○であると。
「ああああああ」
ジュリオはどんどん自己嫌悪の沼にハマってしまう。
睡眠不足と疲労はまともな精神の敵だ。
早く部屋に戻って風呂入って寝よう。
そんな事を思った。
◇◇◇
「ジュリオおかえり……って、おい、あんた……大丈夫かその顔……」
「アンナ……何か、久しぶりだね」
「そうだな……最近、あんたが帰ってくる頃はあたし寝てたし……」
ジュリオは手洗いを済ませた後、フラフラしながら自分のベッドにダイブした。
このまま寝たい……と思うが、朝昼夜と病室を周り、時間があればトイレ掃除や食堂の調理場掃除をしていたので、衛生的に良くない筈だ。それに、健康的にも。
カトレアからも『どんなに忙しくても湯船に浸かるんだよ! でも、そのまま寝ないようにお湯は少なめにね!』と釘を刺されている。
「……ローエンは」
「あいつはネネカさんが宿でも研究できる様に、薬学研究台を作りに行ってるから、明日帰ってくるよ。……また、出前に化けてな」
「…………ローエンを呼んだの、正直ここにいるヒーラー達はみんな見てみぬふりしてくれてるんだよね。あのツザクラのクソババアでさえ、タダで使える便利屋として許してるのに……。何でルテミスとネネカは駄目なんだよ……。異世界人差別してる場合じゃねえだろうが……クソが……ッ」
ジュリオは口調を整える余裕すらなく、苛立ちに任せて舌打ちをした。
そしてすぐ、目の前に自分を心配そうに見ているアンナがいると気付いて『あああ……不機嫌なとこ見せたくないのに……』と落ち込んでしまう。
「苛立ってるあんたも色っぽくて格好いいから気にすんなよ。……それに、言葉が荒れるのも、クラップタウンで暮らしてんだから無理もねえだろ」
アンナは特に気にした様子を見せず、いつものようにニヤリと笑っている。
いつも通りに接してくれるのがとても有難い一方、自分の情けなさが嫌になった。
しかし、そもそもアンナとの出会いから自分は情けなかった事を思い出す。
「ごめん……お風呂行ってくる……」
「……大丈夫か? 湯船で寝るなよ? 何なら髪洗うの手伝うか?」
アンナにそう言われ、『あ〜一緒にお風呂入ってくれるの? それなら髪は良いからおっぱい揉んだり吸わせてくれない?』と疲れた頭でクソみたいな事を思ってしまい、ジュリオはますます『あああ僕はもうあきまへん』となってしまう。
全員が全員でないにしろ、男の大多数は疲労が溜まると体が死の危険を覚えてしまい、本能から凄まじく性欲が強くなってしまうのだ。
今思えば、部屋に戻る途中ずっと、『王子時代は甘やかしてくれる年上の男に抱かれるの楽しかったな〜。もういっそローエンに頼んでみようかな〜』と限界な事を考えていたのだ。
今の自分はローエンを馬鹿に出来ないほどの性欲の化け物である。
ジャージのズボンを見たら勃起していたので、情けなさから乾いた笑いが出た。
「大丈夫大丈夫……それじゃ……しばらくお風呂もらうよ……」
ジュリオはなるべく勃起した下半身が目立たないよう、過剰に疲れた演技をして前屈みになりつつ風呂場へ行った。
そして、シャワーを浴びて色々と処理をした後、崩れ落ちるように湯船に浸かった。
お湯は多く、カトレアから少なめにね、と言われた事を忘れていたと思い出す。
しかし、疲労からもう『ど〜でも良いや』となり、暖かいお湯に包まれる心地良さに心を溶かしたのだった…………。
◇◇◇
「おい!!! ジュリオ!!!! 目ぇ覚ませ!!!」
「…………ぇ」
気が付いたら、自分は全裸にタオルケットをかけられた状態で、ベッドに寝かされていた。
体は拭かれているが、髪は濡れたままである。
ゆっくり目を開くと、アンナが自分に覆い被さって今にも泣きそうな顔で声を荒げていた。
そんな時でさえ、覆い被さる姿勢を取ったアンナの揺れる巨乳に目が行き、『あ〜揉みたい』とボケた頭で思ってしまう。
「あんた湯船で寝てたんだよ!!! 心配で十分間隔で様子確認してて良かったわ!!! 湯船で溺れ死ぬとかいくらバカ王子でも笑えねえよアホ!!」
「……今まで僕が見てきた死に様よりも幸せじゃない?」
今思えば、色んな『死』を見て来たものだ。
母であり大聖女のデメテルは意味不明な救国の儀とやらで知らぬ間に死んだ。
追放後に転がり込んだパーティでは、異世界人の少年とヘアリーが生きたままアナモタズに食い殺され、カンマリーはアナモタズに撲殺された。
オギノ少年が仕留め損ねたアナモタズが大暴れした時も、酷い死体ばかりを見てきた。
そして、最近はフロント――メティシフェルがショットガンで頭を吹き飛ばされ、ローエンとルトリの師匠であるカツラギ先生が銃で自殺した。
そんな酷い『死』を見て来たら、風呂で寝たまま溺死と言うのは幸せなのではないか? とすら思う。
「…………一つ覚えといてくれ。……あたしは、あんたが死んだら悲しい。……どんなに幸せな死に方でも…………どんなに立派で栄誉ある死に方だとしても。…………あんたがいなくなったら、嫌だよ」
泣きそうな顔をするアンナに頭を撫でられながらも、疲労でバグった頭で思うのは『あ〜、おっぱい揉んだり吸わせてくれないかな〜』であった。
こりゃローエンよりも最悪な性欲の化け物である。
「ごめん……」
二重の意味でのごめんだった。
心配をかけてごめんなさいと言う意味と、もう一つ。
王子様になれなくて、ごめんなさい。
君に性欲を抱いて、悪い事を思って、ごめんなさい。
ジュリオは、少女のような母デメテルを思い出し、なるべくアンナから視線を反らすために寝返りをうって背を向けた。
こんな自分、お母様の王子様ではない。
「……髪……乾かしときな。風邪引くぞ」
「そうだね…………。ねえ、ところでさあ…………僕、今、全裸じゃん…………。………………見た?」
「…………まあ、うん。…………こんな感じかぁ〜ってなったよ」
ジュリオは『勃起したものを見られるよりマシか』と思い、またアンナに謝った。
◇◇◇
髪を乾かし寝間着のジャージを着て、アンナと共に出前のうどんを食べながらテレビをボケーッと見る。
正直、もう話す頭も動かないため終始無言であった。
不機嫌に見られたらどうしようと不安になったが、アンナは特に気にした様子も無く、いつものようにテレビの内容にツッコんでいる。
そうすると、日常に帰って来た気分になり、ジュリオは幾分か落ち着いてきた。
「……あれ? ネネカさんだ」
アンナがスマホを手に取り、ネネカの名を不思議そうに口にした。
「悪い。通話だわ。出ていい?」
「良いよ。気にしないで」
「ありがと」
ここでアンナがローエンやユリエルと通話をしようものなら、せっかく落ち着いた苛立ちがまた加速したところだが、ネネカならば問題無しである。
いや、何が問題無しなのかと、アンナの恋人でも何でも無い自分にツッコむが、それでも嫌なもんは嫌である。
「ああ〜ネネカさん? 久しぶり。うん。今? 良いよ」
アンナの通話の邪魔になるからテレビを消す。
話し声を隣で聞くのは心地良く、ジュリオはゆったりとした気分でうどんを食っていた。
「え? ハヤブサ先生の事!? 何だ突然」
心臓が止まるかと思った。
何という最低最悪のタイミングでハヤブサ先生の名が出て来るのか。
色々あってすっかり忘れていたが、出来れば忘れたままでいたかった。
ジュリオはうどんが喉を通らなくなり、表情を無くした顔で放置していたマリーリカのメッセージに返信をし始める。
「ハヤブサ先生のチート能力の心当たり……? かあ……。……う〜ん。どうだろ……。鯖裂きナイフも、ハヤブサ先生が打ってくれたものだし。……異世界では鯖裂き包丁って言うらしいよ」
震えた指でマリーリカに返信を打つ。
しかし、打った後でメッセージが誤字だらけな事に気付いた。
そして、自分が自覚している五倍はクズであるとも思い知った。
「一緒に暮らしてた時…………なあ。先生どうしてたっけ……? 特にチートの事も話してくれなかったなあ。…………確か、異世界にいた頃は狩猟……ヒグマをぶっ殺したり刀とかを打ったりして生活してたって…………え、それはルテミスさんから聞いた? あ、そっか。ルテミスさんの親父さんだもんな。先生」
マリーリカから即座に返信が来たのを眺めながら、ジュリオは忌まわしいハヤブサ先生とやらが、ルテミスの本当の父親だったと思い出す。
そういえば、とジュリオは自身のクソ親父の顔を思い浮かべた。
ジュリオの父親である国王ランダーは、ルテミスの母である花房ハルに一目惚れしたため、花房ハルの夫であるハヤブサ先生――花房隼三郎に嫉妬して国から追放してしまったのだ。
そんなハヤブサ先生に、今度はジュリオが激しい嫉妬心を覚えている。
親子揃って何してんだか、と自分に呆れてしまった。
「……ハヤブサ先生……なあ。…………あたしを庇ってアナモタズに……殺されたんだけど、…………戦闘系のチート能力を持ってたら、多分そうはならなかったと思うから…………うん。いや、こっちこそ……ごめん」
ハヤブサ先生はもういない。
しかし、死者と言うのは、時として生者よりも残された者の心に爪痕を残すものだ。
ジュリオは、ハヤブサ先生に対して『さっさと死ねよ、あ、もう死んでるか』と最低最悪のド畜生な事を思ったが、それはランダーと全く同じ思考だと気付いて自己嫌悪する。
そして、そんな自分のド畜生さに嫌気がさしながらも、マリーリカが自撮りで送ってくれた新しいワンピース姿の写真へ、ここを褒めたら女性は喜ぶという経験に基づく褒め言葉を続けた。
今思うと、アンナがローエンやハヤブサ先生と言った他の男の影をチラつかせる度、自分はマリーリカと言う『自身へ好意を向けてくれている女性』へ卑怯にも逃げているなと気付く。
確か、こんな感じでアンナと喧嘩した事もあった。あの時は、そうだ。アンナの親父の替え玉葬式作戦の始まりの頃だ。
「え? ハヤブサ先生の年齢……? 四十六だったよ。うん。良く覚えてる。……四十六にしちゃとんでもなく男前だった……。え!? ハヤブサ先生の異世界人時代の写真!? 嘘ウソうそ!? 見たい見たい! 良くそんなもん残ってたな! え? ルテミスさんのお母さんが持ってた写真をスマホで撮った!? …………文明ってのは……便利だな」
アンナはすぐにネネカから送られたハヤブサ先生の写真を見て、震えた声で『…………せんせ…………』と呟いた後、すぐにハッとした様にネネカの通話に答えた。
ジュリオはマリーリカとのメッセージのやり取りを『ごめんっ! もう寝るね! 自撮りありがとう! 何着ても似合うねえ〜』と言う返信で切り上げると、うどんを食い残して歯ブラシと歯磨き粉を取りに行く。
そして、通話中のアンナの隣で歯磨きをした。
「ネネカさんありがとう。写真見たよ。全く変わってねえな。でも、衣装は何かすげえ強そうな軍服着てるな。髪も短いし……。あたしといた頃の先生、髪長くてさ。いつも後頭部で括ってた。……ああ、………その写真は……先生がこっちの世界に召喚される前の写真……なのか? 元いた世界で、ハルさんと撮った写真……ああ、だから白黒だったのか…………」
ジュリオは歯磨きをしながら『相手既婚者じゃん。何考えてんの。アホなの?』とアンナへ八つ当たりの思考が出てしまっていた。
疲労を言い訳にするにも、程があると自分でも思う。
「でも、妙だよな。先生がこっちの世界に召喚されたのは……確か百年前なんだろ? それなのに、先生は写真のままの見た目をしてて。…………先生は……百年の間年取ってねえって事か……? いや、そんなまさか……。召喚された異世界人だって年取るのに……。……そんな」
アンナはすっかり考え込んで、ジュリオの方など見向きもしていない。
またマリーリカに返信でもするかと、さっき切り上げたくせにまた『やっぱり、もう少しメッセージのやり取りしようか』と送ってしまう。
ああ、自分はゴミだと思った。
「…………は? ジュリオ? いるよ。隣に。…………な、何で驚くんだよ。そんな恐怖にまみれた悲鳴上げるこたね〜だろ。……え、ちょ、まってあたしまだルテミスさんに挨拶してな………………あ…………切られた」
アンナはネネカから通話をぶった切られたため、しょぼーんとなってしまう。
「悪い……何か……ハヤブサ先生の話聞かれたから答えたんだけど……でも、切られた」
「ううん! 全然! 全くどうでも良いよ! 僕もマリーリカとメッセージのやり取りしてるし、さっきこの間買ったワンピースの自撮り写真もらっちゃってさ。ほんっと可愛いよねマリーリカ! ローエンじゃないけど天使だなって思うもん! あ〜付き合えるなら付き合いたいよ!」
ジュリオは全く聞かれていないのに、ベラベラといらん事を話してしまう。
「そっか。そんなら良かったよ。あんたらお似合いだし、同居すんなら部屋探し手伝ってやるから気が向いたら言えよ? ………………にしても…………何でハヤブサ先生の事を……」
アンナは、ジュリオがマリーリカとメッセージのやり取りをしていた事へ特に何も気にした様子も無いようで、ネネカからもらったハヤブサ先生の写真を眺めつつ、何か考え込んでいた。
ジュリオは一瞬、アンナのスマホの画面を叩き割ろうかとさえ思った。
「…………」
何だよ。
さっきまで僕が湯船で死んでないか心配してたくせに、今じゃ僕が誰と何してようとどうでも良いって言うのか。
しかも何だよ!? マリーリカとお似合い!? 付き合うなら言え!? それ言うのかよお前!!!???
……と、疲労で苛立ちの歯車が異様に回転してしまう今、ジュリオは過去一の面倒臭い状態となっていた。
「……寝る」
ジュリオはスマホを片手に歯磨きを終え、アンナの顔を見ずにベッドに入った。
「あれ、うどん食い残してんじゃん。あたし食うぞ」
「好きにすれば」
ジュリオは完全にキレて拗ねて不貞寝を決めたが、アンナは「疲れてんだしさっさと寝な。マリーリカさんとのメッセージのやり取りは明日も出来るんだし」と優しく声をかけてくれるのみである。
「僕がマリーリカと何をしようと君に関係ないだろ」
「そりゃそうか」
こんな冷たい事言うつもりもないのに、どうにも怒ると口数が減ってしまう。
アンナはジュリオが不貞腐れているのに全く気付かず、スマホに映るハヤブサ先生の写真を眺めるのみだ。
ジュリオはちらりとアンナの様子を見た後、マリーリカとのメッセージのやり取りに戻った。
そんな時、マリーリカから『一週間後、チャンネル・マユツバーで王立ヒーラー休憩所のドキュメンタリー番組を放送するんだって! 私楽しみにしてるね!! 絶対見るよ!!』と可愛らしい絵文字とイラストのスタンプ付きでメッセージが送られてくる。
自分に好意を持ってくれている女の子はなんて可愛いのだろう。とジュリオは無表情で思った。
妻子持ちのオッサンに不毛な恋をしているアホヤンキー女に比べたら、なんてなんて可愛いのか。
と言うか、ハヤブサ先生が四十六にしちゃ男前ってなんだよ。僕の方が絶対美形だっての。
ジュリオは苛立ちを抱えたまま、疲労困憊の体に負けて寝落ちしてしまった。
◇◇◇
ジュリオが不貞寝をした頃、ネネカはフォーネ国の宿の喫煙所にて、ルテミスの隣で頭を抱えていた。
「ああああああ…………やっちまった…………最悪だ……………。ジュリオさん、絶対『ハヤブサ先生が四十六にしちゃ男前ってなんだよ。僕の方が絶対美形だっての』って不貞寝してますよ……。しかも、マリーリカさんとわざとらしくメッセージのやり取りしつつ…………」
「目に浮かぶなぁ……良くわかるぜ……。何故なら……………嫉妬深くて粘着質で意外とすぐに拗ねて不貞腐れる所は…………俺も父上もそっくりだからだ…………」
ネネカが頭を抱えている横で、ルテミスもタバコを片手にボケーッと天を仰いだ。
「ああああやっちゃったよ………………。ジュリオさん、ローエンさんみたいに心のバランス良くないし、心狭いしクソ面倒くさいし、絶対現代人だったらエロ自撮りをSNSの裏アカに上げて構ってちゃんしてるもんなあ……」
「…………お前の兄上に対する解像度の高さに言葉を無くしている今……」
ネネカとルテミスは、それぞれ深く溜息を付いた。
「…………にしても…………親父が……花房隼三郎が年を取ってない……? 不老って事か……」
「まあ、髪は伸びてるみたいですから……生き物のラインからは外れて無いみたいですけどねえ」
ネネカが考え込んだ、その時である。
「ネネカ様ぁ〜〜〜!!! ここにいたんですね!? というか! ジュリオって言いました!? ジュリオと通話してたんですか!?」
ネネカに『ジュース買って来て♡』とパシられたローエンが戻って来た。
「この俺を差し置いてジュリオ如きと通話なんて…………俺……拗ねますよ……」
「はいはいはい〜ごめんなさいねぇ〜! よしよし!」
ローエンが拗ねたので、ネネカはまるで犬に対する様にローエンの顎や頬を撫でた。
するとローエンはすぐに機嫌を治すのだから、本当にこの人は楽だなあと思う。
「…………ああ…………大丈夫かなあ……」
ネネカはローエンを犬にする様撫でながら、自分のやらかしに付いて苦い顔をした。




